リサのような女は足を揃えて手を重ね、シャーロットに体を向けるとそっと頭を下げる。
「銃を向けてすみませんでした。貴方には何か誤解があったのかもしれません」
シャーロットはその声を聞いてすぐもたれかかっていた木から体を離し、胸に手を置いて頭を下げた。
「恐縮です。物分りの良い方が来て下さってこちらも助かります」
無礼な態度をされたから無礼な態度で返しただけであり、きちんと応対すればシャーロットはそれを返す人間だ。
リサのような女はシャーロットの立ち振る舞いを見て安堵すると、彼女の顔をそっと覗き込みゆっくりと声を出した。
「ですが、少々質問してもよろしいでしょうか?もちろん、あなたのお気持ちを決めつけるようなことはしません。ただ意見を聞きたいだけなのです」
シャーロットはリサのような女の品のある雰囲気を感じ取り、彼女なら変な会話になることは無さそうだと察してそっと辺りを見渡した。
「そうですか。良ければ、こんな森中ではなくどこか座れる所へ行きませんか?」
「ええ、私もそれがいいと思います」
返事を聞くと直ぐに端末を開き、エネミーのいない広場を確認するとシャーロットはそっと目配せしてから足を動かした。
リサのような女もその後ろを着いていくが、歩みを進める中で二人に会話はない。
数十秒か歩いていると、リサのような女の中にあるもう一人の人格……つまりリサ本人が退屈そうに声を上げる。
《早く終わらせてくださいよー。あと、少しでも相手が敵意を示したらリサが問答無用で撃ちますからね〜?》
「リサ。そう言って何でもかんでもこじつけようとするのは辞めてください」
《折角人を撃てるいいチャンスだったのに、勿体ないことをしますねぇ》
「勿体ないとかありませんから。いいから大人しくしててください」
《貴方がそんなに言うなら仕方ありませんねえ。じゃあリサは、どうやって不意打ちすればバレずに人を撃てるかじっくり考えておきますよお》
リサはやはり少し不機嫌そうな様子を見せるがもう一人の人格に逆らうことはなく、仲睦まじい?様子で会話を終えると体の主導権を握っている方は呆れたような、しかし楽しそうなため息をついた。
シャーロットはその様子を見て思わず声をかける。
「……リサではないとなると、アナタは誰ですか?」
リサのような女はその言葉に困ったような様子を見せる。
自分が誰か、なんて聞かれたことなども、今まで表に出た事もなく、正確な返答に困ったのもそうだが、彼女はパーソナリティとして言える情報も握っていなかった。
「すみませんが、私は……記憶が曖昧で。自分の名前が思い出せないんです。だから、私の事もリサで構いませんよ」
二人は目的地の広場に着くと、シャーロットは横薙ぎに倒れた木の前でそっと目線を向けた。
「そうですか。青いリサさん。それで、お聞きしたいこととは?」
"リサと別物"という認識だけはある。
シャーロットはその情報だけを確認すると無駄な思索をやめた。
嘘をつかれていると邪推しても構わないが、シャーロットが真実を聞いたところで特にメリットもない。放置して良い話で相手の心象を下げるのは如何なものか、と彼女は内心考えた故の行動である。
青いリサはシャーロットの言葉にほっと胸を撫で下ろしたような様子を見せるが、そっと深呼吸をすると面立ちはむしろ緊張したような張り詰めたものに変わる。
「……今の私が、変なんです」
「変、とは」
シャーロットは倒木に腰を下ろし首を傾げていると、青いリサもつられて座り込みぽつりぽつりと言葉を並べ始めた。
「私は、長い間ずっとリサと居ました。私はとても不安定で、リサに支えられてやっとの存在……。
その不安定さから、リサと別の何かだとは分かっていても、リサと個別の意志を持つことは難しかった……。
簡単に言えば、私は眠ったまま、夢の中でリサの感覚を共に感じているような……そんな感じだったんです」
「はぁ、それで」
「ですが、ここ最近。私はどうも、自分の意志を持つようになりました。
それはリサと新たに入隊されたアークスとの交流などもありますし、アークスという組織としての在り方や環境の変化も当然あると思います。
それでも変だと思ったのは、私が眠っている時……その時に、夢のような摩訶不思議な何かを見たからなんです」
ある日、リサの夢枕の中でもう一人の人格はあるものに遭遇した。
リサが眠っている時、彼女に与えられる外界からの影響はなく、その状態は真の深い眠り……夢の見ることもない、完全な意識の喪失になっているはずだったというのに、その時は違う。
彼女の言う夢のような摩訶不思議な何か。
表で生活するリサではない別の物が、もう一人の人格に感覚を与えた。
「それが、あなたの言うお嬢様……。つまり、レヴィというアークスでした」
「……お嬢様とアナタとの間で交流は?」
リサとレヴィは一切会話を交わしたことがない。
メディカルセンターの一室で、ほんの一瞬だけ遭遇することがあったが、二人は目線すら合うこともなく、そんな状況でもう一人の人格がレヴィを認識することなど不可能だった。
「ありません。完全に初対面ですらない相手です。だというのに、彼女が夢に出てきてから、私は私として自我を持つようになった」
「夢の中でお嬢様は、何をしてたんです?あの人は、相当に変な人ですから。何を言っても構いませんよ」
「それが……」
もう一人の人格はあの時の夢を思い出す。彼女は名前を名乗っていなかったが、本能的にその相手が自身とも、リサとも違う存在……レヴィであると認識した。
全知存在から型を抜いたように切り取られ、彼女がいる場所だけこの世界とは逸脱した物のように……もう一人の人格を囲っていた、全ての環境の中で明確に異物だとわかる、全く違う概念のように彼女は現れる。
「こっちを見て、って言ってきたんです。
私はそれに従って、彼女の方を見ました。
すると、彼女はこう言いました」
"うーん、違う。やっぱり、あなたはあの人を見てないね。
あぁ、気にしないで。こっちの話だから"
レヴィは稲穂のような金色の髪と獣の耳のように見える何かを揺らし、黒いドレスを着込み、光を放つなにかのオブジェクトを腰に据えもう一人の人格を見下ろしていた。
「そう言って以来、再び夢の中に現れたこともないのですが……彼女は、リサではなく私に話しかけていました。
それがどうやら、私の中で何か響いたようで……こうやって、貴方とお話出来るようになってしまったんです」
シャーロットは青いリサの話をしっかりと聞いたが、聞いた上でよく分からない、という結論を出した。
まあどちらにせよ、レヴィが話したらしい言葉は考察出来るほどの情報量もなく、シャーロットは無難な返答しか出来ない。
「そうですか。まあ、それは分かりました。不埒なお嬢様がすみません」
「いえ、そういう訳ではなく……貴方にお伺いしたいのは、その力についてです。
レヴィにそのような能力があると聞いたことはありませんか?」
そう言われても、とシャーロットはぼんやり青いリサに目を向ける。
「少なくともワタシは知らされておりませんし、見た事もありません。ワタシの夢枕にご主人様やお嬢様が出てくるようなことはないですし、確かにお嬢様が変な力を使っていることはありますが、夢に干渉するというのは聞いたことがありませんね」
「変な力、とは」
シャーロットは【敗者】から言われた言葉を思い出した。造られた当初、レヴィの特性や性格を色々と教え込まれた中で、【敗者】はレヴィの事をよく分からない力を使う、と言っていた。
癇癪持ちで、気難しくて、摩訶不思議な力を使う色狂い。シャーロットから見れば俗物の極みだが、対面してみれば思ったよりは悪くなかったと言うことを思い出す。
「お嬢様本人にもよく分かっていないようなのですが、変なところから物が飛んできたり、物が前触れもなく突然無くなるかもしれないので注意して欲しい、とはご主人様に言われました」
「成程……?」
青いリサはあまり納得していないような表情で頷く。言われればそれは確かに変だが、夢の中でというよりかは心霊によるもののような現象だから。
「あと、最近。ご主人様から、お嬢様からテレパシーのようなものを感じ取ったことはないかどうか、聞かれました」
「それは、関連性がありそうです。どうだったのですか?」
「結果から言えば、そうだといえばそうかもしれない、かと。
お嬢様がお家にいらっしゃる際、毎朝紅茶を用意するのですが、ワタシの家には沢山の茶葉があるんです。
ですが、ワタシはお嬢様がその日飲みたい紅茶が何なのか、何となくわかるんですよ。
茶葉を見ていると、お嬢様に今日はこれ、と言われているような気がして。
それがテレパシーと言っていいなら、まあテレパシーかもしれませんね。直接声が聞こえている訳では無いので、アナタの話と関連する何かがあるとは思えませんけど」
「そうですか……」
シャーロットは言われるまでそれが奇妙なものだと思わなかった。自分が"そう"造られたのかと思うこともできたし、なんとなくの勘が冴えていると考えることも出来るから。
そういう先入観に囚われていた中で、【敗者】から問われて初めて普通の物じゃないと彼女は理解したのだ。
しかし【敗者】は今青いリサに言ったことと全く同じことを伝えても、特になにか閃く様子もなくそうか、とだけ返答していたことを思い出す。
「これ以上答えなければならないことはありますか?」
「はい、もう少し聞いてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
シャーロットは興味無さげに端末を開いてメールを確認していたが、青いリサは少し俯くと恐る恐る声を紡いだ。
「あの、……ダークファルス【敗者】の事なのですが」
はぁ、とシャーロットはあからさまにため息をつく。
リサ達がそうやって聞きたくなるのは当然だ。
ダークファルス【敗者】がどれほど危険か、アークスからどう扱われているか、一般的な評価を見た限りではそれほど警戒するのもそりゃそうだろう。
が、シャーロットは【敗者】の一般的な評価や扱われ方が当然であると思いながらも、同時にそれを馬鹿らしく感じるような事実も知っている。
「飽きませんね、アナタたちは。あんなもの、死んだも同然だと思いますけど」
「どういうことですか?」
シャーロットの庇うというよりかは見放すようなぶっきらぼうな言い方に青いリサは目を丸くした。
「ワタシはご主人様やお嬢様を知る為に教育を受けてきましたが、それ以上に個人的にもある程度調査をしていました。それと比べたら、あんな恋愛バカなんて生きてると言った方が可笑しいです。あれは獣と言って差し支えありません」
「恋愛……馬鹿……?」
青いリサは困惑した。それもそのはず、ダークファルスが、しかも人の恋愛感情を弄びシオン以外の存在に対して慈悲の欠片も示さないような【敗者】が恋愛バカなんて罵られるのは意味不明にも程がある。
だがシャーロットもレヴィもそうだが、今【敗者】と関わっている人間の殆どは"その後"から始まった交流だ。
今の【敗者】の知り合いからすれば彼が恋愛に傾倒している事など当然の共通認識だが、過去の知り合いから見れば不気味の極み。
再誕したのはアークスだけではない。
「ワタシが彼らとプライベートで関わりたくないと思う最大の理由です。ご主人様はお嬢様にご執心なようで、あちらこちらとどこにいてもずっとレヴィレヴィと煩いのです。それだけならまだマシかもしれません。問題はワタシの前でも所構わず戯れた挙句、事後処理をワタシに任せる所です。
いくら特別手当が付くからといって、クリーニングや服の廃棄は普段の仕事より面倒ですから」
「……」
クリーニングや服の破棄という言葉の意味を、俗世に疎く過保護に育てられてきた青いリサは理解出来なかった。
が、シャーロットが愚痴を吐いているようで主人達に対する不当な評価は否定したいという従者としてのプライドや敬意は彼女でも感じられた。
「今の目的を貴方はご存知ですか?」
「さあ。その辺はお嬢様もご主人様も全く話しません。家の管理を任されてるからと言って全ての情報を把握している訳ではありませんから。帳簿や詳細な設備も知りませんし、どこに行って何をしているのかも分かりませんよ。ご主人様はお嬢様しか信頼していませんから、その辺のリスク管理は徹底しておられるようです」
実際"信頼"しているかどうかというのは別として、【敗者】はレヴィ以外に関係性を広げる事をリスクとして考えているのは事実だ。
ノリで利敵行為をする人間が果たして適しているのかという点に関しては微妙ではある。
「ワタシはお嬢様のような気狂いで反社会的な人物にはならないよう性格の傾向はある程度調整されているみたいですが、裏切ったら舌を切って死ぬ、といったようなプログラムはされていないみたいですし。
ですから、ご主人様はワタシがある程度裏切ることも考慮して情報の提供はしているようです」
「成程……」
「これ以上特に言えることはありませんね。アナタが聞きたいことも、ワタシはほとんど分からないでしょう。それに、ワタシは不用意に知りすぎて尻尾を切られるのも困りますから、安定した生活のためにも必要以上の事を問い質すつもりはありませんし。
聞きたいなら直接お嬢様やご主人様にお聞きください。答えてくれるかどうかは保証しませんが」
やろうと思えばシャーロットが二人に電話を繋いだり彼らの居場所を教えてくれることもあっただろう。
だが青いリサは躊躇う。
リスク云々というより、感情として……
【敗者】と接触している状況で、彼女が平静を保って己の異常と彼らの危険性を正しく見定められる自信がなかったからだ。
「いえ、大丈夫です」
自分の名前も思い出せない彼女だが、自身の辿ってきた因果の記憶は幸か不幸か思い出された。
ルーサーと深く線を交えていた彼女にとって、この状況は内心受け入れ難いものにある。
「……お答えくださりありがとうございました」
シャーロットはそれを聞きつつも触れることはなく立ち上がった。
「ワタシは安定した生活が送りたいだけなので」
その言葉は彼女なりの答え。
不用意な事には踏み込まない、干渉しない。
弱い部分を見せようが、仕事やプライベートに支障をきたすような案件には乗らないのが彼女のスタンス。
「それでは、失礼致します」
シャーロットは頭を下げると背を向け、直ぐにその場を立ち去ろうとする。
「あら、もう行っちゃうんですかあ?」
だが、背後からリサ……赤く染まった本来の人格が顔を出して、彼女に声をかけた。
「話は終わりましたよ」
シャーロットは"面倒な方が出てきた"なんて思いながら言葉を紡ぐが、リサは冷ややかな視線に気付いていないようなフリで目を見開く。
「そうですかあ、それは残念ですねえ。リサはもっと話し足りない気がしましたけどお?」
「撃ち足りないの間違いでしょう。それでは失礼します」
冷たく淡々とした声を浴びせシャーロットは足早にその場を離れるが、何歩歩いてもキャストパーツの硬い擦れるような音が無くならない。
振り返ると、リサが先程と全く同じ距離でシャーロットを見つめていた。
「……なぜ着いてくるんですか」
「なぜって、パーティは違えど同じクエストを受注していますからねえ。行先は同じになりますよお?」
リサはそそそ、と体を寄せて顔を覗き込むが、シャーロットはさり気に体を離しリサに背を向けアイテムパックを探る。
「はぁ、そうですか。ではお先にどうぞ。ワタシはお茶でも飲むので」
そう言って水筒を取り出し一口茶を飲むが、リサは止まったまま彼女を眺め。
「……」
シャーロットは立ち止まったままのリサを見て面倒そうに眉を顰めると横を通り過ぎるが、その瞬間端末から通知音が鳴り響く。
「あらあらあら。手が滑ってパーティ招待を送ってしまいましたあ。キャンセルしても構いませんが、まあ一緒に行っても良いのではないですかあ?」
通知の正体はリサからのパーティ招待だ。
だがシャーロットは直ぐにキャンセルした後、リサの方に振り返る。
「あの、リサさん。ご主人様達が知りたいのなら、ワタシに執着する理由はありませんよ。アナタの中のもう一人の方にはもう説明しましたから、事情はそちらからお聞きください」
「いえいえ、それくらい知ってますよお」
リサはシャーロットへ一歩一歩と寄っていく。シャーロットはそれに合わせて少しずつ後退るがぴょんと一歩大きく踏み込むと彼女の目の前にまで追いついた。
「リサはですねぇ、あなたの事が知りたいんですよお。なので、あなたに話しかけるのは当然ですよねえ?」
「さあ?ワタシ、アナタに興味を持たれるような事をした覚えはありませんから。知りませんね」
確かに、身のある話をした方は赤い方ではなく青い方だ。
だがリサはシャーロットの事が妙に気になった。彼女がした演説のような自分語りや立ち振る舞い、雰囲気がどうもリサの中の好奇心を擽る。
「残念ですねえ。あなたは他の人とは違って、なーんか良いような気がしたんですけどねえ」
リサは彼女にしてはかなり珍しい程の好意を剥き出しにして狂気のような正気のような笑顔を向けたが、シャーロットは水筒を仕舞うと代わりにテレパイプを取り出す。
「気の所為です。それではさようなら」
はぁ、とため息をついたあとシャーロットはテレパイプを起動し、そのまま足早にキャンプシップへ逃げた。
しかし、そんなシャーロットに追い討ちするように端末へメールが届く。
『わざわざキャンプシップに戻らなくてもいいのに、そんなにリサが嫌だったんですかねえ?』
『ねーえー?リサはもう一回あなたと撃ち合いたいと思っていますよおー。気が向いたらお返事下さいねー』
盛大なため息の後、シャーロットは端末を見下ろす。
「本当に何この人……」
その後、彼女は主人へメールを送るか迷ったが……文字をいくつか入力したあと、それらを全て消して端末を閉じた。
「はぁ……」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる