※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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14話(2)

 

 レヴィは別方向で嫌がらせされたと認識しており、完全に意固地になっていた。

 【敗者】はそこを見て大きく溜息をつき、もう我慢ならないと言わんばかりに声を出す。

 

「やめようか。……僕は建設的な話し合いがしたいんだ。

お前がこの資料をまとめるのに二時間もかからなかったのは本当に素晴らしいことだが、これでは話し合いの余地もない」

 

「嫌がらせしてるくせに何様のつもり?」

 

「何様、と言われても。もう終わった話だろう?貴様が課題をクリアした時点で、僕の野望は打ち砕かれた。それ以上も以下もない」

 

「だからさ……こんなものを見せてきた上で、嫌がらせだってわかってるのに、なんで建設的な話し合いができると思うわけ?

ようはさ、あんたはわたしによって危害を加えられたって話をしてて、それをわたしに自覚させて、わたし自身の手で解決させようとしてるってことでしょ?

だから、わたしは接触しないことが答えだと言ったの。

こうやって目の前で会って、会話して、そういう行動が過ちになる。

なら、そもそも会話しなきゃいい。

そうすればあんたの気を狂わせることもないし、わたしが不要な感情を抱く必要も無い。……そうでしょ?」

 

「はぁぁあ……」

 

 【敗者】は盛大なため息をついた。

 そして前髪を掻き乱し、静かに呼吸を繰り返した後、そっとレヴィへ声を掛けた。

 

「盛大な勘違いをしていないか?」

 

「はぁ?」

 

「僕がした嫌がらせとは、最低六時間にも及ぶ資料の読み込みを二時間でやらせたこと。それ以上もそれ以下もない。

それなのに、貴様ときたらこの資料をそもそも読ませたことが嫌がらせだと言い張る。

ありえないだろう?研究資料を読ませる事を嫌がらせとして成立させたいなら、もっと荒唐無稽で読みにくい資料を押し付けるじゃないか。

それとも、僕の資料は貴様にとってそんなに読み難いものだったか?」

 

「違うけど……」

 

「そうされて嫌だったと、僕が言えば満足すると?例えそれが嘘だとしても?」

 

「……」

 

「貴様はそういう人間だ。都合の悪い真実を聞くくらいなら、耳触りのいい嘘を信じる。

貴様の中では常に決まった答えがあって、そのために全ての理屈を卑屈にねじ曲げて捉える。

そして、ユニゾン波がそれをさも正解のように唆し、周囲の人間の答えを変えることで解決させる。それが洗脳のプロセスだ。

全ては貴様の思考次第で、そこに僕の意思は介在しない」

 

 【敗者】は正しくもなければ間違っても居なさそうな曖昧な屁理屈を並べ、レヴィを見下ろし目を細めた。

 

「お前に大嫌いだと言えば終わるのか?

そんな単純な話で、僕を惹き付けられるとでも?

本当におめでたい頭なことだ」

 

「惹きつけるなんて人聞きの悪いことを……!」

 

「ストレスと自己嫌悪で自分を締め付けることでしか快感を得られない。

そんな卑屈で卑猥な変態女の分際で、まあよくもユニゾン波などという都合のいい力が扱えたものだな」

 

「なっ……!!」

 

 レヴィは彼の言葉に思わず立ち上がり、拳をグッと握りしめた。

 

「誰のために働いてやってると思ってんの?!」

 

「僕の為にしていると言うなら、僕の言うことを大人しく聞けばどうだ。

休みを無視して働いて、消耗した精神力で物事を卑屈に捉えて、当たり散らかす事が本当に僕のためになるとでも?」

 

 【敗者】の言葉は至極淡々としていて、怒りもなければ失望もないが、逆に心配している様子も毛ほども感じられない。

 

「わたしは……」

 

「そういう気の引き方をするのは迷惑なんだよ。ハッキリ言わないと分からないか?」

 

 レヴィはその言葉を聞き、顔がカッと赤く染まると……次の瞬間壁を殴っていた。

 【敗者】はわかって言った。

 これは紛れもなく、彼女の癇癪を引き起こすと。

 

「うるさい!うるさいうるさいうるさい……!!あんたが無茶振りしてくるから!こうやってやらないと間に合わないの!出来ないの!なのにあんたはいつもいつもいつもいつも文句ばっか、文句ばっかで……その癖何もしてくんない!わたしのことがだいきらいなくせに!ウザイくせに鬱陶しいくせに!最初からずっと!出会った時からずっと!」

 

 レヴィは衝動のままに暴れ出し、ポケットを探るとナイフを取り出して【敗者】の元に振りかざすも彼はすぐに避け、代わりに高いソファの布がナイフの軌道に沿って裂けていく。

 

「あんたが洗脳されてるって知ってせーせーしたよ!そうしたら、……わたしがあんたを誑かして洗脳すれば、わたしのことが大嫌いなあんたはウザくて不愉快で仕方なくてピーピー泣くんでしょ?!だったら、今ここでわたしがあんたをなりたくもないような恋愛脳のバカ男にしてやる!!」

 

「……やってみたらどうだ?どうせ、そのナイフと同じ結末にしかならないと思うが……」

 

「うるさい!うるさい、……うるさいうるさいうるさい……!!黙れ!!」

 

「はぁ……全く。文章だけまとまっていて、中身はなかったか。さっきも言っただろう?ユニゾン波は感情と意志を伝播させる力。心の底からそうなりたいと願ったものじゃないと、効果を発揮しない。今の貴様が伝播させる意思は、物事が都合よく進まない苛立ちと怒りだ。そんなもので、僕を惚れさせられるとでも?」

 

 【敗者】はレヴィが物を投げてもナイフを向けても怒鳴ることなどなく、ただ冷めたような目で彼女の手が血まみれになるまで暴れ回る姿を見下ろしていた。

 

「ほら、僕はここだ。フォトンバリアの類も使用していない。伝播させようと思えばいつでも意志は伝わるだろう。……それで?いつになったら、僕は貴様の言う恋愛脳のバカ男になれるのだろうか?」

 

「黙れって言ってんでしょ?!」

 

「黙らないね。レヴィ、貴様はやろうと思えば僕を黙らせられる。だがそれだけの力がない。怒りに任せて言葉を吐き捨てているだけではグラン類似エネルギーの活性化もユニゾン波の伝播もない。ただ、そこでのたうち回って喚いているだけだ。そんな惨めな姿を見せるくらいなら、脱いで甘えるくらい出来ないのか?」

 

 【敗者】はひたすら彼女を罵倒しつつも、決まった方向には導こうとしていた。

 だが、レヴィはいつでも【敗者】の予想外の行動をするから、【敗者】も方針は決めつつあまり自分の発言を信用していない。

 

「ふー……ふぅぅうう……ッ、くそっ、……くそっくそっ……!!」

 

「とはいえ、珍しいな。貴様がここまで分かりやすく僕に当たり散らすとは……。

あぁ、殺せる相手がいないから、八つ当たり出来ないのか。となれば、意思疎通を測れる相手に衝動をぶつけるしか択はなくなる。」

 

「もうあんたが何考えて何したいのかわかんないの!嫌がらせして何?!わたしが泣いてあんたになんの得があるの?!」

 

「楽しい以外に理由は必要か?」

 

「わたしはなんにも楽しくない!」

 

「僕だって何も楽しくないな。現時点での貴様の行動はオナニーだ」

 

「〜〜ッ……!!」

 

 レヴィはいてもたっても居られず逃げようと踵を返すが、すかさず【敗者】の言葉が飛んでくる。

 

「逃げるな!!」

 

 その言葉にレヴィの瞳は潤み、涙がぽろりと零れた。

 自分がなんで生きているのか分からない……

 

「もう、……もううるさい、うるさいって言ってんでしょ!いやだって、嫌だっていってんのにぃいいいーー!!!」

 

「ッうぐ……!!」

 

 【敗者】の胸の奥に悲鳴のような強い衝動が響くと、あっという間に体の中に広がっていく。

 堪えた苦しみや悲しみは、ずっとずっと大きく、一週間や一年、十年でもなくて、百年……いや、千年も積み重なっているような情動で、【敗者】はその波を受け入れた瞬間理性を失いそうになった。

 

 一方レヴィはといえば叫びの後脱力して崩れ落ち、そのままぐずぐずと泣き出す。

 

「もうイヤ、イヤ、嫌……いやぁぁああ……」

 

「何が、……嫌なんだ……?」

 

 レヴィは永遠に続く真っ暗な視界の中で手を動かし、ナイフを掴むと握りしめて蹲る。

 

「うやぁああああ……!!うぅうう……!ううううう!!!」

 

「……」

 

 【敗者】はそっとレヴィを抱き寄せた。

 機械臓器でもない彼女は想像以上にやせ細っており、光を当てても瞳孔は常に散大していてどこを見ているのかよく分からない。

 レヴィは【敗者】に抱かれたまま涙をボロボロと零していたが、少しずつその表情には虚無が纏っていった。

 

「きらいなひとに、そんなことしてたのしい?」

 

「僕は貴様を嫌いになったことなどただの一度もない。今もそうだ」

 

「……」

 

「そうしたいから決めつけているだけだろう?もう少し好意的に捉えてもいいんじゃないか」

 

 【敗者】はそっと顔を近付けると、彼女の唇にキスをした。

 頬に濡れた涙が付き、ぐしゃぐしゃに乱れた彼女の前髪が絡む。

 

「この程度、なんて事ないサービスだ。誰にでも出来るものだ。それをなぜ、レヴィだけにはしないと考える?」

 

「……」

 

「自分だけにはしないということに、一種の特別さを感じているのか?」

 

「まあ、それでも……。動きを真似るだけなら誰が相手でも出来るが、そこにそれ相応の感情を込めるのは相手を選ぶだろう。

そもそも僕は嫌われ者だ。現状、それが出来る相手は一人しかいないとは思っているが……」

 

 【敗者】はレヴィをしっかりと見つめた。目を逸らさないように、他の何かのせいにしないように。

 

「支配とか、ユニゾン波とか、そういうものを抜きにして……人と人で、レヴィと交流出来ないか?」

 

「ひとと、ひと」

 

「僕と貴様が話す為に、強大な力が必要だと思うか?耳と口があれば会話なんて簡単な物だろう。

相手がアークスであろうがダークファルスであろうが……意思疎通の手段を持つというなら、一旦普通に話してみないか?」

 

 レヴィは【敗者】の言葉にどこか懐かしさを感じた。

 彼はきっと昔もこうやって誰かへ問いかけていたのだろう。

 彼女は自分の奥の底にしまった奇異に対する忌避感や孤独への恐怖がわっと湧き上がってくると、【敗者】の服を掴み俯く。

 

「ちゃんと話せるなら、話したいけどさ、でも……」

 

 レヴィは恐る恐る【敗者】の方へ手を伸ばしてみる。

 拒絶されたらどうしよう?なんていう恐怖が彼女の手を竦めさせるより前に、【敗者】から声が降り掛かった。

 

「一度手を伸ばしたなら、それを収めてはいけない。たとえ振り払われたとしても、手を伸ばし続けろ」

 

 【敗者】はそれだけ言い切ると、レヴィの手を取り包み込むように握り締めた。

 

「……!」

 

「まるで子供を応対しているようだな。いや、褒めていないぞ?褒めてはいないが、遅くない。今からでもいいだろう」

 

 レヴィの遅すぎる思春期。いや、なんなら遅すぎる幼少期。

 幼い頃から大人の世界で生きるしかなかったそのスラム街の子供は、地上から見れば立派な実を付けているように見えても根は全く生えていない。

 そんな存在がユニゾン波で相手から一方的に望むような対応を得ているだけではコミュニケーションなんて成立しないだろう。

 根を生やし、皮を剥いで、柔らかい肉を触れさせる勇気がなければ。

 

「……なんでわたしに触るわけ?ふれられたくないくせに」

 

「触れたくなったから触れた、ではダメか?」

 

「でも、あんたは触れられたくないんでしょ?」

 

「……触れたいなら、何時でも触れればいい。興味があるのなら、ね」

 

「そう言って、実際やったら嫌がるくせに」

 

「嫌がられたら諦める、なんて考えで貴様は今まで生きてきたのか?嫌だって言われたら人を殺すのを辞めたか?金を盗むのを辞めたか?人の涙で、躊躇することが出来たか?」

 

「あんたが嫌がることをしたくないんだよ?あんたはいいの?わたしから、嫌なことされるんだよ?」

 

「あぁ。嫌なことなんて今までいくらでもされてきたさ。貴様のバイクに載せられた時も人生の中で五本の指に入るほど最悪な感覚だった。

マザーシップで通信が途切れた時は、貴様が帰ってくるまでずっと、死刑される五分前のような気持ちを味わっていた……。

だが、それでも僕はここに居る。僕は共にいるならレヴィが良いと思っている。

だから、レヴィは好きにすればいい。

嫌がることをしたとして、処罰を加えるかどうか決めるのは僕だ。

罰がないならそれは受け入れたのと同然、そう受け取ってくれればいいさ」

 

「……だったら、今触ったら嫌がる?」

 

「人を殺す時に同じように問いかけるつもりか?今こうしたら死にますか、なんて聞いてる暇があるなら、滅多刺しにした方が早いだろう?」

 

 レヴィはその言葉を聞いて、そっと手を伸ばした。彼女の小さな手が【敗者】の髪を撫で、頬に触れると、力の抜けたように呆気ない声が漏れ出す。

 

「触……、れる」

 

「……」

 

 【敗者】はなるべく冷静を保ち、体のどこもいきまないように、特に下半身が怒張しないように意識してはいたが、レヴィを拒むことはなかった。

 そして、レヴィは意を決したようにきゅっと力を入れると、【敗者】に掴みかかる。

 

「……ッ、気に入らなかったら殺して!」

 

 レヴィはエンジンを掛けるようにカッと大きな叫びを上げてから、彼に顔を近付けそっと唇を重ねた。

 唇が触れるだけのとても軽いキス。

 一瞬だけ触れ合ったあと、レヴィはすぐに離れ、ポケットに入ったナイフを撫でる。

 

「気に入らない?」

 

 【敗者】はほんの一瞬の、僅かな彼女の唇の感触を味わうように己の唇に触れた。

 気に入らないか。

ふむ確かに気に入らない。

 それもそうか、と【敗者】は思った。

 

「なんだ。ぶつかっただけか?」

 

 そんな言葉にレヴィはピタリと動きを固め、その後に眉を顰めてそっと顔を背けた。

 

「そうだよ、……わざとぶつかっただけ」

 

 レヴィの声は泣きそうな程に震えており、素知らぬ顔でも拳に血が滲む。

 素直じゃないな、と【敗者】は心の中で呟いた後、レヴィに向けて手を伸ばした。

 

「嘘をつくな。キスの仕方も分からない幼稚なガキが」

 

「んっ?!」

 

 【敗者】の手は彼女の頬を掴み、無理矢理己の方に向けると唇に吸い付いた。

 リップ音を立てながら何度も唇を吸うと舌を出し、レヴィの中へ滑り込ませる。

 

「ぅあ、……っ、んっ……や、……ぁう……」

 

「……ん、……」

 

「るぅ、……っ、んんっ……」

 

 レヴィは体を捩らせ抵抗するが【敗者】の力は強く彼女は振り払えぬまま唇を貪られ続けた。

 顔も真っ赤に染まり息も絶え絶えになって【敗者】の胸を激しく叩いた時、彼はようやく唇を離す。

 

「っは!はぁっはぁっ……」

 

 レヴィが苦しそうに何度も呼吸を繰り返す中、【敗者】はいたずらっ子のように意地悪に笑みを浮かべた。

 

「大人なんだから、大人のキスをしないか?」

 

「大人かどうかなんて関係ないでしょ……」

 

「でも、さっきより良かっただろう?」

 

「別に、そんなこと……」

 

 レヴィはそう言って離れようとするが、【敗者】は彼女の手首を掴み止める。

 

「来い。貴様からやってみろ」

 

「……ッ!」

 

 そんな事が許されていいのか、とレヴィは焦燥に顔を歪めた。

 【敗者】の憎悪と苦しみを淡々と連ねたユニゾン波の研究結果。

 手を伸ばし振り払われ、抱きしめようとして不愉快に顔を顰められた彼の温もりのような勘違い。

 レヴィの中にあった滾る熱を全て気のせいだと、無いもののように扱わないといけないように感じてしまう恐怖。

 レヴィにとっては、自分を愛してくれる……いや、自分をよく見てくれる【敗者】など、とっくの昔に居なくなってしまったというのに、もう一度手を伸ばして、また振り払われたら……

 

 レヴィの手は静かにナイフを握り、その刃を撫でた。

 指先から血が出ることも躊躇わず、彼女は【敗者】に嫌われたくないという……それだけの感情で【敗者】に向かえずにいた。

 

「そんなに怖いか?」

 

 レヴィは静かに肯定の意を示した。

 向き合いたくない。

 レヴィが心の底からそう願うと、【敗者】の胸の中に彼女がそう思っているのだろう、なんていうなんとなくな意思が届き、彼はそれに合わせて目を背けようとする。

 

(駄目だ!!釣られるな……!!)

 

 だが【敗者】はすんでの所で我を取り戻し、一度目を閉じてからもう一度しっかり彼女を見た。

 

「僕は、……僕は、お前になら何をされたって構わない。お前が気に入らないのなら、僕の事を殺したっていい」

 

「何を言って……」

 

「今だけでいいから僕を信じてくれないか。

今この一瞬、たった一つの選択……それだけでいいから、僕を信じて欲しい。僕はお前を信じている」

 

 【敗者】の真っ直ぐな言葉にレヴィは顔を上げた。

 恐怖で埋め尽くされた心の中に一筋の光が差し込むと、レヴィはそっと【敗者】へ顔を近付け唇に触れる。

 彼は拒絶することも無いが満足した様子もない。

 分かっている。

 【敗者】はそれを求めている訳じゃないと。

 

「っ、ぁ、……」

 

 レヴィは離した唇をもう一度合わせるとゆっくりと唇を食み、唇を持ち上げ舌を入れ込んだ。

 【敗者】の舌を舐り、ゆっくりと口の中の感触を味わっていく。

 普段はされるがままのキスばかりで、こうやって相手を味わう余裕なんてなかった。だがやはり体の中は恐怖で埋め尽くされていて、突然体が突き放され、罵声を浴びせられるかもしれないと思うとナイフを持つ手に力が入る。

 

「レヴィ……、……」

 

 【敗者】の手が彼女の背に周り、優しく撫でた。

 そんな些細な感触にレヴィは嬉しさと悲しさがぐちゃぐちゃに混じり、衝動が有頂天に達すると、レヴィは思わずポケットからナイフを取り出して、それを腹に刺した。【敗者】ならまだ良かったが、レヴィは自分の腹に刺すことを選択した。

 【敗者】の服に広がる液体の感触と温もり、一気に香る鉄の匂い。

 【敗者】はそれに気付いた瞬間、体が硬直した。

 

「ッ、レ……んむッ!」

 

「ッ!!」

 

 だがレヴィはそれを許さず、【敗者】の体を全力で押さえつけるとそのまま舌を捩じ込み続ける。

 彼の腹にナイフの根元がぶつかり、刃はレヴィの腹にグイグイと押し込まれ、血液がスカートから太もも、そして床へとめどなく流れていく。

 レヴィはその痛みと快楽の中で恍惚に浸った。

 痛みがあるから安心する。痛いから、これ以上の罰が与えられないように感じる。

 このまま死んでしまえば、もう二度と誰にも存在価値を貶められない。

 この究極の死の中で、レヴィにあるのは快楽だけで……

 

「るぅ、……っ、【敗者】……ッ、【敗者】……!」

 

 ヒステリックに暴れ回ったあとの部屋の残骸が当たってもレヴィは気にせず【敗者】を押し倒す。無我夢中で本能のまま、欲望を剥き出しにし、貪るように【敗者】を覆い尽くす。

 

「レヴィ……」

 

「【敗者】、……るぅさ、るーさっ、るーさー……ッ、はっ、はっ、……」

 

 興奮のまま唇を離すと咳き込み、彼女の口からは血が垂れていた。が、レヴィは感情と衝動でもう頭がおかしくなっていた。

 

「【敗者】……、好き、好き、大好き……」

 

「レヴィ……止血くらいしてくれ」

 

「おねがい、……とめないで……」

 

 レヴィはナイフから手を離すと血まみれの手で【敗者】の頬を包み込み、彼に何度も唇を落とす。

 

「止めないで……止めたら、しんじゃう」

 

「止めない方が死ぬが?」

 

「おねがい、止めないで……!!そばにいて!

今だけでいいから、そばに居て欲しいの……」

 

「……」

 

 【敗者】はソッとレヴィを抱き寄せる。

 細い体。冷たくなっていく体温。どこを見ているのか分からない目。死人のようなのにどこか強い衝動に満ちていた。

 

「あなたが死ぬか、わたしが死ぬか、そうして、永遠にいられるなら、あなたはどうする?」

 

「……永遠と言っても、結局どちらかが孤独になるだけだろう。無意味な話だ」

 

「だったら、一緒に死ぬ?」

 

「片方だけ生き残るくらいなら、そっちの方が余程マシだ」

 

「わたしは……」

 

 レヴィは彼の言葉を聞いてそっと目を閉じた。

 光のない場所から光のない場所に移動するだけだが、彼女からすればその動きに意味があった。

 

「わたしは、そうじゃないとおもう」

 

 ダークファルスである【敗者】と人間であるレヴィには根本的な寿命の差がある。

 ダークファルスはそもそも生物ではない。彼は邪神であり、不老不滅の存在だ。そんな【敗者】と比べたら、死なんてものは何も特別なものではなく、どう足掻いても生き残ってしまう彼に、どれ程想いを残せるかということしかないだろう。

 

「あのね、結局、生きててもずっと一緒にいられる訳じゃないよ。

仲良くもないし、好かれてもいない、だけど、そんな人から少しだけ、……ほんの、ほんの少しだけ目を向けられたいっておもったら、どうする?好かれたい訳じゃないよ、ただみられたい。……記憶に残りたい、それだけ」

 

 【敗者】はそんなことを考えたことがなかった。見られたいだけ、記憶に残りたいだけ……そんな風に思う相手などいない。強いていえばなんて考えても、わざわざ"記憶"に拘る意味もない。

 

「興味のない話だ。相手からの感情なんてどうだっていい。

欲しいなら手に入れる。記憶に残りたいなら、記憶に残す。記憶に記録以上のデータは不要だ」

 

 レヴィはクスリと笑い、懐を弄った。

 

「……賢い人だね、あなたは。

わたしは馬鹿だから……」

 

 血の滴るナイフから硬く鈍い感覚が手に当たると、レヴィは其れをそっと引き抜く。

 光を柔く反射し黒く無骨に聳え立つ拳銃の一丁を握り、引き金に手を掛けレヴィは【敗者】の目を視た。

 

「記憶に残りたいなら、痛みを与えるしかないと思ってるよ」

 

 光一つ入らない散大したどす黒い瞳を【敗者】に向け、レヴィは自分の喉に銃口をぶつける。

 そして、恍惚の笑顔を浮かべその引き金を引いた。

 

「……!!??」

 

 瞬きをする間もなく銃を取り出し己を撃つ姿を見て、思わず【敗者】は絶句する。

 目の前に起こったことが受け入れられないまま彼は硬直していると、レヴィは喉元を撃ったというのに首の後ろに穴を開けたまま口を寄せ、血の溢れる唇でまた彼に接吻した。

 

「うれしい……、うれしいね……♡」

 

「なんなんっ、だ、……仕返しの、つもりなのか、貴様は!」

 

「すき♡……だいすき♡だぁいすき……♡」

 

 明らかな致命傷だというのにレヴィはまだ生きており、その背後にはあの時【敗者】が見た生命のような何かが、【敗者】を見下ろしながら黒い触手を揺らしていた。

 

「ちゅーしよ♡……おくのそこで、よんでるから♡」

 

「っ、ん、……」

 

 【敗者】は唇を合わせながら、レヴィの懐の中を探った。

 あまりにも雑多で汚いものだったが、なんとかスケープドールを……彼女の命を繋ぎ止める手段を探り続けた。

 

「えっちなことも、しよ♡……ここ、いれて……♡」

 

 レヴィは喉に空いた穴を指差し、蠱惑的に微笑む。

 

「ここ、入れて……白いの、いっぱい出して、……妊娠したい」

 

「気狂いにも程があるんじゃないか?」

 

 【敗者】はレヴィの言うことを否定しつつも拒絶はせず、どうにかして物の詰まったポケットの中からスケープドールを取り出そうとする。

だが、彼女は【敗者】に構わず喋り続けていた。

 

「_______」

 

「……?何だ?」

 

 レヴィは最早オラクルの言葉を話していない。

 【敗者】は困惑して聞き返し、どうにか耳に入れた言葉を自分の知っている語句に直そうとするが、それにしても文法から発音まで全てが違う其れを呑み込むことは出来ず……

 

「_______、_______」

 

「……僕に分かる言葉で言ってくれないか」

 

「_______」

 

 レヴィは笑顔のまま言葉を続けていたがやはり【敗者】は分からないまま。

彼はレヴィのその言葉の意味を理解する前に、指に特有の感触がぶつかりそれを掴む。

 

「見つけた」

 

 そう言って【敗者】はスケープドールを掲げると、レヴィの体は光に包まれ体が治療されていく。

 

「ッあ……!」

 

 光と共にレヴィの体が揺らぎ、彼女は喉から血を吐き出して口の中に溜め込んだ闇の全てを放出した。

 【敗者】が顔を上げると、視界に映っていたアレは最初からいなかったかのように消えた。

 

「……?【敗者】?」

 

レヴィは【敗者】の視線が虚空を見つめていることに気付き顔をあげる。

 

「目が覚めたか?この気狂い宇宙人女が」

 

レヴィは【敗者】からの言葉にわけも分からず首を傾げていたが、動き出そうとする彼女を抑え込むように【敗者】は手を回し抱きしめる。

 

「記憶に残りたいだけなら、痛みを与えればいい」

 

【敗者】の手には彼女の血がベッタリと付いていたが、構わずその小さな体を抱擁し後頭部を抱えた。

 

「……」

 

「だが、好かれていたいなら、生きていてくれないか?」

 

 【敗者】は自らの言葉に確証は無かった。彼女がそれを真の意味で理解してくれるという自信もなかった。

 だが、届いて欲しいと……そう願いながら、言葉を続ける。

 

「失いたくないんだ、お前を」

 

 レヴィはその言葉に何も返さず、そっと彼に体を預け瞳を閉じる。

 【敗者】が動き出した時、レヴィの意識はそこにはなく、既に彼女は眠りについていた。

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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