正しい【敗者】、本当の【敗者】、ありのままの【敗者】……そんなことを心の中で何度も呟きながら作業を続けていた結果、レヴィは行き場もないのにこの場から消えてしまいたくなった。
弱すぎて何にもなれない。今している努力も、今までの人生のように何にも結びつかなかったらどうしよう。
基礎も出来ていないと言われるに過ぎない結果に終わったらどうしよう。
あの時ちゃんと、脳幹を撃ち抜けていれば……
「……貴様がこの船体を隠すならどうする?」
そんなレヴィの鬱屈とした思考を割くように、【敗者】から声が飛びかかった。
彼は狂気じみていながらも凛としていて、レヴィからすると羨ましいほど威風堂々を体現したような存在だった。だからこそその裏側にある苦しみや悲しみに殆どの人間は触れられないのだが、脆くて弱いよりかはよっぽどマシだ。
「わ、わかんないよ……」
レヴィの思考回路は完全に死んでいて、何かを考える瞬間にも頭の中はすぐ鬱で埋め尽くされる。
彼女のダーカー因子汚染は【敗者】から見ても限界で、彼女の目の奥には強い欲望と絶望が入り交じった不安げな闇が連なり広がっていた。
【敗者】はしばらく彼女をそっと見つめたあと、未だになにかに怯えるように頭を抱えて荒く呼吸をする彼女にそっと声を掛ける。
「怯えなくていい、怒るつもりはない。……好きに考えろ」
【敗者】の声は優しく柔らかく、子供をあやすような言い方で、それこそ本当に心の底から心配するような声色だ。
【敗者】はそっと手を横に伸ばし、彼女の指を撫でると、レヴィは一瞬驚いて腕を引き込んだが、彼がまた触れたそうに伸ばしているのを見ると恐る恐る手を戻し、そっと繋ぐ。
「その……えと、……ち、小さく折り畳んで隠す……とか?」
ない頭で振り絞って出した言葉に【敗者】はきょとんと目を丸くし、それからくすりと微笑んだ。
「本当に貴様の感性は……摩訶不思議と言っても仕方がないな」
「わりといい提案だと思ったんだけど……」
立体絵本のように折りたたんでしまえたら、なんてレヴィの頭では考えていたが、普通はまあ光学迷彩だの大きな布だのハリボテだのとなるだろう。そういう所にいかないところが【敗者】がレヴィを面白いと思うポイントだ。
「確かに、解は一つじゃないが……あくまで僕ならこうする」
とはいえ珍回答を聞く為に話題を出したわけじゃない。
【敗者】はそっと手を離し、ゆっくり上げていくと、パチンと指を鳴らす。
その瞬間、霧に紛れたかのように目の前の船は粒のようになっていき完全に姿を隠した。
その様子に思わずレヴィは顔を上げ、一歩前に足を踏み入れる。
「わ……アレ、あれあれ……チームが使ってた……」
「光学迷彩?」
いちばん身近な光学迷彩と言えば【敗者】とレヴィが初対面の時につけていたものだ。アレはフォトンの反応やパーソナルデータまで隠せる特別製で、ディナンお手製の超高級品である。
が、そういう話ではなく。
「そっちはそうなんだけど、でも違うの、光学迷彩じゃなくて……不可視の概念を付与してる、よね……?」
レヴィは警戒心丸出しで様子を伺うようにゆっくりと言葉を紡いだ。
その言葉を聞いて、【敗者】はサッと彼女を見つめる。
目の前に起きた事象に関して一切の説明もしていなければ、空間の情報を見ているような様子もなかったというのに、彼女の言っていることは当たっていた。
「……!仕組みが分かるのか?」
「だってこれ……アークスで見たことないし……マジックなんでしょ?」
「マジック……という名称が使われる前の話だな。これははるか昔に存在した七の男神と十三の女神と呼ばれるフォトナー……そのうちの一人、朧の女神マイが使用していた力だ」
「フォトナーの力……」
あくまでマジックという名称は初代カスラがアルマの使う摩訶不思議な術を表すための言葉だ。テクニックとは違うフォトンを使った先天的で非科学的な超常現象はマジックという言葉で括られた能力以外にも存在する。その筆頭は時間遡行だが、はるか昔からそのようなものは既に存在していた。
「女神や男神と言われたフォトナーは特別だ。彼らをフォトナーという一種族として括るのは愚かだろう」
「女神や男神と言われたフォトナーは特別だ、彼らをフォトナーという一種族として括るのは愚かだろう、……、ということは、……あんたがフォトナーだった時は、そういう感じだったの?」
【敗者】もその異能力のような力を使える一人だろう、とレヴィは考えた。それなら【敗者】の元になった存在……ルーサーもその神と言われた存在でない方がおかしいはずだ。
だが、もしそうだったとしたら彼はどれほど楽に生きられたことだろうか。
「いや、……僕はただのしがない研究者だった」
嘘じゃない。ルーサーは本当にただの研究者に過ぎなかった。周りに比べれば逸脱した頭脳と能力を持っていたに違いないが、そのせいで誰ともチームを組むことはなく、友達も誰一人おらず、プロジェクトも一人で進めるという完全なぼっちぶりだ。仮に男神だったなら尊敬のひとつくらいはされそうだが、実際ただの一般フォトナーだった彼に向けられたのは関わりにくいというストレスや嫉妬、あと成果を目当てに擦り寄ってくる卑しい人間だけ。
ルーサーはそんな穢れた人間共の目に辟易としていたせいで、自分の最高傑作を家族のように扱っていた面もある。
レヴィにとっては彼がそんな一般人であることは到底信じられなかった。
「しがない研究者でも、ダークファルスになれたの?」
「ダークファルスの素質にフォトン適正がある事は間違いないが……フォトナーは殆どその扱いに優れていたからな。それになりうるほどの絶望を抱えれば、誰しもダークファルスになる可能性はあっただろう」
「ダークファルスの素質にフォトン適正があることは間違いないか……やっぱりね」
「必ずしも適正がすべてという訳では無い。あくまで判断基準の一つだ。最も重要なのは、その闇に適した感情を持つ器なのかどうか……。
その闇に選ばれるかどうか、だ。
そうでもなければ、研究者のダークファルスは僕以外に居たはずだろう?」
「研究者のダークファルスは僕以外に居ない、ね……」
「……」
会話に意味はあるか。【敗者】はレヴィにダークファルスのことを教えるのは少しリスクがあると感じていた。彼女が変な悪知恵を働かせて、彼女自身や【敗者】を変な形にねじ曲げてしまうかもしれないからだ。
だが今に関してはそれ以上に問題がある。
彼女の虚ろな目と話をまともに咀嚼出来ていないオウム返しの連続だ。それが彼には一番目に余った。
「僕は……」
「僕は?」
「……"わたしは休む気のない馬鹿です"」
「わたしは休む気のない馬鹿です……?」
そこまで言わされてもレヴィはまだキョトンとしていて、自分が何をしているのか気付いていない。完全に脊髄反射だ。
「はぁぁ……もういい」
「???」
自分が何を言わされたのかなんとなくすら思い出せないまま、首を傾げてレヴィは急かすように彼の返事を待った。
「とにかくだ。現在オラクルで活動しているダークファルスの多くはフォトナーの時代に生まれたものだが、宇宙全体で見れば新光歴になってから誕生したダークファルスも複数存在する」
「うーん……実際ダークファルスってどれくらい居るのか知らないんだよね」
「深遠なる闇が封印されるまでに生み出されたダークファルスは四体。【巨躯】、【若人】、【双子】、そして僕【敗者】だ。その封印後もダーカー因子に魅せられた者たちが度々ダークファルスになっているが、彼らは異次元等オラクル船団の探索範囲外に潜んだり、討伐されて霧散し次の依代を探したりと様々な経緯で表舞台から姿を消している。
今オラクルで目の当たりに出来るだろう存在は【仮面】くらいだろうか」
「【仮面】……」
「かなり最近に誕生したダークファルスだが、依代も目的も推測出来ない。
しかしアークスに対して攻撃していることから、それに関連した望みがあるのだろう」
「かなり最近に誕生したダークファルスかぁ……わたしもなる可能性、あると思う?」
【敗者】が恐れている悪巧みのひとつと言えばまさにこれである。レヴィはいつもコンプレックスと自己嫌悪で雁字搦めになっており、中途半端に知識を入れたら自分がダークファルスになるためにありとあらゆる手を講じるのではないか、と思っていたのだ。
「貴様の欲深さから考えれば、可能性として無くはないが……貴様の持つそのエネルギーはポジティブな感情から力を得る。ダーカー因子とは真逆で、ダークファルスになればむしろ弱体化するかもしれないな」
「ダークファルスになればむしろ弱体化って……えっ……今よりもさらに弱くなるって、それもうダークファルスとして成立してなくない?」
「逆だ。貴様は下手なダークファルスを凌駕するほどのポテンシャルを持っているかもしれない」
「ポテン……えーっと……どういうこと……?」
【敗者】はレヴィをダークファルスにするという案は避けていた。
耐えられる器があるかないかと言われれば微妙なところだが、それより何より彼女だけが使えるグラン類似エネルギーやユニゾン波をダーカー因子によって失ってしまえば彼女の持つ最大のメリットが完全に消滅してしまう。
そうしたら汎用なダークファルスの完成で、そんなものでは【敗者】の想定する勝利は到底得られない。
中途半端に力があるだけの無能は彼にとって一番いらないものだった。
「ダークファルスを掌握さえすれば、上回ったのと同然だ。貴様はダーカーを誑かす事においては他の追随も許さない」
【敗者】はその言葉に嫌味ったらしい皮肉を存分に込めた。何せその最大の被害者が彼本人だから。
しかしレヴィはよくわかっていないどころか納得していない様子で。
「誑かす……?そういう強さって……強さと言えるの?」
「貴様は自分の力だけに拘りすぎなんだ。駒の強さもまた主君の強さ、それを掌握出来る支配力も力の一つだろう?」
そこまで言われてもレヴィは上手く飲み込めない。だってそもそも掌握するだの誑かすだのというのは、相手と上手く交友関係を紡げていることが前提だ。
レヴィはそんな気が全くしていなかった。
他者と上手く交流が出来ないのだから仲間の力を自分の力だとは思えなかったし、必然的に自分の力とは自分の体から出せる力のみと定義することになったのだから。
「って言われても……ダーカーとは確かに仲良く出来てるけど支配してるとは思わないし、そもそも……あんたとは別に仲良くないし……」
「は?」
レヴィはさも当然のように言葉を放ったが、【敗者】はその言葉で唖然とし、彼女を信じられないと言わんばかりに凝視する。
が、レヴィはその視線がなにか鬱陶しいものを見るように感じ眉を顰めた。
「……作業、終わったけど?なんで仕舞わせた訳?」
それでも【敗者】はその意味の分からない言葉から逃がすつもりはなく。
「僕は別に仲良くなれと命令した訳じゃないが?」
【敗者】は彼女に言い聞かせるためその言葉の裏に出来る限りの好意を込めた。
が、あくまで裏は裏。グラニエルを拒絶している彼がレヴィにその裏の意図を伝えられるわけもなければ、彼の概念を完全に決めつけて頭ごなしに否定している今の最低知能指数のレヴィにそれを理解できるはずもない。
「はぁ……分かってるよ。今その話はいいから。
質問に答えて?」
(だからこうやって話せるのは僕の言う支配ではなく自然の事で、貴様も楽しいと感じているならそれは心の底から仲良しということだろう?なぜ分からないんだ?)
なーんて彼の心の中ではレヴィの喜ぶような言葉をモヤモヤ考えているものの声には出ない。何故なら彼は元々そういう人間だ。自分の本心は極力隠すし話しても遠回りで、そのような"デレ"を口に出す性格ではない。
それでも今までやってこれたのは、それこそ彼の言う"双方向のユニゾン波"ありきのもの。
だが今は心の中の感情の方向性が何となく伝わるのを、 周りにある全てがひたすら阻止し続ける。フォトンバリアが一番の功労者だろう。
「……あのアークスが付近にいる。ここには近付かせないでくれ」
「わかった」
一応、返事を返した。だがレヴィの機嫌は誰から見ても最悪。
こんなレヴィと居続けたくないと、【敗者】はいてもたってもいられなくなった。
なぜわざわざ悪い方向に行こうとするのか。
なぜ全てをねじ曲げないと咀嚼できないのか。
誰が好きで悪い方向に行くというのか……
「何故不機嫌になる?」
「わたしとあんたが仲良くないから。以上」
【敗者】の思いに対しレヴィの言葉はシンプルで、彼女は拒絶するように体を背けると時間が動き出した。
能力の拡張は互いの繋がりあってこそのもの。
レヴィが自ら繋がりを解いたのだから、極端に誇張された時間支配が解除されるのは当然だ。
だが【敗者】は去ろうとする彼女の手を掴む。
「待て!」
「何、もう!」
確かにレヴィは面倒臭いし鬱陶しい。こんなに精神が不安定で何をしてもまとまらない奴なんて初めてだ。だが悪い関係のままでは居たくなかった。
「……いいか?僕は貴様に仲良くなって共に行動して欲しい、なんて命令したことはないだろう?」
「だから?」
「僕達にとって本来そのような関係は不要だ。なにせ雇用主と雇用者だ。だが、それでも僕達は上手くやってこれたと思っているんだが……それは僕の勘違いか?」
「……何が言いたいの?」
【敗者】にとっては嫌な手だ。どうにか脱却しようと探っていたが、急に態度を180度変えればレヴィが納得しないのもそれはそうだと彼は思った。
だから今は嫌な手でもいい。それで最悪の状態から変えられるなら、今はそれで。
「僕は、支配や契約を抜きに、自然に交友関係を作ることが出来ているなら、それは……
それは、人として元々相性が良かった、と……そう考えられるんじゃないか?」
【敗者】は自らを覆う全てを無くし、レヴィを受け入れようとした。彼のその優しい言葉はレヴィに対し、ゴーサインを出しているも同然で。
「はっ、……はぁ?!何言ってんのあんた!あ、相性とかなんとかもだもだいって……」
彼女が曖昧な返答の代わりに顔を赤くしたところで、【敗者】は彼女を抱き寄せる。
「きゃっ!」
分かっている。こうすれば彼女がどうするか、自分がどうなるか。
それでも構わない。
彼女が死んでしまいたいという気持ちで埋め尽くされるくらいなら、どんな手を使ってでも最悪の一歩手前で止まる方がいいに決まっている。
「あっ、相性とかそういうのなんも関係ないし、わたしはその!わたしたちはっ、ニュートラルな関係でいないとダメだから、だからその、あのっ……んぅっ?!」
レヴィの喧しい口を唇で無理やり塞ぎ、【敗者】は彼女と目を合わせた。
「……」
前は何をしようがこうすれば彼女から意思が伝わった。
だが今はそれでも足りない。ユニゾン波に侵されることは望んでないが伝播されないのは正常な挙動ではない。だから、もう少し踏み込まなければ。
「お前は僕の物だ」
「わ、わかってるってばそれくらい……」
何も分かってないのに分かってるなんて言われても、と【敗者】は心の中で呟いてから、静かに言葉を紡ぐ。
「……貴様は脆弱で、曖昧で、不安定だ。その身を案じて何が悪い?」
そこで二人の話題は再び戻った。
奇しくもレヴィが触れられたくなかったダーカー兵器の話に、だ。
【敗者】は本心から彼女を案じていた。そこに嘘はない。弱いのもどっちつかずで不安定なのも事実だ。そんな人間が傍に居て危険が迫っているのに安全だと思うほうがおかしいだろう。
だがレヴィにとっては意地を張って無視したせいで盛大に転んだのにそこを笑うこともなく無言で治療してもらったようなもの。心配以前に恥ずかしいし命以前に情けなくて仕方なかった。
「心配させるようなことしたのは悪いと思ってるよ!でも、あんたがわたしの心配する必要はない!わたしはあんたのこと守りたいんだよ?!それなのに、あんたに守ってもらってばっかじゃ恥ずかしいでしょ!」
だが、"以前"の感情でうだうだ考えられるのはレヴィ本人だけ。
周りの気持ちなんて一切考えていない。
「貴様はそんなつまらないプライドの為に命を投げ捨てるのか!」
「ッ!」
レヴィの体は完全に硬直した。
恥ずかしいとか情けないとか全部ただのプライドだ。自分が【敗者】を守"らなきゃ"というプライド。背伸びをしすぎて最早足元も目の前も何も見えていない。
そんな盲目さを指摘されて、レヴィの目は揺れた。
「僕に対してどう思おうが構わない。だが、そう思うなら、もう少し僕の事を考えてみろ!貴様は自分勝手過ぎる!」
「あっ、あんたのことなんか毎日考えてるに決まってるでしょ!今だって、わたしはあんたの為に……」
「僕の為にすることが、僕の命令を無視することなのか?」
「……」
レヴィはもう返す言葉もない。
彼の言葉は全部正論。
成功して帰ってきたならともかく、完全に失敗して帰ってきたのだからこれ以上何も言えなかった。
「僕はその時に一番正しい解を考えて貴様に命令しているんだ。それを無視して危ない選択を取って、まだ僕がカバー出来る範囲なら良い方だろう。実際に死んでいたら、どうするつもりだったんだ?」
「……ごめん」
レヴィの視線はぐるりぐるりと渦を巻いて俯き、彼を見ないようにしてボソリと呟いた。
まるで拗ねた子供みたいだ。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる