【敗者】の発言でレヴィは完全に顔を引き攣らせる。
当たり、というほどでは無い。【敗者】は何度も彼女を試した。その度に彼女は正解の反応を示していて、そうだと分かった瞬間から彼は目の見えない彼女に知らぬふりをしておきながら、困った時は助けていた。
いつか自分から話してくれると信じながら。
レヴィが逃げている全てと向き合う瞬間を期待しながら。
だが、レヴィは自分の全てが窮地に立たされていても、それでもまだ自分の思考という殻の中に閉じこもり、【敗者】は彼女に出来るだけの慈悲を与えたが、それら全ては無意味になった。
「本当に、見えていないんだな」
「……」
レヴィの体は強ばっていたが、不思議と顔は和らいでいた。
もう無理をしなくていい、と言わんばかりに彼女はどこを見ているのか分からない目を誤魔化すことなくそのままさらけ出し、彼ではなく目に入っているであろう全ての景色を均一に視野に収めながら口を閉じている。
「……なぜ隠していた」
「【敗者】が忙しいから……だよ……」
「自分で対処するより僕に相談する方がずっと簡単だっただろう?」
「わたしにとっては……でしょ?あんたにとってはじゃないよ」
「僕にとってもだが……」
当然だ。【敗者】はレヴィのメンタルセラピストではない。レヴィのめんどくさい性格のめんどくさいメンタルサポートをするくらいなら治療した方がよっぽど早いに決まってる。
だが彼はそれが早いと分かっておきながら言わなかった。……レヴィが自分を信頼して、自分を頼って、盲目であることを明かしてくれると信じたかったから。
信頼していれば弱みだって見せてくれる。信頼していれば【敗者】がレヴィを嫌ってないことだって、捨てるつもりなんてはなからない事だって分かる。
でもレヴィは【敗者】のことを信頼していなかったし、【敗者】から逃げた。
だからレヴィは今この場で【敗者】に問い詰められている。
今まで自分が【敗者】に働いてきた不義理を清算する為に。
「何が原因だ?」
「はぁ……さあねー。いつの間にかだから。ここだと何が起こるか分からないし」
レヴィは追い詰められてもなお軽薄な様子だった。
いや、そうしないと、ヒステリックに喚き散らかしてはより嫌われ捨てられる方に傾くだけだとレヴィは分かっているからである。
「……」
【敗者】は暫く考えた後、今までの事を思い出した。
レヴィが盲目になったタイミング。
その時にレヴィが何もしなかったわけはない。
彼女だって治そうとしたはずだ。その上で独りではダメだったから放置した。
レヴィが治そうとした挙動と言えば……
「あの日か」
【敗者】は思い出した。
レヴィが目隠しを付けて【敗者】に近付き、眷属を貸すように要求した日だ。
あの時のレヴィは訓練の一貫だとして、目隠しを外されても動揺していなかったが、あの時から本当は全盲だった。
あの動揺のなさはただの演技だったのだろう、と【敗者】は納得した。
なら、何故失明したのか……
その原因を知っているのは、治療を頼んだ眷属に他ならない。
【敗者】は手を翳し、眷属を呼び出した。
現れたのはハイデルンソーサラー。
レヴィのユニゾン波によって侵食された【敗者】の眷属だ。
だがレヴィの感覚からはただのリューダソーサラーと差は分からない。
「コイツは分かるか?リューダソーサラーだ。貴様が目隠しを付けて僕に話しかけにきたあの日、コイツを僕から借りただろう」
【敗者】はレヴィによって侵食された個体だからこそすぐに判別がついたが、ハイデルンソーサラーの名前を出せばまたレヴィがユニゾン波でヒステリックを起こす可能性があると考えた。
故にあえての"リューダソーサラー"という旧名だ。
「ああ、そうだね。そいつに目を治してもらおうとしたんだけど、失敗しちゃったから」
レヴィもリューダソーサラーと説明されたお陰で違和感を感じることはなくつらつらと言い訳を並べる。
しかし【敗者】はレヴィの言葉は聞いていなかった。
彼はハイデルンソーサラーの超音波を聞いていた。
「……なんだと?」
「ん?別に普通のことでしょ?」
「……」
【敗者】はハイデルンソーサラーからその日の説明を受ける。
レヴィが出会って早々座り込んで頭を付けてきたこと。
LNPエンジンの解体で重度のフォトンアレルギーに陥り、運んでるさなかで足を捻ってアキレス腱を断裂し、失明したこと。
【敗者】に頼めないからと眷属に頼んだこと。フォトンアレルギーで嘔吐したことが知られないように、吐瀉物の付いた服を処理させたこと。
もっともっといっぱい頑張る、無駄に寝た分寝ないで働くと強迫的に何度も繰り返していたこと……
「レヴィ、……お前は……」
「まー過ぎたことは仕方ないって。結果だけ言えば、目が見えなくてもダークファルスに勝つことは出来るし、武器だって作ることも出来るの」
【敗者】はハイデルンソーサラーの言葉を聞いて目が熱くなった。
どうしてそのような拷問紛いな痛みに耐えて、独りで我慢できるのか?
【敗者】の頭の中にはアンプラム・アンブラが見せた倉庫の中の景色が再び映る。
死体のようなあの姿がレヴィにとっての"最低"なら、拒絶反応で激痛の中嘔吐を繰り返し、アキレス腱が切れ、盲目になるのはまだ"マシ"だと考えているのか、と。
それは痛みに強いというより、彼女があまりにもお労しい……
「……LNPエンジンで拒絶反応を起こすのか?」
【敗者】はレヴィに感じた感情を隠し、最も重要な事実だけを述べる。
そして、レヴィもその一言で気付いた。
自分がつらつら並べた言い訳とは全く違う本質……眷属が【敗者】に説明した以外に何もない、と。
「ッ!!ソイツチクったの?!」
「密告も何も、貴様が自分から話したことで全部話すつもりなのだと捉えたらしいが?」
「ックソ……口止めしとけばよかった……」
「それで、どうなんだ。コイツに荒唐無稽な作り話をする程の知能はない。言った通りなんだろう?LNP燃料タンクに触れたことで拒絶反応を起こし、溺れたりアキレス腱を断裂した上、その場に捨てた上着を燃やしたと言っているが?」
「ッ、いやあの、……アレルギーについては、絶縁手袋付ければ別に……」
「だから僕に居場所を聞いてきたのか。……それで無いと答えたはずだが……いや待て……」
【敗者】はさらに昔を思い出す。レヴィが絶縁手袋を聞いてきた時は失明よりずっと前だった。
おかしい。時期が合わない。その時点で絶縁手袋の在処を聞いて、ないなら仕方ないと実践したならもっと早く失明しているはずなのに、実際の失明はもっと後。
それに、もっと確信的な証拠がある。
「おいおい、……船には二台エンジンがあったはずだ……」
【敗者】は目を見開いた。
最早狂気だ。
レヴィのフォトンアレルギーがどれほど重大か【敗者】はよく知っている。
レヴィにとってフォトンは猛毒だ。フグ毒やボツリヌスなんかよりよっぽど苦しむ。
それなのに、そうだと分かっていながら、レヴィは猛毒の塊を二回も触れて、何時間も何時間も掛けて、それを解体していたと……
「まさか……拒絶反応があると知った上で二回もやったのか?」
「まぁ、色々弄るにはスペアがないと困るからね。当然リスクも分かってたし、わたしはその上で対策してから挑んだよ」
だがレヴィはそれを誇りにしない。
普通の人間ならそうだ、そんなに苦しみながらも頑張ったのだ、と主張するはず。
でもレヴィはそれが当たり前だと思ってる。
なぜなら、レヴィは人未満の役たたずで、出来損ないで、人よりずっと頑張らないといけないと思ってるから。
「倒れて溺れたやつがなんの対策をしたと……?」
【敗者】は完全に狂人に対する対応だったが、レヴィの返答は一般人を装っていた。
彼女の中ではあくまで"普通"だ。
「まず吐きやすいようになるべく固形の食事は避けて、麻酔を打って体の痛みを減らした。それから服は殆ど脱いだし、持ち帰りやすいように箱も用意した。手順もしっかり何度も復習して、最短スピードでこなせるように調整したの」
【敗者】はそれを聞いて震える。
頭が可笑しい。
吐かないではなく、吐きやすいように?
ダーカー因子濃度の高い毒沼の中にほとんど全裸で?
しかも触れたら結局毒になって意味が無いのに箱を用意?
それに最短スピードでこなす?
LNPエンジンを使っても何ともならない存在がレヴィのそばにはいたのに?
【敗者】が協力すれば、レヴィに痛みも苦しみも微塵もなかったというのに、わざわざ【敗者】に協力を頼まず、自分一人でやる、など。
「……バカか貴様は!!」
【敗者】は思い切り手を振りあげると、レヴィの頬をビンタした。
「ちょっと!なにするワケ!?あんたには関係ないでしょ?!」
「関係あるに決まっているだろうが!知らなければタンクの運搬を頼んでいた可能性があるんだぞ?!それも一本じゃなくカートン単位だ!そうしたらフォトンの過剰摂取で死ぬことだってあっただろう!」
「だーかーらー!それは手袋でどうにかなるって言ったでしょ!」
「そもそも一言も僕に報告しないとはどういうつもりだ!貴様の目だって大問題だというのにどうして僕に隠して……」
「あんたは忙しいんだからしょうがないでしょ!」
「レヴィ!」
忙しいからなんて話じゃない。
レヴィの命に関わる問題だ。
死ぬか生きるかで、生きるための手段がこんなにも簡単に、【敗者】に頼むというだけで解決出来るのにレヴィはそれを選ばなかった。
"簡単なのに""選択しない"。
それは【敗者】に対する当てつけのようで、【敗者】が心の奥底で思うレヴィを大切にしたいと思う気持ちを彼女が全て踏み躙っているように感じたのである。
「……とにかく!関わらないで。もうみんな過ぎたことなの。うっかり壊さない限り三本目を回収する予定はないし、別に吐こうが死のうがわたしの自業自得だから」
だがレヴィはまた逃げる。
怒るのは【敗者】が自分を大切にしているからだと気づいたから逃げる。
そんなものは、"間違ってる"から。
「わたしだって忙しいの。あんたの癇癪に構ってる暇なんてない。あんたに事情を話せばこうやって拗れてグチグチ言われることなんて分かってたから相談するつもりなんて微塵もなかった。わたしはさっさと済ませるために眷属を使ったワケ」
レヴィの中にある「拗れてグチグチ言われる」は二種類。
【敗者】がレヴィに失望し、罵倒され、レヴィに役たたずだと怒鳴りつける言葉。
そして【敗者】がレヴィを心配し、体を気遣い、自分を疎かにするレヴィに対して説教する言葉。
どちらにせよレヴィは不愉快だった。
前者は"正しい【敗者】"だがレヴィが捨てられることになる。
後者は"自分を大切にする間違った【敗者】"だから都合が悪くなる。
「……」
【敗者】はレヴィの声に言葉を失ったが、レヴィは畳み掛けるように眷属へ足を向けた。
「あんたさ、治してもらった恩は忘れてないよ。
でもさ、わたしの言ってることなんでもかんでもコイツに報告すればいいって思ってるならそれはお門違いだからね」
「レヴィ」
「あんたに話しかけたつもりないんだけど」
「貴様は誰が主だか分かっているのか?」
「だってさ」
「ふざけるのも大概にしろ!」
【敗者】はレヴィの手首を掴む。
彼女の四肢の関節は細くて、【敗者】が握れば砕けてしまいそうだったが、彼は躊躇わずレヴィが離れないようにキツくぎゅっと握りしめた。
「……で?」
レヴィはこの状況で話を聞いていてもまだヘラヘラと笑っている。
だが目は虚ろで口は引き攣り完全に作り笑いを変える様子は無く、【敗者】は彼女の異常な様子に胸が痛くなった。
「……僕のためだって言うのか?」
「?」
「僕の為なら死ぬような思いをしてまでLNP燃料に触れようと思うのか?二回もそうして……」
「そうだよ?あんたの為でしょ。あんたがわたしに船のメンテナンスしろって言ったんだから。だから、あんたが気にすることも心配する必要もないの。大丈夫だから放して」
「……」
【敗者】はレヴィのことが理解できなかった。
自分のためではなく、相手の為に、そこまで命をかけられるものか?
レヴィの今までの行い全て。
自分が苦痛に苛まれ、涙を流し、尊厳を捨ててでも【敗者】のことを常に守り、彼の為に役に立とうとしてきた。
その行いは純愛なのか、狂気なのか、慈悲なのか、それとも承認欲求なのか……
「どうしてそこまで僕を……」
「……?」
【敗者】の切ない言葉をレヴィは一切理解出来ず首を傾げると、【敗者】に掴まれた腕をグイグイと動かす。
「とにかく、いいから放して」
「放すものか!誰が貴様のそれを治すつもりだ!」
「だから目は見えなくてもいいって言ったでしょ?」
「ダーカー因子の方だ!」
「別に体が動けばゾンビでもなんでもいいよ……」
「僕が貴様を心配してやっているというのがなぜ分からない!」
「そもそもわたしは人間じゃないでしょ?!」
レヴィは【敗者】に声を荒らげると表情を歪ませた。
彼女の一番のコンプレックスだ。
「わたしの体にはフォトンがないんだから……だから、ダーカー因子があったって、目が見えなくたって……変わりないよ……」
フォトンアレルギーは障害である。
フォトンを享受出来ないものはオラクルで生きる資格はない。そんな存在は人間では無い。
障害者は人間ではなく、生きる価値などない……
だが【敗者】にそれを触れて欲しくなかった。それは目が見えないということよりもずっと重大で、その理由で【敗者】から見放されることだけは避けたかった。
でも、レヴィは衝動に任せてそんな本音を言ってしまったのだから、【敗者】からの返事は逃れられない。
「……確かに、目が見えない中でも貴様は上手くやっていた方だ。だが、レヴィ。貴様はアークスだ。人間だ」
「……っ」
分かっている。レヴィは薄々わかっている。
「そう言ってくれたのは嬉しいよ、……ありがとう。でも、……いや、だからこそか」
【敗者】から何度もそう言われた。レヴィが不安になる度に、【敗者】は嘘偽りない言葉で真っ直ぐに、レヴィのフォトンアレルギーは障害ではなく治るものであり、フォトンを使えないことは人でなしには値せず、反フォトン体質は力になると言ってくれた。
だからこそ、そんな優しすぎる【敗者】から貰った沢山の恩と優しさに、レヴィは命を掛けても返せる気がしなかった。
役に立たないと。彼にとって価値のある存在にならないと。
優しくて暖かくて有能で素晴らしい彼に並び立つには、自分ははあまりにも無能すぎるから……
「……【敗者】。わかってるでしょ?わたしもっといっぱい頑張るから、こんなに無駄話した分もっともっともっともっと頑張るから……」
「休め」
レヴィは優しい彼の休めという言葉にも、優しい彼の好きだという言葉にも、逃げるしか無かった。
そうするしか自分を守れる方法がないから。
休んだら役に立てない。好きだと言われたら嬉しくてただ受け入れるだけになってしまう。
何か返したい。何か彼の為になりたい。どうにかして彼の役に立たないと、捨てられる。
捨てられる、そう、嫌われる……
「十分休んだよ……」
レヴィの震えた言葉を聞き、【敗者】は首を横に振った。
「……僕は食料保存用のコンテナを確認した」
レヴィが手料理を振舞った日。
あの日、【敗者】は事前に食料保存用のコンテナを確認した。
レヴィに自由に料理してもらうため、不足があれば買い足そうと考えたから。
だが、不足なんてものはなかった。消費されていないのだから当然だ。
「調理器具は全くの手付かず、冷凍の野菜や肉はおろか完成された食品すら全く減っていない。……代わりに、行動食と栄養ドリンクは新規ラベルの品まで増えて貯蓄されていた」
ダークファルスに食事の必要はない。だから食料は全てレヴィの為のものだ。それなのに使用痕跡が一切なかった。それはレヴィが食事を疎かにしていた証拠に他ならない。
「また睡眠も食事も疎かにして働くのか?」
「ちゃんと必要時間は寝てるし必要分の栄養は取ってるよ」
「確かに、今日は7時間寝ていたな。正しい時間だ。貴様からすると寝過ぎたらしいが……それもそうだろう。昨日は3時間、一昨日は15分、それより前は三日間徹夜。……どこが必要時間だと言っているんだ?まさか、今日だけの話じゃないだろう?」
「12ヶ月換算すればちゃんと平均五時間寝てるでしょ?」
「……」
何度目かも分からないレヴィのトンデモ理論に【敗者】は最早怒ることすら諦めた。
いくらその場を凌ぐためならどんな嘘でもつく女とはいえここまでトンデモ理論を連発されるとさすがの【敗者】でも呆れる。
「とりあえず……体に溜まったソレは僕が回収させてもらう」
「はぁ……」
「……髪はなぜ切った?」
「作業に邪魔だから。以上」
「……」
「本当に、僕の駒になるつもりなのか。貴様はそれでいいのか?」
「嫌だったらここまで着いてきてないでしょ?それが答えだよ」
「……」
今のレヴィから感じる意志も何もない。
【敗者】はゆっくりと自分のバリアを解き、レヴィの体からダーカー因子を吸っていく。
「ッ、あぁ……」
相も変わらず、同じダーカー因子だというのにレヴィを介すると美味になる。
甘くふんわりした感覚が【敗者】の中を流れて駆け巡り、吸う度に悦楽が【敗者】の脳を刺激した。
「なんて素晴らしい……。鳥肌が立ってしまいそうだ……」
「っん、……」
《ちゃんと消さないと……》
ダーカー因子を吸う中、【敗者】にユニゾン波で意思が届く。
消さないと。何を消すかは、【敗者】には何となくわかっていた。
分かっていながら、【敗者】はダーカー因子を吸いつつも彼女のパーソナルデータに干渉し、数値を書き換えていく。頭部の毛髪を構成する細胞の成長速度を早め、不自然に切られた髪を伸ばしていく。
「レヴィ……」
《ちゃんと、ちゃんと、跡形もなく。喰らってくれたら、消せるはず……》
【敗者】は感じたレヴィの意思には目を瞑り、そっと体を離した。
「はぁあ……。どうだ、……目は、見えるか?」
「……見えない」
「となると、器の問題かもしれないな」
「……髪、戻した?」
「あぁ。不揃いで見るに堪えない仕上がりだったじゃないか。直して当然だ」
「はぁ……」
【敗者】はレヴィを美しくしたはずなのに、レヴィはそれに対して嫌そうにする。
前もそうだった。レヴィは【敗者】の前で汚らしく振る舞う。
今のレヴィは体調不良だから仕方ないが、泣き腫らした顔で髪もボサボサで、綺麗な姿ではない。
【敗者】は前にも言った。好きな相手に応対するのなら身なりを整える、と。
それはレヴィに女を捨てないでくれというワガママだったが、間違いなくレヴィに対して良い効果になる対応を何度もしているはずなのに、こうもレヴィに冷たい態度を取られると、流石の【敗者】も傷付く。
「……そんなに僕が嫌いか?」
「は?何言ってんの?」
「そこまで僕に冷たくする必要があるのか?そうやって無理やり笑って、……僕と居るのがそんなに苦痛か?」
【敗者】は切ない瞳でレヴィを見る。
どうしてこんなに優しくしているのに冷たくされるのか、どうしてこんなに好意を伝えているのに幸せそうに笑ってくれないのか、【敗者】には分からなかった。
だがレヴィはそれを聞いて、頭の中に繋がっていたどこかの糸がブチッとちぎれた音がした。
「っはは、……あははは!!」
レヴィの深層心理。心の奥底で、あの日の思い出が蘇る。
ダーカーの巣窟に来た直後、レヴィがいつものように【敗者】に話しかけたのに冷たくあしらわれ、触れようとしても避けられ、許可なく触るなと言われた。
あの時のレヴィはこう言った。
『【敗者】。……わたしは、やるよ。
貴方がわたしのことを嫌いでも、わたしより他の誰かの方が好きでも、わたしは貴方の一番の駒でありたい。
それだけは、わたしのものでありたいから』
だがそれは、レヴィの悲しみやつらさを覆い隠し、自分に言い聞かせるための言葉に過ぎなかった。
彼女の本音は、心の奥底では、こう思っていた。
『ねぇ、そんなにわたしが嫌いなの?
わたしが無能だからって、そこまでわたしに冷たくする必要ある?
そうやってわざとらしくあしらって、わたしと居るのがそんなに苦痛なの……?』
レヴィのその思いは表にまで出てこなかった。
そんな弱音を出したら泣いてしまうから。
【敗者】の為になりたいという気持ちが壊れて、自分の愛されたいという気持ちが上回ってしまって、【敗者】に嫌われたという事実に打ちひしがれて頑張れなくなってしまうから。
だからレヴィは我慢した。
【敗者】が正しいのだと自分に言い聞かせて我慢して、この本音を【敗者】に隠し、レヴィは【敗者】の為にありとあらゆる自己犠牲をして、彼の為になろうとした。
それなのに……
《ソレナノニ、コノ男ハ何故……?
ドウシテ、ソンナ簡単ニ言エルノ……?
ワタシハコンナニ、独リデ苦シンダノニ……》
ゾクリ、と【敗者】の背筋が震え上がった。
レヴィから伝わった意思は愛情ではなく、とてつもない憎悪と嫉妬、そして怒り……
『気安く触るな……!』
《ワタシハ愛サレナクテモ良カッタノニ!!》
鮮明に蘇る。触れようとした手を払われた記憶。
『不愉快だ』
《頭ヲ優シク撫デテ、抱キシメテモラエレバソレデ良カッタノニ!!》
頑張った褒美に触れることも拒絶された記憶。
『付き合うのも面倒だ』
《ワタシハ唯、貴方ノ傍ニ居タカッタダケナノニ!!》
返事する事すら拒絶された、あの日の記憶……
レヴィはずっと傷付いたまま。
ずっとずっとずっとずっと傷ついたまま……
【敗者】があとからどれだけ優しくしても、どれだけ彼女を抱きしめても、あの日心に負った悲しみは、ずっとそのまま……
『
最初からずっと与えられていた優しさが、彼の温もりが、愛情が、全部ニセモノダッタ……
【敗者】がレヴィの顔を恐る恐る見ると、彼女は恐ろしく冷たい目をしていた。
「……何馬鹿なこと言ってんの?お前」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる