「【敗者】……」
最近のレヴィは様子が別の意味で可笑しい。
ヒステリックだったり会話が噛み合わなかったりするくらいならまだいい。逃げはするが言うことを聞かせるだけならできるから。
だが今のレヴィはずっとどこか上の空、明らかに意識がどこか遠くにあった。
「どうした?」
「あ、いや、……」
惚けているというのもそうだが、それに足して異常だと感じるのはレヴィは【敗者】に関心に似た何かのようなものを示しているからだ。
【敗者】の名前を呼んだり、彼をぼんやり見つめたり。
生気の抜けた様子でありながらどこか思い詰めたようにも感じるその有様は、【敗者】から見て原因が全く分からないというのも含めて訝しむ他なかった。
「大いなる陰の観察をしていたんじゃないのか?」
「……」
レヴィは【敗者】の方に顔を向けているのに彼の問いかけには反応しない。
【敗者】は少しずつ彼女へ近付いていくも驚く素振りも見せず、彼は眉を顰めると彼女の肩をグワッと激しく掴んだ。
「レヴィ、……レヴィ!」
「あっ、……【敗者】?」
【敗者】の揺さぶりでようやくレヴィは意識を取り戻すと、顔をパッと見上げ惚けた様子で首を傾げる。
「体調が悪いのか。ずっと惚けているじゃないか」
「少し考え事してただけだよ……」
という割にレヴィの様子はおかしい。
治したはずの器でもやっぱり髪を切っているし、ここしばらくはずっと瞳孔は散大したままで目の機能が全く使われていない。
【敗者】はその赤い瞳を凝らせレヴィをキツく睨むように凝視するが、彼女との視線は相も変わらず交わらないままで【敗者】の眉間を見ているようだった。
もしや、と。
【敗者】は一瞬の思いつきが奔ると、端末を開いた。
レヴィのパーソナルデータを開き、バイタルサインを表示させ、ダーカー因子の汚染率を見ると……
「……!」
126%。完全なる異常値。
「表示ミスか……?」
【敗者】がそう思うのは当然だ。
90%で手遅れの侵食、100%なんてものはアークスがダーカー化する数値なのだ。
それなのに、126などという数でありながら人の形を保っていて、尚且つダークファルスでないなどありえない。
【敗者】は再起動して再び開き直すも、やはり数値は変わらず。
普通なら間違いだと考えるべきだ。
だが【敗者】には妙な胸騒ぎがしていた。
「今すぐ浄化措置を取る必要がある。着いてこい」
「……」
もしかしたら、菌のせいなのかもしれない。
侵食されているものがダーカー因子ではなくD因子なら、汚染率とその致死性が上手く噛み合わないことだってありうるだろう。
どちらにせよ、126なんてものが欺瞞の値だとしても、レヴィに処置が必要なことは確実なのだ。
レヴィは【敗者】に引っ張られるがまま無理やり病室へ連れられていった。
フォトナー謹製門外不出の浄化措置はアークスの使っている集中浄化措置に値しながらコールドスリープの必要もなく時間もたかだか三時間程度であり、レヴィは【敗者】に押されるがまま大型の椅子型装置に座らされるとパッドを付けられ、そのまま装置の蓋を閉められた。
「集中浄化で何か変化があればいいのだが、菌の致死性の高さを考えれば最悪の場合此方で探して吸収するしかないか……」
無機質な機械の音を立て装置は動き出す。
フォトンアレルギーの彼女にとって通常の浄化措置はまともに取れないが、【敗者】の用意したそれは末期のフォトナー……つまりフォトンを完全に失った存在でも多少扱えるように調整されたものだ。
とはいえそのように応急処置を繰り返していたフォトナーも最終的には処理しても浄化しきれず死ぬことになるのだが、レヴィはフォトナーと違ってグラン類似エネルギーの力がある。
ダーカー因子との融合作用によってある程度であれば吸収し害のない形に変換出来るだろう。
「ラグオルの方では数少ないが解毒剤もあるとレヴィが言っていたはずだ。
つまり、解毒は可能な概念ということ……
となれば、僕自身の手で探すしかない」
探す、と言ってもこの世には一切存在しない完全な未知の物質だ。
この浄化装置も、魂を別の器に移す機械も、現代で利用されているプログラムや材料とは違うが技術と作り方を知っていれば不可能というほどではなかった。
オラクル船団の探索範囲外惑星から取り寄せるような材料も自身の足で向かえばいいだけ。
精錬製造の類はシルンから買い取った工業地区の工場とそこの製造マシナリーを遠隔操作すれば行える。
レヴィや【敗者】自身の戦闘衣だってそのように作っているのだ。
「菌に感染した時の具体的な症状や変化に関しては何も言っていなかったな……。
こちらの世界とあちらの世界のフォトンの性質や生物に対する影響が変化するようにこちらの世界のダーカー因子とあちらの世界のD因子も名前は似ていようともその効果や性質に関しては大きな差があるのだろう」
【敗者】は数時間の長い待機で何度もレヴィの様子を見ながら己の中で悶々と考え込んでいた。
菌とダーカー因子。その浄化と治療。C.A.R.D.という物が本当にレヴィにとって唯一の選択肢なのか、ライデンシャフトの為の変換機構は彼女をここまでして得るべきものなのか……
不滅不死の【敗者】にとって数時間というのはあまりにもあっという間な時間のはずだが、今の彼にはどうも永遠の時を過ごしているように思えて仕方なかった。
たかだか365日、24時間のうちの数時間。
その程度の時間感覚のはずなのに、何故だかレヴィが相手となると妄執に囚われたかのように全てが過剰に感じてしまう。
「ユニゾン波による侵食……それとは別の感情だとでもいうのか?
これが未知に対する好奇心ならば、何故ここまで僕に恐怖を与える?」
【敗者】という男は自分の中の感情すら論理的に解釈しようとしていた。
前まではユニゾン波によるものだと全て一蹴出来てたものが、そうでもなく現れてしまうと彼も向き合わざるを得ない。
何かしらのエネルギーや能力、そういうものではなく単なるヒトの感情をどう解し、己の中に取り込むか……
彼はそれを識る段階へと移行している。
「そもそも、全知存在に記録されないというのが不可解だ。反フォトン体質だから記録素子であるフォトンを受け付けず、それによって実質的なジャミングのように全知存在からの観測を免れている……
そう考えるのはいい。
だが、そもそも、一体なぜ?
一体なぜこの女には、全知存在に識られず生きる必要がある?
反フォトンとフォトンアレルギーが違う理由はなんだ?
反フォトンとグラン類似エネルギーは本当に同一の物として認識していいのか?
なぜレヴィにマジックやユニゾン波が使える?
一体誰が教えた?誰がそうであれと願った?
レヴィは一体、誰に造られた?」
【敗者】の疑問は一言呟くともう止まらなかった。
ただひたすら思考する度に新たな疑問が噴火するように湧いてくる。
思考すれば思考するほど知的好奇心の泥沼に足が縺れていく。
思考という深海が【敗者】の足を掴んで引きずり、留まることを知らず彼はただ海に沈みこんでいくように周囲から意識を飛ばす。
深海の蒼に血が混じるように。
ピー、という無機質な音が部屋に響くと、【敗者】はそっと瞳を開いた。
「終わったか……」
散々頭を使った後だと声も不思議と疲労が伴い、彼は嗄れた気怠げな声で呟くと、そっと立ち上がる。
時間の経過というものは思っているよりもあっという間で、【敗者】は浄化装置を開きレヴィに取り付けたパッドを外していく。
処置を終えた後の彼女は既に意識を取り戻しているが、目を開けるのも遅くぼんやりとした眼差しでどこか遠くを見ていた。
バイタルサインを確認する。
ダーカー因子の汚染率、12%まで低下。この数時間でおよそ10分の1なら上出来だ。
だがレヴィは目が覚めてもまだぼんやりとしたままで、寝起きが悪い彼女とて普段は一言二言くらいなにか発するものだというのに、今日に限っては何も喋らないまま【敗者】の方へ顔を移した。
「レヴィ、……大丈夫か?」
【敗者】はゆっくりとレヴィに近付くが、彼女は頷くこともなく少し俯いてボーッとしている。
(なんだ……?)
明らかに意識が薄ぼやけているレヴィの様子を見かね、【敗者】はそっと手を出し彼女の肩に触れた。
「っ!」
瞬間、レヴィの肩は驚いたようにビクリと跳ね上がる。
「……起きているのか?」
ただ惚けていたところに意識を戻されて驚いている……と考えてもいいものだが、少し違う。
その驚きというのは単なる不意打ちというよりかは強い緊張や何かの感情が籠っており、レヴィの体には汗が滲んでいた。
「……?」
異様だと思いつつ、【敗者】はレヴィを解放しようと機械の電源を切るため目を離した。
しかし電源をオフにするだけのその僅かな瞬間、レヴィは立ち上がろうとするとそのまま力が抜け膝から崩れ落ちるようにへたり込む。
「ッ!」
ドサ、と重い音が背後から聞こえると、【敗者】は瞬間的に振り向いた。
「レヴィ?……どうした、レヴィ!?」
【敗者】は急いで近寄りレヴィの体を抱えたが、彼女の体の余りの熱さに【敗者】は驚いて一瞬彼女を離しかけた。
「なんだこの熱は……40度はあるじゃないか」
彼はすぐにレヴィを持ち上げ、ベッドまで運び込む。
レヴィの顔は真っ赤に染まり、熱っぽいようなぼんやりとした表情で天井を見ていた。
(とりあえず、解熱剤と経口補水液を……)
そう考え【敗者】はすぐに踵を返すが、しかし動き出そうとした足は袖を引っ張るレヴィの指によって止められた。
「行かないで……」
「薬を取ってくるだけだ。取るに足らないことだろう?」
「イヤ、……離れないで、……ここにいて……」
レヴィの態度は頑なであり、【敗者】が手を無理やり振り払うと彼女の目には涙が浮かんだ。
あれだけ酷くあしらって罵っても涙の一粒も見せなかったレヴィが、だ。
熱というやつはレヴィのような頑固な女をここまでさせるほどねじ曲げられるものなのか?
【敗者】はそんな疑問のような嫌味のような言葉が喉から出かかったものの、アウトプットされたのは盛大なため息と翳された手のひら。
「不必要な行為にリソースを割きたくないのだが……」
なんて言いつつ、【敗者】はテクニックで薬を引き寄せ錠剤の入ったシートを握り締める。
「ほら、飲め」
錠剤何錠かと水を共に彼女へ渡そうとするが、レヴィは項垂れるように首を横に振り、水の入ったボトルを口元に近付けられても顔を引き攣らせ口を一文字に結んだ。
「子供か、貴様は。薬ひとつで駄々こねるな」
「……」
栄養サプリなら浴びるように飲めるというのに薬の錠剤ひとつでここまで嫌がるレヴィの思考は彼に理解出来ず。
「はぁ……仕方がないな」
ここまで飲みたくないのなら子供用のゼリーにでも混ぜ込んで無理やり飲ませる他ないだろう。
不承不承、いや直球に言って面倒。
だがレヴィが相手なら致し方ない。
不用意な行為にリソースは割きたくないといったが今の【敗者】にとってはレヴィこそが唯一にして最大の重鎮。
であれば、多少面倒でも致し方なくても蔑ろにする選択肢はない……はずだ。
【敗者】はここに来た直後の自分とまた思考が変わりだしていることに若干の危機感を覚えつつも目の前の明らかな病人にそのような暴虐を当たり散らすほど馬鹿でもなく、彼は駄々をこねるレヴィに背を向け薬用ゼリーを取りに向かおうとする。
(欲しい……)
「う、ぁ……」
レヴィは去る彼の背中を見て、突然唸るように声を上げた。
(【敗者】が、欲しい……)
【敗者】が部屋の扉に手を掛けようとしたその瞬間、レヴィは今までの気怠そうな動きが嘘かのように彼の元へ飛び込むと、彼の手首をグッと掴む。
「ッ?!」
【敗者】が驚くよりも前にレヴィは無理やり彼の体を引っ張り、ベッドに突き飛ばした。
その力はあまりにも強く、ダークファルスである【敗者】が引き剥がせないほどの力でレヴィは【敗者】をベッドに押し込み、彼の上に跨った。
「レヴィ……ッ!大いなる陰のせいなのか……?!」
「エヘ、……フフ」
レヴィは【敗者】を視ると嬉しそうに笑みを浮かべ、顔を近付ける……
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる