青光りするモニターを閉じ、【敗者】はぼんやりと天井を見つめる。
アークスの技術レベルや戦力は【敗者】が一番理解しているという自覚はあったが、試算の中で【敗者】があのアークス……ルビィを倒せるだけの力が今はなかった。
【敗者】はルビィのせいで力は削られ、損傷している。
それを治すにはそれなりの時間が必要であり、同時にアークスの方も時間が経てば経つほど戦力を増すことだろう。
――僕が居なくなったことによりアークスの体制が変化しているようだが、出来ればその移行途中か移行直後の不安定でまとまりがない時期に復活し、あの野良犬を使ってアークスを侵略出来ればいいだろう……だが、現状の回復速度では間に合わない。
この姿を保つので精一杯であり、ヒューナル体や本体に変身できない上、時間操作も今己がいる部屋一つが限界だ――
「有象無象の分際で……」
【敗者】は苛立ちが膨らみ、歯を食いしばり今すぐにでも引き裂いて殺したい憎悪を爆発する一歩手前で抑え、レヴィの部屋に仕掛けた監視カメラを起動する。
余程擽りが効いたのか檻の鉄棒を低速化させ破壊を防ぐという対策を取っていない状態でも檻の中からは出ておらず、狭い檻の中でトレーニングをしながらその甘い薄金の髪を揺らしていた。
「こういうタイプは本来卸しやすいはずだが……」
彼女は明らかに飛びつくであろう取引には乗らないくせに、大体のところは抜けている。
極限まで馬鹿なせいなのか、それとも彼女なりの何か策があってそうしているのかは分からない。
まだ動かしてはいないものの、データ通りの性能であるというなら適切なサポートがあればそれなりの駒にはなるはずだ、と【敗者】は考えた。
特に興味深い部分は、フォトンを完全に拒絶するその体質だろう……
レヴィのその遺伝子、肉体や魂の情報を解析し、再現することが出来ればテクニックやフォトンの刃、砲撃などの全てを阻害できる障壁を作ることが出来るかもしれない。
感染した相手のフォトン操作能力を完全に奪うウイルスを作って配布し、アークスを無力化するということも可能か。
それと創世器、弾刃・アイゼンハートも彼女の手で起動させ、昔は出来なかった調査研究を行う事も必要で、それから……
「ふぁあ……」
モニターから聞こえた腑抜けた声で【敗者】の頭の中をとめどなく駆け巡る考えが止まり、思わず目を向ける。
レヴィは目を擦りながら檻の中で横たわり、五分もしないうちに眠り始めた。
初日は睡眠を取っている様子も無く、三日ほど掛かったが……そういえば空腹や排泄を訴えることもなければ、風呂に入ろうとする様子もないことに【敗者】は気付く。
元々データを見ても端末を見ても不可解な点が多い女ではあるが、そもそも造られたアークスなのだろうか?
全てのデータがコードネームで書き換えられていて本名も分からない、体質の原因も全く不明、消された経歴や未知の能力、意味の分からない思考回路、何故あんなに小動物のようなフォルムをして、見るだけで心臓が締め付けられて体が熱くなるような外見をしているのか……
理解出来ないというのが、【敗者】の中の知的好奇心と苛立ちを同時に刺激する。
【敗者】は試算を行っていたモニターを閉じ、軋む体を動かして立ち上がった。
外の極光にも感じる作り物の太陽の光に目を焼かれ、薄色の世界から極彩色の金色の煌めきを手に入れる。
扉を開くと、静寂の部屋の中ですうすうと小さな寝息だけが聞こえた。
「呑気なものだ……此方としてはさっさと使えるレベルまで鍛えたいつもりなんだが」
【敗者】にとってレヴィとは、弱いかどうかで言われれば(対人戦に関しては)弱くないと言える。
しかし並のアークスは相手ができても六芒均衡やあのルビィを倒せるレベルだとは到底言えない。
それが力に飢えるこの女の望む事でもあるし、彼女を上手く誘導して同意させ手を加えたい所なのだが……
【敗者】は鍵を使って扉を開け、中に入ると寝ているレヴィの体をじっと見つめた。
握ればすぐに折れてしまいそうな関節、それに対して野生動物のように早く走る事が出来るであろうふくらはぎと太い太腿、クッションになりそうな大きな胸……ルビィとよく似ていて少し違う稲穂のような金色の、埃でくすんだ髪と、目を開くと世の中の全てに絶望しているかのような死んだ瞳が映り……
「本当に力があるのかと疑いそうになる外見だな…」
【敗者】は分かっている。
この鉄檻をフォトンによる肉体強化もオブジェクトへの改変もなしに素手でねじ曲げて出てくるほど力があるということは、【敗者】が人間であればとうにこの首をへし折られていたであろうことなど。
それでも、この幼い顔つきで子供のように喜んでいる時や、子犬のように尻尾を振って飛び上がる姿は、どうも力があるように感じさせないのだ。
威厳が足りないというのが正しいだろうか…。
【敗者】がかつて近くに置き、操っていた者たちが皆アークスのトップに君臨するべき存在で、そして威厳を持つ相手だったからこそ、レヴィがどうしても脆弱に見えてしまう。
実際【敗者】と比べれば蟻レベルの存在ではあるのだが……
寝返りで体が動き、レヴィが【敗者】の方に体を向けると、彼は胸の辺りが締め付けられた。
苦しみや悲しみとは違う、何か別の、理解も認識も出来ない感情……
「あァ、……面倒臭い」
そんなものは全知には必要ない。
認識などしてたまるか。
【敗者】はレヴィの頬に手を触れると、凝視しながらダーカー因子を注ぐ。
わざわざレヴィを説得する意味も無い気がしてきたのだ。
狂わない程度にダーカー因子を注いで、力で心を操ればすぐ頷くに決まっているだろう。
「んぅ、ぅ……」
レヴィから小さな呻き声が聞こえるも、【敗者】は無視して僅かに、少しずつダーカー因子を注ぐ。
体が汗ばむと甘い匂いが辺りを覆い、足がくねる。
「ぁ、……ぅ、」
レヴィの瞼が開くと、彼女が朧気に【敗者】を見る。
「だ、ぁ、……れ?」
「貴様の主人だ。従うべき相手だ」
「は?」
声色に明らかな不機嫌が混じる。
【敗者】は彼女が遺伝子レベルで誰かに従う事を拒絶しているらしいと判断し、より柔らかく、優しく言葉を紡ぐ。
「……それと、どんなアークスも倒せる力を与える事ができる」
「ち、力、……」
寝かせるには短かっただろうか。あと数時間は休息を与えないと脆弱な人間は活動効率が落ちるだろうか……なんて事を【敗者】は心の底で考えながら、しかし起きてきた此奴が悪いとその考えを蹴り捨てて手を伸ばした。
「力が欲しいんだろう?」
レヴィの瞳の焦点が合い、【敗者】を見つめる。
ぼんやりと見つめる姿は不思議と妖艶で……
――違う。僕は女の見た目になんか興味は無い。僕の興味は知識だけだ。
知識だけにしかこの好奇心という思考は向かないと言うのに、この女が相手だとなぜか外見をジロジロと見て、細かい所まで変な事を考えてしまうんだ。
そういう所が面倒臭いから容易に済ませようとしたというのに……
「力、手に入れて、最強になる」
「そうだ。そのためにはどうしたらいいか、分かるか?」
レヴィの瞳が徐々に光を無くしていき、またどこを見ているのか分からない様子で一言呟いた。
「寝る」
「は?」
その瞬間、レヴィは起こした体を横にして【敗者】から体を背け本当に寝始めた。
「〜〜ッ、この女……!!」
それからうんともすんとも言わなくなり、【敗者】はダーカー因子を注ぎ終わったあと起こす事を放棄し近くのソファに座る。
ここまで来ても食事も排泄も要求しない。
水一つ飲ませていないというのに文句一つ垂れない様子は態度からして恐怖故というわけではなく、意地を張っているような気もした。
しかし【敗者】にとっては当然食事を作るのも面倒だ。
【敗者】が隠れ家として用意したこの家は前の住人……それなりの富豪が遺した別荘を奪ったものだが、普通のフードプリンターやティーマシンの他に自炊する為の調理道具も用意されていた。
【敗者】からすればそのようなガラクタがある事自体は別に構わないのだが、そもそもこんな反抗的で馬鹿な女の為にわざわざ普通の食事を用意してやるのが苛立つのだ。
【敗者】はこうなったらサプリメントと水だけにしてやろうと決意した。
――どんなに文句を言われても完全に無視して、排泄したいと言われればダイパーでも押し付ればいい。
先程の野良犬の対応に苛立ちが抑えられず、ニュースやインターネットの掲示板を見ながら【敗者】は足を組み直してため息をつく。
数百年も掛けて進めてきた計画を完了させる直前で踏み躙られる事くらいされなければ早々怒鳴り立てて怒る事など無いと【敗者】自身は思っていたが、今もこんな些細な事に苛立つのはまだシオンを失ったという絶望と、アークスに味合わされた屈辱が己の中で色濃く残っているからであろう。
自分がいなくなってもなお保たれ変革していくアークスの姿を見ると苛立ちが大きくなり、【敗者】は舌打ちをしてどこか遠くを見つめた。
_______
「ん……」
レヴィは五時間程経った後、漸く目を覚ました。
部屋のどこかに時計はないかと辺りを見渡していると、またモニターをじっと見ている【敗者】を見つける。
やはり何度見ても整った顔をしている。
きっとこんな性格でなければ芸能人やモデルなんかをしていただろうし、そうでなくとも女からよく言い寄られていたに違いない。
その真っ赤な目で凝視されればどんな相手もメロメロになるんだろう。
現に自分は今……
レヴィはため息をついて起き上がると、【敗者】と目が合う。
「漸く起きたか」
「……はぁ」
退屈な返事をした後、レヴィはすぐに【敗者】から目を逸らしどこか別の壁を眺める。
【敗者】はそんなレヴィには声も掛けず、テーブルにあるサプリメントのボトルと水筒を檻の中に投げた。
「え……?」
「食事だ。さっさと摂取しろ」
レヴィは首を傾げてそのサプリメントが入ったボトルを受け取った。
なぜ閉じ込める相手に食事など与えるのだろう。
そう考えながら水を使ってサプリメントを一気飲みすると、【敗者】はレヴィの方を睨み付けるようにして見下ろす。
「……トイレは、どうだ?必要か?」
「は?……え、……と、トイレ……行けるの?」
レヴィはまた困惑した。
閉じ込めるなら排泄物などその場で漏らして衛生環境など微塵も存在しないのが普通だろう。
それなのに、なぜ【敗者】はそんな慈悲を与えるのだろう?
レヴィは彼のする行動が分からなくなって、一歩退いた。
「僕がその場に漏らせと言うようなやつだと思ったのか?」
「……それが当然、でしょう…?」
「馬鹿が、そんな不衛生な相手と同じ空間に存在したくないに決まってるだろう」
【敗者】はレヴィに対して"何を言っているんだこいつは"という怪訝な目を向けながらそう吐き捨てる。
「あのねぇ、監禁っていうのはまず人の尊厳を尽くまで破壊するために食事・睡眠・排泄・外界との接触を奪うことから…」
「貴様に一々言われなくてもそれくらい分かっている」
【敗者】にぶっきらぼうに告げられ、レヴィはなお困惑した。
――なら、こいつは本当は何がしたいのだろう?
こんな顔でこんなこと言っておいて、外が見えるような装飾のある部屋に閉じ込めて、眠らせてくれて、あっちから殴ることも蹴ることもしてこなくて、食事もきちんと取らせてくれて、排泄もさせてくれて……
まさか、【敗者】という男は優しすぎる?
「……あんた、……向いてないよ」
「は?」
「そんなんだから三英雄に騙されて嵌められたんでしょ?いくらあの女と言えど全アークス相手に勝つのはおかしいと思ってたもん。あんたを嵌めるためにアークスが結託して……」
「何を言っているんだ貴様は……本当に……ダーカー因子のせいか?」
「ダーカー因子?」
「共にいるだけでも少しずつ貴様の体に蓄積し、侵食していくだろう」
レヴィはほー、なんて気の抜けた返事をして【敗者】のことを見つめる。
彼はレヴィの瞳が興味深そうに此方を見ていることに気付いた。
昨日までの反抗的な態度と殺気が消え、この女はこんな僅かな時間なのに慣れてしまったのかと少し驚いたが、先程のレヴィの発言も相まって「恐らく監禁された経験か監禁した経験があるのだろう」と彼は考えた。
目の前の女の大犯罪者ぶりを考えれば正直どちらでも有り得るのだが、【敗者】を敵意なく見つめるレヴィの丸い瞳は、【敗者】のような人でなしの男ですら「せめて監禁した方の経験であって欲しい」と心の中で思ってしまうほど愛らしかった。
「ねぇ、暇だから端末返してよ」
「何を調子に乗っている。返すつもりなどない」
「通報したりなんかしないし。暇だから貸せって言ってんの。トレーニングの計測出来ないでしょ?さっさと返して。暇だから以外に理由ない。退屈だしつまんないしだるいし暇」
「そんなに暇なら風呂でも入ってこい」
「え?外出ていいの?」
「当然僕がついているが」
【敗者】の言葉にレヴィは窓の外をちらりと見て、それから平然と言葉を放つ。
「公園の場所知ってるの?」
「……は?」
【敗者】はレヴィの言った言葉がその欠片も理解できなかった。
しかしレヴィは【敗者】の怪訝な顔と困惑した返事を聞いて、首を傾げて鉄棒を掴み、鉄格子越しの彼の顔をじっと見つめた。
「風呂に行くってことは、公園に行くんでしょう?ほら、今の季節は暖かいからお水も気持ちよくて、あとあと……ここが栄えてる市街地だったら噴水もあるし!」
「……貴様は本当に正気か?」
【敗者】は鍵を開けて檻の扉を開くと、瞬間レヴィの頭をぶん殴った。
「ぎゃっ!?な、何?!わたし何か変なこと言った?!」
「起きてから今まで正常なことを一言でも言ったつもりだったのか?」
「最初から最後までずっと正常ですけど?!」
【敗者】はレヴィの細い手首を握り、檻から引きずり出すと冷静に声を出す。
「貴様……僕をバカにする為に言っているだろう」
「ち、違う!公園に水飲み場あるじゃん?そこの蛇口から水出るじゃん。そこそこ。夏だとそこそこ暖かい水出るよ、冬は寒いから布を濡らしてそれで体を拭くんだよ。分かるでしょ?」
【敗者】はレヴィの手首をギュッと握り、俯いて震えた。
心底理解できない、信じられない、大人だと思って捕まえた駒が三代目クラリスクレイス以下の幼児だった……
そう思い、彼女の経歴や能力を一瞬忘れ投げ捨ててしまおうか悩んだところで、レヴィのとぼけた声がかかる。
「えっ、どうしたの?わたしはね、生きる価値がないから温泉なんかはいれな……」
「この……馬鹿女がッ!!」
そう叫んだ瞬間のレヴィの驚いた顔を見て、【敗者】はどうにかしてこの駒を"使える"状態にしなければいけないと確信し……歩き出した。
最早捨てることすら苛立った。
それは昨日までレヴィを褒めた自分の目が腐っていたことになり、目の前の幼児のような女に屈辱を負わされたのと同然だからだ。
「え?あんた風呂入ったことないの?あれっ?」
しかしレヴィは真っ当に言葉を発していた。
レヴィの体はサイボーグだから風呂なんて必要ない。
衛生の為汚れた部分を最低限拭くだけ、皮膚などの細胞の再形成を停めれば垢やフケが湧くことは無く、着替えを欠かさなければ公園で水浴びするだけで十分だったのだ。
風呂付きの物件は高かったし、風呂の概念は分かっていても、実在する風呂は忌々しい実家でしか見たことがない。
それにそもそも【敗者】はダークファルスだし、不老不死の存在に風呂の概念はいるのか?とすらレヴィは思っていた。
だけど来たところはなんかよく分からないところだ。自分が今まで住んでいた家は風呂もトイレもなかったのは安いところだから仕方ないが、ここもそうではないのだろうか?
最低限の屋根と床と、装飾品の窓、それから大量の紅茶と白衣のある生活、これがレヴィにとっての最高で完璧の生活。
だから最悪この檻のまま外に放り出されても構わない。生きていられるんだから。最低限の屋根と床はあるのだから。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる