「……風呂、入ってこい」
【敗者】が扉を開けると、レヴィの目には物のない棚や洗面所があり、奥の曇りガラスの扉の先には水跳ねのよさそうな黒く硬い床が飛び込んだ。
床には排水溝のような部分があって、それから壁には謎の機械達がある。
極めつけなのは大型の陶器の器のようなものだ。
確か……浴槽とか言ったような、とレヴィはぼんやり思い出した。
入浴施設だから排水機構があるのは当然か、浴槽は噴水みたいなものなのか、しかし体を洗うためのシャワーはどこにあるのだろうか。
レヴィは服を着たまま首を傾げてその機械を眺め、試しにボタンを押してみると突然頭上から水が降りかかる。
「きゃーっ?!」
レヴィが叫んだ瞬間扉が開き、【敗者】が部屋に入る。
そこには服を着たままずぶ濡れのレヴィに、開きっぱなしの風呂の扉と、そこから散った水が洗面所の床を濡らし、そして未だにレヴィの頭上を降りかかるレインシャワーと混乱して出されたであろう腰部や脚部のシャワーが水を撒き散らしていた。
「……何をしている」
「こ、これどうやって止めるの?なんかボタンポチポチしてたらいっぱいお水出ちゃって、あっち押したら電気ついて、あっち押したらなんか暖かい空気出てきて……」
【敗者】は捨てられた子犬のような瞳で己を見つめるレヴィの姿を見て、苛立ちと共に溜息をつきながら服に手をかけた。
「え?えっ?」
「シャワーも浴びたことがないのか?」
「こ、こんなんじゃなかったもん、シャワーっていうのはその、買ったけど、袋に入っててさ…水を入れて、その」
「簡易シャワーの事か。……本当に心底有り得ないな貴様のその常識は。後どれほどこの僕に面倒をかけたら気が済むつもりだ?」
【敗者】は軽く上着や靴下を脱いで軽装になり、風呂場に入ると直ぐにシャワーのボタンを押して全て止める。
冷たい水が滴る体で、レヴィはぶるりと体を震わせると【敗者】のことをぼんやり見上げる。
「別に世話してくれなんて言ってないし。あんたの見てわかったからもういい」
「もういいとはどういう意味のもういいだ?」
「全部出来るからもういいって言ってるの!」
「そのきしんだ埃まみれの頭でか?」
「〜〜ッ!!風呂くらい分かるっての!ほらあれ!石鹸!あれ使って全身洗えばいいんでしょ?!」
レヴィが指を向けたのは風呂掃除用の石鹸。
横にあるボトルには目を向けず、石鹸を手に取ってこれで頭から足先までを洗うなどと言い張り……
「分かった。全てやる。一度だけ全てやる。全部覚えろ……いいな?貴様のような幼犬のクソロボット未満の知能の低さときたら煩わしくて仕方ないが貴様は僕の奴隷で飼い犬だ。だから仕方なく一度だけ教えてやる」
「え?なに、へっ、うわぁぁ?!」
【敗者】は女の裸など見慣れている。
クラリスクレイスクローンを作る時も鬱陶しいくらい同じ女の裸を見たし、フォトナーの研究員の姿を象ったシオンの裸も見たし、被検体、アークス、生死問わずそんなものは単なる臓器を守るための皮のひとつとして理解していた。それでも。
【敗者】がその手でレヴィのセーターを剥ぎ、スカートのジッパーを下げて脱がすと、彼女の濡れそぼった柔い肢体が地味な下着に包まれて、【敗者】の前に顕になる。
「〜〜ッへ、へ、ヘンタイ?!」
「阿呆か」
惜しげも無くブラジャーに手をかけて剥ぎ取るとレヴィは絶叫するが、【敗者】はそれを無視してショーツにも手を置く。
肌の内側が透けるような薄く白い肌に、肉感の強いむっちりとした蠱惑的な太もも。
ショーツを捲ると無毛でぷっくりと膨らんだレヴィの女性器が覗き、サーモンピンクのクリトリスが見えると【敗者】は思わず目を寄せて、喉を鳴らす。
興味が無いはずなのに、こんなものいくらでも見た事があるはずなのに、それでも何故か胸を焼き付けるほど美しく、そしていやらしい。
「ッ、じ、自分で脱げるし!」
バチン、と音が立って己の手が離れ、【敗者】は驚いて顔を見上げるとレヴィが耳まで顔を真っ赤にし、【敗者】に背を向けながら下着を恐る恐る下ろしていた。
レヴィはあの【敗者】に見られているのかと思うと全身が沸騰しておかしくなりそうだった。
だってレヴィはチームルームであんなことをしていたのだ。間接的に【敗者】に尻を押し付けて、雌を丸出しにして腰を振って……
「うぅう……しぬ、しぬっ……」
布が通るとぷるんと尻が跳ね、形のいい膝裏を通り、細い足首から呆気なく下着がこぼれ落ちる。
レヴィは振り返り、【敗者】のことを慎重に見つめた。
「……僕は、女の裸など見慣れている。貴様の体など、見たところで……恥じらいも何も……ない…」
「それならもっと自信満々に言い切ってくれます?!」
【敗者】は逆にふんぞり返ってレヴィを蹴り倒し、ずぶ濡れの服を回収すると洗濯機に服を入れながらやっぱりレヴィの裸を思い出していた。
淡く明るい胸の先端、ぽってりとした腹、肩まで伸びる鎖骨のライン、頬を赤らめて潤んだ瞳で此方を見つめるレヴィの顔……
(……クソッ!今の僕はどうかしている…!)
【敗者】は何度か呼吸の真似事をしたあと、洗濯機から離れると風呂に入りその扉を閉じた。
レヴィは水のない浴槽の中に入って縮こまり、【敗者】の方を恐る恐る見つめる。
どう見ても萎びた子犬だ。
「……、貴様、よくそんな風体で汚臭なく居られるな……」
「その……お金貯まったら美容院で前髪切ってもらって髪洗ってもらってたの」
「周期は?」
「え……?二週に一回かな?あとは水浴びで十分だから」
【敗者】は顔を歪め、自分の中にあった主に下半身への熱が僅かに落ち着くのを感じると洗うためレヴィの脇の下に手を入れる。
「わひゃぁ?!く、くすぐ、」
「しない。勝手に勘違いするな」
バタバタと暴れるレヴィの体は信じられないくらい軽い。
身長から考えれば軽いのは当然だが、レヴィが自分の体より重いものを持ち上げられるという事実は信じ難いものだった。
レヴィを立たせるともう慣れたのかボーッと【敗者】のことを見上げており、ホースの着いたシャワーを取って暖かいお湯を出している姿を見つめる。
「煙、出てる……70度くらい?」
「70度にして貴様の体に浴びせてやってもいいが?」
「じゃあ何度が適切なの?」
「それくらい考えればわかるだろう?」
「体温が37度だから〜……40度くらいが暖かい?」
【敗者】は答え合わせと言わんばかりにレヴィの体にお湯をぶつけると、彼女はビクンと跳ねさせた。
「あっつ?!」
「冷水浴びていたからだろう。これ以上僕を煩わせるな」
その言葉にレヴィは黙り、【敗者】の指導を受け入れる。
「いいか、無駄な抵抗はするな。抵抗したら殴るぞ」
そう言いながら、【敗者】はレヴィの頭に奇妙な見た目のものを被せる。
「なにこれ?」
レヴィが少し上をみると、それは波打ってるような感じのシリコン系の素材のものだった。
「備え付けのシャンプーハットだ。絶対に使わないと思ってたが全く、こんなところで使うとは……。」
シャンプーハット、何らかの帽子?分からないままレヴィは俯いていると突然髪に感触が。
「あれ?髪洗ってくれるの?お金は?」
「次からは貴様が自分でここに来てやれ」
【敗者】はレヴィに向かって髪の洗い方を恨み言混ざりでいいながら髪を洗う。
「わ……」
いい匂いだ。人工的な花のような匂い。
シャンプーハットと泡で埋め尽くされて、レヴィの体はよく見えない。
【敗者】はそれに少し感謝をしながら、しかしそれでも隠せない大きな胸に思わず目が行く。
こんなことは今迄有り得なかった。
ダークファルス【敗者】である以前に、ルーサーである頃から、人の裸を見ても何か強い情熱を感じることはなかったし、周りの人間が当たり前のように話す繁殖目的ではないセックスや女の体で遊ぶことに意識を集中させる気持ちは理解出来なかった。そんなものよりもずっとまだ見ぬ知識の方が価値があったからだ。
しかし、【敗者】の目線はいまレヴィの肌色にばかり集中している。
「目を瞑れ」
そう言われてレヴィが目を瞑ると、シャワーが掛かる。
しゅわしゅわと流される水はとても暖かい。
そういえば、紅茶をはじめて自分で入れた時、お湯の物珍しさに触って気がついたら指が真っ赤になっていたな、とレヴィは思い出した。
もし痛覚があれば、あれも痛みがあったのだろう。
【敗者】は次々と違う洗剤をそれぞれレヴィの体の部位に合わせて泡で塗ってはお湯で流していく。
「なんでこんなことするの?」
「育児の経験くらいはある」
「えっ……バ、バツ……バツいくつ?」
「なぜ離婚している前提で語る」
【敗者】はレヴィの問いには答えてくれなかったため、レヴィは自分の頭で考えた。
――とりあえず離婚してはいないみたいだが、結婚しているのか。妻がいて、子供がいて、生きているかもしれないし、彼が四六時中わたしに構って、女の裸など見慣れていると言い張るところ見るともしかしたら死別かもしれない。
「あんた何歳?」
「は?……、長く時を生きる中で、わざわざ365日ごとに歳を数える馬鹿がいると思うか?」
「わかんないけど超長いって事ね」
【敗者】は説明をいくつも行いながらレヴィの体を洗い終えると、シャワーのノブをぎゅっと締めて、手をタオルで拭いた。
「あのさぁ、あんた……何百歳も年下の女の子と浮気するのはよくないと思うよ?」
その末出した結論で、レヴィが呆れた声でそう言うと、【敗者】は彼女の方を引きつった表情で見て、それからびしょ濡れのレヴィの頬を拳を握って殴りかかってきた。
「なっ…突然何するわけ?!」
「貴様……何を勘違いしている?」
「え?……ほら、【敗者】にはお嫁さんも子供もいて、生きてるか死んでるかは知らないけど……今はわたしと気まぐれで浮気してる?」
【敗者】はレヴィのもう片方の頬も殴ると、じっと冷たい目で見下ろした。
「勘違いするな。恋愛感情などくだらん。ただ実験生物を育成していただけの事で貴様にとやかく言われる筋合いも、つまらん勘違いをされる謂れもない。こんな事をした程度で恋人や妻になれるなどと本気で思っているのか?」
【敗者】はレヴィの腕を強く掴んで乱暴に引っ張り、扉を開けるとレヴィを投げ飛ばすような勢いで浴場から引きずり出し、そして大きく音を立てて扉を閉めた。
彼は非常に苛立っているようで、レヴィはそんな様子が逆に面白くなって冷笑してみる。
「あんたこそ、なんか勘違いしてるでしょ」
「……なんだと?」
レヴィは小さなタオルを取り、体を拭きながら【敗者】に背を向けた。
「わたしは生憎恋愛とか結婚なんて縁のない物に興味無いの。わたしはアークスを自分の手で殺すことだけが生きがい」
単なる濡れタオルと化したそれを髪に押し付けると、ぽたりと水滴が垂れる。
「だから、私が結婚するとしたら……それはアークスを滅ぼした後に、その骸とでもしようかな?ふふ……」
嘘は何一つ言っていない。
【敗者】というこの男が恋愛脳なだけだ。
「わたしは誰かに愛されるように造られた人間じゃないの。愛なんて要らない。わたしは独りなの」
そう言って、風を求めて外に出ようとすると視界が布の繊維で真っ白になった。
「わふっ?!」
「身の程弁えているようで結構。しかしそれはバスタオルじゃないぞバカ犬」
【敗者】はレヴィの髪をわしゃわしゃとその大きなブランケットにも近い大きさの布で拭うと、まだ濡れている体も容赦なくタオルで拭き取っていく。
タオル越しにむにゅりと柔らかい胸に触れ、撫でるとまだ潤ったレヴィの柔肌が晒される。
「きゃっ、そ、それくらい、いや!わたしは何もかも自分で…」
【敗者】は不意にバスタオルから手を滑らせ、直接彼女の足に触れた。
指が太ももにむっちりと吸い付き、それをなぞればじっとりと湿った股ぐらのひだをさっと撫で、そして固いものに当たる。
「ひゃぁんっ?!」
「ッ、う」
【敗者】は情けない声が漏れたという自覚もなく顔を真っ赤にしてその手を震わせ、震えた手がレヴィの胸をギュッと握るとそれもまた柔らかくて艶めかしく、手のひらにぶつかった硬い乳頭の膨らみは擦り上げたくなり、【敗者】の心臓は知らぬ間に爆発しそうになっていた。
(この僕が、この僕が、この僕が、全知を手に入れる、この僕が、ダークファルス【敗者】が……!)
「な、なに、るぅさ……なにして…」
「はっ、はっ、……」
「……え?何?ほんとに……、……背中に骨当たって痛いし」
骨、とレヴィに言われ、【敗者】は体を見つめる。
胴体のどの骨も食い込ませるほどレヴィに当てたつもりは無い。
しかし唯一違うことがあると言えば、レヴィの背中に己のいつの間にか固くなっていた下半身がはち切れそうなほど膨らみながらギチギチと責めあげていたことだった。
「〜〜ッ!!」
【敗者】は直ぐに体を離すと、レヴィに向かって半分湿ったバスタオルを投げつけた。
「いい加減自分でやれッ!!」
そう怒鳴られてレヴィは戸惑いながらも体を拭く。
【敗者】は自分の器と概念と存在意義の明らかな異常を感じながら下がっていると壁にぶつかり、ずるずると崩れ落ちていく。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる