レヴィは自分の危機的な状況に気づいた瞬間、腕を引かれ体がグラりと揺れたと思えば、【敗者】の座っていたソファに無理やり座らされた。
「馬鹿だな……」
【敗者】はまたレヴィの目をじっと見て、それから足を伸ばして彼女の腹に置く。
「うっ…」
「ハッカーを謳う割には物理的なセキュリティが皆無なようだな。端末にパスワードも掛けないとは」
【敗者】の手に持っているのはレヴィの端末。
レヴィは徹底的にサーバーを通した外部からの侵入には対策していたものの、物理的に端末を奪い取られた時に関しては完全に考慮していなかった。
邪魔だと言ってロック画面を消したのが運の尽き。
というのも、【敗者】のような中身を見て何が書いているかすぐに理解出来る奴に奪われることも、そもそもレヴィが人相手に押し負けて端末を奪われることも全く想定外だったからだ。
「うっさい……奪われる前にぶん殴るのがわたしなの!」
「なら殴ってみたらどうだ?昨日の事をもう一度繰り返す単細胞の馬鹿なら、好きにこの体に触れるがいい」
「〜〜ッ!ムカつく……!」
レヴィは眉を顰め強くにらみつけるも、彼はビクともしない。
「それにしても、この中身は実に面白い物ばかりだ」
「面白い?は、……全てを知るとか宣うあんたが今更底辺アークスの情報端末なんか見たところで何が楽しいわけ?」
「貴様のような人間には理解出来ないだろうが、全知とはこの宇宙の始まりから終わりまでの全ての歴史、森羅万象を示す」
【敗者】は学校の教師か教授のような挙動で辺りを練り歩いてはまるで講義をするように話す。
「全てだ。それは万物を構成する絶対的な法則から未だ発見されていない惑星、そして貴様のような矮小なアークスの哲学思想、理論、思考、それらも含める事になる」
「知的好奇心が人間の生態も含めるって言いたいワケね、はいはい」
「最終的にはそうなるという事だ。今僕が貴様のコレを見ているのは情報を知るためというのが目的だが、いずれ僕は貴様の全ても識る事になる。その為の些細な一歩と考えればこの行動は実に自然な事だろう?」
「どちらにせよあんたを満足させるものなんてそこにもここにも無いから。さっさと諦めて貰える?あの女に殴られて目まで流血しちゃった盲目のお馬鹿さん」
レヴィは何も意識せずいつものような対応で【敗者】の事を煽ると、彼はあからさまに機嫌が悪くなった。
「あぁそうだな。そう簡単に諦める訳にもいかないんだ。あのアークスのお陰で腐った目の大犯罪者が目の前に居るのも実に都合が良い」
「なんですって……?!」
レヴィは立ち上がって彼を殴ろうと体を動かすも、【敗者】は彼女の腹に踵をぐっと押し付けて抑え込んだ。
「ッ…!」
「数年にも渡る惑星の不法滞在、アークスの侵入禁止区域への不法侵入、賄賂でのアークス入隊、反社会的勢力への関与、非公認の違法任務、アークス管制へのハッキング、アークスカードの偽造、市民を含む無差別殺人、窃盗強盗器物損壊……罪状を全て並べたら一体何日かかるのやら。アークス一の大犯罪者様にお目にかかれるとは、実に光栄だ」
「うっさいな…、っう?!」
腹に乗った彼の足がレヴィの内臓を傷付けるようにグリグリと動かされる。
痛みは無いが顔が熱くなってボーッとして、レヴィは思わずこの異様な感覚の支配に流されそうになった。
「っあ、や、……め…」
「貴様にはアークスとしての誇りやプライド、規則を守ろうという気持ちが微塵もないようだな」
「わたしはただ受けた物の仕返しをしてるだけだし……!」
「アークスとしての特権も無意味で、収入源も裏任務。……何故賄賂を使ってまでアークスにこだわる?」
【敗者】の問いを聞いて、レヴィは頭の中で思い浮かべた。
振り返りたくもないような地獄よりも苦しい過去の記憶。
――血の繋がった姉であるルビィと比べられ、両親からも姉からもいない存在にされ、研修学校でも、アークスになってからも、ずっとずっと差別され続けて、わたしはフォトンが扱えない人間には生きる資格なんてないと言われ続けた。
わたしはアークスが憎い。アークスが大嫌いだ。アークスなんて消えてしまえばいい。
わたしを否定する奴らなんて皆消えればいい。
フォトンがないだけで息をする権利も得られないのなら、それが弱さであり、強さとはフォトンであると言うのなら、わたしはフォトンがないままこの宇宙で最も強い存在になってやると誓った。
全知存在の目がどれほど曇っていて、わたしを弱いとする世界がどれほど間違っているか、わたしは分からせたい。
その為に力が欲しい――
「わたしはね…」
レヴィは【敗者】の言う泥まみれの目で彼を見上げ、そして鬱屈と憎悪の籠った声で言葉を紡いだ。
「アークスを皆殺しにするの……」
「……」
「最強のアークスとして死ぬために……」
【敗者】の足首を両手で掴み、レヴィはグッと力を入れてゆっくりと引き剥がす。
目線は【敗者】の顔から離さず、狩りをする猛獣が如き圧で彼に向き合い、言葉を一つ一つ紡いでいく。
「だからこんなところにいる訳にはいかない。閉じ込められて、誰かさんの駒になるために自分の自由を消して引きこもるなんて冗談じゃない!」
【敗者】の足を離し、立ち上がると彼の胸倉を掴んで声を張り上げた。
「力を手に入れるためにわたしはどんなものでも支払って、どんな苦しみにも耐えて、そして強いやつを一人残らずぶっ殺してやるッ!殺して、全員ぶっ殺して、わたしが人である事を証明する!」
「成程、……理解した」
【敗者】はレヴィの手首を掴むと、乱暴にではなくゆっくりと剥がす。
そして手を滑らせたかと思えば包むようにギュッと握り、彼女の胸に押し付けた。
「ならば、僕と取引しないか」
「取引…?」
「貴様にはいくつかの使い道がある。貴様をアークスの上層部にまで押し上げて操り、アークスを機能不全に陥れるのも良いし、僕がこの宇宙の全てを侵食する為の時間稼ぎに利用してもいい。
しかし、その"使い道"の中に貴様の願いが叶えられる事があるとするならどうだろうか?」
「……は?」
【敗者】はクスクスと笑いながらレヴィを見下ろし、取引の提案を続けた。
「僕にとってアークスは邪魔な存在だ。全知への道を妨げる物は薙ぎ払い処分するのが相応しいが、全知を奪ったあのアークス以外僕自身で手を下す意味も無く、低脳なアークス共で遊ぶ程機嫌がいい訳でもない」
「だからわたしにそれをやらせると?」
「そうだ。貴様は僕の手によって力を手に入れ、貴様の望むようにアークスを蹂躙する。
その憎む者を全て殺し、貴様が満足すれば、僕が邪魔者のいない世界で全知を手に入れる」
「……はぁ」
【敗者】の提案も正直悪くない、とレヴィは思った。
この男は惑星ウォパルの実験生物の生みの親で、同時にフォトナーとしてアークスの発展にも手を出し、物理的な力を手に入れる方法はいくらでも知っているだろう。
しかし、仮にこれに同意したとして、レヴィが外に出られる保証は無い。
レヴィにとってもっとも重要な事は、自由を阻害されない事だ。
その後にどんな罰があったとしても、レヴィは規律に縛られて自由が制限される事が一番苛立つ。
【敗者】は指名手配をされているから外に出られないと言った……
レヴィがその提案に同意したとしても、【敗者】の中で不信感があればレヴィは外に出ることは不可能だろう。そもそも提案に乗ったら外に出してやるなんて一言も言っていないのだから。
それがレヴィにとっては不愉快でならない。
レヴィ自身が仮に【敗者】の立場に居たとして、相手に外に出る権利を与えるか……?
当然、与えるわけが無い。
「お断り」
「……何故だ?」
「は、あんた一番大事なことに気付いてないでしょ」
【敗者】の立場から見れば、レヴィが協力すると嘘をついて取引に同意した場合、外に出してしまったら二度と帰ってくることは無いだろう。【敗者】自身は外に出られないのだから容易に探しに行くことも出来ない。
アークスが憎いということ自体が嘘だとしたら、レヴィはアークスに通報するかもしれない。
だから真に監禁されているのはレヴィではない。【敗者】の方だ。
故に、自分と違って外に出られる人間を信頼もなしに逃がすことなんて有り得ていい話じゃない。
「弱い奴が強くなるっていうのはね、力を手に入れるだけじゃない。手に入れた力で強い奴をぶっ倒してこそ成り立つものなワケ」
「……」
「だから、"最終的に倒すべき相手"がアークスで一番強い奴だったとしても、その道中で強いダーカーや原生生物を倒す事だって確実な道となる」
【敗者】はレヴィから手を離した。
瞬間レヴィは彼の目を狙って指を突き立てるも、すぐに下がって避けられる。
「その強い奴が別にあんたでもわたしはいいんだけど?」
【敗者】はため息を着いて、呆れた様子で呟いた。
「愚かだな……力の差をここまで示しておいて、まだ僕を倒すつもりでいるのか」
張り詰めた空気の中でも【敗者】の見てくれは相も変わらずレヴィを魅了していたあの時のままどころか更に良くなったように感じて、レヴィはその憂いな瞳が此方に向くと僅かに心が揺れる。
「は、武器さえあれば力なんていくらでも…」
「貴様の肉体のポテンシャルはそこまで低いと自分から語って何になる?武器が無いと人を殴ることすらまともに出来ない女がどうやってダークファルスに勝つというんだ?」
「〜〜っ、それは、あんたがダークファルスで、あんたが例外だからでッ……?!」
自分の端末がこの部屋にあったのなら武器もあるかもしれない、レヴィがそう考えた一瞬の隙にレヴィの体は壁にぶつかり手は頭上に押し付けられた。
「ッ、……わたしは、わたしは弱くなんかない!今にそれを分からせてやる…ッ!」
「弱くない事くらい知っている」
「ッ?!」
「だからこそ僕は貴様を支配する。そして、今から常識知らずの馬鹿な野良犬にヒエラルキーを教えてやるんだ」
また、レヴィの知らない間に腕が縛られている。
レヴィは上着も着ておらず、脇や太腿の肌をさらけ出したベースウェアの姿で、【敗者】の事を睨み付けていた。
「罪には罰が必要だろう?」
「あんたみたいな奴のすることなんかお見通しなんだけど?好きなだけ殴って蹴ればどう?それで自分の中の嗜虐心を満たして、虚栄にすがれば?」
【敗者】の手が伸びると、レヴィは顔を俯かせグッと体を強ばらせた。
殴るのも蹴られるのも元々慣れている。
それに痛覚はないから、臓器が損傷しないように姿勢を変えながら衝撃に耐えるだけのつまらない時間だ。
彼の手が何処に伸びるか、腕が足か、腹か顔か、それとも首か……レヴィはそんな事を考えていると、【敗者】はおどけた声で口を開いた。
「拷問されるとでも思っているのか?」
「罰が拷問じゃないことなんてある?」
「実に残念だ。同意すれば褒美も与えてやるつもりだったが、こうやって拒むとは」
「あは、褒美なんていうのは都合よく人を操りたい時に使うつまらない嘘な訳。褒美を与えるっていって貰えることなんてありえないでしょ?」
【敗者】の手はレヴィの首の方に近付く。
(あぁ、首を絞めるつもり……)
「あひゃっ?!」
と思っていたら、次の瞬間なぜか脇に痒みが走る。
「ひっ?!あ、な、なっあひゃひゃひゃひゃ?!!」
【敗者】の大きな手はレヴィの脇を……擽っていた。
――意味がわからない。なぜこの男は暴力を振るわない?まさか……
「感じるだろう?抵抗も出来ず嬲られる苦しみを」
「あははははッ!や、やめっ!あはははっ!ほ、ほんとに、やめでっ!」
「貴様は無感覚という訳では無い。触れられた時もそれを理解し、硬さ、柔らかさ、それらの感触も解る。しかし痛みは感じない。……ということは、意図的に痛覚のみを遮断していることになる」
【敗者】は仏頂面で冷静に喋りながらも、手はレヴィの脇を絶えずまさぐり続けていた。
「一つの賭けではあったのだがよく効いているようだ。貴様は脳内で痛みと感じるものを遮っているだけであり、痒みは感じることが出来る。……しかし、痛みに慣れれば痒みの方がより苦しく感じるだろうよ」
「あはっ、ひっ、あひっ、や、やめ、ほんろ、にっ!!」
苦しい。笑いすぎて息が出来ない。
レヴィはどうにかして呼吸を整えようとしても、【敗者】はその手を止めない。
全身が張り裂けそうで、それなのに痛くなくて、殴られてる時とは違って相手は何も消耗しないから長い予備動作が入ることも無く呼吸する隙間もなく、永遠にその苦しみが続く。
「もうだめぇぇえ!!ゆるじで、あはははっ!あはっ、ぁっ、あっ、……も、もだ、め、もっ……はっ、あっ、……ぁっ…」
レヴィは最早声を出すこともままならず、汗だくになり息も絶え絶えだ。
甘い瞳が涙で潤み、赤らんだ顔と蕩けた表情で【敗者】を見つめる……
【敗者】はようやく手を離すと、レヴィを変な目で見下ろした。
悪意、嘲笑、侮蔑……そういうのとは違う、レヴィにとっては全く分からない感情が籠った目線。
「はぁっ、はぁっ……も、っ、……こ、こんな、サイアク…」
これで終わりかと思った瞬間、【敗者】はレヴィの太腿に手を置いたかと思えばするすると靴下を脱がしていく。
【敗者】の太くて長い指がレヴィの脚に触れ、ふくらはぎを撫でるとレヴィの脳内は思わずそういうことを想像してしまった。
その手がもし逆行していけば、触れる場所は一つであり……
「へっ?な、なに…?変態?」
「変態は貴様だ」
「はぁ?!何言って……あひゃぁあ?!」
足先まで肌がむき出しになったと思えば、今度はレヴィの足裏をこちょこちょと触ってくる。
――こいつ、脇をずっとやっていたら慣れるから部位を変えたんだ……!
「あははははははっ!はぁっ、はぁっ、やめ、っ、ははっ!はっ、はっ、あっ、こ、こんらろっれ、ら、あはっ、はははっ!」
「実に無様な姿だな……娼婦の格好をした犬にお似合いの有様だ」
「うるさあああああっ!も、も、っ、だめ、ほ、ほんと、…ゆるし、っ、はぁっ、はぁつ、あっ、だぇ、……」
レヴィの目が蕩け、視界が霞む。
彼に掴まれていない方の足はガクガクと震え抵抗して絶え間なく体を捻り、髪は乱れトップスはズレて下着が見えていた。
「あははっ、はっ、はぁっ、はっ、る、るぅ、さ、やめ…」
【敗者】はレヴィと目が合うとピタリと動きが止まり、足は下ろされる。
「はぁはぁ……も、もう、だめ、ギブ、ギブアップ…」
【敗者】からの返事はない。霞む視界で天井を見上げ、少し下ろせば【敗者】はレヴィを凝視しており、そして動き出したかと思えば拘束を解いた。
「きゃんっ!」
レヴィは力の入らない体が拘束から解き放たれ、地面にへたり込み、そのまま匍匐で【敗者】の足にしがみついた。
「なっ、……」
「も、もぉ、いいでしょう……?早く、かいほ、して……」
「……バカか?」
【敗者】は顔を歪ませそれだけ言うと、レヴィの首根っこを掴んで引きずりながら歩き出した。
「うぅっ、……ばか、じゃないもん、ばかじゃない、よわくもない、わたし、はぁはぁ……あんた、だいきらいっ、きらい、きらい…」
「好いてくれなどと一言も言ったつもりは無いが?」
二人は扉を出てまた別の部屋に入る。
そこは昨日レヴィがいた部屋と同じ場所。
レヴィは歪められた牢の中に入れられると、足掻く暇もなくそれが治され、また出られなくなる。
「またこの苦しみを味わいたいのであれば、好きに脱走するといい。そうでなければ……分かるだろう?」
「うぐぅぅ……!!」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる