※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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8話(4)

 第二形態に移行したエルダーだが、レヴィのやる事が変化したわけでもなく。

 

「勘違いしないでよね!最終的に成功するならあんたがどんな姿になろうが関係ないんだから!」

 

 とにかくダウンまで持ち込み、捕獲装置を使って捕獲する。レヴィの目標はそれだけだ。

 

「というかあんたは変なことしすぎてちょっと形態変化したくらいじゃもう驚かないし!」

 

 ダークファルス・エルダーが再び腕を突き出し、レーザービームを浴びせる攻撃を行ってもレヴィは揚陸艇を操縦しすぐに避け、隕石を浴びせられてもアイゼンハートを弓に変え撃ち抜く。

 ファルス・アームが飛びかかり彼女を潰してもドールによってすぐ起き上がり、転換によって生み出した雷を打ち込んで抑え込んだ。

 

「アームももう……邪魔だっての!!」

 

 繰り返しの攻撃では無駄だと分かっているのか、エルダーの方も段々と攻撃のスピードを上げパターンも複合的なものになっていく。

 

 しかしこのまま消耗戦に持ち込まれると困るのはレヴィの方だ。

 今のエルダーはピンピンしているように見えるが、万が一削りすぎてしまったら大いなる陰が上手く生成されないかもしれない。

 そう考えるとやはり攻めすぎも良くないわけで、レヴィは一瞬でも隙を作って状況を整理する時間を作りたかったが……エルダーがそんなことを許すはずなどない。

 

(一瞬でもHP確認出来れば……いや、多分見ても意味ない……とりあえずこのままだとどう足掻いても無理だから腕破壊するしか!)

 

『刮目せよ!』

 

「くっ……」

 

 エルダーは揚陸艇の四隅を腕で掴み、無理やり傾けていく。

 其れの体が頭上を埋め尽くし、闇に覆われるほど暗くなると、揚陸艇の中心にブラックホールが現れた。

 辺りを覆う余りのオーラに一瞬レヴィは喰われたのではないかと勘違いしてしまうほどだったが、重力が掛かりブラックホールの方へ引き寄せられていることを察知すると彼女はエルダーのやりたいことを理解した。

 このままだとのしかかられ潰される。

 

(もし人型でされたら、【巨躯】の2メートルくらいある体とすっごく重い体重が体にめり込んできて、アツアツでギチギチになって、色んな所が大きくて、それでダークファルスの雄臭い匂いで……)

 

 人型の体格ならともかく完全体のあの大きさでは組み敷かれるどころではない。

 

(負けちゃ……じゃなくて!!)

 

 レヴィは上から迫り来るエルダーにそんな邪な妄想が少し過ぎり慌てて首を振って思考を消すと、どうしようかと辺りを見渡す。

 

(あの大きさだと他のアークスみたいに四隅に逃げても無駄!となるとわたしが行かなきゃいけないのは裏側だから……)

 

 瞬間的に思いついた作戦を実行するため揚陸艇の構造を思い出し、ゆっくり深呼吸するとキュッと拳を握りしめた。

 

「テゾル!」

 

 瞬間、レヴィは甲板裏側のミサイルの真横に立っており、表側ではエルダーが自らの体で甲板を押し潰すのと同時に入れ替えられたミサイルがエルダーの腹のコアへ直撃した。

 

『ぐっ、……』

 

「よし……」

 

 エルダーが離れたあと、レヴィはローズ・ヴァルキュリアで素早く甲板上に戻ってくるが、其れはレヴィの顔を見て思わず体を退けた。

 

『貴様……何を考えていた』

 

 彼女から伝わった一瞬の波は恐怖でも闘争心でもなく、全く無関係のはずの感情――期待と欲情だ。

 そんなはずはないとエルダーは思いたかったが、そんなはずがあってしまう。

 何故ならレヴィはその言葉にあからさまに顔を赤らめ、アイゼンハートを持つ手が震えると無理やりエルダーへ切りかかり始めたからだ。

 

「はっ、いや、……別に何も考えてませんけどぉおおーー!!??」

 

『我の体躯に見惚れこんな場所で破廉恥な……』

 

 図星も図星、とエルダーは口に出さずため息を着くが、羞恥心が加速してかレヴィはかなり大振りながら力任せな攻撃を突き刺し、腕のコアにめり込むとギリギリと力を込めていく。

 

「うるさぁあああーーい!!!」

 

 だが寸前のところでエルダーは離れ、レヴィに向けて十本の手を大きく開いた。

 

『なれば卑しい妄想を掻き消すほどの恐怖を与えてやろう……!!』

 

 ぞわりと背中を走る寒気に迫り来る圧。

 レヴィの脳裏にはありとあらゆる不幸と恐怖が襲ってきた。

 【巨躯】に敗北し、【敗者】から見放され、全てから価値を無くした自分が、ただ孤独に生きることも死ぬ事も出来ないまま彷徨い続ける虚無の未来……

 だがしかし、レヴィはエルダーの様相を思い出すとチリリと火花が走るように想像が浮かび、先程咎められた破廉恥な妄想がまた呼び戻ってきて……

 彼女の恐怖は一瞬で消え去った。

 

「だーかーらー!何考えさせようが無駄だっての!!」

 

(ほんっと性欲ってのはなんでこういう肝心な時に限って出てくるワケ?!【敗者】ならまだしも【巨躯】にとか!【巨躯】にとか!!)

 

 レヴィは羞恥と焦燥に覆われ剥き出しになったコアに銃を撃ち込み、双剣を構え火が吹くほど速く回転しながら赤く光るソレに傷を付ける。

 

「おりゃぁあああっ!!」

 

『くふ、フフフッ、ハハハハハッ!!』

 

 襲いかかる隕石もレーザーも眷属も全て避け、隙を見つければあっという間に刃をめり込ませ、再び攻撃すると離れ、そして腕の上に乗ると頭部のコアに移動し大砲を撃ち込む。

 

「はぁッはぁッ……24時間戦ってたのも意味はあったってワケね……、へへっ、……ホントあいつ鬼教官なんだから!!」

 

 そんな彼女を潰そうとまた腕が襲い来ると、レヴィは小さな体を滑らせて離れ、地面スレスレで重力任せに力を込めてコアを蹴りつける。

 

「どこもかしこもガラ空きだっての!!」

 

『いいぞ……もっと、もっとだ!』

 

 襲いかかる全ての攻撃を避けて、ぶつかっても直ぐにドールの力で再生して、ただひたすらに殴り、叩き、斬り、撃つ。

 

「ぐっ……」

 

 隕石に潰されようがお構いなし。ファルス・アームに投げられようが帰るだけ。

 とにかく叩く。相手の体勢を崩す。

 アークスシップと比べてもあまりにも大きすぎるそのダークファルスに、レヴィは自分が勝てるという強い決意と確信の元攻撃を続けた。

 

「まだまだァッ!!」

 

 そんな強い闘志に脆弱と罵っていたエルダーもボルテージが上がっていき、腕を引き上げると地鳴りのするような大きな唸り声を上げ踵を返す。

 

『黄昏と黎明の狭間に在りし者よ……我が深遠の力を知るがいい!』

 

 その言葉の後、エルダーはまるで逃げるかのように動き出し、その距離はみるみるうちに開いていく。

 

「ッ?!ちょっ……クソッ……」

 

 また音が聞こえない領域まで来たら不意打ちされてしまう。

 レヴィは慌てて揚陸艇を操縦しミサイルで加速してまでエルダーを追いかけるが其れのスピードはあまりにも早く追いつけそうにない。

 

「くっ……これだけ離れたらフォトンフィールドが無くなっちゃう……」

 

 これ以上の速さを出すとなるとローズ・ヴァルキュリアの最大出力かマジックで追いかけるしかないが、揚陸艇から出るということはつまり範囲内に展開されたフォトンによるバトルフィールド……つまるところ空気を失うということ。

 普通のアークスならそれでも構わない。彼らはフォトンを纏い宇宙空間の中でも戦闘を可能にしているから。

 だがレヴィはダメだ。彼女は普段から宇宙服を着ないと宇宙空間で活動が出来ない。

 

 考えてる暇もなくエルダーがさらに遠くへ飛んでいくと、レヴィは揚陸艇の操縦を止め大人しく膝を着いた。

 諦めるわけではない。

 

「アイゼンハート!……ド頭ぶち抜くよ!」

 

 止まらないならダウンを取って止めるしかない。

 レヴィの声に合わせてアイゼンハートは大型のスナイパーライフルへ変化し、転換により雷を纏う。

 

(――スコープは要らない。見る必要はないから。

 

サプレッサーは要らない。背中を向けたヤツが悪いから。

 

技術はいらない。目の前にあるものに当てるだけだから!)

 

 レヴィは頭部コアに当たることを祈り肩に乗せた銃を構え引き金を静かに引く。

 

 飛んでいった弾はレヴィの聴力の外を飛び、静かに、しかし素早く貫く。

 

『ぐっ!』

 

 エルダーのそんな呻き声が聞こえると、レヴィはさらにもう一発追撃を加えようとする。

 しかしエルダーはと言えばUターンしたかと思えば今度は遥か上空に上がり、コアには撃たせまいと進んでいく。

 

「また逃げ回って……!」

 

 惑星サイズのエルダーが空を覆えばそれはとてつもない風圧とともに蓋を被せているようなもの。

 

「ぐっ……!」

 

 レヴィは追いつくどころかむしろ風圧によってますます離されており、レヴィはなんとか揚陸艇を操縦して追いかけようとするが、レヴィの行く手を再びファルス・アームが塞いだ。

 

「だからしつこいんだっての……ッ!!」

 

 しかし、レヴィがブツブツと文句を言っている間に複数のファルス・アームは円を描くように並び、その全ての手をレヴィの居る揚陸艇へ向けてくる。

 

「は……!!」

 

 ファルス・アームのコアにフォトンが集まり、超高出力の熱エネルギーがすべて一点を狙う。

 あれが当たればレヴィどころか揚陸艇すら木っ端微塵だ。

 しかし揚陸艇のサイズと移動速度でファルス・アームと天を覆うダークファルス・エルダーから逃げるのは厳しい。

 

(どうする?このままここに居ても逃げ場はない。

でも範囲外に出たら呼吸出来ないし……)

 

「チッ……考えてる暇無い!上がるしか……!」

 

 レヴィは決意した。

 ローズ・ヴァルキュリアの速度と大きさならファルス・アームを抜けられる。

 揚陸艇が展開しているバトルフィールドは無効になり呼吸が出来なくなるが……我慢すればいい。

 

「努力度胸ド根性!!」

 

 レヴィはそう叫び大きく深呼吸すると、ローズ・ヴァルキュリアを呼び出して乗り込む。

 振り落とされないよう力を入れ、一気に浮き上がるとバトルフィールドのギリギリまで上昇してから、息を大きく吸い込んだ。

 

「〜〜ッ!」

 

 バトルフィールドから出た瞬間、完全な真空がレヴィを襲う。

 本来は臓器も何もかもめちゃくちゃになっているところだが、昂った感情と湧き上がる力が体を守り生き延びるだけは出来ていた。

 

(苦しい……でもっ!水の中とそう変わりない!体の内圧は正常みたいだし……とにかく追いかける!)

 

 一回でも呼吸をすれば即死亡だ。

 レヴィは息を止めながらもエルダーの底部からマッハレベルのスピードで抜け出し、コアに向けて勢いよく上昇する。

 

(負けてたまるものか……!)

 

 風が吹き、髪が靡き、レヴィは死の圧力を凌駕するほどの猛々しい生と欲望の力で体を無理やり動かす。

 

 ――絶対に勝つ!絶対に勝って……わたしの価値を示してみせる!

 

 強い意志がレヴィの中で燃えた瞬間、星がごうごうと揺れ動き強く光を放ったかと思えば、ぷつり。

 湧き出るように黒いクラゲのような何かが飛び出し、レヴィの周りを揺蕩い揺れ動く。

 狭い肉体という器を凌駕した脳のニューロンが宇宙の全体へと広がっていき、シナプスは星のように瞬いてレヴィを包み込む。

 

「ッ、凪げぇえええええッ!!」

 

 衝動的に叫びを上げ、アイゼンハートを握り締めるとレヴィは自らの姿も見えなくなるほど白く大きく輝き、エルダーに斬りかかった。

 

「うらぁぁあああああッ!!」

 

 その輝きを疎むようにエルダーが避け、手を向けるがレヴィも負けじとローズ・ヴァルキュリアを動かし、宇宙に不安定な光線を描きながらエルダーへ再び刃を向ける。

 

「逃がさないんだから!!」

 

 だがエルダーが再び遠のくとレヴィの光は点滅し、肉体が息苦しさを訴えるとレヴィは慌てて近くの揚陸艇に降りた。

 

「ッ!はぁッはぁッ……」

 

 元々居たあの揚陸艇は破壊されてしまったようで、レヴィは全身の倦怠感に襲われつつも急いでハッキングし自分の居る揚陸艇を乗っ取る。

 ダークファルス・エルダーはといえばまたレヴィを向くと天罰の隕石を投げ込んできた。

 

(……ん?さっき普通に息吸えてたような……)

 

 しかしレヴィが己の異常に気付く前に、ファルス・アームが彼女を覆う。

 

『集え!我が眷属よ……!!』

 

「またファルス・アームが……!しつこいんだっての!!」

 

 ファルス・アームが泳ぐようにレヴィへ近付くと、エルダーはさらに隕石を飛ばす。

 どちらも見たものやった事だ。レヴィにとっては取るに足らない攻撃である。

 

「ふんっ、氷を出したところで無駄!どっちも対応出来るんだから!」

 

 レヴィはすぐに剣を構え、切り裂こうとするが、そこでエルダーは奇妙な事を行った。

 

「なに……?」

 

 エルダーは隕石が揚陸艇に降り注ぐ前に拳で止め、岩を割り砕きわざと細かな氷を作り出す。

 

(どういうこと……?)

 

 レヴィは聞こえる氷の鋭い音に困惑していたが、さらにそれが空気に触れ溶け出すとますます氷は攻撃力を失っていく。

 

 彼女が立ち尽くす間、エルダーは小型の眷属を呼び出していくと、魚介系ダーカーが一挙に集まり最早豪華さすら感じられた。

 

 しかし、溶けた氷が水になりそこへ眷属が向かっていった瞬間、レヴィはエルダーの意図に気付いた。

 

(そうか、【巨躯】は魚介型ダーカーの一種……【巨躯】もファルス・アームも……水の中の方が力を発揮する!!)

 

 魚介系のダーカーは水を纏うと直球に水を得た魚の勢いが入り、ロケットが飛び出すような速度でレヴィの元へ飛び込んでくる。

 

(この速度、あの時と同じだけど……今の方が圧倒的に水が少ないってことは!)

 

「アイゼンハート!」

 

 絶体絶命の状況。

 レヴィは咄嗟にアイゼンハートを向け、転換能力を発動させた。

 するとエルダーによって溶かされた水はパッと消滅するが、加速が無くなったあともなお眷属達は押し寄せレヴィを取り囲んでいく。

 

「くっ……」

 

 襲いかかる眷属に対抗すべくアイゼンハートをダブルセイバーに変え、被弾しながらも再生を繰り返しながら両刃を素早く回し四方八方から襲いかかるダーカー達を切り払う。

 

「自分に自信が無いからファルス・アームとか眷属だして誤魔化してるつもり?馬鹿にするのも大概にしたら?」

 

 レヴィは挑発的にそう叫び、アイゼンハートをバットに変え眷属の一体を吹き飛ばすが、エルダーは唸ることもなく、静かに腕を伸ばし揚陸艇を掴んだ。

 瞬間、揚陸艇が大きく傾き、眷属諸共投げ出され。

 

「何ッ?!うわわっ……ちょっ!掴まる所ない……うわぁああっ!!」

 

 ちゃぶ台を返すように揚陸艇がひっくり返り、バトルフィールドの無くなった宇宙を眷属と共に緩く浮遊させられるが、そこへ飛び込んできたのは隕石で。

 

「不味ッ!!」

 

 このままでは眷属もろとも木っ端微塵だ。

 レヴィは隕石が当たる寸前咄嗟に眷属を蹴って勢いを付け無理やり回避するが、続けざまに次々と隕石が投下されていく。

 

「もうくどいっての……!あんたは前座!大いなる陰の為の前座だってのに!【敗者】くらい大人しく拘束されてくれないわけ?!」

 

 長時間の戦闘にレヴィは焦りに焦り、精神もほとんど限界の状況だった。

 リミッターを何回も解除し、出せるだけの全力を出し、早く早くを目指してもあれやこれやとエルダーが遅延を掛けてくる。

 その状況にレヴィはいてもたっても居られなくなり、捕獲装置を握り締めると再び別の眷属を蹴り上げて勢いをつけ、エルダーの方へ向かっていった。

 

「岩投げに全力で……頭がガラ空きなんだから!!」

 

 【敗者】がここにいれば焦りすぎだの冷静になれだの声掛けをして止められていただろうが、今のレヴィにはそれを担う相手も、冷静になれるほどの精神力も残っていない。

 

(早くしないと、早く、早く早く早く!)

 

 投げ込まれた隕石を避けては踏み台にし、さらに足を踏み込んで力強く飛び上がる。

 そして健全極まりない状態のエルダーへ捕獲装置を向け、思い切り投げ込んだ。

 

 しかし、レヴィのその焦りをエルダーは見抜いており……

 

『これで終わらせてなるものか!』

 

 捕獲装置を投げ込んで無防備になった彼女の体へ、紅く光る拳が叩き込まれる。

 

 ダークファルス・エルダーから飛び出したその黒く小さな影は其れと比べればまるで塵のように小さかったが、その質量と気迫はエルダーそのもので。

 

「ぐっ……?!」

 

 抜け殻と化したダークファルス・エルダーをバックグラウンドに、飛び出してきたヒトを依代とした【巨躯】は、レヴィがとてつもないスピードで甲板に叩き付けられるのを悠々と見守っていた。

 

「ッが、……」

 

 不意の無防備な状態、【巨躯】のパンチの威力は凄まじく、甲板まで吹き飛んだ彼女の体は地面に恐ろしいサイズのクレーターを作りながら全身が粉砕されてしまう。

 

(痛い……全身の骨が折れて、……動けない……)

 

 意識が朦朧とする。全身から出血し、関節から骨が飛び出している。確実にアルケミストドールが働いていないとおかしい状態だ。だがレヴィの体は待っても待っても治らない。

 

(ドールは……ドールは、……もう、尽きたの……?)

 

 まさか、とレヴィは真空のような暗い視界の中で最悪のイメージが思い浮かんだ。

 よりにもよってこの状況で、アルケミストドールを使い切った。

 あと残されたのは、手動で発動しなければならないスケープドールだけ。

 

(なら、もうスケープドールを使うしか……!)

 

 だが全身の骨が折り砕けて動けない。

 【巨躯】の足音が聞こえ、近くに立たれても尚、レヴィの本能は危機を訴えているというのに体が全く動かない。

 

(動け……)

 

『もう終わりか……呆気ないものだな』

 

 全身に響き渡る痛みは尋常ではなく、焼かれ裂かれ潰され引きちぎられてきたレヴィでも尚骨と臓器と神経がめちゃくちゃになる痛みは相当なもので、気を抜けばショックで倒れて死んでしまいそうだった。

 だがレヴィは諦めない。

 

(動け、指一本でもいいから動け……)

 

 脳が体に必死に信号を送り続ける。

 全身をピクリピクリと僅かに僅かに痙攣させ、どうにかスケープドールを使うだけの筋肉を動かそうとする。

 

「うご、け、……うごけ……」

 

 掠れた声。喉が焼けるように痛み、少し喋るだけで血を伴った枯れた咳が吐き出される。

 ――痛い。痛い痛い痛い。でも諦めない。諦めてなるものか。

 アンプラム・アンブラを迎えに来たのだから。

 だから、こんな中途半端な場所で止まっていられない。

 

「動け、わたしの手……、ゴホッ……動けぇええ……!!」

 

 枯れた叫びと共にピクリ、と指が動いた瞬間、マジックが発動し彼女の指の先へスケープドールが引き寄せられる。

 そして命の綱と指の先が触れ合った瞬間、レヴィの体は薄く光り体が再生されていった。

 

「こんな所で、死んでたまるものですか……!!」

 

 全身に残る痛みも抑え込み、体は再生していると自分に言い聞かせレヴィは無理やり起き上がる。

 見守っていたダークファルス【巨躯】を前に、レヴィはゼェゼェと荒く呼吸をしながら地面に足を着くと、両手を持ち上げ、そして思い切り己の頬を叩いた。

 

「まだやれる……まだやれるんだから、わたし!」

 

 そんな様子に見守っていた【巨躯】は手を叩き、目を細めてレヴィを愉しげに見つめる。

 

『……好(い)いぞ……愛(う)いぞ、我が好敵手よ……!!』

 

 その瞳には最早好敵手以上の何かが宿っていたが、盲目のレヴィにそれが感じ取れる訳もなく……彼女は【巨躯】に向かって指を向けると、キッと眉を尖らせる。

 

「あんたはさっきからコロコロ、コロコロ形態変えて……ただの一度も!本物だってそんな行動してないってのに!ホントウザイんだから……しかもくどいしウザイ!」

 

『それでは同じ事をしても違うことをしても文句を言うだけではないか?』

 

「大人しく従えって言ってんのこのバカ【巨躯】!」

 

 レヴィは拳を握り締めると大きく広げ、ブラックローズを取り出し掴み取る。

 傘骨は八本。損傷は多少あるがまだまだ余裕。

 

「だったら、わたしだって予測を超えてみせる……!」

 

 レヴィは気高く構えると、【巨躯】に向かってその傘を打ち込み始めた。

 

 レヴィには驕りがあったのかもしれない。

 死ぬ気でやっていたつもりだったが、全力ではなかった。

 手札を隠して殺さないように手加減して、と繰り返し続けた結果、いつの間にか自分の感情に絡め取られ本質を見失っていたのかもしれない。

 本気を出せばもっと超えられることくらい分かっている。

 自分の枷を外すだけじゃ足りないことくらい分かっている。

 腕を引きちぎってでも伸ばさなければ、届かないものがあることくらい……

 

「ほんとはマジックばっか使いたくないけど!超常の使い所なんて早々ないんだから!!」

 

 【巨躯】はレヴィの杖術を受け流し、攻撃のパターンを大きく変えてもいなしつづけていたが、レヴィは焦ることもなく、そして彼もまたレヴィを待っていた。

 

「今使わなきゃいつ使うっての……!」

 

 攻撃を噛み合わせ、【巨躯】の拳が飛び込んでくると彼女は大きく避け、そして指を突き出し【巨躯】へ向ける。

 

「我が意のままに導かん!ミヨンド(完全凍結)!」

 

『くッ?!』

 

 その瞬間、【巨躯】はまるで時が止まったかのように全身が全く動かなくなり停止した。

 レヴィは止まらない。彼女は続けざまにブラックローズを翳すと、思い切り地面に向けて叩き付け叫びを上げる。

 

「οκτώ(オクト)!!」

 

 ブラックローズはその叫びに呼応して、強く煌めいた。

 ブラックローズの内側で鼓動していた刃が砕けると、それに合わせて飛び出した光の芯がレヴィの周りを囲むと、反時計回りに次々と消えていく。

 傘の先端から根元まで光が宿り、銃口が熱を纏うと、レヴィは地面を蹴って強く飛び上がる。

 

「ブラックローズ・インフィニティ!」

 

 ブラックローズの必殺技。それも一回で全ての傘骨を消滅させる、最大奥義。

 ブラックローズの先端が【巨躯】へ向くと、まるで銃を構えるかのように指を立て、そして勢いよく弾を発射する。

 銃口型の石突きから放たれた弾の威力は銃弾どころではなくミサイルだ。

 彼女は三十発ほど造られたその弾を【巨躯】へ向けてただひたすら撃ち込み続け、その衝撃でレヴィの体がどんどんと宇宙へ浮かび上がってもなお彼女は止めず弾が無くなるまで轟音を鳴り響かせた。

 

 しかし、土煙と黒煙の中で、【巨躯】の猛々しい声が辺りに響き渡る。

 

『フハッ、ハハハ、ハハハハハッ!!』

 

「全弾入れたってのにまだ動けるワケ……?」

 

 マジックを打ち破り、【巨躯】は腕を払って煙を払った。

 彼は確かに傷ついていたが、ミサイル30発分の威力を直に受けたとは到底思えないほどの立ち姿だ。

 

『応とも!我が欲望、こんな半端で尽きるものではないぞ!!』

 

 そしてまるで傷などないと思わせるほど素早い動作で飛び上がると、レヴィに向けて拳を振り翳す。

 

「くっ!!」

 

 レヴィはブラックローズを使ってすぐに避け、甲板まで戻ると【巨躯】に向けて蹴りを入れた。

 

「チッ……どうにかして傘骨を回復させないと!」

 

 ブラックローズ・インフィニティの代償は全ての傘骨と抜刀の封印。

 その二つを復活させるには八本全ての傘骨にエネルギーを充填させブラックローズをリセットしなければならない。

 だがそんな余裕はレヴィにない。

 

『どうした!鈍っておるぞ……我をその程度で倒せるとでも思っていたのか!』

 

 レヴィは腰に手を回し、足を踏み込んでその硬い傘の鞘を杖のように扱い突き払い叩き込む。

 彼女はやれるだけのことをやっている。

 だが【巨躯】はそれを大きく超えていた。

 彼はレヴィと戦うほど自分の力が強くなり、体が軽くなっているように感じていた。

 彼はその頭脳が愛欲に支配されても尚滾る闘争心でそれをアウトプットし、レヴィと応対する程により強く、速く、猛々しく進化していく。

 

『浅ましい驕りよ!!』

 

 レヴィの無我夢中に荒々しい動きは【巨躯】にとって容易に卸せるもの。

 しかしレヴィは今のままではダメだと悟った。

 今のままではダメ、ならどうするべきか……

 

「がッ……っ、……まだまだぁああッ!!」

 

 レヴィは殴られ蹴られを繰り返しても手を止めることはなく、思い切り払い距離を取るとブラックローズの代わりにアイゼンハートを掴み、思い切り叫んだ。

 

「アイゼンハート!わたしを喰らって!

……今度はあんたを壊す穏健派野郎はいない!」

 

 【敗者】ですら武器を壊さないと止められないと確信した攻撃。

 アイゼンハートの転換対象を自分に設定し、膨大なエネルギーを纏い、それを全て相手にぶつける物。

 それならば、さしもの【巨躯】も止められるだろう。

 

「っぐうぅううっ……!!」

 

 レヴィの叫びに合わせて、アイゼンハートは鈍く色めき彼女の腕にまとわりつく。

 瞬間全身に痛みが走り、体の中に穴が空いて広がっていくような感覚と共に、制御しきれない大きな力がレヴィを取り囲んでいく。

 

「はぁッはぁッ……この力……!!わたしの体を転換してあんたにぶつければ!!……さすがのあんたでもダウンするでしょ!!」

 

『……!!』

 

 【巨躯】は増大していく目の前の女の力と共に彼女が何をしているのかに気付き、体が硬直した。

 

「脾臓から順に優先度の低い臓器から転換して!その粒子を全部力に変えて……全部!体の全部を力に!」

 

 全身の穴という穴から血が噴き出し、その流血すらもアイゼンハートによって消されていき、レヴィは超新星爆発にも等しいほどの大きな力をどんどん自分の内側へ膨らませていく。

 

『貴様……!!』

 

 【巨躯】は腕を天に翳し、上空からファルス・ヒューナルの使う大剣を取り出し握り締めた。

 アイゼンハートの全転換は【巨躯】でさえ至近距離まで近付けば食い荒らされると確信する程だ。

 

「う゛ああぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 そんな中、レヴィは頭を抑えてもがき、破裂しそうな痛みは少しずつ光の刃として漏れ出していく。

 

『ッ!』

 

 苦しみもがく彼女の腹に、鋭い痛みが走ると、大剣が大きく彼女の胴体を貫いていた。

 しかし、彼女はそれを見ても躊躇うこともなく両手で刃を掴み、力を入れて、足を後ろへ動かしていく。

 

「ッグ……腹、潰しても……中身はとっくに、……空っぽだってのぉおおおッ!!」

 

 勢いよく後方へ跳び出すと、刃は彼女の胴体から離れ、噴水のように大きく血が噴き出した。

 

『自分で剣を抜いたというのか!!』

 

 アイゼンハートはその血を全て消し、彼女に刃を与えた。

 貫かれた腹の中は彼女の言う通り空っぽで、肋骨すらも少しずつ転換されその体は軟体のように大きく捻ると、【巨躯】に向けて刃を翳す。

 この一撃で、全てを消さんと言わんばかりに。

 

「エルダァァァアア゛ア゛ア゛ーー!!!」

 

 彼女の攻撃を真っ向から食らえば、模倣体の【巨躯】は一発で霧散してしまう。

 だから彼が出来る行動はひとつしかなかった。

 大振りな彼女の攻撃を鋭いステップで避け、後方から大剣を振りかざし……

 

『……止(・)ま(・)れ(・)、レ(・)ヴ(・)ィ(・)!!!』

 

 【巨躯】はその叫びと共に、レヴィの太ももから下を勢いよく切り裂いた。

 

「ッが……」

 

『ハァ……ハァ……』

 

 ぐらり。レヴィはその力の全てで揚陸艇を真っ二つに割ると周囲は爆発し、レヴィは甲板の上で倒れ込んでいた。

 

「あ、……っ、足が、……」

 

 動けない。レヴィはなんとか体を再生させようと懐を探ったが、どうにもこうにもあの特有の感触が見つからない。

 

「ドー、ル、……スケープ、ドール、……」

 

 ない、ない、ない。マジックで引き寄せようとしても、引き寄せられない。ないものはない。

 

「スケープドールが、……な、い……」

 

 レヴィがついに絶体絶命の瞬間を悟ると、彼女は血と何かの液体の混じった咳を吐き出すが、敗北を悟ってもまだなにかの活路は無いかと思考を続けていた。

 

「まだ、……死ねな、……い……」

 

 土と金属の味を口の中に感じながら、無い足に力を入れ、腰を入れ、もう一秒先に死んでもおかしくないような体でありながらなんとか体を起こそうとする。

 がしかし、振り絞っても流れる血が増えるだけで、【巨躯】はそんな彼女の姿を見つめるとどこか安堵したような顔つきをしていながらも、見下したような声を上げた。

 

『どうした……立ち上がってみせよ。

貴様の力で我を倒してみせよ。

さもなくば貴様の刃を、折り砕いてやろうぞ』

 

 【巨躯】が狙いを定めたのはアイゼンハート。

それもそのはず、彼が己を殺すに値すると考えたものはそれしかないから。

 ブラックローズはどれほど高い火力を持ったとしてもレヴィの体を食い尽くして相手を滅するなんて力はない。だがアイゼンハートはそれを成す。

 瀕死で息も絶え絶えの彼女にとどめを刺すよりも先に、アイゼンハートを潰す方が合理的だ。

 

「アイゼン、……ハート……」

 

 レヴィの視界に映るものは何も無くても、鉄屑のようになったアイゼンハートとそれに狙いを定める【巨躯】のオーラは感じられた。

 不味い。不味いのは分かってるが、レヴィの体は動けない。

 

『……終わりか』

 

 【巨躯】はそう呟くと、そっとレヴィから目を逸らした。

 

「ッッ……!!」

 

 レヴィは指を引きずり、己の全てを振り絞ってこの状況を抜け出そうとするが、体から力が抜けていくばかりで――

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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