「ん……」
いつの間にやら景色は船の中。
少し足を動かすだけでガサガサと聞こえる物の多さは病室には程遠く、現在地はレヴィの部屋以外ありえないだろう。
赤黒いダーカーの巣窟に再び戻ってきたレヴィは、大いなる陰をついに完成させ喜びの最中にあるものだが彼女の手の内どころか部屋のどこにも大いなる陰の気配はなく、代わりに別の強いダーカー因子が部屋を満たしていた。
「……起きたか」
【敗者】だ。
彼はレヴィの顔を覗き込んでぼんやりと目を開けた彼女をしばらく凝視したあと、安堵したかのようなため息をつく。
そのため息が急かされているように感じレヴィは起き上がろうとするが、そこでふとある違和感に気付いた。
「……?」
何故か不思議と体が冷たい。
病気だからとか、死んでいるとか、そういう訳ではなく、肌に当たる感触が布団の柔布しかない。
そう思いレヴィはそっと体に触れてみると、ぺたんと自分の胸に手が置かれた。
そのまま下へ滑らせると、肌の感触がするすると滑り、足の根元までたどり着き、レヴィは肩を強ばらせる。
「なっ、……なんで全裸?!!」
「寝起きから喧しい女だな」
器を交換したからと言って必ずしも全裸にする必要は無いはずだ。パジャマだっていくらでもあるし、最悪着ていた服をもう一度着せてもいいはずだ。
だのに、病室でもない場所でわざわざ全裸にひん剥くなど……
「あっ、……あ、あんた!!寝てる間変なことしたでしょ!」
「何故そう言うんだ?証拠もないというのに……」
「だって裸のまま寝かせると思う?!夜這いした以外ありえないでしょ!!」
「はぁ……僕を貴様のような変態露出狂淫蕩女と一緒にしないで貰えるか?」
起きたてから妄想過剰なレヴィに【敗者】は呆れため息をつき、足を組み変えた。
「僕が脱がした訳ではない。貴様が倒れたあと、グラン類似エネルギーの減少と共に貴様の服は勝手に消滅した。だが貴様の容態は一刻を争うほど深刻。その状況で服を着せる余裕などあるわけないだろう?」
「でも元々服が……」
「その元々の服が最初から無かったんだ。貴様の着ていたものはグラン類似エネルギーを服という形で固着させたもので、あれは活性化したエネルギーそのもの。
恐らくだが、元々着ていた服は高いエネルギー反応による爆発で跡形もなく消し飛ばされただろう」
【敗者】も彼女が出撃するところも衣装が変わるところも見た訳では無いため断言することはできないが、服の組成や状態はダークファルスでありフォトナーであった彼には見ただけでも容易に想像の着くところにあった。これだけのことを無意識でやったのなら、元々の服が消し飛んだ事すらきっと記憶出来ないし、今の状態のレヴィなら気付きようもないだろうと……
「それを貴様は夜這いだのなんだの、自分の行動によって起きた責任を全て僕に擦り付けるとは。実に無礼極まるな」
【敗者】は非常に丁寧な説明をした方だが、それでもレヴィはまだ不服な様子で肘を突いて顔を歪ませる。
「はぁ……でも服がないなら器交換した後に着せればいい話でしょ?」
「そんなこと言われなくても分かっているが?今はバイタルサインを確認していた段階だ。貴様が想定より早く目覚めただけに過ぎない」
【敗者】にそう言われレヴィはイヤホンを付けると、端末から時間を伝えられた。
大体三時間半……ともなれば、確かに【敗者】の言うことは納得するしかない。
さらに【敗者】は着せるつもりだったであろう服をレヴィに手渡してきた為、やましい意味合いなど最初からなかったのだとレヴィは認めざるを得ず、ここで服を着なければむしろ自分が変態になるだけだと考え、レヴィは嫌々ながらも【敗者】から渡された服を着ることになった。
「まったく、貴様のその変態妄想は本当にどこまで行ったら気が済む?」
「ぐっ……」
一度隙を見せれば逃がさないのが勿論【敗者】で、文句を言い始めると止まらずレヴィにああだこうだと言っては嫌味に着替え中の彼女の体をつつき、レヴィの嫌そうな顔を見ると更に燃え上がって彼女に説教のような文句を続ける。
(この偏屈ジジイが……)
なんて内心呟いてもレヴィの心の声が彼に届くことはなく、初めて出会った時から今までの中で思ってきたであろう全ての苛立ちや文句を吐き出し続け、レヴィはもはや呆れてため息すら付けなかった。
だがそれでも【敗者】は止まらず。
「僕だけに飽き足らず【巨躯】にまで見境なく尻を振る奴が……」
彼は嫌味ったらしくレヴィを睨みつけながらそう言うが、レヴィはその発言には堪らず【敗者】を睨み付ける。
「は?」
「なんだ言い訳か?初対面から散々僕に欲情していた性欲猿の雌豚風情が僕に何を?」
そう言われても、とレヴィはある時【敗者】に言われた言葉を思い出す。
器を交換し貧乳となったレヴィに【敗者】が襲いかかった時、彼はレヴィに無理矢理ダーカー因子を流し込み絶頂させていた。
レヴィは未知の快楽に困惑していたが、【敗者】はご丁寧にその理屈を説明していたのだ。
「いや、あんたがわたしの器を作る時にダーカーに対する性的興奮特性を高めたって言ってたよね?」
そう、【敗者】限定ではなくダーカー因子に対しての性的興奮特性の為、それで【巨躯】に反応するのは当然のことなのである。
「あんたが体を作り変えなければこんなことになってないと思うんですけど?」
さすがに図星。屁理屈王の【敗者】でさえ流石にそれは言い返せず黙り込む。
「……」
【敗者】が無言になったところで、レヴィはこれ以上争っても仕方ないと考え齢数千歳のオジサンの前で大人の対応を取ろうとする……が、やっぱり不満なものは不満である。
「そもそもなんでまた貧乳なの?」
「そう簡単に変えるわけがないだろう?」
「あんたの気分じゃダメなワケ?」
「僕の気分なら数百年くらいかかると思うが……」
【敗者】からしたらさも当然のこと。
彼にとってレヴィの命はもはやたかが100年のものではない。特異的な力を持ち、肉体の劣化を抑えられる彼女は数千年生きるのも当然のことだが、レヴィにとってはまだ自身がそれほど長く生きられる命だという自覚はできていない。
だから彼女は相も変わらずそのような言葉で不機嫌になる。
「じゃあわたしの気分は?!」
「そうしたら気分を言い訳にして一生大きいままだろう?」
長く生きてきた【敗者】からしてみれば数百年の時間などそれこそ気分に過ぎないが、たかだか20年程度しか生きていないレヴィにとってその時間は一生よりも長いものになる。
【敗者】はレヴィの気分に合わせたら一生大きいままなどと言っているが、レヴィこそ【敗者】の気分に合わせたら死んでも小さいままにされると言われているようなものなのだ。
「じゃあルーレットは?!ダーツは?!」
「豪運の貴様と運勝負で決めると思うか?」
「わたしじゃなくて代理人を立てればいいでしょ!」
「既に貴様と居る時だけシルンの運が上がっているだろう」
そのため話は一生平行線。
【敗者】は仏頂面で彼女の瞳を覗き込むが、レヴィは不満げにどこか空虚をぼんやりと見広げているだけ。二人の目線は交わらない。
「……」
【敗者】が時間を操作し船の照明を完全に切ると、部屋の中が暗黒に包まれた。
音もなく光を失ったその空間でレヴィは何も触れることはなく、相も変わらず不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「むぅぅううう……外見なんか拘ったところで無意味なのに……」
「貴様は先日の己の行為をもう忘れたか。あれは見てくれの良さで掴んだ勝利だろう」
「だったら巨乳のほうが合理的でしょ?男は胸好きなんだし!」
巨乳だった頃のレヴィはそれはもう生きていく中で何度も自身の胸を武器として使っており、胸に気を取られている隙に財布を盗んだり、プロテクターを付けて胸を薄くしたあとそれを外すだけであっという間に別人として振る舞うことが出来たり、胸を見た相手をカツアゲしたりと非常に便利だったのだ。
だからレヴィは【敗者】のする行動が気に入らなかった。彼の性欲や好みだけで大きな機会損失に繋がっていると感じていたから。
「尻や足が好きな男もいるじゃないか」
「じゃああんたは何?サピオセクシャル?」
「次言ったら殺すと貴様に告げたはずだが?」
「はんっ!自分の性癖も堂々と言えない奴に人の胸のサイズを決められたくないないんですけど!」
だが【敗者】は言われたくないと伝えてあげた言葉で罵られ童貞煽りをされても無視出来る男ではなく、彼は眉を顰めるとレヴィへ手を伸ばした。
「だったら貴様は言えるのか!」
レヴィはド級の変態だがシャイでムッツリだというのが【敗者】の持っているイメージだ。
変態妄想で振り回してはくるが実際襲われたりすると嫌がりさも自分から求めていないようなフリをする女だから。
それゆえ好きな男の前で自分が相手を好きだと言うような内容の性癖の暴露などできまい、と【敗者】は内心思いながらレヴィの頭を掴み突き付けた訳だが、レヴィは差し出された手をあっという間に払うと得意げに口角を上げ肩を動かした。
「当然!デカくて硬くて強くて顔が良くてエロい男が性癖だから!」
予想外の返答にこれには【敗者】もドン引きである。
「……」
「ちょっと!こっちは大真面目に答えてるんですけど?!あんたが言えないなら今度から胸のサイズはわたしが決定するからね!」
だがここまでストレートで真っ当に性癖の話をされれば【敗者】も逃れられない。
レヴィは巨乳ボディやそのナンバーを把握しているし、マジックで器の交換も出来る。
理屈ではなく感情で理解させてやらないとレヴィは勝手な意思で暴走して二度と今の体を纏ってくれなくなるかもしれない。それは【敗者】にとって由々しき事態だ。
「……匂い、とかかもしれない」
そうして考え出した末捻り出せたのは一言だった。
「え、匂い?」
「貴様の外見は特別美女という訳ではない。だが僕はどうも特別意識をしてしまう。その原因は見てくれ以外の部分……なんとなくの雰囲気や印象なのではないか、と考えた」
【敗者】からすればレヴィは充分可愛いものだが世間一般的な評価でレヴィの外見はあくまで中の上か上の下である。彼はそれをよく分かっていた。
そして、彼の言うなんとなくの雰囲気や印象という物こそユニゾン波……外見や言葉からではたどり着かない、オーラの範囲で【敗者】はレヴィを特別視していると考えたのである。
なればアークスなどというオスかメスかなど些細な差でしかないもののメスをわざわざ女と認識し、恋愛対象として見れるようになる要素こそ、性的興奮のフェチズムと繋がりがあると考えるのは【敗者】にとってある意味普通のことなのである。
「それが匂いって?」
本来ここで頷けばレヴィを納得させられるだけの話ではある。
そう分かっていても、プライド有頂天の【敗者】は嫌味を言わざるを得ない。
「畜生のような性格の女に内面で惹かれると思うか?」
「はぁあああーー!?」
ユニゾン波があろうがなかろうがレヴィの性格は満場一致で最悪だ。【敗者】はグラン中毒で彼女を一番甘やかしていたタイミングですら彼女の性格が良いとは微塵も思わなかった。
かといって性格が悪いから嫌いになるという訳でもないのだが、言われた本人は当然嬉しいわけなどない。
「いいですよもう!わたしは性格がおクソで畜生なんでしょ!ふんっ!」
「まあ糞で畜生であることに間違いはないが、一応度し難い程の生真面目ではある……」
「それフォローになってると思います?!」
メンタルは不安定だが優しさもあり度胸もあって真面目な部分もある、ただしそれがいい方向に働くとは言ってない。
【敗者】からしたら悪い中にも魅力があり、悪いとは言ったが嫌いとは言ってない……みたいな屁理屈を超えない論理だ。
レヴィからすれば悪口100%。
ただ今の【敗者】からしたら性格の善し悪し云々よりも物申したいことなどいくらでもある。
「あと、僕にだけ対応が乱高下する」
最愛の人のように甘く振舞ったかと思えば憎む相手のようにそっけなく振舞うレヴィの不安定すぎる態度に【敗者】は色々と悩まされていた。
【仮面】から指摘されたことも自覚済み。ただそれがレヴィの全てでは無いことは分かっている。
「……」
その不安定さを【敗者】は自分の力だけで解決できる訳では無いのだ。彼女の気持ちは彼女の問題だから。
しかしレヴィは【敗者】の深刻そうな表情など一切見ていない。目が見えないから。
「乱交下品って何?」
レヴィは呑気に変な聞き間違いをしており、【敗者】はそれを聞くと迷わず拳を握り締めレヴィに向けて殴りかかった。
「死ね」
「痛ぁぁああーー!!」
レヴィの病み上がり未満の体が吹き飛ばされ壁にぶつかっても【敗者】は彼女を見ることも無くため息をつく。
「はぁ……」
「えーっとで?何の話してたんだっけ?」
殴られると頭がリセットされたのか、レヴィは拳が当たった腹側部を抑えつつも【敗者】のいる場所まで戻ってくる。
「だから戦闘後のエネルギー霧散に合わせて……」
「【敗者】が貧乳ボディをゴリ押しした挙句全裸にしたまま見抜きしてた話だっけ……?」
――呆れた。至極、呆れた。
【敗者】は心の中でそう呟くと、もう一度拳を握りレヴィの頭に拳骨を落とした。
「あだっ!!」
レヴィが痛そうに今度は頭を抑えるのを他所に【敗者】はプロジェクターでホワイトボードを表示すると、ペンを掴んでレヴィをキツく睨みつける。
「いいだろう、貴様がそこまで僕を侮辱するつもりならしっかりと説明してやる!一言一句、覚えるまで何時間でもだ!」
「えぇー……?」
「まず貴様の体内にあるグラン類似エネルギーの性質や生成及び活性化条件からの説明だ」
そう言って【敗者】はいくつもの資料を表示するがその全てにレヴィは見覚えがあった。
「それもう知ってる」
が【敗者】は無視。
「……グラン類似エネルギーとはそもそも特殊惑星探査隊オルターの一部隊が遠征探査任務に行った際、対象である惑星マキアにて発見された人工エネルギー、グランに類似していると推測されたものであり……」
「知ってるってば……」
レヴィが何を言おうが【敗者】は無視。
文句を言えば声をわざとらしく大きくし、去ろうとすれば無理やり椅子に縛り付け、【敗者】は文句のような説教のような行為を240分の長丁場で会話が途切れる事もなくひたすら続け、自身が納得したところでようやく終わりの兆しを見せた。
「つまり、なんだ?」
レヴィは呆れを超えて疲れ果てている。
自分が招いた結末だが、死にかけの起き抜けにされることでは絶対にないというのは流石に分かっていた。
しかしこれ以上反抗したらこの説教が何時間続くかと考えると、さしものレヴィも従わざるを得ない。
「えーっと……わたしが大いなる陰にはしゃぎすぎて過労で気絶したあと、船に帰ってる段階でグラン類似エネルギーで作られた服が全て霧散して、元々来ていた服は膨大なエネルギーの爆発に耐えきれず跡形もなく消滅してたから全裸になるしかなかったって?」
「よろしい。それで?」
「服が消えたってことはグラン類似エネルギーの活性化が収まってて出力が下がってる状態で、そうなると体内で置換されていた疑似臓器も全部消えてしまうことになるからわたしの体は超危険な状態で、【敗者】が……」
「【敗者】様が?」
「……【敗者】様が迅速に処置し、限界値だったダーカー因子の浄化処理を行ったあと器を変換したお陰で今わたしはギリギリ生きています」
「……及第点だ」
「はぁ……」
レヴィはようやく【敗者】から許されたかと思うとすぐに立ち上がり、扉へ向かっていった。
「どこに行くつもりだ?」
「トイレ!わたしだって人間なんだからトイレくらい行くよ!」
普段の【敗者】なら見送るところだが今の彼は非常に不機嫌。
「ペットシーツにでもすればいいものを……」
だが出会ったばかりのレヴィなら人間扱いされていないと鬱になっていた所も今の無駄に図太いレヴィには効かず、【敗者】に背を向けると扉が閉まる直前に彼へ言葉を投げ込んだ。
「次言ったら尿道にメス突っ込むよ」
【敗者】が返事を言う前に、二人の間を扉が立ち塞がる。
レヴィがそのままコトコトと足音を立てて離れていくのを【敗者】は見送りながらも、言えなかった返事をぽつりと漏らした。
「微妙に生々しい例えを……」
全く褒めてなどいない。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる