一方その頃。
「えっ?ここは……」
マトイはたった一回の瞬きで自分の居る場所が大きく変化していることに気付いた。
地獄のようなダーカーの巣窟から、アークスシップのロビーエリアまで……
自分が戻ろうとしたわけでも、何かの手立てがあった訳でもないのに、景色は一瞬にして切り替わり、その感覚は夢ではなくあまりにも本物すぎた。
「マトイ!!」
あまりにも突然の状況に呆然としていたマトイだったが、聞き覚えのある声に焦燥に染まったルビィの顔を見てようやく我に返る。
「るっ、ルビィ?!わたし、その……」
「大丈夫なのか?!お前がダーカーの巣窟で行方不明になったって言われて、帰還用のキャンプシップにも乗らなかったって聞いたから……」
「わたし、なんでここに……、さっきまで話してたはずなのに……」
マトイのあまりにも異様な様子にルビィは声を荒らげることを止め、彼女の顔を覗きこむとその表情は恐怖というよりかは困惑に近い、現実を受け入れられてないような様子だった。
「……大丈夫か?オペレーターの人達も心配してたから、とりあえず報告に……」
とりあえず、とルビィはオペレーターと話をしようとクエストカウンターへ一歩足を踏み出すが、マトイは慌ててそれを止めた。
「あっ!まっ、待って!」
「話があるの、ルビィ!」
「……話?」
マトイの表情はやっぱり深刻そうで、長時間の戦いでボロボロになっているというのに疲れひとつ感じさせない、むしろ何かに駆られてハイになっているようだった。
ルビィがマトイの方へ振り向くとマトイは衝動的に放った己の言葉にあわあわと慌て、えーっと、なんていう言葉を何度か続けてから声を吐き出す。
「えっと……わっ、……わたしの部屋まで来て!」
「分かったが……」
ルビィにそれを拒否する理由もなく、彼女は困惑しながらもマトイに案内され彼女のマイルームへと向かっていった。
マトイの部屋はアークスとして入隊した時に与えられたもので、中には最低限のものしかない。
とはいえ貰い物のルームグッズなどは飾っており、これから増やしていくのだろうという兆しは見えていた。
そんな中、マトイは深刻そうにソファへ座り、ルビィの方をじっと見る。
茶を出すほど悠長な事態でもないようで、ルビィはマトイの隣に座りつつも彼女が自分のタイミングで話し出すのをゆっくりと待っていた。
「あのね、ルビィ、その……ルビィはダーカーの巣窟、行ったことある?」
「あぁ、まあな」
ルビィからしたら最後に訪れたのは半年以上前だ。
ちょうどルーサーの悪事を暴こうと彼のやり口を調査していた時。
彼による陰謀なのかは知らないが、ある意味トラブルメーカーのルビィはあそこでも色々あったと記憶を掘り返す。
「あの場所って……ダークファルス、居た?」
「うん。私があの場所に連れ込まれた時は、一緒にメルフォンシーナも居たんだが……その時、【巨躯】と会ったよ」
「【巨躯】が……」
メルフォンシーナと迷い込んだルビィは、そこで彼女から過去の話を聞かされた。メルフォンシーナとその姉、そしてゲッテムハルトとの関係性。なぜゲッテムハルトがあのようになってしまったのか……
「【巨躯】と会ったのか?」
あそこに【巨躯】が出るという話は他のアークスもしていたことだ。だがルビィが会って以来、新たに【巨躯】があそこで活動しているという報告はなかったはずで、本人も興が冷めるだのなんだの言ってあまり楽しくなさそうにしていたことを覚えている。
「ち、違うの……えっと、……うぅ、もう何から話したらいいのかわかんない……いっぱい色んなことがありすぎて……」
しかしマイルームに来ても尚マトイの頭はぐちゃぐちゃで、一体どこから話せばいいのか、どこを軸として話すべきなのか完全に分からなくなっていた。
そんなマトイにルビィはそっと寄り添い、彼女の手に己の手のひらを重ねそっと目を合わせる。
「大丈夫。全部ちゃんと聞くから、ゆっくり話してくれ」
「わ、わかった、じゃあ……その、来た時から話、するね」
そう言われても、マトイは話し出すのに時間がかかった。
それでもゆっくりと、少しずつ経緯を説明する。
ダーカーの巣窟に迷い込んだこと。
そこで一人のアークスと出会い、行動していたこと。
そのアークスは一週間もずっと彷徨っていて、通信の繋がる場所を探してマトイと共に行動したこと。
「……それで、その、会った女の子が……レヴィ、っていう子で」
マトイは自然な流れでその名前を出したが、瞬間ルビィの体は硬直した。
「ッ!!」
「ルビィ?」
ルビィは完全に何か圧倒されたような眼差しをしており、マトイは不安げにルビィの顔を覗くと彼女と目が合う。
するとルビィは我に返ったようにはっと顔を上げ、いつも通りにへらと軽そうな笑みを浮かべた。
「い、……いや、なんでもない。それで?」
マトイはルビィのその様子に不安になりつつも、話を続ける。
それは包み隠さずであり、レヴィに刃を向けられ殺されそうになったという話も行った。
その時のルビィは非常に険しそうで、どこか怒りすら感じられる様子だったが、ダーカー兵器によってレヴィが攫われそうになったという話を聞くとむしろ落ち着いたようにゆっくりと相槌を打っていた。
「人を言葉巧みに誘引して喰らおうとする新種のダーカー兵器か……。それは恐ろしいものだな」
「それで、その、わたしが間に合わないかも、って思った時に……助けみたいなものが、入ったの」
マトイからすればレヴィの話など前座だ。ルビィに相談するべき懸念事項とは自分が殺されそうになった相手の話などではなくその場に居ない存在の話である。
「別のダーカーがあの子を助けてた」
マトイはその言葉を呟いたあとルビィの目を見つめ、そっと言葉を続ける。
「……有翼型だった。
それに、あの子の端末から、声が聞こえてきて……その声が、その、すごく聞き覚えのある声で……」
「なんて言ったんだ?」
「あの子の名前を呼んだの。そしたら、パッと目が覚めたみたいになって、あの子も抵抗を始めて……。それで、そいつは端末で、わたしに向けてこう言ったの。それくらいさっさと壊せ、出来損ないって」
「……」
「それでね、その、その後……あの子は逃げるようにどこかへ消えていった。
だけど、もう一度歩いて探したら、あの子がいて、でもそばに、別の男がいて……、そいつが……」
ルビィはもはや次にマトイが言いたい言葉を分かっていた。
レヴィというアークスの存在と有翼系ダーカー、そしてダークファルスときたらもう一択しかない。ルビィもさんざん調査済みである。
「【敗者】?」
しかし、マトイはうんうんと頷くと少し慌てた様子になった。
普通ならあの憎たらしいやつが、なんて言う話になるはずなのに、マトイはなぜか顔を赤らめて視線がキョロキョロとあちらこちらへ逸れている。
「そう!でも、変だったの、あいつ、あいつあの子と……き、キス、とか、してて、それで……それで、なんか、む、胸とか、触って……」
そこまで言うと、ルビィは慌てて手を突き出しマトイの言葉を塞き止めるように声を張り上げた。
「い、言わなくていい!大丈夫、分かってるから!」
「えっ!」
「そいつは間違いなく【敗者】だ!うん、私もこの目で見た!その……不埒極まりない行為を!」
マトイが見たその"光景"は徹底的なキスだけだったがルビィは違う。彼女は明確に二人のそういうアレなシーンを見ていた。しかも一度足らず二度も。公衆の場で不埒なことを出来る輩がダーカーの巣窟などというなおさらに閉鎖的な空間で弾けないわけがない、とルビィは確信し、頭の中で彼らが何をしていたか思い出すと彼女は怒りなのか照れなのか分からない赤い顔で拳を握りしめる。
「許せない……!未成年のマトイの前でまでそんないやらしい行為を……!!」
「ちっ、ちがちがちが!!わ、わたしが勝手に覗き見してただけだもんっ!!」
それを言ったらルビィだって覗き見していただけだ。だがいくら覗き見したからって、そもそも人目に付くような場所で子供に見せてはいけない行為をする理屈なんてないだろう。
「でもダメだろう?!公衆の場で……セッ、……セッ、クス、なんて!!」
だが、振り絞ったその声を聞き……マトイは完全に静止した。
「へっ?」
「え?」
セックス?セックスってあの、えっちな行為?いやらしいこと?男の人と女の人が恥ずかしいところを見せあって、恥ずかしいことをするやつ?
なんていう脳内での事実確認が行われたあと、マトイは顔を真っ赤にしてルビィを叩き始める。
「きゃ、きゃああああーーー?!!!なんてこと言ってるのルビィ!?」
「えっ、まっ、えっ?!!わ、私っ、あっ、やっ、ヤッてなかったのか?!!」
「ず、ずっとその……ずっとちゅーしてただけだよっ!!」
「ぬ、脱いだりしてなかったか?!」
「服着てたよぉおー!!!」
そう言われてルビィも自分のミスに気付き、慌てて手を合わせまるで土下座をするような勢いでマトイに頭を下げ始めた。もう場はめちゃくちゃだ。
「うっ、うわぁあああーー?!!マトイごめん!ごめんごめんごめん!!忘れてぇええーー!!」
そんな珍しくルビィが大慌てで我を乱す様にマトイは思わず面白くなり、くすくすと口を抑えてニヤけた後、堪えきれず爆発したように笑う。
「っ、……ふふっ、あはははっ!!」
「ちょっ、そんな笑う所あった?!」
「ううん、ふふっ、でも、その……る、ルビィのそんな素の所初めて見たからっ、ふふふっ、だってルビィいっつも凛々しくて、焦ってる時もなんか、かっこいいから……、今のルビィ、すっごく可愛い」
「か、可愛……って、……私そんなこと言われたことないんだけど!!」
ルビィはいつも男勝りで凛とした様子で、強く気高く美しさのある人だったが、良くも悪くも他人に踏み入らせないような孤高さもあった。
お人好しなのに何故か自分からあまり話しかけない寡黙さもあって、ルビィの周りにはいつも人がいるが皆からどこか神聖視されているような感覚もある。
そんな彼女がまるで生娘のように慌てふためく様はいい意味でレアであり、マトイはそんな光景にどこか優越感すら感じられた。
「はぁはぁ……っ、ふふ、ごめんね、ちょっと面白くて、ほんとに……」
「とっ、とに、とにかくだ……コホン!えっと……」
そんなマトイの楽しげな顔を見てルビィは恥ずかしくなり何度かの咳払いで無理やり場を収めたあと、話を戻す事で誤魔化そうとする。
「【敗者】の今の居場所が、ダーカーの巣窟って話だろ?」
「うん、そういうことで……」
「ちょっと……その、私は、もう少し前に見つけてたんだが……」
「へっ?」
「まだ誰にも言ってなかったんだ。その、考えたくて」
「考えるって……」
「変だっただろ?アイツ」
「まあ、すっごくヘンだったけど……」
変だったからこそルビィは誰にも言えなかった。変だったからこそマトイはルビィに話した。もっと分かりやすく【敗者】が【敗者】らしければ彼らはシャオやアークスの管制達へ真っ先に話していたことだろう。
この面は、【敗者】とレヴィの作戦が完全に成功している証でもある。
「だから、なんというか……もう少しちゃんと調べたいというか、変わったのだとしたら、どう変わったのか、……その、アイツが何の目的でオラクルにいるのか……理解してからにしようかと思った」
それでもルビィとマトイの考え方は違った。
「でも、アイツはシオンさんを殺したんだよ?!それにクーナちゃんだって、カスラさんだって、みんなみんなアイツに……」
「分かってる!そんくらい分かってるさ……」
マトイは二人に対しては完全に被害者で、そう言うのも当然だ。しかしルビィはそれを上手く飲み込めなかった。
【敗者】だけならともかくレヴィがいるから。
あの時レヴィと対峙して、それからレヴィの事情を調べて、ルビィとレヴィの関係性を知ってしまったあとは、簡単に勧善懲悪で済ませられるような事情じゃないのだとルビィは考え始めてしまったのだ。
「でも、……じゃあ、私がその理由で【敗者】を殺していいとしたら、私はあの子をどうすればいいんだ?!今のあの子には、私を殺す権利があるって事だろう!」
「ル、……ルビィ?」
ルビィはレヴィにそういうことをした自覚があった。
あの時までは全くなかったが、意識をしてからは確かにおかしいと思うことが多かった。彼女がどんなに救いたくない形をしていようが、彼女が助けを求めてもそれを拒絶したこともあった。
でもおかしいと薄々わかっていたのにルビィは何もしなかった。周りからなぜ妹という存在だけ何度も聞かれるのか、なぜルビィの妹という存在が噂にあるのか、それを知っていたのに何かしらの風の噂やタチの悪いデマで済ませてしまい考えることもしなかった自分には完全に非があると思っていた。
たとえレヴィが犯罪者で、ダークファルス【敗者】などという極悪人のそばに居ることを選んでいたとしても。
「私があの子から全部を奪ったってなら、あの子は私に対して復讐する権利がある!私達がルーサーに対して殺す権利があるのと同じように……
でもそれで本当にいいのか?殺して、殺されて、また殺して……この世界ってのは、それで丸く収まるもんなのか?!そうやってたらキリがないだろう!
誰かが止めないと!誰かが許さないと憎しみが積み重なるだけで……」
ルビィの言葉はもはやマトイに対する言葉ではなく自分に対する叫びだった。
今まで自分がどれほど他者に評価されてきて、英雄視されてきて、たくさんの人を救ってきたのかということが事実だったとしても、たかが身内のひとり、それも血の繋がった妹などという両親を失ったルビィにとって唯一大切にするべきだった存在を見捨てたのは完全に言い逃れの出来ない事実だから。
「あの、……」
マトイはそんなルビィの異様な様子に圧倒されながら恐る恐る声を出した。
「あの子って、……レヴィ、だよね?」
「……あぁ」
マトイはレヴィがルビィを異様に敵視していたことも覚えていた。
ルビィがレヴィに対して何らかの罪悪感を覚えており、レヴィがルビィを異様に敵視している。でも二人が話したり何かしら交流した場面をマトイは全く知らない。だからその様子はどちらを見てもとても異様だった。
マトイはルビィが一方的に悪いとは思えなかった。レヴィは【敗者】に与するような人物だし、いくらダーカー因子に侵されていたとはいえあまりにも人殺しに手馴れていたから。
ルビィの勘違いかもしれないし、ルビィが思い詰めすぎていておかしくなっているのかもしれない。はたまたそれが事実で本当にルビィが全面的に悪かったとしても、何かしらやり直せる手立てがあるのかもしれない。
「お願い、ルビィ。全部聞かせて。
わたしも一緒に考えたい」
レヴィに関することは【敗者】に関することでもあり、【敗者】に関することはレヴィに関することでもある。
マトイもルビィもそれには気づいていた。だからこそだ。
「わたしも、ルビィの考えてることもっと知りたい。そんな大切な選択を、ルビィ一人に背負わせたくない。だから、一緒に考えよう?」
「マトイ……」
「ルーサーに歯向かうって決めたのも、シオンさんが選んだのも、わたしたちなんだから。
だからシオンさんが居なくても、ルーサーが生きてる限り……
シオンさんがそうしたように、わたしたちの手でアイツをなんとかしなくちゃ」
「……」
「もしかしたら、その手段は殺すだけじゃないかもしれない。新たな憎しみを産まない方法で、シオンさんの願いを叶えられるかもしれない」
マトイはルビィに苦しんで欲しくなかった。単純に【敗者】を殺すという選択肢を選んで、それで結果的にルビィが苦しむことになるのなら、マトイはもう少し別のやり方を模索するべきだと思った。いくら自分にとって憎たらしい存在だとはいえ、その復讐のためにルビィが不幸になるのは全く不本意なことだったから。
「わたしは幸せになるために誰かを蹴落とすみたいなこと、したくない。
そんなことしたら、アイツと同じになっちゃう。わたしはアイツが不幸にならないと、自分が幸せになれないなんて思ってないから」
「……私も、そう思いたい」
マトイが望むのは復讐じゃない。平和な世界でルビィと共に幸せになることだ。
だからもしルビィが殺すことに対して何か忌避感があるというのなら、マトイだってそれを考えたかった。
マトイはルビィに追いつきたかったから。自分を救ってくれたいちばん大切な人を守りたかったから。
マトイはその時、レヴィから別れ際に言われたことを思い出した。
(愛する人のために、自分が不幸になる……
それだけの覚悟があの子にあるなら、わたしにだってある)
なにも悪に与することなどなくてもその程度の覚悟はアークスにもできる。
マトイにだって当然出来る。
マトイはアークスたちが好きで、ルビィが好きで、みんなが好きだった。
(わたしだって、みんなを守るために……)
(みんなを守るために戦わなきゃ……!)
だからこそ、マトイは誓う。
自分が不幸になったとしても、この命が尽きたとしても、それでも構わないと……
そんな破滅的で危険な根幹を、マトイは二度掴み取った。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる