宝飾品用のドレッサー。
その一番目立つ煌びやかな収納の中に、紅い指輪の着いたネックレスが入っていた。
レヴィはそれを箱ごと取り出すと、じっと凝視する。
「……」
暫くそれを眺めた後、レヴィは部屋の周りや窓の外を凝視してから、ある相手へ連絡を入れた。
レヴィが選ばないタイプの青を基調としたグラフィックデザインに無機質なコール音。
シルンから貰った特殊な端末でレヴィは通話を掛けると、何コールか繰り返した後に繋がった。
「シルン」
「んだよお前か……何用だ?」
シルンは通話の向こうで呆れたようにため息をついた。そりゃそうだ。レヴィと言えば電話に出ないしメッセージもろくに返さない上礼儀も何も無い。
同じ要件なら【敗者】から貰った方がよっぽどマシである。
だが、レヴィがそんなシルンの感情に配慮する訳などなく、彼女は世間話も一切なしに言葉を放った。
「あのさ、……ちょっとお金がないから、売りたいものがあるんだけど……いい?」
「俺経由でか?中間手数料貰えるならまあいいが……なんだよ」
「指輪」
「指輪って……自作の奴か?」
シルンは訝しげに聞き返す。
レヴィが色々とアクセサリーを貰っているのは当然知っていたが、どこにでもあるようなジュエリー装飾ならわざわざ人を経由してまで売るわけが無いからだ。
だからこそ修行を兼ねて作ったハンドメイド品を詐欺にでも使って欲しいのかと考察したのだが、レヴィの答えはそんなちゃちな物ではない。
「ううん。3000万。……多分高く売れるよね?」
それを聞いて、シルンは目を丸くした。
レヴィはいくら高額な指輪を持っていようが、3000万もする代物はたった一つしかない。
それはレヴィがここ数ヶ月つけていたものだし、シルンも購入段階からよく知っているものだ。
何せオーダー通りに注文して取り寄せたのはシルン本人なんだから。
「は?何言ってんだお前……それ……総長様から貰ったやつじゃないのか?!」
レヴィはシルンの態度とは逆に全く感情を出さず、悪びれもないように淡々と返す。
「いや?別に指につけてる訳でもないし、あってもなくても変わらないよ。もうアークスには見せる分だけ見せたから、ネックレスの先を見せないように付ければあるかどうかなんて分からなくなるし」
「いやいや……そういう問題じゃなくてだな。人から貰ったものを……しかも婚約指輪を売るなんてどういう神経してるんだよ」
「アイツだって人の通帳から勝手に金引き出して使ってるんだから良くない?」
「それとこれとは別だろ?お前総長様からいくら貰ってると思ってんだよ」
「うん。いくらでも貰ってるよね?だから要らないものは売りたいの。アイツも、わたしがあげた研究資材で要らないものは売ったって言ってたし」
「いやまあ要らないものを売るのは止めないぞ?だがな、婚約指輪って売るもんじゃねえんだよ。それってこう……魂みたいなもんだろ?」
シルンは分かっている。その婚約指輪が偽物……偽りの関係を示すものだということを。
だが彼が見る限り、二人の好意が偽物とは全く思えなかった。
レヴィが【敗者】に恋しているのは誰の目から見ても明らかだったし、【敗者】も満更じゃないどころかその過去と結びつかない位にはレヴィへ好意を示していた。
だからこんなことをレヴィも【敗者】も許すはずがないのだが、レヴィは何故かそれを当然のように振舞っている。
「これは本物じゃなくて偽物。そこに魂も意思もない。いいから早く売って。今送るから」
レヴィは躊躇いもなく指輪の入った箱を倉庫に入れ、それをシルンに送り付けた。
レヴィは分かっていた。自分はこれに縋っていると言うことを。
自分が【敗者】に対して期待してしまうのは、こんなものを貰ったせいなのだとよく分かっていた。
だから駒と主人という関係ではなく一人の女と男としての関係を見てしまい、悲しみを覚えて、やりたいことに集中出来ないのだと。
「……」
「は?お前ちょっと待てって!総長様に確認取ってから……うわっもう送ったのかよ!お前ほんと馬鹿か?!本気で怒られても知らねえぞ?!」
「アイツ怒らないから。とりあえず売れたらちゃんと送金してね。じゃあ」
「いやじゃあじゃなくて……」
レヴィは言うだけ言い終わると、シルンの返事を待たずにすぐ通話を終了した。
「……」
空っぽの手の中を眺め、空気を潰すように拳を握り締める。
「まあ、別に金は足りてるんだけど……持ってると気が引き締まらないし。売ってもらった方が早い」
レヴィはゆっくりと彼の姿を思い出した。
アクセサリーのフィッティングをした時、彼の指にいくつもの指輪を装着した。
――左手の薬指を避けて。
そこには婚約指輪が未だに付いていた。
(アイツもなんでこんな場所でもつけてるんだか……人目もないのにさぁ)
あれを付ける目的は、アークスへのパフォーマンスの為だ。……ここには、レヴィと【敗者】以外誰も居ない。
(シルンの奴……端末ひとつしか寄越してこなかったってことは、それ無しに【敗者】と連絡を取る手段はないし。
その端末をわたしが持ってるんだから……【敗者】にバレることは無いでしょ。
元からわたしはネックレス付けるの忘れまくってたし、別に聞かれても人目ないからで押し通せるし)
レヴィは拳を開くとカバンを掴み、中に必要な道具を押し込んだ。
そして、船の扉を開ける前にもう一度振り返る。
【敗者】は自分のバディだが、自分は【敗者】の駒。
そこに情も好意も要らない。あくまで【敗者】はシルンと同じビジネス仲間だ。
【敗者】は少数精鋭のスタンスだからあくまで自分を採用しただけで、本来自分は代替の効くパーツでしかない。
自分は彼の望みを叶えるその道の一つ、ただの舗装もされていないような歩きにくい砂利道だ。
「婚約指輪なんて、嫌われてる奴の持ち物じゃないよ」
そうやってレヴィは言い聞かせて、ゆっくりと扉を開いた。
【敗者】に付き従うことはルビィを殺す為の道のりでもある。
ルビィを排除したいという点においては【敗者】もレヴィも強く一致していた。
だからこそ二人の関係の本質とは、欲望の為の道具でしかないのだ。
「……」
赤と黒が続く景色の中を早足で歩いていると、急に足元をつつかれレヴィは思わず飛び跳ねた。
「うわっ!なに……びっくりした……驚かせないでよ」
ダガンだ。有翼型ではないがレヴィに敵対はしておらず、他の個体よりも小さなそのダガンはレヴィの周りをキョロキョロと回って構ってほしそうにしていた。
「よく見るとダーカーってみんな可愛いな……じゃなくて。今から作業するからあんたは着いてきちゃダメ。いい?」
ため息のあと、頭部に値する部分を一撫で。
それだけ済ませるとレヴィは足を大きく上げてダガンを大げさに跨ぎ、先程よりもずっと早足で道を進む。
前まで構っていたキャンプシップとは別方向で、距離もそれなりに遠い。
ここまで歩くとは思っていなかったため、バイクか何かを持ってくればよかったと少し後悔していた。
「はぁ〜……またエンジン触らないといけないのかぁ〜〜……でもスペア必要だしなぁ……そうしないと改造出来ないし〜……でもこっちから送るのは許可降りたけど向こうから送られてきて住所バレなんてしたら嫌だからなぁうーん……手袋も結局なし……うーん……」
墜落したキャンプシップの前に辿り着いてもレヴィは立ちすくんだままで、うんうんと悩んではため息を着く。
墜落したキャンプシップが何台もあるということは、その分だけ【敗者】はアークスを使って実験をしてきたということだろう。
アブダクションという名の誘拐と、アークスのデータ収集……
その場で死んだアークスだっていくらでもいるし、帰還したとしても収集したデータによりクローンが作られる。
この場にはダーカーだけではなくそれらのクローンの飼育場所にもなっているらしいが……実際、レヴィと敵対するのかどうかは分からない。
「……余りはいくらでもある。でも、全部LNPエンジンだろうし……間違えたらその分だけつらくなるだけ」
レヴィはプレッシャーの中でも平静を保てるよう自分を言い聞かせてきたがどうも落ち着かず、ある物を取りだした。
《自主規制》である。
437-38-7、鎮痛剤とでも言っておこうか。
レヴィとしてもあまり使いたくない手段だったのだが、失敗するよりはよっぽどいい。
身体中に走る痛みも心の中にある不安感もこれで一時的に抑え込める。
「よし。袋は余分に持ってきたし迷わなきゃ前より楽なはず……」
レヴィはそんなことを呟いてから上着を脱ぎ、注射の針を刺した。
錠剤の方がそういう方面では使いやすいのだがレヴィも一応サイボーグ研究で人体にも薬にも触り慣れている。濃度調整くらいなら余裕だ。
「……せっかくだから下全部脱ぐか。ベルトは……腕に巻こう。邪魔なら外したっていい……」
キャンプシップは陸地を跨ぐように池の真上に墜落しており、エンジンを取り出すには赤黒い色の液で満ちた池に入るしか無かった。
どう見てもまともな水とは思えないが、そもそも空気自体澱んだこの場所で今更水ひとつに気を向けても無駄である。
レヴィは惜しげも無くソックスと下着を脱いで下裸の状態になり、ノースリーブシャツも半端にボタンを緩めて結び丈を縮める。
気休め程度の手袋も水で濡れて重くなるくらいなら無い方がいい。
そうしてレヴィは出来うる限りの服装を整える。
その頃にはしっかり薬も効いており、レヴィは何事にも打ち勝てそうな強い全能感と軽快感が全身を駆け巡り、気持ちは完全にハイになっていた。
そうして彼女は両手を包み、ゆっくりとそれを顔に当てる。
「よし……わたし頑張れ。わたし頑張る。いくぞいくぞいくぞー……完璧にこなす!」
レヴィはこれから地獄のような目に遭うと分かっていても恐怖心は全く感じず、意気揚々と池の中に入っていくと外装を取り外しエンジンに手を掛けた。
「ッう゛、……!!」
全身を駆け巡るような痛みはない。
体を一気に熱くなり、熱で溶けてしまいそうだが……目眩や気持ち悪さくらいならまだ耐えられそうだ。
「……っ、ん゛……っ、……」
全ての感覚が繊細に、レヴィが普段感じるよりもずっと強く響いてくる。
元々五感が繊細なレヴィにとっては苦痛の領域に入る程でもあったが、その繊細さが細かいネジやパーツのひとつを逃さず解体を進められていた。
だが、痛みは我慢出来ても込み上げるものはそう簡単に我慢出来ない。
レヴィは限界まで達するとパッと手を離し、袋を掴んでそこに込み上げたものを吐き出した。
「……うぐ、……ううううーー……」
計算済み。液体だけだ。だが一度吐くと吐き癖が付いて止まらなくなる。
「っ!!あーだめ、やっぱ口に付けるしかやり方ないか……吐き気止め飲んでも無駄とか……」
溜息をつき、レヴィはゆっくり深呼吸すると近くにあった道具箱の中身を全部放り出した。
「いや、もうこうでいいや。袋付けるのめんどいしコレで垂れ流そ。終わったら投げ捨てればいいよ」
そしてそのそれなりに大きな箱を腹の前に置き、前方はキャンプシップの外装に押し付けると水の中ながらしっかり固定されている。
レヴィはそのまま作業を再開した。
当然嘔吐も繰り返し、吐いたものは無色から緑色の内臓の液を超えて血も咳き込みながら、ひたすら純度の高いフォトンに触れ続ける。
「……ッはぁはぁ……っ、……もうすぐ、もうすぐもうすぐ……」
LNP燃料タンク自体は二リットルのペットボトル程度だと言うのに、そんなサイズでキャンプシップを動かし、巨大タンクほどになればアークスシップまで動かせるのだ。
フォトンという技術がオラクルにとって革命であったのは間違いないが、レヴィはその恩恵を受ける事は出来なかった。
「よし!」
レヴィは二度目の解体を終え、タンクとパーツの入った箱を掴むと急いで足を進め我より先にと陸に置いた。
燃料タンクさえなければレヴィは普通に作業が出来る。
「あとは残りを……」
吐くことも痛むこともないまま全ての作業を終わらせてしまおうと振り向くが、何故か泥が絡んだかのように足が動かない。
そして一歩踏み出すと、視界を闇が覆っていく。
(あれ?目の前がなんか真っ暗に……)
パチリ。
目を覚ますと、レヴィは身体中を覆う湿った感触と水を吸って重くなったシャツに引っ張られながら起き上がった。
「……うわ……サイアク……」
そこは池の横。彼女は全身ずぶ濡れの状態で、視界には解体途中のエンジンが映っていた。
しかし、そんなレヴィの足に爪を立てちょいちょいと手招いてくる存在もそこにはいた。
「あんた、さっきの……」
レヴィが視線を向けると、そこにはダガンがいた。
ダガン種の見た目に差なんてほとんどないが、コアの色から明らかに先程のダガンと同個体だと思われる。
「あんた、わたしのこと引き上げてくれたの?」
レヴィの言葉に応じ、ダガンは彼女の膝の上に乗った。
まるで褒めてくれと強請る犬のようで、レヴィは思わずくすりと笑うとダガンを抱えて撫で回す。
「ふふ、ありがと。いい子だね……」
レヴィはダガンをゆっくりと放して下ろすと、ぼんやりとした赤黒い視界に気が付く。
どうやら作業中無意識に外していたようで、レヴィはダーカー因子抑制用のベルトも付けておらず服も何もかも濡れてダメになっており、これでは意味がないと対処も諦めることにした。
上着やスカートは濡れずに残っているとはいえ、作業もまだ終わっていない。今なら全裸の方がマシだ。
「流石に着替えたいけど……まだ解体終わってないし、燃料タンクを持ち帰るとかいうデストラップも残ってるし、それやってからか」
レヴィはゆっくり考え込んでから立ち上がり、試しに燃料タンクの入った箱に触れてみるが……当然ダメ。
「う゛っ、……いや、我慢我慢……」
そして何より、吐瀉物だらけの箱をまだ放置したままだ。
レヴィは池の中のそれを引き寄せて陸へ近づくと、ダガンの方をちらりと見た。
「あんたさ……良かったらこのゴミ箱……えっと、埋めるの手伝ってくんない?拒絶反応で吐いてぶっ倒れたとか……そういうの、アイツにバレたくないから……」
ダガンは鳴き声をあげることもなかったが何となく了承したような挙動をし、レヴィは柔らかく微笑むが、赤黒い視界の中でぐらりと体が揺らぐとまた沈みかける。
「ありがと……。はぁはぁ……、解体、おわったら……その、埋めにいくから、穴作っといて……」
なんとかまた起き上がり、ダガンにそう答えると其れはカサカサと足音を立てて離れ……近くの場所を掘っていた。
ダガンと話ができたらいいんだけど……、なんてレヴィは小さく呟いてから踵を帰し、またエンジンの解体を進める。
「【敗者】にダメなことバレずに船の中まで持ってくとしたら……それはもう……そういうことだよね?」
行動ルートはほとんど一本道。
【敗者】に見つからないまま燃料タンクを持ち帰ることは困難だ。
だが燃料タンクを持っている時の明らかな不調は薬物程度じゃ抑えられず、話しかけられたりなんてしたら説明義務が発生し絶体絶命だろう。
「演技するしかないか……あーでもこんなに濡れてたら絶対引き止められるだろうし……」
そもそも、ずぶ濡れの体に半端に着た服、ベルトもなしという容姿の時点で流石の【敗者】でもレヴィの異常に触れないわけがない。
【敗者】が見てなければいいなんて思っていても、そういう時に限ってあの男はレヴィを凝視する。
「あ、遠回りすればいいのか」
【敗者】を避けるとしたら真逆の背面から船に戻るしかない。
だがそうすると完全に逆方向で遠回りする必要がある。距離としては直線帰宅の四倍程度だ。
マトイと会った時に歩いたお陰で遠回りの経験自体はあるが、あの時と今では体調に天地の差がある。
「アイツ拠点から微塵も動かないし、迂回で倒れたりしてもバレないはず……」
そんな事をブツブツと呟きながら解体を完了させると、レヴィはエンジンを取り外し蓋を閉めた。
「よし。帰ったらせめてなんかの固体食べよ……」
再び陸に戻ると、脚を土で汚したダガンがそこに立ちレヴィをじっと見上げていた。
改めて……。
改めて、人の形をしていなくとも、ダーカーはヒトよりずっと優しいみたいだ。
「ありがとね、キミ。ほんとに助かった」
ダガン改めダルメシアンはレヴィの足に抱きつき、愛好か何かの意を示すとそのまま彼女を開けた穴の方へ案内した。
「はぁ……わたしもダークファルスになって眷属使役しようかな……。いや、パシリ欲しいだけっていう名目は失礼か……」
ゴミ箱を放り込み、土を被せて簡単に埋めると、上着を着て燃料タンクの方に目を向ける。
「証拠隠滅完了。じゃ……大仕事始めますか」
レヴィは箱を掴み、足速に道を進む。
舗装されていない凸凹の道、辺りを覆う湿った空気、一歩足を踏み外せば池に落ちてしまうような細い道。
「はぁっ、……はぁっ……」
ぼやけて視界も殆ど機能しない中、四肢だけは意地でも機能させて無理やり進んでいく。
「ッう゛……」
石につまづき、体がよろけるとそのまま倒れ込む。
箱を庇うように体を捩らせれば、どうやら足を思い切り捻ったらしく。
「やば、一旦休憩……一旦……はぁはぁ……」
レヴィは地面に横たわり、荒い呼吸と共に痛む足首を抑え蹲った。
「普通のアークスなら……いや、普通の人間ならこんなの簡単に持ち運べるのに……」
濡れた肌に土埃が付く。
過ぎ去るダーカーはレヴィをチラリと見ては去っていく。
当然、【敗者】がやってくるわけもない。
「なんでわたしばっかり……」
そんなレヴィの声は、響くことなく消えていった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる