「う……」
レヴィの視界に広がるのは、悠久にも続く海の景色。
彼女は旧マザーシップの一角に横たわっており、その傍には【仮面】が佇んでいた。
「【仮面】……?」
「目覚めたか……」
レヴィがゆっくりと動き出すと【仮面】は顔を向ける。
盲目と仮面を被った存在。二人の目は合うこともなく。
だからこそ、本来相容れない二人が奇妙に交わることが出来ているのかもしれない。
「今……何時?」
腑抜けた声でレヴィはそう言いつつも、端末より先に己の腹に触れた。
服越しの感触だが、少し押すだけでまるで液体のようにたぷんとめりこむ感触が伝わる。
肉体が治癒されたわけではないが疲労は解消された方だ。
「あれから丸一日経っている」
【仮面】はそっと船のディスプレイを見てから淡々と告げる。
「えっ?!あ、捕獲装置は大丈夫?!」
レヴィはバッと勢いよく起き上がり慌てて懐を弄ると、そこにはピリッと痛むような強大な気配が二つ。
捕獲装置からダークファルスが逃げ出すなんてことは起きてないようで、レヴィは安堵のため息をついた。
「よかった……」
「マザーシップの中枢ならエルダー出しても平気かな……」
そう言って彼女は端末を操作し、回遊していたキャンプシップの行き先をマザーシップ中枢に設定すると船はゆっくりと方向を変えたあと動き始める。
「二体を同時に呼び出すのか?」
「うん、そうだよ」
それからしばらく、二人の間に会話はなかった。
かなり無口な【仮面】と身体中が痛むレヴィ。
会話をする理由もなく、静寂の中に時は流れていく。
マザーシップ内部へ到着するとレヴィは静かに降りていくが、【仮面】も当然のようにその後を追っていった。
漂うフォトンの波と侵食された海を超えかつて不可侵だったその領域に入ると、中は端も見えないほど広々としており【巨躯】を出してもどうにか空間に余りはありそうだった。
レヴィは【仮面】に見守られる中二つの捕獲装置を取り出し、重ね合わせるように触れるとゆっくりと深呼吸する。
「相反する意思……互いに敵対させないと……」
そして思い切り捕獲装置を投げ込み、二体のダークファルスを解放した。
あくまでレヴィにとって捕獲は前座。本番は大いなる陰の制作だ。
「……」
通常何もしていない状況ではダークファルスがレヴィを狙うことはない。がレヴィ以外の全員がダーカー勢力でこの場にいる【巨躯】と【敗者】は模倣体という意味で同種の存在のため誰にも敵対しておらず何も起こるはずもなく。
これでは埒が明かないとレヴィはそっと武器を取り出した。
しかしアイゼンハートを起動させた瞬間、二体のダークファルスはぎろりとレヴィに目線を向け襲いかかってくる。
「くっ……!」
【巨躯】から拳が振るわれ、【敗者】からテクニックが飛び、避ければ【巨躯】からレーザービームが降りかかる。
「やっぱ両方わたしを狙ってくるよね……っと!」
だが避けても攻撃しても状況に変化はなく、依然模倣体はレヴィを狙い攻撃し続けていた。
「一体どうすればいいの……」
弱音を吐いたつもりはなかったが声色はどんよりと低く、そんなレヴィを見かねて【仮面】が声を掛けてくる。
「その体でまだ戦うつもりか?」
「充分寝たし?」
「……」
充分寝たからなんだというのだ。そんな冷ややかな目をレヴィに浴びせながらも、【仮面】は彼女がこのような行動をする目的も読めないままただ見守ることしか出来ない。
「とにかく!なんとなくでもやってみなきゃ……!」
(高次元からダーカー因子を操作して内部配列を変更すれば互いにヘイトが向くかな?でも、これは元々模倣体……違うような形を見せていても内部因子は同じ。となるとどうすれば……)
レヴィは思考を絶やすことなく動かしつつも行動は現状維持が続く。
消耗が続くのは良くない。だけれど下手にダメージを受けたり与えたりしたら状況が悪化する。
アイゼンハートだけでは足りずいくつも武器を取り出して対処しようとするが、ブラッドローズは破壊されブラックローズはエネルギー不足で使用不可、サイコウォンドはダメージを与えすぎてしまう。
「ッ!!」
そんな時、レヴィを大きく影が覆う。
【敗者】の模倣体がレヴィに剣を向け、思い切り振りかざしてきたのだ。
レヴィは高速化の瞬間的な出来事に対処出来ず、頭を覆うように体を縮こめる。
しかし、そこへふわりと風が吹くとレヴィにマザーシップの光が差し込んだ。
そして、レヴィに響く凛とした声。
「――模倣体風情が。頭が高い」
ダークファルス【敗者】、それも本物。
彼はレヴィの前に背を向け、不機嫌そうだが少し不安げな様子で佇んでいた。
「るっ、【敗者】?!」
見えなくても一発でわかる気配と声。
レヴィは慌てて体に芯を入れると、【敗者】は時間を止めてからそっと彼女に振り向いた。
「貴様は……。何故独りでやっている?」
「……」
レヴィは目も合わせず何も言わない……いつもの逃げモードだ。
【敗者】は当然のようにレヴィを叱責しようとしたが、彼女の体は明らかに異様で、曇った瞳も疲れきっているのが目に入り、声を上げようと開いた口をゆっくりと閉じる。
「……体は、大丈夫なのか?」
「えっ?」
レヴィは完全に怒られると思っていたためしばらく呆気にとられていた。だが【敗者】が返事を急かすことも怒鳴ることもしないと分かると、体を隠すように腕を動かしそっと声を出す。
「あ、……だ、だいじょぶ、です……」
その言葉の後、しんと静寂が辺りを包む。
【敗者】は暫くレヴィの足先から頭頂まで見つめたあと、彼女に手を伸ばした。
「嘘だな」
グラン類似エネルギーで紡がれた服は綺麗だが内部は相変わらずぐちゃぐちゃ。
【敗者】がこれみよがしにレヴィの腹をつつくと、ウォーターベッドに触れた時のようなぶよっとした感覚が指に伝わり、レヴィは顔を顰める。
「っう、……」
「帰ったら器を変えよう。その体は長く持たない」
優しくしてくれる相手にまで捻くれるほどレヴィに元気はなく、【敗者】に頭を撫でられても顔を緩めそっと受け入れていた。
「ありがと……」
レヴィの顔が赤らむと、服の内側からふんわりと淡い光が広がっていく。
図らずもトリメイトより効果的な応急処置だ。
【敗者】は彼女の内側から伝わってくるほんのり暖かい感覚と異様な雰囲気に呑まれつつも、上機嫌になったとわかったところでため息をついた。
「それにしても、何も言わずに一週間も居なくなって……」
【敗者】はダーカーの巣窟でずっとダーカー因子を抑えるための訓練をしていた。
だが一日二日ならともかく一週間も帰ってこないのは流石に異常だと分かり、辺りを捜索しても見つからなかったことから眷属を使って虱潰しに探していた訳である。
そこまで苦労をしたとなれば【敗者】も少しくらい愚痴を言いたいもの。
しかし、レヴィはそれを聞いてビクリと肩を跳ねさせた。
叱責に怯えた訳じゃない。100%驚きだ。
「いっ、……一週間?!わ、わたしそんな居なくなったつもりないけど……」
「なんだと?」
「い、今……せいぜい三日くらいでしょ?」
「……?」
「だって、【敗者】から眷属借りて、その直後くらいに反応出て行って、日付かわるくらいまで戦って、そっから丸一日寝て、だから……」
【敗者】は時間の流れの歪みに訝しみつつも、レヴィが嘘をついているようには思えなかった。
ダーカーの巣窟は拠点周辺以外寝泊まり出来るような環境はなく、一週間もダークファルスと戦っていたというのも非現実。オラクルに帰っていたとしても、自宅に立ち入った形跡もなく、金も減っていない。
「空間隔離の影響で時間の流れが歪んでいるのか?そもそも……」
だが【敗者】の中でマザーシップ内外や宇宙野中でそれほど大きな時間のズレが発生したことなど無かった。感覚的な時間なら差異があるのも理解できるが、レヴィの状況ならむしろ実際の時間が三日より一週間の方がおかしい。
隔離された領域の内部で時間に変化があるのなら、それを証明出来るのは内外どちらにも干渉していた人物だけだろう。
「……本当に三日か?」
【敗者】は【仮面】をチラリと見る。
其れはさも当然のように【敗者】の時間停止から抜け出し、静かにレヴィの方へ顔を向けた。
「最初から居た訳では無い。
だが、彼女の戦闘能力で一週間生き延びるのは無理だ」
「ダークファルスの周辺宙域に入るにあたって、何か変化のようなものは感じたか?」
【敗者】はレヴィに時間操作の力を使わせた訳じゃない。不可解な現象が起きているというのなら、調べるのは科学者の性だ。
【仮面】は彼に返事をする義理などないと分かりつつも、レヴィという異端分子を調査するにあたって【敗者】の右に出るものはいないとも思っていた。
だから【仮面】は自らの労力を削減するために【敗者】に協力している。ダークファルスというのはそういう自己中心的な理念がデフォルトのものたちだ。
「空気が変わったような気がする、としか言えん。時計は殆ど見ていない」
【仮面】はそっと記憶を掘り返し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
基本的にダークファルス模倣体の反応はレヴィが隠していたため領域内に入るまで分からないことだったが、レヴィからも模倣体からもしなかったその独特の空気を【仮面】も不思議に思い記憶に残していた。
「何となくだが、火事のような……そんな感じの匂いがした」
「煙の臭いか?油の臭いか?それとも物が焼ける臭いか?」
「いや、遠巻きから家事を眺めているときの、なんとなく焦げ臭いような、煙たいような……そんな感じだ。しかし、実際火事などは起きていない」
【敗者】はレヴィの中にある様々なイメージや行動と照らし合わせてみたが、火事や炎に該当するようなものは何も無く困惑するばかりだった。
「はぁ……」
そんな中、レヴィは二人の話し合いを止めようとわざとらしくため息をつく。
彼女はこのまま【敗者】と【仮面】が話し合っていても何も事態が進まないと考え、無理やり止めることにしたのだ。
だが【敗者】はレヴィの方へ視線を向けると、悩んでいた内容がはっと吹き飛ぶような気がした。彼女が何となく答えを示しているような気がした。
(形式ばったパターンや法則に囚われて考えたところで無駄。目の前にあるものをそのまま記憶すればいい、ということか?)
「とにかく、このまま時間止めてても何も変わんないから。話し合いしたいなら船でやって」
レヴィは彼らに背を向け歩き出そうとしたが、直ぐに【敗者】が手を掴んで止める。
「待つんだ」
「ちょっと、お説教なら後でいくらでも聞くから。今はもうちょっとだけ頑張らせて」
【敗者】は【仮面】とは違いレヴィがこれから何をすればいいのかも分かっており、同時に今の彼女に打開案がないこともわかっている。
何よりレヴィの体はどう見ても限界だ。
「もういい。あとは僕に任せろ」
「だめ!わたしだって……」
「この体でどう踏ん張るつもりだ?」
【敗者】は足を上げ分かりやすく縫合痕の付いた太ももを軽く小突くと、レヴィはぐらりと揺れて倒れかける。
地面に胴体が付く寸前で【敗者】が彼女の腕を掴み、無理やり体を起こすとさっと抱き込んで服を捲った。
やはりレヴィの腹の部分には穴が空いており、そこに光る液体のようなものが入っている。
だが見た目よりも中身の方がよっぽど危うい状況だ。
「この幽霊同然の体でよくも生きていられるものだ……
器なきヒトの魂は消滅するのみ。ダーカー因子によって紡がれた精神体ならともかく、ヒトの身でありながらここまで肉体を失っているとなれば、もう攻撃には耐えられない」
アイゼンハートの転換と【巨躯】からの攻撃でレヴィの器は崩壊寸前。もし器を損ったとなれば、レヴィは他の現人類と変わらないように死んでいく運命にある。
フォトナーのように器を変えて生き延びるためには器も魂も生きているうちに新たな器に切り替えないといけないのだから。
「本当は解剖したい所だが、死と対価が取れるとは思わない。
いいから休め」
【敗者】は研究するには十分に見て触れたと思った。解剖したいというのは脅しではなく本音だが、同時にその後の言葉も全て真実。
だから彼はレヴィの異常よりも最優先タスクの消費を優先し、大いなる陰の制作を行うとしたが、往生際悪くレヴィが止める。
「だったら、せめて一緒にやらせて……!」
醜い目的かもしれない。
レヴィはまだ【敗者】の役に立ってるとは思えなかった。
自分の力で大いなる陰を完成させなければ、自分の価値を失ってしまうと考えた。
「お願い!あんたの力になりたいの、協力したいの……!!」
レヴィは悪い薬でも飲んだかのように顔を歪ませて武器を握りしめ、彼と顔を合わせて声を荒らげる。
その言葉を聞いて【敗者】はしばらく迷っていたが、熟考した末彼はレヴィの言葉を聞き入れることにした。彼女がどのような心境で言っているかを思えば、今の肉体のダメージよりこの千載一遇のチャンスを逃した精神的なダメージの方が余程大きく引きずると思ったから。
「……無茶をしたら強制送還だ」
レヴィはその言葉を聞いて、飛び上がり、彼に抱きつこうとしてバッと手を伸ばしたあと、直前で引き少し無理な姿勢ながら機嫌良さそうに【敗者】へ微笑む。
「大丈夫!いっぱい頑張るから、あわ……」
だがレヴィの足の感覚は完璧ではなく、繰り返しの飛び上がりで足が縺れるとぐらりと体が傾く。
そこを支えたのは【仮面】だった。
「ッ、【仮面】?」
「浮いていないと足が縺れるだろう。あの杖を……使ったらどうだ?」
確かにサイコウォンド・アシュターを利用すれば足を使うことはほとんどなく今よりはずっと楽だ。
しかし、やはりあの杖では見た限りの攻撃だと火力を出しすぎてしまうという懸念がある上、それをコントロール出来る自信もなく、何よりレヴィは属性マジックという概念に対してほんの少しの"悪事"を思いつき、この場で使うことを避けようとしていた。
「んー……別に踊らなきゃいいだけだし、へいきだよ。それよりも、アイツに怒られるからあんま無茶な事とか変なことしたって言わないでね」
「僕の目の前で言うかそれを?」
「見たものだけで受け取ればいいって言ってんの」
レヴィはため息を付いたあと、アイゼンハートの柄で【敗者】を小突いた。
瞬間時間停止が解除され、【敗者】は驚いて辺りをキョロキョロと見渡しているが、レヴィはそれに構わず飛び出し再び模倣体へ狙いを定めた。
「……」
二人は彼女の後ろ姿をじっと見ていたが、ふと【敗者】は【仮面】の方を向いて眉を顰める。
「俗な目で見るのはやめてもらおうか」
どうやら【敗者】は自分より先に【仮面】が彼女を支えたということで不機嫌になっていたようで。
だが【仮面】には謂れの無いことである。其れは身につけた仮面で己の姿を偽ってはいるが、中身は女性だ。
だが【仮面】は彼に自身の素性を明かすつもりなど毛頭なく、それでも嫉妬の目を向けられるのも不愉快なため言い訳を探したところ、そういえばと体良くいい言い訳が頭に思い浮かぶ。
「俗な目で見てたのは彼女の方だ。しかも【巨躯】に」
「は?」
その言葉に、【敗者】は目を丸くしてレヴィの方を見つめ……レヴィは【仮面】の言葉に一瞬硬直し、その隙を狙って仕掛けられた攻撃に堂々と引っかかり今度はしっかり【敗者】に守られたが、かといってレヴィの心情では彼に庇われる方がよっぽど嫌だった。
「え、いや、別にその、えっと……」
バツが悪そうに【敗者】から体を仰け反らせるが無駄。
レヴィは突然ハグされたかと思えばそのままギリギリと力が強くなっていき、完全に締め上げられていた。
「きゃー!別にちょっと頭に浮かんだだけだもん〜!!【巨躯】の力の対策みたいなものだし〜!!」
しかし押し付けられるほど【敗者】の硬い体がレヴィの頬骨や鎖骨など固い膨らみに食い込み、バタバタと暴れるとさらに力が強くなって彼女は【巨躯】相手よりもずっと良からぬ妄想が頭に過ぎっていた。
「あうっ!うっ、胸筋が当たって、えへ、えひ、えへへ……」
「ヘンタイ女が……」
レヴィが喜び出したかと思えばあっという間に手を離し、彼女が落とされそうになる寸前で腰を抱えギリギリで受け止める。
「とにかく、貴様がダークファルスに渡り合えるほどの力があると証明されたのは事実……」
彼からするとその力は予想以上。損傷もその分激しいが、船団と渡り合うのが妥当な完全体サイズの【巨躯】と戦って生きているどころか捕獲まで出来ているのは奇跡にも程がある。
「ん……」
「いい子だ」
いい子というのも少し違うかもしれないが、【敗者】はとにかくレヴィを褒め頭を撫でた。
「【敗者】……」
微かに訪れる甘い時間。レヴィはゆったりと体を預け甘えたように瞼を閉じ、【敗者】の暖かく大きな手を受け入れる。
そっと顔が近付いて、唇が震えるほどの僅かな時間だけ重なり合い、更に触れ合うかとなった一歩手前で、互いに唇を離した。
(確かにこう乳繰りあうばかりでは埒が明かないな……)
【敗者】は静かに心の中でそうつぶやくと、レヴィから目を逸らし模倣体達を見つめる。
いい意味でも悪い意味でも彼らは元気だ。
「それで、アレをどうするつもりだ?」
「えっと、【巨躯】と【敗者】の模倣体をコントロールして、どうにかして互いにヘイトを向けさせたいんだけど……」
「コントロール……」
二人が話している中、【仮面】も興味深そうに話題に入ってくる。
言っていることは荒唐無稽だが無理だなんだと考えていたことを何回も成功させてきた彼女なら、もしかしたらそれも叶うのかもしれない、と【仮面】の中ですら少し期待という感情が湧いてきたのだ。
「そう、なんだけどどうすればいいかよく分からなくて……」
「コントロールするとはつまり、彼らを上回るということだ。貴様にそれが出来るか?」
【仮面】の試すような言葉に乗って、【敗者】も皮肉混じりに彼女の背中を推す。
「僕抜きで死ぬ思いをしてようやく収めた者たちだ。上回るに値するものではないだろう」
二人の言葉に、レヴィはあることを思い出した。
「……!」
それはダーカーの巣窟にいた時、【敗者】と二人でしていた話題だ。
《ダークファルスを掌握さえすれば、上回ったのと同然だ。貴様はダーカーを誑かす事においては他の追随も許さない》
《誑かす……?そういう強さって……強さと言えるの?》
《貴様は自分の力だけに拘りすぎなんだ。駒の強さもまた主君の強さ、それを掌握出来る支配力も力の一つだろう?》
誑かすことで掌握する。支配する力もまた力。
誘惑という行為は、相手にマウントを取る行為であり、誘惑されたということは……相手を下回ったのと同様。
「ありがとう、いいこと思いついた!」
「は……?私は貴様に……」
レヴィは閃くと、困惑している【仮面】に強引に感謝を言って話を締めてから思い切り走り出す。
人に対する上回るとは虐げて屈服させることだが、ダーカーなら確かに話は違うだろう。
今まで
ダーカーからの視線は注目であり、彼らに対して上回るというのならその注目を好意に変え、魅了し、夢中にさせることだろう……と、レヴィは考えたのだ。
「【敗者】、あんたが言ってたわたしの強さ……
それをこの場で示してみたい!」
「……やってみるといい」
【敗者】は彼女が何をしでかそうとしているのか全てを察し、顎を引いて静かに見つめながら、彼女を見送った。
レヴィは彼からの了承が得られたと解釈するとすぐに動き出す。
(ダークファルスを誑かす……相手を魅了するなら……こうでしょ!)
パチンと指を鳴らすとレヴィの服が弾け飛び、明らかに露出度が高まった。
レヴィにとっての魅了と言えばそりゃ性的魅力。
エネルギーの力で紡がれた爆乳と肌面積大きめながら下品さのないディーラーバニーのような服は確かに男を魅了するには十分なクオリティで、【敗者】は後ろからレヴィの尻をジロジロと見ながら「あれに反応しない雄はいない」と確信していた。
「……見るな」
そして【仮面】に目を向けることもなく【敗者】は一言。
「私は女だ」
「それでも見るな」
「腹に大穴空いた奴の体なんて、不安しかないだろう」
「僕だって心配だから見るな」
「……はぁ」
嫉妬しているのか人に迷惑をかけたいだけなのか分からない、なんて【仮面】はため息を着く中、レヴィはアイゼンハートをステッキに変えて【巨躯】模倣体の頭頂を目指し進み始めた。
「別に、あんたを殺そうとかそんなつもりじゃないんだっての!」
其れはレヴィを掴もうと手を伸ばすが彼女はあっという間に避け、腕に乗ると一気に駆け上がっていく。
「あんたはねー!もーほんと聞き分けのないやつなんだから!」
自分の腕を焼き焦がすことすら厭わない【巨躯】模倣体のレーザーや隕石などの攻撃も薙ぎ払い、自身からは一切ダメージを与えることはなく、ただひたすらにそのあまりにも大きな体躯の大きな顔面に向けて歩を進めた。
そんな様子を見て、【仮面】はぼそりと呟く。
「……彼女は貴様に堅苦しいな」
レヴィには基本真面目だがどこか抜けているような感じでフレンドリーな印象を受けていた【仮面】だったが、【敗者】の前での彼女はまるで主君に付き添う騎士か何かのように感じた。
「……」
「あの態度が気に入らないか?」
「違う」
【敗者】も分かっている。分かってはいるが、彼はやはり悩んでいた。
呪縛から開放されたと思った瞬間レヴィとの何もかもが上手くいかなくなって、自分が上手くいったと思ったことすら巡り巡ると最終的に悪化しているような、いい意味でも悪い意味でも昔の自分の状態に逆戻りしていた。
だったら己に待ち受けるのは破滅なのか?
レヴィにすら裏切られて、また孤独に追われるだけなのか?
【敗者】の頭に一瞬そんな恐怖が過ぎるが、彼女の後ろ姿を見ると上手くいってもないのになんとなくそんなことは起こらないような気がした。
「……会話が足りないだけだ」
【敗者】はそんなシンプルな返事をしたあと、レヴィを見守る。
「あんたに何されようが、わたしは絶対諦めたりしない!」
レヴィの足取りは早く、あれほど苦労していたのが嘘かのように【巨躯】の眼前まで辿り着くと、そっと一歩を踏み出した。
彼女の情熱に当てられてか【巨躯】はピタリと動きを止め、レヴィが大きく手を広げて触れても振り払わず受け入れている。
「大丈夫だよ……あんたの欲望を全部、受け止めるから」
体躯を押し付け、優しく抱きしめると顔を近付けて。
「だから……」
【巨躯】の硬くゴツゴツとした体に柔らかい唇の感触が当たると、レヴィが離れても【巨躯】は惚けたようにその場に佇んでいた。
「……落ち着いたかもしれないな」
【仮面】の呟きが聞こえたのも束の間、レヴィは早足で模倣体の【敗者】の方へ走っていき、再び同じことを狙おうと其れの顔を目指して進んでいく。
しかし【敗者】模倣体の攻撃は激しく、レヴィは防戦一方で全く進めない。
一歩前に進めばテクニックが飛んできて、横に避ければ剣が襲いかかり、さらに進もうとすれば時間操作で避けられる。
「くっ……!そんなポンポン上手くいかないか……!」
捕獲装置に入れられていた間の内在ダーカー因子の高まりと圧縮によって模倣体達は誕生時よりも強大化しており、レヴィと会話した記憶も塗り潰されていた。
「わたし、【敗者】の事が大好きなの!あんたのことが好き!死ぬほど好き!だから、あんたと仲良くしたいの!」
レヴィは無我夢中に叫ぶ。
戦いたい訳じゃないと叫んでも、彼らに簡単に理解されないことも分かっている。
だが相手と深く関わり合うというのなら、自分の意思を伝えたいとレヴィは思った。
「わたしは……!」
それでも隙は生まれない。捕獲装置に入れられていた時間が長い分、【敗者】模倣体の方が因子の濃縮が激しくグラン類似エネルギーの伝播が上手く行われないようだ。
【敗者】はそんな彼女と模倣体を交互に見つめたあと、彼女の視界に入るだろう位置でアイコンタクトを行ったが、レヴィは【敗者】を見向きもしなかった。
「……」
【敗者】は改めて一歩足を踏み出すと、レヴィが不思議そうに彼に振り返る。
「一人でやらせるつもりはない」
【敗者】はそう告げると彼女より前に一歩踏み出し、手を翳した。
攻撃が降りかかる瞬間全ての攻撃が全く同じ技で跳ね返され、模倣体が振りかざそうとした剣は時間停止によって止められる。
「貴様にはこの女の持つ力が分からないのか?
この女がどれほどの者を誑かしてきたのか、理解出来ないか?
いや、自分だけは違う……だなんて、勘違いしているのか?」
【敗者】は己と同じような形をした模倣体へ語りかけた。
レヴィをアークスだと認識しているのなら、同種の方が聞く可能性はあるはずだ。
グラン類似エネルギーの伝播する隙がないのなら、ダーカー因子を喰らって圧縮されたダーカー因子の結合を解き、その入る隙を作ればいい……という考えである。
「ふっ、……認めたくないだけか。その気持ちはよく分かる」
【敗者】は模倣体に声が届くのか正直分かっていなかった。
だが彼はユニゾン波が双方向だと信じていたし、レヴィと長い時間を共にした自分だからこそレヴィの見せてくれた不可能のような可能性を形にしてみたいと思った。
本物の【敗者】ならレヴィを見てどう思うか。
性的か、下品か、それとも生物上の雌としか思わないか。
【敗者】は彼女の横顔をチラリと見たあと、率直に思い浮かんだ事をそのまま模倣体も考えるのではないかと仮定してみる。
それが正しい解だと証明するのは今からやること。
「だが、……奴の肢体をよく見てみろ。解はそれで十分だ」
模倣体は【敗者】の言葉を聞いて、レヴィに目をやるような動きを行った。
侵食された。そう感じた時、模倣体は彼女に向け声を出す。
『……そんな体で平気なのか?』
「平気なわけないだろうが。攻撃を止めろ」
【敗者】は偽物に対し辛辣にそう告げるものの、時間操作の能力による妨害を辞めても模倣体はもう彼女を攻撃しなかった。
『レヴィ……』
模倣体の声に、レヴィは足を一歩踏み出す。
「行ってこい」
ぽん、と【敗者】は彼女の背中を軽く叩くと、レヴィは勢いを付け模倣体の元へ駆け出していった。
「うん!」
見送っている立場だというのに、隣にいるような気がする。
【敗者】は心の中で蝋燭のように小さな炎で暖められながら、レヴィを信じ彼女の成功を祈り続ける。
「怖がらないで、わたしは【敗者】を守るんだから……」
レヴィはそう声を掛け、勢いよく飛び上がると【敗者】模倣体の頭頂に辿り着き、彼を再び抱きしめて重くキスをした。
制御出来たのだろうか……というレヴィの中の不安が形になって出る前に、彼女は勢いよく模倣体に掴まれると腕の中に閉じ込められる。
「ひゃっ!」
一瞬驚いて失敗を疑ったが、模倣体の手が離されレヴィが床に振り落とされると、其れは庇っていたのだと彼女は気付く。
【敗者】模倣体の腕は【巨躯】模倣体から投げられた隕石を受け止めており、【巨躯】模倣体から大きく腕が突き出されると時間操作で避け、応戦し始めたからだ。
「【巨躯】が【敗者】に攻撃……?」
「当然だ。貴様は色恋で奴らを釣り上げた……さすれば始まるのはマウントの取り合いだ!」
【敗者】のその言葉を聞いて、レヴィは思わず拳を握りしめる。
それはつまり、コントロールに成功したということに他ならない。
「彼女と死ぬまで戦いたいという愛情と彼女を守り慈しむ愛情……それらは相反する」
「呼応する意志とそれに逆らう意思、二つの意思がぶつかれば、後は対消滅させるだけだ」
そう言って【敗者】はレヴィの頭にぽんと手を乗せたあと、その手を争う模倣体達に向け広げた。
瞬間、二体の間に物凄い重力が掛かり、ねじ曲げられた空間の中にダークファルス模倣体たちが吸い込まれていく。
レヴィは【敗者】が組み立てた作戦を思い出し、二体を対消滅させる為の膨大な熱とエネルギーをどうやって生み出すか迷っていた。
【敗者】は己の力を注ぎ込んで爆発させようとしたが、それより先にレヴィが倉庫からある物を取り出し、投げ込む方が先だった。
「お願い……!」
資料用に持っていた灰錫クラリッサII。
レヴィはそれが空間に入り込んだのを見た瞬間アイゼンハートを取り出し、武器を構成する全てのフォトンを転換する。
分かってはいるが、膨大な量のフォトンに対しそんな曖昧な転換をしたらアイゼンハートか対象物のどちらかが耐えられなくなる。もちろん今回は意図的にそれを狙った為、耐えられなくなるのは空間に投げ込まれた方の創世器である。
(お願い……届いて……)
空間の中から劈くような爆発音が響く中、レヴィは座り込んでひたすら手を組み祈っていた。
(アンプラム・アンブラ……)
――レヴィの真っ暗な視界に、突然景色が映り込む。
瞼を閉じても消えることのない風景に、レヴィは祈るその手をさらに強く絡めた。
蔦の這い地獄のような太陽の差す暗く遠い景色。
惑星ラグオルのとある場所で、静かに佇み安息の地を探していたダークファルスの繭。
誰もが大いなる野望を持ってそれを追い求め、ある者は復讐のために焼き払わんと願い、ある者は技術の発展の為に手中に収めようとし、あるものは死に場所を求めて使命を果たそうとした。
「大丈夫だよ、待ってて……」
届かなかったその場所に、今なら届くとレヴィは確信出来た。
アンプラム・アンブラのその質感、匂い、感触、全てがレヴィに伝わると、彼女は立ち上がり【敗者】が展開した空間に向け手を伸ばす。
「わたしは、あなたを見てるから!」
瞬くような閃光が辺りをカッと照らし、【仮面】と【敗者】はその眩しさに思わず目を覆った。
しかしレヴィは臆することもなくただひたすらに手を伸ばし、惑星ラグオルの仄暗いその場所へ一歩足を踏み入れると、手の内に生暖かく絡み付くような感触がぶつかる。
(今だ!!)
レヴィはそれを勢いよく引き抜くと、辺りを埋めつくしていた光はパッと鳴りを潜めた。
レヴィの拳に握られていたのは、肉のような何かが畝るグロテスクな生物。
中央には黄色い目玉が輝き、分泌液のような赤い汁がレヴィの手の隙間から零れて床に垂れていた。
「やった……やったぁあああーー!!」
レヴィはこれみよがしに【敗者】へ振り返り、大いなる陰と呼ばれるそれを天にかざして見せびらかすが、彼女はそのままの姿勢で体が斜めに傾いていく。
「レヴィ!!」
【敗者】が慌てて受け止めると、レヴィは力なくもたれ掛かり、彼に体を預けて完全に気絶していた。
菌で死んだわけではないとわかると安堵してため息をついてから、【敗者】は彼女を姫抱きして持ち上げる。
帰らなければ。
【敗者】がその視線を帰るためのキャンプシップへ向けた時、【仮面】から声を掛けられた。
「この女は、人間じゃないな」
それくらいは分かっている。
肉体の構造は人間におけるそれと同じ物だが、非常時の機能があまりにも人間と乖離しすぎているからだ。
根底から構造の違うフォトナーやダークファルスとも違う、中途半端な彼女の体は【敗者】から見ても奇妙で仕方なかった。
「あるべき器と核があれば、レヴィは本当の力を発揮出来るはず……」
だからこそ、【敗者】は器こそが彼女を人たらしめているものだと考えた。
もし魂をあるべき場所に収め、レヴィの体の機能を完全に発揮出来る状態まで持ち込めれば、レヴィの中途半端だったものは全て完璧に噛み合う。
【仮面】は彼のその考えを肯定するように、一言呟く。
「……惑星」
「ッ!」
「マザーシップの中核と同じ、意志を持つ波だと考えているんだろう」
言うなればシオン。
【仮面】は【敗者】がレヴィに執心している理由も概ね予測が付いた。
これ程異様な存在で、シオンの代替になりうると思うならそれは喉から手が出るほど欲しいに決まっているだろうと。
「演算する海とは違うさ。
だが……それ程のものではあるだろう」
【敗者】はそんな【仮面】の言葉に、肯定とも否定とも受け取れるような答えを返し、彼女を抱えるとそのままワープで消えていく。
一人残された空間で、【仮面】は小さな声で一言呟いた。
「これで満足か?
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる