この広いダーカーの巣窟が悠久にも続く宇宙のようだと考えてしまうほど、今この空間はとても静かだった。
そして、【敗者】は背もたれに体を預け、ゆっくりと座り込み……孤独を味わっている。
もうどれ程の時間こうしていたことだろうか。
――居ない。レヴィが、居ない。
あれほど近くにいて笑顔を振り撒いていた彼女の姿をずっと……もう一週間ほど見ていない。
寂しいか?いや、そんなわけはない。
だが、心の中にぽっかりと穴が空いて塞がらない。
居て当たり前の人間なんて居ないはずだ。
【敗者】はもう千年以上も生きてきた。
時間は永遠のようで、生命は泡沫だった。
古い知り合いなど、ダークファルスくらいしか居ないだろう。
そんな中で、たかが半年程度で特別さを感じ、たかが一週間居ないだけで寂しさを覚えるのは異常と言うにほかならないだろう。
だが、それでも……【敗者】は一週間しか消えていない彼女のことを思い出していた。
ユニゾン波で惑わされていただけの駒のはずだというのに……
彼の心にある感情は、これからこそ本物であると言わんばかりに疼いていた。
――侵食された旧マザーシップ。
レヴィがここを訪れたのは、あの時の極秘任務以来だ。
あの時はしょうもないことで大層長い痴話喧嘩をした。我ながら大人気なかった、とレヴィは心の中で小さく呟く。
だが、今は違う。今は助けてくれる相手はいない。帰っても誰も抱きしめてくれるわけじゃない。
駒だ。レヴィは【敗者】の駒だが、他の傀儡とは違いレヴィには信念がある。
【敗者】の力になりたいという、大きな大きな信念が。
「待ってて、……アンプラム・アンブラ」
レヴィは懐からアイゼンハートを取り出すと、剣の柄をギュッと握り締める。
全盲だが着替えはバッチリ。靴も履いたし戦闘服も着た。ダーカー因子抑制用のベルトもつけている。
今なら24時間でも戦えるだろう。
「今、わたしが迎えにいくから」
レヴィの発案した大いなる陰再現計画。
それは二体のダークファルスを対消滅させ、エネルギーを使ってダークファルス復活の為の繭……アンプラム・アンブラを作る事だ。
極度の緊張が電撃となって体を走るが、不思議と冷静でも居られる気がした。
元より十全で作戦を進められるなど思っていない。
目が見えていないのはもちろん、ダークファルスに対する戦力差はかなり大きい。
手や足を捧げる覚悟すらしておくべきで、レヴィは既に祈りの時間を過ぎていた。
マザーシップ中枢に繋がるその海は水面がまばらに広がり、侵食によって不可侵から開放されたその場は静寂ながらどこか騒々しい。
美しく綺麗な扉を抜けると……身の毛がよだつほどおぞましい気配が辺りを包み込む。
「ッ!」
レヴィにとっては水を模したような扉も辺りを覆う海も見えない。
静寂の中、金属の擦れるような音と其れの気配を感じるだけだ。
「模倣体なのにこんなに圧が……本物だったらどんな感じだったんだろう……」
レヴィは思わずそう呟いたが、目の前にいる存在……ダークファルス・ルーサーは動き出さない。
(そっか……フォトンアレルギーだから反応してないのか)
それもそのはずだ。万物、この世界に存在するだけで当然のように吸収し、感知し、まとわりつくはずのフォトンが彼女の傍には一切近寄らない。
文字通りフォトンなき存在である彼女に、【敗者】が攻撃する理由なんてない。
「本体、ちゃんと見たかったのに……目が見えないからなぁ」
写真でしか見た事のない彼の本当の姿……
その壮大で華美な物を見れる機会なんて貴重だと言うのに、ミスひとつのせいで全盲になってしまっては。
レヴィは恨み節を小さく零した後に、すぐアイゼンハートを取り出した。
「……今は急がないと」
アイゼンハートの無骨な漆黒にピンクのラインが走ると、瞬間武器にフォトンが満ち……ダークファルス・ルーサーが反応する。
彼は振り返ったその瞬間直ぐに時計から剣を取り出し、レヴィに降り掛かった。
「ッ!!」
レヴィは避けるもすぐさま横から剣が薙ぎ払われ、そして再び何度か剣が突き刺さる。
予習した通りのダークファルス・ルーサーの動きだ。
回避に成功すると、予想通り【敗者】は剣を突き刺したままほんのわずかだけ静止した。
レヴィはその隙を着いてアイゼンハートを弓に変え、前腕を狙って撃ち抜くと彼女の中のグラン類似エネルギーが沸き立ち、刺さった矢から力が噴き出す。
【敗者】(本人)が言う通りのレヴィの弱み……
エネルギーを別の殺傷手段に変換せず、力そのまま質量としてぶつけてしまうことだ。
当然ダークファルス相手にそれが通用するはずもなく、グラン類似エネルギーは彼の中に吸収されるだけで彼はピンピンしていた。
そして姿勢を正したかと思えば両手に剣を持ち、挟むように横薙ぎしながらテクニックで襲いかかる。
「全くもう……同じような攻撃ばっかされても飽きるだけなんですけど!」
レヴィは絶えず【敗者】に話しかけ、彼が少し遠のいたかと思えばむっと頬を膨らませ指をさす。
「あのさぁ!ずっと思ってたこと言っていい?!あんた人型の時は武器使いたくないとかなんとかゴネるくせに本体は剣使って攻撃してくるのズルくない?!あんた用のブラックローズも作ってるんだから大人しくそっち使ってよ!」
なんて言っている間に【敗者】は彼女の後ろへ移動し、レヴィは背後から迫るダーカー因子の弾達に襲われた。
「うぐッ!」
『はははッ……アークス風情がッ!』
レヴィは弾き飛ばされて倒れ、あっという間に戦闘不能となるが、彼女は直ぐに懐からスケープドールを取り出し天にかざした。
「な、舐めないで……本人と戦った回数ならわたしが一番多いんだから!多分!」
スケープドールの輝きによってレヴィの傷は無かったかのように代わり、再び立ち上がる。
身代わりになったそれはボロボロになり砕けるが、レヴィの視力は返してくれるわけでもなく。
(やっぱスケープドールでも目は無理か……でも、まだ998個はあるから!)
レヴィは直ぐに持ち直し、アイゼンハートを握り締めると集中する攻撃を避けながら転換能力を発動する。
レヴィに迫りかかる剣のいくつかが消えると反転し、細かなナイフの形となって【敗者】に襲いかかる。
これもある意味彼の使う召喚術と同じものだろう。
だが、ダーカー因子さえあれば無尽蔵に眷属やオブジェクトを呼び出せる【敗者】とは違い、レヴィは彼の作りだしたものを転換するしかない。
ダーカー因子を直接指定して転換出来ないのはアイゼンハートの明確な弱点だ。
『ちょこまかと避けた所で無駄だ!』
「分かってるっての……!」
(【敗者】の弱点は光と風属性……時計の蓋部分にミラージュを入れることで弱点部位が解放されるけど、目的は倒すことじゃないから……腕から攻撃してダウンを入れた隙に捕獲装置を使う作戦一択!)
「全く、模倣体だってのに強すぎるんだってば……!」
マザーシップ中枢は溢れる程のダーカー因子に満ちてはいるもののあとは演算する海と床しかない。
エネルギー間転換が非効率なアイゼンハートにおいて、この圧倒的に物のない空間というのは力を発揮出来ないにも等しい。
自分の服を転換すれば数秒は持つかもしれないが、それで戦況をひっくり返せる訳もなく。
ダークファルス・ルーサーの頭部に着いた冠やケープの宝石をチラチラと見つつも、あれに内包されたダーカー因子の量を見ると……やはりアイゼンハートのキャパオーバーが恐ろしい。
「物が無さすぎるから転換用のオブジェクトを持ってこないと……ルシェラ!」
マジックに呼応して降ってきた物体たちは当たり障りのない訓練用のオブジェクトから転換効率重視の小型かつ高質量の物体と様々で、一先ずレヴィが行うことといえば、アイゼンハートを転換専用機に変えることだ。
(でも……ドームを展開するにしても【敗者】が大きすぎる……!)
戦闘訓練時は天井の高いホール一帯を覆うように半球型のドームを用意していたが、【敗者】はそれよりも大きい上フィールドを右往左往に動き回る。
何より次に控えてるのはダークファルス・ルーサーよりも大きいダークファルス・エルダーだ。シンプルなドーム状ではどちらのダークファルスにも対応出来ない。
人相手の訓練をしすぎたせいで、レヴィ一人でダークファルス本体に対応できるだけの実力は無い。
だからこそ、【敗者】は……彼本人は、レヴィ一人でその仕事をやるなんて発想が端からなかった。
何よりレヴィは目が見えない。
だが、……かといって、レヴィがそこで諦める訳もなく。
(直径も高さもこんなに大きいと絶対操りきれない……なら、範囲を出来るだけ小さくするしかない……!)
「閃いた!……いける!」
レヴィはつま先に力を入れ、思い切り飛び上がるとくるりと体を回した。
彼女が飛び上がる挙動に合わせ、重りの入った重く大きな靴はアイゼンハートに包まれて足先からその付け根までウィールが生え、形を大きく変える。
そしてマザーシップの床に広がる水面はまるで凍ったようにさざめくような波は止まり、さらにその外側を覆うようにピンク色のラインが広がっていく。
一対一なら広範囲攻撃にこだわる必要は無い。
転換対象は自分の周辺、攻撃対象は的の大きい弱点だけ。
細かいコントロールは、その時の気分。
レヴィは地面に足を付けるとウィールが転がり、するするとあっという間に攻撃を潜り抜け踵を鳴らした。
瞬間、地面からアイゼンハートによって生み出されたフォトンの刃が一気に伸び、ダークファルス・ルーサーの腕を貫く。
『未知の事象だと……?!』
「ふんっ……どーよ!レヴィ様の新手品!」
得意げな顔でウインクをした後、レヴィは懐から大剣……イノセントローズを取り出し構える。
大剣は其れにとっても既知だが、レヴィの足にまとわりつくブーツに変化した創世器と転換の為のフィールドは模倣体である其れにとってあまりに受け入れ難いものだった。
『何だこれは……貴様は本当にアークスなのか?いや、……そもそも僕は"何"だ?』
レヴィと向き合った者は常に向き合わされる。
己の奥底にある存在と、本質と、アイデンティティ。
彼女に宿る力は彼らに意志を与え、感情を与え、心を与える。
彼らは望んでいなくとも思考し、その違和感の塊を見つめ、そして好意や嫌悪を抱く。
彼女が常に思考するように、彼らも常に思考し……彼女が頭にいくつもの脳を持つように、彼らも彼女と向き合う脳を持つ。
「全く……戦ってる途中に油断するなって言ってるのはあんたの方でしょ!」
【敗者】が熟考している間、レヴィは隙を見つけたと言わんばかりに滑り込み、イノセントローズを握って大きく振り上げた。
前腕にしっかりと刻み込まれたその傷は深く、イノセントローズの呪いの刃が輝くとインジュリーが発動する。
『クッ……!』
その模倣体は普通のアークスが戦うダークファルス・ルーサーとは違い、よりテクニカルなパターンで意思疎通を図る。
其れは高速化を発動するとあっという間にレヴィから離れていき、眷属を呼び出した。
「もう……あんたの戦闘パターンなんて10回くらい見たのに全く違う動きするとか聞いてないんですけど!」
レヴィは呼び出されたアポス・ドリオスからの突進攻撃をすんでのところで避けた後、剣が召喚される僅かな音が聞こえウィールを転がしてあっという間に避ける。
「とりあえず周りから……」
上着に手を入れ、ガザガサとポケットを弄り爆弾を取り出すとアポス・ドリオスの方に投げ込む。
さらにスケートのようにスイスイと滑っていくレヴィの足跡からはエネルギーが充填し背後からの攻撃を妨害する。
当然そんな程度の攻撃で倒されるような相手ではないが、レヴィからしたら眷属の召喚が無駄だと悟ってくれるだけでいいのだ。
その女のあまりに常識外れな戦い方にダークファルス・ルーサーは驚いた。
アークスの歴史の中で消えていったクラスや武器は数多くあるが、それでも、彼女のような音楽に乗って芸を演じるように戦うクラスというのは実に珍しい。
厳密に言えば皆無という訳ではなく、過去には楽器を使ったバードやダンサーはいた。
いたが、レヴィのように打撃射撃法撃や遠近に囚われずに戦うオールラウンダーのような存在ではなかった。
三世代目が出てくる以前のアークスはフォトンの傾向に囚われ、生まれながらにしてクラスの種類は決まったようなものであり、遠近も打撃は近距離射撃は遠距離など種類によって囚われやすい。
三世代目が出てきた現在だとオールラウンダー向けのクラスが創設される可能性は出てきてはいるものの、この時点で既にオールラウンダーを使いこなしているアークスなんているはずがない。
が、レヴィだけは違う。
フォトンがない彼女は、ありとあらゆるフォトンの傾向やクラスの適正に囚われない。
武器の扱い方も選択も全て彼女の思うがままだ。
「わたしは絶対勝つんだから……!」
【敗者】はレヴィの目を見た。
その特異的なアークスを、なぜ今まで知らなかったのか。
模倣体でありながら、【敗者】の記憶を思い出し、【敗者】はレヴィという概念に強い興味を持っていた。
が、【敗者】はそこで気付いた。
レヴィと目が合わない。
戦闘はしている最中だとマジマジと目を合わせられないのは確かだが、レヴィは異常だった。
彼女は目を開けているのにどこも見ていない。
彼女はきちんと攻撃を行い、周囲からの予兆を察知し回避しているのにその方向を見ていないどころか顔を向けた方向にあるオブジェクトにすら目を向けない。
彼女の瞳孔に一切の変化はなく、焦点の合わない目でぼんやりと前を見て、ゆったりとした非常に遅いペースで時々瞬きをするだけである。
『目が見えないのか……?』
【敗者】がぽつりと呟いた言葉で、レヴィの動きが完全に静止した。
「ッ!!」
その隙を見て【敗者】は手を伸ばし、彼女の腹を掴むと持ち上げる。
「ちょっ!はーなーしーてー!」
『手術はしていないのか?全盲でここまで戦えるものなのか……?』
「元はちゃんと視力あったの。治癒のテクニックが効かないし、手術は一人じゃ無理だから出来ない」
実際は其れの中の想定を大きく超えるものだ。
何せこれが視力を失ってから一発目の戦い。
日常動作すらままならない状態で使命の為自分の体を省みることなく旧マザーシップまで直撃してきた。
レヴィのその異常性はダークファルス・ルーサー模倣体という既知の情報にさらに既知を重ねた凡用な概念には許容しがたい異常値であり。
其れはレヴィを掴んだまま完全に静止していた。
まるでバグを起こしたかのように、悪いプログラムが入り込んでしまったかのように。
「というか!気が抜けるから話しかけてこないで!あくまで敵なんだから!」
ダークファルス・ルーサーはそんな風に惚けていたものの、レヴィの声で自我を取り戻しハッと目覚めるがまるでなかったように取り繕って返事を返した。
『会話するだけで気が抜けるとは……貴様はダークファルスと戦っているんだぞ?』
「【巨躯】とかは違うけどあんたは無理なの!【敗者】は集中出来なくなっちゃうの!」
そう言われても、なんてダークファルス・ルーサーは困惑しているが、はっきり言って二人の間に緊迫した雰囲気はもうなかった。
『……』
其れは呆れた様子でレヴィを眺めている中、彼女は頬を叩いてやる気を出し、唇を尖らせると【敗者】へ指を突きつけた。
「とにかく!捕獲したいからちょっとダウンするまでやらせて!」
『捕獲……僕を……?』
なんてダークファルス・ルーサーは困惑しているが、レヴィはまるで聞き分けのない子供を相手するかのように溜息をつき、其れに向けて足を寄せる。
「はぁはぁ……全くもう……!」
『ッ!!』
レヴィは其れの手のひらをつつくとぎゅっと抱きしめ、言い聞かせるように撫でた。
ダークファルス・ルーサーは完全に静止して受け入れており、レヴィも一瞬それを思考にも入れていなかったが、彼が完全に無防備な事に気付くとハッと顔を上げ、捕獲装置を手に取った。
「ぎゅー出来たなら、今のうちに拘束しなくちゃ……!」
『……』
其れは見ていながらも抵抗しなかった。
興味かもしれない。其れですらわかる、捕獲装置でダークファルスが拘束出来るわけがないという事実をもしレヴィが覆せるというのなら……
その未知の事象を観測しないのは、あまりにももったいないことだから。
(わたしなら出来る、絶対出来る、絶対絶対出来る……!)
レヴィは捕獲装置を両手に握り、ダークファルス・ルーサーの手のひらに押し付けながらそっと体を寄せる。
光ひとつ入らない景色の中でも【敗者】の暖かみはいつも感じられて、彼女はその甘いながらもピリピリとした感覚と薫る雄の匂いに包まれながら、胸の中の感情を昂らせていく。
レヴィにはアンプラム・アンブラが必要だ。
ライデンシャフトを作る為に残された選択肢は菌しかない。
それがどれだけハイリスクで、危ういものだと分かっていても、だからこそ燃え上がるというもの。
「逢いにきたんだから……わたしの気持ち、伝えなくちゃ!!」
脳に浮かび上がる情景に、レヴィは其れの姿を見た後、ぐっと痛む胸を抑え込み……
彼女は恒星のように大きく輝いて、ダークファルス・ルーサーはノイズがかったように揺らいだ。
「はぁっ、はぁっ……」
ダーカー因子が渦を巻くように霧散していき、ダークファルス・ルーサーは捕獲装置の中にピッタリと収まった。
「これで……」
震えた手でレヴィは捕獲装置に収められた特大質量のダーカー反応に触れた後、円盤型のそれに唇を落とす。
機械にキスするだけのつまらないキスだが、本人にはキスどころか触れることすら容易に出来ないことを考えると、この僅かな感覚が何よりも愛おしく感じた。
だが、余韻に浸っている暇は無い。
「……【巨躯】の方行かないと!」
彼女は捕獲装置を船に置き、急いで宙域を飛び立ちダークファルス・エルダーの存在する領域へ向かった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる