船の中。空調機から風が流れ部屋を静かに循環していく。あとは孤独なレヴィの背中と端末の無機質な機械音声だ。
星核エネルギーの数値を聞きながら、レヴィは機械のハンドルを弄り続ける。
投影装置の省エネ化と共に武器を扱う力として星核エネルギーを使うために、現在はヘブンパニッシャーの試作品を使って出力を調整中だ。
本当は船のエンジンも星核エネルギーに変えたいところだが、無くなったときのダメージが大きすぎるため星核エネルギーは十二分に貯蓄しておきたいところ。
(星核エネルギーの供給量を増やすには星系を意図的に操作するしかない……【敗者】がそういう手を使えるならいいけど、あまり現実的では無いし、かといって遠くに伸ばして中継地点を増やしすぎると不審物が見つかって疑われるかもしれない……)
時間は深夜三時。太陽もない場所で朝も夜もないのはそうだが、レヴィは自分が最後にいつ寝たのか覚えていなかった。
事実としては四日前の二時間睡眠だ。
それ以降はなんだかんだと動き続けていたら時間があっという間に過ぎていた。
しょうがない。レヴィは本当に忙しいのだから。これが終わったら作った歌のミックス作業もある。
それが終わったら宙技士試験のため引き続き一級の勉強だ。
その後は武器のブラッシュアップをした後、大いなる陰の研究もあって……次の休憩は一体いつになるのか分からない。
ギリギリシャワーは浴びているが、風呂に入る際に洗濯機に突っ込んだ服を風呂から出てそのまま着回すため、(アークスにとっては珍しくないことだが)レヴィにしては非常に珍しくずっと同じ服である。
「えーっと……ここ詰めるとバグ出るんだよなぁ……どーしよっかな……基礎から変えるとめんどくさいし……」
レヴィは休むのが嫌いだ。
何故なら【敗者】のことを思い出すから。
眠るのも嫌いだ。
眠ると悪夢を見るから。
レヴィは常に何かを考えていないと生きていけない。
鬱になる奴は暇人だ、悩む奴だって暇だから悩むのだ、動き続ければ悩むことなんてないし、立ち止まったら二度と動けなくなる。
もう一度歩き出すだけの力がないのなら、止まらなければいい。
なるべく思考は止めたくない。常に考え続けていたい。彼女は感情にウェイトを置いている人間だという自覚があるからこそ、思考し続けることこそが己の本能だと思っている。
だが、彼女の思考を中断させるのはいつも同じ相手だ。
ピリリ、ピリリ、ピリリ、と。
レヴィの耳を劈くように着信音が鳴り響くと、レヴィはわさわさと手元を探り、端末を取った。
わざわざ音声ミュートを設定したのに着信音が鳴るということは、それすなわち一つだけ。
「……【敗者】?」
『少し協力して貰えないか?』
「あ、うん。いいよ、……手伝うって言ったし」
レヴィの言葉を聞いて【敗者】はくすりと笑ったあと、彼女の元へある資料を送った。
『今送ったのはある研究の内容に関する推論と、その根拠となる資料だ。内容を全て読み、添付した僕の質問に全て答えるように。勿論、別途何か気になることがあればどんな些細な事でも記載しておくように。
あぁ、あと幾つか、根拠としてはまだ力不足ではあるが推測も入れている。それも確認して欲しい』
「ん、じゃあ今の作業終わったら確認しておくから」
『僕からの命令は他のどの作業よりも最優先事項だろう?』
「まあね。じゃ、保存したら見るよ」
「……」
――あれだけ協力するとか言ってきたくせに、実際頼んだら嫌そうにするなんて有り得ないだろう。
レヴィは【敗者】を放ってばかりで作業に没頭するし、【敗者】のアイコンタクトを無視したり、都合が悪くなったらすぐ逃げたりと彼の為と言いながら彼を蔑ろにしすぎたのだ。
だから【敗者】は嫌がらせしたくなった。
彼女が無理だ出来ないと喚くようなことをさせて、実際に失敗させて、彼女が泣きそうな顔で一人じゃ出来ないと泣きついてくるところを罵倒してやりたくなった。
そうだ、ブラックローズのブラッシュアップだって【敗者】がやると決めていたのに勝手にレヴィの方で完成させて、しかもそれを全く話さないで、また色々と相談無しに知らない作業ばかりして……
たまには無力なことを思い知らせてやらないと、また調子に乗ってしまうから。
『二時間だ。二時間で成し遂げろ』
「え……どうして?」
『時間が無いんだ。次の実験までに結果を得ていたい。だから、二時間以内に返信するように』
「あの……二時間以内って、三時間の一分前まで?」
『二時間ゼロ分丁度だ』
「……」
そう言われてレヴィはファイルのサムネイルを確認した。
名前や内容は一旦置いといていい。問題は文字数……
「はっ?!じゅっ、……十万文字?!ちょっと!こんなの返答どころか読み切れるはずないって!せめて半日くらいくれない?!」
レヴィは慌ててファイルを開き中身を確認する。
無駄な文字で埋め尽くされているとかではなく、完全に中身のある十万だ。
『では、今から二時間だ。勿論、適当な事は書かないように。以上』
だが【敗者】は顔面蒼白に焦りきった声を聞いていながらも、まるでそれを聞かなかったかのように素知らぬ素振りで言葉を放ち、以上と言い終える前に通話を閉じた。
相手の返答を気にせず無理やり通話を終了するのはレヴィの常套手段だ。
「うそっ、……ってそんなこと考えてる暇無い……!!
えっととりあえずザッと見て内容分けて……」
レヴィは通話が閉じられたその瞬間、怒りと焦りで頭が埋め尽くされそうになったが、それをすぐに切り分けて脊髄反射で思いついた作戦をそのまま実行することにした。
まずAIを使って文章の中から内容が変化するような場所を境に非常にざっくりとした分割をし、そこから更に順番に任せて分けていって大体十万文字の文章及び映像・図・グラフなどの資料を八つほどに分ける。
イヤホンでは絶えずAIからの読み上げ音声が響いており、一言で要約された内容を聞いたあとモニターを取り出して分けていった。
「ユニゾン波に関する研究……、こっちは基礎的なエネルギー理論の説明から入ってフォトンやダーカー因子の感情による性質の変化に関する内容があって、こっちは推測の一個目で……これは知ってる参考文献の引用だから除外、あとこれも知ってる内容だから……」
レヴィがブツブツ呟きながら中身を軽く整理している間に、分割した資料の保存及び読み上げソフトへのスキャンが終わる。
「……よし、三倍速でいけるか。細かい表が出てきた時だけ止めよう」
そうしてレヴィは端末で読み上げソフトを八つ立ち上げると、周囲いっぱいに読み上げソフトと分割した資料の文章達を表示させた。
この二時間で目も見えない中十万文字を読んで内容を理解するにはこれしかない。
内容を分割して同時再生だ。
「……」
音声の再生ボタンを押した瞬間、レヴィは完全に集中した。
四方八方から流れ出す音を二つの耳で聞き取ったあと脳で八つに分け、内容を頭に叩き込んでいく。
複雑な表が現れた瞬間ひとつの音声を停止するとそれに触覚サポートを着け、点字のように触れて確認する。
他の七つの音声と文章は流れたままで、また別の資料にそれが出現すると停止して触覚サポートで浮き出させて両手で触れ、二つを同時にインプットし内部でそれぞれの段落へ分割していく。
工場のラインのようなものだ。
内容はかなり奇妙なものだが、反応している暇は無い。
ユニゾン波とやらの存在と、それが知的生命体や意思のあるものにどのような影響をもたらすのか……ユニゾン波によって変異したダーカーの記録や解剖した際の内部構造の違いなど細かい所まで詳細に書き込まれている。
グラン類似エネルギーの影響やマジックとの相互関係なども書かれており、今までオラクルのデータベースで見てきた研究内容とはかけ離れた内容が続くものの何より一番目を見張るものがあるかと言われれば一つ。
(これ……わたしのデータって事だよね?ダーカーを変異?ダークファルスの感情にまで影響?どういうこと?)
著者である【敗者】は驚くほど自分の感情や心境を主観的な視点と客観的な視点の両方を使って書き記していた。
「強い愛着と、……庇護欲を抱き、そして贔屓していた」
レヴィは聞こえてくる音の中のひとつを反復した。
エネルギー理論や別の推測など溢れる音の全てを掬いながら、思考は分けられつつもそれでも感情はひとつに収束していて。
「最初から大嫌いだったのを、捻じ曲げられて好きになって、でも目覚めたからまた大嫌いになったって……そういうことかな」
ここに来てからも時々、【敗者】が
だがそれはその無自覚に発するユニゾン波とやらで誑かされただけで、彼にそのつもりは微塵も無かったのだろう……
レヴィは静かに己の結論をまとめ、【敗者】の質問に答えていく。
――ユニゾン波とは。
ユニゾン波というのは他者に感情を伝播させ、影響させる力のこと。
――ユニゾン波の影響を受けないようにするための対策を考えて回答せよ。
フォトンへの影響力が低いことから防具の着用、フォトンバリアを纏うことで人体へ透過させないようにする他、空間のフォトン係数を上昇させることにより伝播を阻害すること。
また、そもそも干渉しないこと。
――ユニゾン波を抑制させるための方法を考えて回答せよ。推測でも構わない。
……ユニゾン波を自覚し、感情をコントロールすること。
ロボトミー手術などで前頭葉の神経線維を切断し感情の喪失を行わせることによって、ユニゾン波で伝播させるものを無くすこと。
また、他者に対して感情を出そうとする意識を無くすこと。
感情は不要なものだと認知すること。
感情を持つ人を辞めること。
キャストへの手術。
肉体を魂から切り離し、魂を消滅させプログラムされた人格へ置換すること。
「あは……。ホントに、いじらしいやつ」
レヴィはそこまで書いてくすりと笑った。
タイマーが五分前を示す中、返答をコピーして保存するとそのまま【敗者】に送る。
送信が滞りなく完了したことを確認し、レヴィは静かに深呼吸をした。
「感情を抑制する、か……なんだかんだ、今まで抑えてきた感情なんて殺意くらいだったかも」
レヴィは自分の表情が圧倒的な無になるまで目を細め口を一文字に結び頬を脱力させ、ひたすら自分に言い聞かせた。
【敗者】がこれをわざわざ自分に見せた理由を考えろ、と……。
レヴィの表情が完全に無になれたところで、扉が開く。
「終わったのか……?まさか……?」
【敗者】は立ち入って、レヴィの表情を見て……彼女が適当に返答した訳ではないことに気付く。
彼女は質問の答え通りのことをした。
ユニゾン波を抑制させるための方法は、感情を無くすこと。
「……何」
レヴィはワンテンポズレた後彼の方に振り返った。
驚くほど冷たい声に、興味無さげな表情。
彼女の内心からしてみれば演技には間違いのないのだが、その演技がとびきり上手く……
【敗者】は本心から嫌われた、と感じるほどだった。
だが、その冷や水でも心の動揺は抑えられない。
完全に嫌がらせで、泣きつくことを前提にして出した課題を、まさかまさか達成してくるとは完全に予想外だった。
「なんてことだ……まさか本当に、完了させてくるとは」
レヴィはその言葉にふいと顔を背け、そっと座り込む。
【敗者】は彼女から送られた内容を見た。
「分析も上手く出来ている。資料をきちんと読んだ上の結論か。対策に関して……フォトンを使用したものは正解だ」
「そう」
「だが、……ユニゾン波を抑制する方法、これに関しては0点だ」
「はっ?」
レヴィは思わず振り返り、唖然とした表情で【敗者】へ頭を向けていた。
「まず、ユニゾン波の認識に関しては間違っていない。感情や意志を伝播させる力だ。
だが、かといって感情を抑え、思考能力を低下させた所でユニゾン波が抑制される訳ではない。ベクトルが代わり虚無の意志が伝播されるだけで、根本的な解決にはならないだろう」
「虚無の意志……ねぇ。少なくとも無用な好意とか伝播されるよりはよっぽどマシなんじゃ?」
「むしろ逆だろう?
停滞を願う意思がユニゾン波を通じて意志を持つ生命体に伝播した場合、生命体全体で進化が抑制され、生存本能が著しく損なわれることにより種の衰退が著しく促進される。
これはユニゾン波を伝播させる身近な存在を死に追いやる事になる、由々しき事態だ」
「じゃあ、なんの回答が正解だったわけ?」
レヴィは【敗者】からの嫌がらせを別の方向に受け取っていた。
だから彼が違うと言うのならもう答えが思いつかない。
二時間の中で考えるにはどうしても脊髄反射の一説になるしかない。
「なら、一緒に考えようか?」
「一緒に……?」
「ユニゾン波の抑制アプローチは、波をどれほどゆるやかかつ範囲を狭められるかという事になるだろう」
「自覚も出来ないのにどうやって範囲を小さくするわけ?」
【敗者】はそっとレヴィを見下ろした。
やはり感情を抑えると言っても演技に過ぎず、たとえ無表情の無言であってもユニゾン波自体が抑制される訳では全くない。
とはいえレヴィの言う事も正しい。
フォトンの扱いも自覚あってこそ。
レヴィは根本となるグラン類似エネルギーにすら最近ようやく気付いたばかりだと言うのに、そこからユニゾン波まで自覚して使いこなせというのは困難だろう。
ユニゾン波の利用頻度からしてこれから自覚を促すというのも難しい。
だが、そもそもユニゾン波の性質として他者との交流や共有への欲求が前提となっているはずだ。
となれば、そうする必要を現実的な方法で無くす……いや、ある意味、特定の相手だけ無効に出来ればどうだろうか。
実際クリスマスの時なんかはルビィに対してだけ異様にユニゾン波の影響値が低かった。それはレヴィがルビィに対して共有したい意思がなかったからだ。
そうなるとアプローチは対象の相手を極端に嫌いになるか、もしくはその逆。
「満たされる、というのはどうだろうか」
「満たされるって……どっちが?」
「ユニゾン波を発する者と受け取る者、両方だ」
「そんなの現実的なの?発する者だけならまだ分かるけど、受け取る者もって……そんなの人によりすぎるじゃん」
「あぁ、両方が完全に満たされるというのは難しいだろう。
だが、ユニゾン波で伝えたい意思にはある程度の限定された傾向がある。
それだけ満たすのであれば可能なのではないか、と考えている」
「……まあ、分からなくもないよ」
欲しいから求めてしまうだけで満足していれば求めない、というのは考えとしてはまあ普通だ。
だが、結局それがレヴィの出した案を超えるほど正確性を持っているとは彼女は思えなかった。
「でもさ、それって結局根本的な解決案があるでしょ?あんたが言いたいのってただの妥協案じゃん?」
「根本的な、解決案」
「そもそも接触しない、だよ。
ユニゾン波の有効範囲に入らなければいい。
あんたの資料だとユニゾン波は大体直径30メートル程度だと書いてあった。
その距離圏内に入らなければ抑制は可能になる」
【敗者】は呆れたようにため息をついて、目を細める。
「それを含めて0点としたのが分からなかったか?」
「さぁね。あんたの非現実的な提案と比べれば、わたしの提案の方がよっぽどマシだよ」
「……」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる