レヴィは机に向き合いカチャカチャと道具の擦れ合う音を立てていた。
彼女が作っていたのはC.A.R.D.。
大いなる陰は脅威の存在だが菌の研究や解析自体は上手くいっており、C.A.R.D.の製造もまるで最初から知っていたかのように試作品すら作ることもなくスラスラと上手く進んでいる。
「はぁー……」
栄養ドリンクを飲み干し、レヴィは休憩代わりのため息を付いた。
そしてまた作業を再会しようとしたのだが、扉の開く音が聞こえ彼女はゆっくりと振り向く。
「【敗者】?」
「作業中か?」
レヴィは頷こうとしたが、彼がわざわざ入ってきてそんな事を聞いた意味を考えると首を横に振った。
「いや、休憩してたとこだよ」
「なら、少し付き合ってくれないか?」
「何を……?」
「着いてくれば分かることだ」
【敗者】は要件を言わなかったが、レヴィは言われるがまま彼についていった。
彼の足取りは軽く、どこか機嫌良さそうに感じる。
(リラックスしてるのかな。わたしと居るのに……?)
レヴィはそんなネガティブな事を考えながらも口に出すことはなく、代わりに訝しげな表情を浮かべて着いていく。
それに反し、【敗者】は安堵したかのようなあどけない笑顔を浮かべていた。
どこか遠くにでも行くのかと思えば案外近く。
二人はリビングと定めたスペースに入ると、テーブルの上には焼き菓子が置かれていた。
ほとんど無風の室内に、二人の小さな呼吸音だけが響く。
「……」
匂いからしてスコーンのようだが、レヴィは具体的な形状や味は分からず誘われるように椅子に座りそっとテーブルへ目をやった。
「何が飲みたい?」
「……ヌワラエリヤ」
レヴィの言葉を聞いて、彼は迷うことも無く去っていく。
飲みたい紅茶を正しく用意してくれて、茶菓子も準備してくれて、彼の雰囲気はどこか柔らかくて……
ときめくような要素しかないのに、彼は不機嫌とは真逆の上機嫌な様子だというのに、それでもレヴィはどこか彼に不安げな……何か思い悩んでいるような雰囲気を感じていた。
(まだ何か悩んでるの?最近は何か吹っ切れたような感じだったのに)
レヴィはその原因に明確な非があることも知らずこの場所で何が彼を、とあれやこれや頭の中で思い浮かべては悩んでいた。
その時間は【敗者】が紅茶を入れてくるには十分なもので、ティーポットから溢れ出す香り高く爽やかな湯気はレヴィの意識を戻した。
「あ、……ありがと」
そっと頷いたあと、レヴィは皿へ手を伸ばした。
スコーンの軽く柔らかなざらつく触感が手に当たるかと思いきや冷たい陶器が触れ、レヴィは驚いて電撃が走ったかのように勢いよく手を引く。
「ッ、……」
静寂の中。レヴィは頭をぐるぐると回し心臓の鼓動を早めていた。
ほとんど無風の部屋だから、匂い以外の情報がなかったのだ。
それも、スコーンの香ばしい匂いが陶器に入った菓子の匂いを完全に覆ってしまっていた。
「……マンゴープリンだ」
「あっ、……うん」
【敗者】はそんな彼女を見て目を細めつつもそっと呟き、彼女の手を取る。
「ひゃっ?!」
固くて大きい指、とレヴィは彼の指の感触にどぎまぎ胸を高鳴らせていたが、その手は彼女の手首を掴んだまま皿の方へ近付け、彼女の指の先を一つ一つスイーツに触れさせていく。
「これがマンゴープリン。これがメロンのタルトで、これがピスタチオとチョコレートのマカロン。それと、クルミとカモミールのスコーンだ」
「あ、ありがとう……」
レヴィは首を縮めおずおずと言葉を紡ぐと、【敗者】は眉を顰める。
レヴィの怯えたようなよそよそしい様子に溜息をついた後、そっと言葉を紡いだ。
「……痛かったか?」
痛い?何が?とレヴィは頭の中で困惑した後、手首を掴んでいたことかと思い当たると口を動かす。
「えっ?……気持ちよかったよ?」
「気持ちいい……?」
痛くないと言おうとして、世辞と受け取られるのではないかと一瞬悩んだ結果の言葉だったが、声に紡ぐと変な言葉になりレヴィは慌てて体を横に振った。
「い、いやっ!その、あの、た、確かに触られただけで気持ちいいとか意味分かんないよね?!」
「いや、ふふ、そう感じるならそれでいい」
レヴィは顔を赤くし恥ずかしそうに椅子を引いていく。そんな様子を見て怪訝そうな顔は一変、【敗者】は機嫌良さそうにくすくすと笑った。
「何か欲しいものはないか?」
彼の言葉にレヴィは少し悩んだ後、そっと顔を下げる。
「エアコン、付けて欲しい」
「寒いのか?」
寒い暑いではなく、無風の空間だとほとんど盲目に等しいためもう少し補間に値するような情報が欲しかっただけなのだ。
だがよく考えてみればエアコンを付ける時はだいたい温度調節だ。
「えっと……、じゃあ、送風とかでいいよ」
じゃあって何?寒いとか、暑いとか言えばよかったのに。
レヴィはそう自戒しつつも言ってしまったことは戻れず、バクバクと心臓を高鳴らせながら【敗者】の返事を待っていた。
「あぁ」
予想に反して【敗者】の返事はあっさりで、彼は指を軽く動かし部屋の空調を付けた。
シオシオと穏やかで乾いた風が床に向かって吹いていくと、レヴィの耳にも皿の上に乗った物の形が僅かな風を避ける音として浮かび上がってくる。
何もかもが上手くいっていないような気がする……とレヴィは焦燥しつつも、何とか切り替えようとカリカリと爪を引っ掻いて気持ちを整える。
「じゃ、マカロンとか食べよっかな……」
レヴィは皿に手を伸ばしマカロンを取ると、ティーポットを掴んで紅茶を入れていく。
小さな音だが風があるだけで大分違う。
レヴィは戸惑う事なくカトラリーを迷わず手に取り砂糖とミルクを入れカラカラと混ぜていると、【敗者】はその様子を見てボソリと呟いた。
「……お前は耳が本当にいいんだな」
「え?」
「いや、この程度も聞き取れないようでは良いとは言えないか」
そんなことを言いつつ【敗者】はティーポットに手をかけ自分の分も用意していく。
二人は暫く無言のまま茶を嗜んでいた。
レヴィは少し緊張していたが紅茶を飲むと落ち着き、上機嫌そうな【敗者】を前に相変わらずかっこいい声だな、なんて呑気に考える。
【敗者】の持つエコーがかった低い声と大人びた面立ちは他の有象無象の誰でも得られない特殊なもので、それは彼のフォトナーという出自が作ったものなのかダークファルスという本質が作ったものなのかは分からないが、どちらにせよその眉目秀麗さはレヴィを惹き付けてやまなかった。
(だからこそ、釣り合わないとも思ってしまうんだけど……)
目が見えなくなってから、レヴィは自分がどのような姿をしていたのかあまり思い出せない。
自分の容姿に興味がないというのもそうだが、それよりももっと視なければいけないものが多かった。
紅茶の一杯を飲み終えたあと、レヴィはそっと深呼吸をし【敗者】の方へ顔を向けた。
「で?アフタヌーンティーがしたかった訳じゃないんでしょ?」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる