――ある時。ダークファルス【仮面】は、奇妙な気配を感じ取った。
とてつもない量のダーカー因子が宇宙に霧散されていく。しかしアークスの誰も気付いておらず、宇宙は平穏そのもの。
強大なダーカーの気配を前にして、アークスでもないのに倒すなんてことが有り得るのだろうか。
ダークファルス【双子】が捕食した訳でもなく、他ダークファルスが争いをしていた訳でもない。
【仮面】はそんななんとなくの気配につられ、ダーカー因子の濃いその宙域へ向かっていった。
「……」
破壊されたいくつもの隕石や船が漂い、赤黒く色付いた宇宙の中で一つ。
ある揚陸艇の甲板の上で、小さな女が泣き喚いていた。
【仮面】はその女に見覚えがあった。
本物の【巨躯】が復活した時もその場にいた女だ。
「うっ、うわ、うわぁあああぁああーーん!!!」
その女は大層傷付いており、服も何もかもボロボロで、脚は義足のような光る何かで繋がれ近くには切断されたであろう脚であったはずの肉が転がっていたが、彼女はそんなものには構わず空虚に目を向けながら震えていた。
「やだ、ちょっ、……えっ、……ど、どしよ……」
彼女は酷く焦り混乱しているようで、この異常事態の中心にいるのは間違いない。
その金色の髪をした女……レヴィに近付くと、【仮面】は声を掛けた。
「貴様、やはり何者だ……?」
「ッ!だ、ダークファルス……」
かつてナベリウスで問いかけた言葉をもう一度レヴィに放つ。
彼女は【仮面】からの声にハッと顔を上げたが、それは恐怖でも苛立ちでもなく、どこか期待したような、嬉しそうな声色だった。
そして、レヴィは手を開くと武器を握り締め、ぽちゃんと水が揺れるような音を響かせて立ち上がると。
「ダークファルス、二体目!!」
「ッ?!」
レヴィはいきなり【仮面】に切りかかった。
【仮面】は驚いて後方に避けるがレヴィは止まらず更に刃を切り返し、足を踏み込んで刃を振るった。
「あんたを捕獲すれば【巨躯】の代わりになる……!よし、よしよしよしっ!ふふっ、ふふふふっ!!」
「待て……私はっ、……貴様に、聞きたいことが……」
【仮面】は仕方なく武器を取り出しレヴィの攻撃を受け止めるが、彼女は【巨躯】との戦闘で完全にハイになっており、【仮面】の言葉に一切耳を傾けない。
「今ならまだリカバリーが……」
だがそう言ってレヴィは大きく刃を振り上げるも、次の瞬間。
「ごほっ、ごほっ、……」
喉の奥の焼けるような感覚と共にレヴィは口から赤黒い血を吐き出し、そのあまりの痛みに彼女は武器を落とし喉元を抑え込む。
そこを好機に、【仮面】はレヴィから武器を奪い彼女の肩に手を置いた。
「ッ、……落ち着け」
「はぁ、……はぁ……」
今のレヴィは痛みを抑え込むので精一杯。
なんとかして【仮面】を捕獲しようと手を動かしても、手首から先が動いてくれないのである。
「何故、【敗者】や【巨躯】と独りで戦う?」
【仮面】はそんな様子の彼女を見つめながら、静かにそう声を紡いだ。ようやく会話出来る状況だ。
レヴィはしばらくの無言を挟んだ後、深呼吸をするとゆっくりと顔を上げる。
「わたしには、やらなきゃいけないことがある」
そこで、レヴィは経緯を説明した。
ダークファルス二体を捕獲装置で捕獲する必要がある、と。
大いなる陰や対消滅などその先のことは言わなかったが、彼女がアークスのレーダー反応に干渉し誤認させるプログラムを作って二体のダークファルス模倣体を隠し、【敗者】は捕獲に成功したが……
【巨躯】は、"うっかり倒してしまった"、と。
【仮面】は彼女の言葉を聞いてゆっくりと考える。
正直言ってレヴィのしている行動は意味不明だ。
しかし、【仮面】は彼女が間違いなく異端分子であることを分かっている。
なら、彼女が起こしたかったアクションを成功させれば、この宇宙で大きな変化が現れるのかもしれない、と【仮面】は考えた。
周辺を見たところ誰も助けに来る気配もなく、レヴィはこのままでは死んでしまう様子でもあったから。
そして【敗者】含め全知存在に記録されていない生命をこんなしょうもない事で死なせておくのは勿体ない……と【仮面】は最終的な結論を出し、彼女の計画を手伝う事に決めた。
「……成程、倒してはいけなかった、と」
「そうなの。だから、どうすればいいか分からなくて」
「それで、私を狙ったと」
「……貴方が死にたくないなら【敗者】以外のダークファルスを連れてきてくれる?」
「はぁ……」
「……?」
レヴィの余りのふてぶてしい態度に【仮面】はため息をつくが、彼女はさも当然のように首を傾げ不思議そうに【仮面】を視上げていた。
「貴様で少し、試したい事もあったんだ。名前は?」
【仮面】にはこの状況を乗り越えるだけの力がある。それにこれはレヴィだけでなく彼女にとってもチャンスなのだ。今でなければ彼女の言う"試したいこと"が行える機会は訪れないだろうから。
「レヴィ」
レヴィは最早慣れたように偽名ではなく本名を名乗ったが、それを聞くと【仮面】は少し顔を俯かせる。
「……貴様は本当に、ルビィの妹か」
「違うって言えれば良かったんだけどね」
レヴィの答えはシンプルだった。彼女はルビィに対し己の存在を認めさせようと足掻いていたが、今は最早恨みや憎しみ以外何も無かった。
だがルビィの妹である事を否定すればそれは彼女の両親が望んだような、不出来な家族の存在を抹消されたことと同じ。
かといって認めればレヴィのアイデンティティはルビィの妹になり、彼女は周囲の人間からされるようにレヴィという個の消滅を認めることになる……
結果ルビィを殺す以外の全ての回答は何も断言できず、必然的に返事も曖昧になった。
「それで、何処に戻ればいい?」
「……?」
【仮面】は聞くだけ聞いたと判断すると即座に話題を切り返し、静かにレヴィへ手を差し出す。
だが突然の言葉にレヴィが困惑するのは当然である。
「【敗者】に、時間を操作する力があるのは知っているか?」
「あ、うん。マジックの模倣だよね」
「……【双子】には模倣する能力があって、【若人】には魅了の能力がある。ダークファルスには固有の能力がある、と言えるだろう」
「ふーん」
ダークファルスに固有の能力があるなど、【敗者】から聞いていることだ。レヴィは退屈そうに座り込んで【仮面】の話を聞いていたが、彼女はそっと呼吸をしたあと、レヴィに向け少し緊張した様子で言葉を紡いだ。
「私……ダークファルス【仮面】の力は、時間遡行だ」
その瞬間、レヴィの目は見開かれる。
「時間遡行……?ダークファルス、【仮面】が?」
時間遡行という言葉には聞き覚えがあった。
それはルビィが持つ力と同じ。【敗者】曰くマジックに値するものだろうと予測される、埒外な魔法と同等の力……それを、ダークファルスが固有の能力として秘めているのは、果たして偶然で片付けられる話なのだろうか。
「……その力を行使するには、道標が必要だ」
それもルビィと同じ。ルビィがシオンやシャオを使うのも、時間遡行が道標ありきの力だからだというのをレヴィは知っている。
「道標、ねぇ……」
「貴様がそこまで言うなら、私が時間を戻して貴様を止めてやる。だが、道標が無ければ戻る事は出来ない。
……マターボードは持っていないか?」
「マターボード……?シオンの物をこのわたしが持ってると思う?
あんた、わたしが【敗者】の駒だからって高く見積もりすぎだよ」
「……マターボードもなしか。であれば何故居ないのか……」
「マターボードとかいうのは持ってないけど、道標ってのは考えるから。逆算して考えれば時間を出せるかもしれないし」
【仮面】の意味深な言葉をレヴィは無視し、彼女は少し不機嫌そうな様子で【仮面】に顔を向けた。
「【仮面】、今何時?」
「2時25分だ」
「なるほどね……」
正直今のレヴィにとって時間の感覚はかなり曖昧だ。数える程の余裕もなかったし、しばらく昼も夜もない場所で過ごしてきたせいか体内時計もぐちゃぐちゃだが、レヴィはなんとかして道標のため介入するための時間を捻り出した。
「……2時3分。そんくらいかも」
レヴィはそう言うとやっぱり違うかも、もう少し前かもなんて悶々と悩んでいたが、【仮面】はふとレヴィの周りを漂うマグのようなものに目が向いた。
「一つ、聞いていいか?」
「ん?」
マグと言うには動きがだいぶ違うが、宇宙の闇に溶け込む真っ黒な色に白い目のような何かがついて二本の触手が伸びた、クラゲのような浮遊体はずっとレヴィの周りをふよふよと回っている。
「ソレはなんだ?」
「それって、どれ?」
「後ろの、黒い物だ」
「後ろの黒い物……?何かあるような風はないけど……」
しかしレヴィはとぼけるもののその浮遊体は白い目を【仮面】に向け、不思議そうに体を斜めに傾けるとまた辺りを漂い続ける。
「……?」
「で、時間教えたけどそれじゃダメ?」
レヴィのため息に【仮面】は少し考えたが、やはり無理なものは無理。彼女は首を横に振ることしか出来なかった。
「マターボード無しで時間遡行は不可能に近い。もしマターボードがないにしても、余程因果の強い座標でなければ……」
「そう……。
でも、道標さえあれば、あんたが時間を戻せて……【巨躯】を殺さないように出来る、ってことね」
「……」
【仮面】とレヴィの間には少しの間静寂が流れた。
レヴィは【仮面】こそが今の状況を切り抜けられる唯一の手段だと確信している。
しかしマターボードはどう足掻いても使えない。
だからこそレヴィは彼女の言葉をヒントにどうにか因果の強いと言われる道標を考えるしか無かったが、果たして世界にとって取るに足らない目的のための、倒しても変わりのないような相手に強い因果など集まっているものなのだろうか。
レヴィはそう思いつつも、思考を止めることはない。
(道標……時間と空間と因果を示す具体的な座標。それってつまり……)
レヴィの周りを漂う黒い浮遊物は突然こちらを見ると、その触手をこちらに向けてき⬛︎⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
見えた。
⬛︎⬛︎⬛︎ここ、
⬛︎
もらう
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎/ZENA/Worlddata/PhantasyStar/Oracle/ERROR/Log/239
MNData-α6-0119
「……!」
【仮面】は何かの規則性を持って動き出した黒い浮遊体を訝しげに眺めていると、突然頭の中から声を掛けられた。
《こっち、見て》
レヴィの言葉に従って【仮面】は彼女を見るが、レヴィは全く目を合わせない。
何かおかしいと思いそっと視線を動かすと、【仮面】は黒い浮遊体と目が合った。
黒い浮遊体と目が合うとは……?なんて、【仮面】が思ったのも束の間……そこからクラゲのような触手が伸びると、【仮面】の顔に二本の足がまとわりつく。
「ッ?!」
頭の中でぼんやりと情報が駆けていく。
自分とは別の視点でレヴィを見ているかのような光景が広がっていく中、レヴィは【巨躯】と戦いを続け、倒れ込んだ彼女の姿を見た。
>8話(4)
「これは、何の、情報を」
【仮面】の頭にある単語が過ぎると、【仮面】は黒い二本の触手から広がる世界の穴がまるで彼らの三次元を二次元のように映し、立体的な事象は矮小に感じ、出来事は幾つもの可能性に連なり、未知は泡となって広がり、そして世界をめくる本の姿が見えた。
「見えた」
【仮面】はそう呟くことしか出来なかった。
そうしなければどうなるか分かっていた。
それを呟いた瞬間黒い触手は離れ、浮遊体はまたレヴィの周りをウロウロと回り出す。
彼女は恐ろしかった。
見えた景色は絶対に自分が見てはいけない物だった。
その情報を記録として認知してしまった場合、自分の内部構造が根底から崩されてしまうような気がした。
皮も肉も骨もすり抜け自分の一番底の一番脆い部分に直接触れられ柔らかく握られる感覚がした。
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
「道標は見えた。大丈夫だ。私は戻ることが出来る。そこへ戻ればいいと分かっている。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎へ戻る。だから大丈夫だ」
「【仮面】?」
「だからもういい、レヴィ。私はそれ以上識る必要はない」
あれはどう考えても生命体に受け入れられる情報量ではないと【仮面】は感情を走らせた。
あれだけの演算を人の身で行ったら脳が壊れてしまう。だからシオンやシャオは惑星を象った。演算する海は全知存在の全てを識っても耐えられるだけのスペックがある。CPUは全宇宙の始まりから終わりまでを許容しうる。
だがあれは生命体では耐えられない。ルーサーが余りの知識の奔流に脳が破裂してしまいそうだと形容したように、情報量を抱え続ければ普通の人なら壊れると思った。彼だってウォパルと融合していなければシオンと融合してもその情報量に脳がショートしていたかもしれない。
【仮面】もそれを許容しうるだけの器はあるが、だからこそ恐ろしかった。
そんなものを受け入れられる自分が"何"ということを追求すれば、深遠なる破滅の運命以外なにも見えなくなってしまうから。
「そう?わかったならいいけど……」
それにしても何なのだ。
ならそれを差し出してくるレヴィと言うやつはなんなのだ。シオンやシャオ、ルーサーや【仮面】のような圧倒的な情報量を許容しうる器と同等の何かが、ルビィはともかくレヴィから感じられるものはなかった。
ルビィと違ってレヴィはフォトンを受け入れる器なんてない。ルビィのように複数の次元のフォトンを吸収し己の力にするような埒外な器などどう見てもない。だってレヴィはフォトンが使えないのだから。
でもレヴィはグラン類似エネルギーの力をありえないほどに使えている。【敗者】ですら底なし沼のようだと考えるほど彼女はそれに対しては大きな器を持っている。だがそれにしてもやっぱりルビィに値するほどのものとは【仮面】は思えなかった。
なら、もしや。
もしやこの女は――
「戻って、確認する。
戻った後貴様が"今"の時間に存在しているかどうか、そして貴様が⬛︎⬛︎かどうか」
「え?ごめん、なんか貴様がーの後だけモヤッとしててよく聞こえなかった……なんて?」
「……」
【仮面】は返事をすることもなく、その場から消え、そして誰もいなくなった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる