――広いだけの虚無の部屋の中。
レヴィはため息をひとつ零すと、ぼんやり牢の天板を見つめる。
部屋の大きさは彼女が住んでいた賃貸のワンルームとだいたい同じ大きさだが、ドアは出入口のひとつのみでトイレは見当たらない。
自分が住んでいた部屋と同じように風呂トイレなしの物件なのだろうか、とレヴィは一瞬考えてはみたが、内装はカーペットも壁紙も、それから家具もなんだか艶やかで高そうだ。
「つまんないの…」
彼女は結局一睡もすることは出来ず、牢屋の中で汗をかかない程度にトレーニングやストレッチをしてからこの何も無い場所で座り込むだけだった。
夏だというのに不思議なくらい涼しくて、それなのにコートも羽織っていない。
寒い。
そして、いつまで経っても【敗者】はやってこない。
人間なんて所詮そんなものだ。
それにレヴィはただの最弱アークス。彼にとっての駒の価値なんて微塵もない。
今頃、自分とはかけ離れて優秀な六芒均衡にでも会いにいっているのではないか。
そんなことを考えると、レヴィはだんだん憂鬱になってきた。
――わたしは自分の目的も果たせなかった。
そして、それが失敗した罰を未だに受け続けている……
レヴィは昔、死にたいと考えていたことがあった。
彼女が親の支配下にあったとき、小さな倉庫の中がレヴィの世界の全てだった時、レヴィは生きていても無駄だと考えた。
しかし、レヴィはその後生きる意味を知った。
誰かを殺せる力を持って、レヴィは自分が真の最弱ではないとわかった時から、レヴィは死にたいと思うのをやめて、むしろ生に執着するようになった。
どんな代償を払っても、どんなに世界を犠牲にしても、自分だけは絶対に生き残ってみせる。
そうすることで、すべてを捩じ伏せて、自分を見下した全てに復讐する。
それがレヴィの誓いで、今日までレヴィはそうやって生きてきた。
しかし、レヴィがこんなに虚無な気持ちになったのは何年ぶりだろうか。
未だに帰ってこない【敗者】のことを考えると、レヴィは目が虚ろになり、ぼんやりと檻を見つめ――
「あれさえ壊せれば…」
【敗者】といた時に鉄棒を曲げようとしたのに、何故かレヴィの力でもうんともすんとも言わなかったことを思い出す。
こんなことならあの男に本か筋トレ道具でも頼んでおくべきだったかもしれない、とレヴィはふと考えてしまった。
いや、そこまでプライドを捨てる必要は無い。
今のレヴィに必要なのはこの牢を快適に過ごすための方法ではなくて、この家から脱出するための方法だ。
「これじゃピッキングなんてできないしなぁ…」
やはりフォトンアレルギー対策のためにこの牢屋の鍵もフォトンを用いた物ではなく、物理鍵となっている。
レヴィの服に着いているジッパーでは流石に針金の代わりになんかならないし、ブラジャーのワイヤーではぐにゃぐにゃとあらぬ方向に曲がるだけで無意味だ。
「こいつさえ…」
レヴィが再び鉄棒を握り、ぐっと握り締めて居るとぐにゃ、と柔らかい感覚が手のひらに響く。
なにかついていたのだろうかと瞬間で手を離してみると、昨日はうんともすんとも言わなかった鉄棒がまるでクシャクシャにした紙のようにペッタンコに潰れていた。
「えっ?!えーっ?!」
レヴィは思わず子供みたいな歓喜の声を上げ、次の瞬間両手を持って鉄棒を掴み、腕を広げてこじ開けた。
「わっ、わぁ……!!」
バキ、と鉄棒に押されて扉が歪んだ音が響く。
それがまた滑稽で、人が二人は余裕で通れるであろう穴を見て満面の笑みになるとそのまま悠々と牢の外に出た。
レヴィはふわふわとした足取りで歩き、くるくると回って、金色の髪を揺らしながらへにゃへにゃと顔を綻ばせる。
「やったぁー!出られたっ!えへ、えへへっ!わたしったら完璧すぎ…!」
なぜ昨日は動かなかったのか、謎は残ったままだが脱出が最優先だ。
扉から出る選択肢はもちろん無い。
レヴィがいそいそと窓の方に近づくと、目の前に大きな森が見える。
どうやらここは森の中にある建物のようであり、ここは多分……三階位だ。
しかし森というのはレヴィにとって実に都合がいい。
姿を隠すのにはうってつけで、火を付けて燃やせば時間を稼ぐこともできるし、なんなら【敗者】の指名手配のデータが消化用のマシナリーに搭載された監視カメラなどに着いていれば奴はすぐに拘束だ。
これは己にとって都合が良すぎるのかもしれない。
レヴィは思わず小さく小躍りして、くすくす笑うと窓を開けた。
外の青い緑の香りに、小さく鳥の鳴き声が聞こえる。
今は端末も武器も持っていないが、一時的に家に帰って準備を整えてから取り返しに行くとか、通報してあの男を拘束して貰いその時に武器や端末を取り返すのも悪くは無いだろう。
「エヘ〜へへ〜さよーならッ!」
レヴィはそのまま上機嫌に窓の緣に立ち、バッと体を広げて飛び降りる。
風を感じながら宙を掛け、地面に着地するかと思われた感覚は全くない。
パサッ……
風もなく、あの自然の匂いもなく、広げた体が4メートル程の部屋の天井から降り、反射的に体が動いて何とか膝を曲げて着地する。
「ッわふ…わ、………ふ……?」
レヴィは目の前の光景が信じられず、思わず硬直して目を開いた。
「そろそろ来る頃だとは思っていた……」
あの特徴的なグラデーションの髪の男が、キャスターの着いた黒い一人掛けのソファの背もたれに体を預け、そしてくるりとレヴィに振り返る。
「な、……あれ?あっ、あれ、あれっ?」
彼の周囲には沢山のプログラムや計算式と、それからレヴィの端末から表示されたものらしい投影されたホログラフィックのモニターが漂っており、彼は手を少し払うとそれらが全て消えていく。
「"どうして窓から外に出たはずなのにここにいるのだろう"……というのが現在の心境か?」
「あ、当たり前でしょ?!なんであんたがここに?!い、いや違くて、なんでわたしが此処に?!」
「貴様の無知で愚かで満ち足りた笑みと愉快な声は傑作と言っても差し支えない。全宇宙に晒しあげるべき醜態だったな」
「わたしの質問に答えて!なんでわたしはここにいるの、なんで、なんで?!」
【敗者】はクスリと笑い、その血よりも紅い瞳でレヴィをじっと見つめて、また嘲笑に顔を染めた。
「それは当然、窓の外にワープポイントを設定しているからだ」
「それはおかしい!だってわたしはテレパイプもテレプールも使えないんだから……転送装置の類が使えないのにここにいるのはありえない!」
「フォトンの放出・吸収障害を持つ個体でもダーカー因子を起因とした転移ならば可能、という事がここに証明されただけだろう?」
「だ、ーかー、因子」
レヴィは完全に忘れていた。そういえば【敗者】という男はダークファルスだ。
ダーカー因子の汚染によって一度死にかけたことがあるからダーカー因子の影響は受けると自分でもわかっていたはずなのに、完全に頭の外に放り投げていた。
ダーカーが出現する時だって空間汚染が発生してからまるで転移したかのように現れていたというのに……
「それで、今の気分はどうだ?エル」
「最悪に決まってんでしょ?!」
「そうかそうか。僕としては一応、あの中で大人しくしていて貰いたかったんだが……
いや、……こうやって暴れて貰った方が、躾は迅速に進むだろうか」
【敗者】は立ち上がり、レヴィを見下ろす。
レヴィは思わず困惑して聞き返すと、彼は嘲笑の返事をした。
「は……?」
「貴様は自分の行動に自覚がないのか?わざわざ牢檻の中に入れて監禁してやっていたというのに貴様はそこを壊して出てきて、そして脱出に"失敗"したんだ。
……まさかそれで何の罰もなく終われるわけが無いだろう?」
「……あっ?!」
本業の絵を進めていて投稿が想定よりだいぶ遅くなりましたがとにかく挿絵をさっさと描いてさっさとあげたいです(願望)
代わりにカラーイラストを表紙として置いておきます!
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる