※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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15話(3)

 

 

 レヴィはとてつもない力で【敗者】の腕を払う。

 だがレヴィの瞳には涙が浮かんでいた。

 

 彼女は泣いていた――

 

「今のわたしは正しいの。あんたの忠実な駒で、やれるべきことを全てこなして、その為に何も躊躇わない。間違ってるのは昔のあんた。わたしは完璧で完全で正しいの。ここに来てからのあんたも正しかった。わたしたちは正しい形に戻った。そこに好きだ嫌いだって、……何の意味があるわけ?」

 

「それが貴様の本音か?」

 

「そうに決まってるでしょ」

 

「……そうやって言い聞かせないと自分が保てないのか」

 

 レヴィはそう言わないと壊れてしまうのだと、【敗者】はわかった。

 だって、【敗者】の頭の中にはずっと聞こえている。

 

《愛シテ!!》

 

《愛シテヨ!!ドウシテ愛シテクレナイノ!!》

 

《アノ女ハズット愛シテルノニ!!死ンダ女ノ事ハ愛シテルノニ、ナンデワタシハ駄目ナノ!!》

 

 憎悪と嫉妬と怒りの混ざったユニゾン波は【敗者】の中に響く。

 痛い。

 

《嫌イナノ?!ナンデ!!コンナニ尽クシタノニ?!ワタシハコンナニ愛シテルノニ!!愛シテヨ!!》

 

 彼の頭は痛かった。あまりの激痛に頭を抑えても良かった。

 だが彼は我慢した。

 

《愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ》

 

 レヴィが死にかけながら何度もエンジンを解体した痛みに比べれば些細なものだから。

 

「うるさいな。処置は終わったんでしょ?だったら解放して。時間のムダだから」

 

 レヴィからしたらもう【敗者】を見放したのかもしれない。でも【敗者】はどうしても彼女をこのままにしておけなかった。

 でもどうすればいいのか分からない。何も言われてないけど謝ればいいのか、彼女を傷つけたことを謝れば、すみませんと言えば、それでレヴィの傷は治るのか?

 いや、そんなものじゃない。

 レヴィは傷付いて泣いた。押さえ込んだものが爆発して怒った。

 でも、大嫌いとは言ってない。

 心の中ではずっと、愛されたいと言っている。

 だったら、【敗者】はどれだけ拒絶されてもレヴィに向き合い続けるだけだ。

 それはあの日、レヴィに言ったことと同じ。

 たとえ振り払われたとしても、手を伸ばし続けろ……

 【敗者】はそれを示す。

 

「食事を用意してやる。少しは休め」

 

「は?時間のムダだって今言いましたよね?」

 

「まともに寝てもいない奴が何の無駄を咎めているんだ」

 

「パフォーマンスに問題が無ければ睡眠も食事も不必要。わたしはあんたと同じだよ」

 

 どうして手を伸ばしてくれないのか。

 助けてと言っている。ユニゾン波は示している。愛してくれと、助けてくれと何度も示している。だから【敗者】は手を伸ばすことをやめない。

 その意志をそのまま言葉にしてぶつけてくれればいいのに。

 目の前で【敗者】にお前のせいだ、お前のせいで傷付いたんだと叫べば【敗者】だって伸ばした手が届くのに、彼女はユニゾン波という意思ではこんなにも悲鳴を上げても言葉では一言も放たない。

 

「貴様はわからないのか?」

 

「何が?」

 

 【敗者】は手を伸ばす。彼の手はレヴィの両肩を掴んだ。

 

「貴様が僕に傷付くなと縋るのと同じように僕だって貴様の身を案じているのがなぜ分からない?

貴様は僕よりずっと脆弱で、直ぐに死んでしまうかもしれないというのに……!!」

 

 【敗者】はこの手を振り払われても構わなかった。自分がこれまで彼女の好意を無碍にした分、それだけ復讐されるのは当然だと思った。

 だって、自分の今までの人生がそうだったから。

 フォトナーに傷付けられて、フォトナーを傷付けて、アークスを傷付けて、アークスに傷付けられた。だから、レヴィを傷付けたなら、レヴィに傷付けられるのは当然だ。

 痛みを与えたのだから、返されるものは痛みしかない。

 

 だが、レヴィは【敗者】に対してあまりにも優しかったが、それは同時に【敗者】に対して残酷すぎる。

 

「……【敗者】はわたしのことなんだと思ってるワケ?あんたが言う通りの駒はね、傷つこうが喚こうが気にしないのがプレイヤーのするべきことなの」

 

「……ッ、は」

 

 レヴィは【敗者】から傷付けられても彼に痛みで返さなかった。

 傷付くのは当たり前。だから我慢する。苛立つが復讐はしない。だって、自分は【敗者】の捨て駒で、道具が彼を傷付ける理由はないから。

 

「プレイヤーはね、ただボードに合わせて駒を動かすだけ。考えるのは戦局の事。そうしていれば、いつかは勝つんだから」

 

 【敗者】は放心した。

 それはレヴィの優しさなのかもしれないが、同時に突き放されている気がした。

 【敗者】があれほど言い聞かせた人と人という交流を、レヴィは馬鹿げた事だと一蹴したのだ。

 

「なら、……だったら、……もういい!お前はもう駒でもなんでもない!!」

 

 【敗者】の声は荒らげていたが、それと同じくらい震えていた。

 【敗者】は顔を横に振り、熱くなって潤んだ瞳を無理やり拭い、レヴィの顔を包む。

 

「僕にとって君はバディだ!パートナーだ!それを言ったのは君の方だろう?!バディが相手の身を案じて、傷付くのが嫌だと考えるのは普通の事だろうがッ!!」

 

「……忘れてなかったの?」

 

「片時も忘れた事があるものか……ッ!!

僕の心がどれほど冷めてようが、狂っていようが、君は僕のバディであり仲間だ!その事実を忘れたことなど一度たりともない!」

 

 レヴィは自分の心の中を覆っていた怒りや憎しみがグッと彼に掴まれた気がした。

 

「嫌いになったことなんてない!触れるなと言った時だって!君のことを宇宙一面倒だと思っていたが!!君は僕のバディだ!!

その気持ちが揺らぐことなど未来永劫ないんだよ、君にはそれが分からないのか?!」

 

「……ッ!!」

 

 君はバディだ、なんて、いつもの彼らしくない柔らかな呼び方とそれに反して激しい言葉遣いにレヴィは動揺していたが、【敗者】の声はもっと震えて、自分の頬にぽつりと雫がかかった瞬間、レヴィは【敗者】が泣いていることに気付き体が硬直した。

 

 ――泣かせた。わたしが、【敗者】を。

 泣いている。彼が悲しくて泣いている。

 嬉しくない。幸せそうじゃない。苦しくて悲しくて、つらくて泣いている。

 幸せに、なって欲しかっただけなのに、どうして、わたし……どうして、【敗者】を泣かせてしまったの……

 

 レヴィはその場から動けずに居ると、彼は鼻を啜って袖で涙を拭った。

 彼からしたら泣いたつもりなんてなかったから、そんなものなかったと誤魔化すつもりだったようだ。

 でもレヴィは彼の涙に触れてしまったし、彼が涙を貯めて鼻をすすった音を聞いてしまったし、彼が泣いたことに気付いてしまって、何を言えばいいか分からなくなってしまった。

 

 硬直したレヴィを見て【敗者】はそっと手を離し、彼女を座らせる。

 

「盲者に火を使わせる訳にもいかないだろう。……いいから大人しく座っていろ」

 

 なんでもいいからまともなものを食べてくれ、と【敗者】は呟きながら離れようとするが、その腕をレヴィが掴んだ。

 

「ッ!それくらい出来る!見ればわかるでしょ?!」

 

 だが【敗者】は返すように睨みつける。

 

「あぁ、出来ないことが貴様を見ればよく分かる!その痣だらけの体でハッキリとだ!」

 

 彼女を何度も抱いて裸を見た。やせ細った体と変形した足、異様な量の傷。

 精神が安定した状態で、目が見えていれば絶対に起きないような体の損傷がレヴィを覆い尽くしている。

 

「ッ、……」

 

 レヴィは今日、まともに立てず【敗者】に支えられて、彼にいつものところまで来いと言われたのに逆に迎えに来てもらったのだ。

 その状態で盲目だけど頑張れますなんて言えない。

 体は取り返しがつかないほどぐちゃぐちゃだ。レヴィはそれに気付いている。

 もう頑張れない……もう、ツカレ……

 

「大切にしたい」

 

「【敗者】……?」

 

 【敗者】は、レヴィの手に己の手を重ねた。

 彼の手は大きく骨張っているが優しくて、レヴィの大好きなものだった。

 

「お前を、壊したくないんだ」

 

「……壊れるとか、壊れないとか……そういう問題じゃないでしょ」

 

「レヴィは僕の態度に苛立って、意地を張っているのか?精神が段々不安定になっていったのは僕からも見て取れたが……鬱憤を晴らせる場所が必要だったか?」

 

 【敗者】は静かに問いかける。

 レヴィを傷付けたのは事実だ。

 でも、【敗者】は彼女をほんのり拒絶しただけで、ここまで彼女が苦しむとは思っていなかった。

 もしオラクルなら、シルンやジグがいれば、レヴィはここまで消耗しなかったのではないか。

 ただ鬱憤を晴らせなかったから傷が大きくなってしまったのではないか、と彼は考えていた。

 

「……別に。最初から気付いてたよ、あんたが変ってことくらい」

 

 レヴィはそれを聞いて、そっと顔をそらす。

 

「でもさ、それがすぐに"変じゃない"ことが分かった。それが正しい事なんだなって気づいたの」

 

 レヴィは確かに傷付いた。心の奥底で悲鳴を上げ、その傷は大きくなっていった。

 でもレヴィは今も声を荒らげない。苛立っても彼を責めない。

 なぜなら、レヴィは【敗者】に変わってもらおうなどとは考えていないから。

 

 怒りを顕にし、意志を叫び、願望を撒き散らすという行為は相手にそうなって欲しいと頼んでいることになる。

 だからレヴィは心の中で劈くような声で悲鳴を上げ続けても、それを口には出さない。

 自分の願いを叶えるつもりがないから。

 

「だから、わたしはあなたを変えようとか戻そうとか思わなかったし、あなたからどんな風に扱われてもいいって思ったの」

 

「しかし……」

 

「もう十分良くして貰ってたし、わたしがあなたに協力したいって思った時から、わたしはこうなる覚悟が出来てた」

 

 あの日、44番艦の屋敷の中で、レヴィは【敗者】と契約した。【敗者】の為に力になりたいと誓った。

 その瞬間の覚悟は【敗者】が思っているよりもずっと大きいものだ。

 【敗者】にとっては単なる希望の成就かもしれないが、レヴィにとっては人生と尊厳の全てを賭けた道具としての在り方を許容する、人でなしになることをもっとも恐れる存在が人でなしになるための道を歩み出す血の契りである。

 

「当たり前の形に戻っただけ。わたしがどんなに夢を見ようが貴方が見てるのは数式なんだから。だから、わたしは貴方の駒として、やれるべきことをしたいと思った」

 

 だから例え嫌われてでも、酷い扱いをされてでも、それでも【敗者】の為になると誓った。

 それを交わした時から、レヴィは傷付き苦しみ彼を憎んでも決してその誓いを捨てるつもりはない。

 

「貴方がわたしに冷たい目を向ける度に、わたしは頑張ってなかったんだな、もっと努力しなきゃなって思って、ずっととにかく無我夢中で頑張ってたの」

 

 レヴィはそう言って自分を嘲笑うが、【敗者】はそっとレヴィへ目を向ける。

 【敗者】は彼女の言葉をよく聞いて、道を見つけた。

 謝るよりももっと正確に、レヴィの苦しみに寄り添うやり方を。

 

「……僕はあれを正しいとは思ってない」

 

「……」

 

「一人で考える時間が欲しかったんだ」

 

 レヴィは正しい【敗者】に囚われている。

 あの時の【敗者】も確かに自分が正しいと思っていた。

 だが、あの時レヴィを拒絶したことを不快感や苛立ちとして消化してしまえば、結局レヴィに対しての嫌悪感を認めるだけであり、一時的であれど彼女を嫌がったという事実でまた彼女を傷つけてしまう。彼女の傷が「【敗者】に嫌われたもの」になってしまう。

 なら、研究者たるもの意味を見出さなければ。

 

「一人でよく考えて、……その結果、レヴィを失いたくないと思った。バディとしてもっと近くにいた方がいいと結論を出した。だからそれは過ぎた話だ。

……これは、お前が言ってくれたことだろう?」

 

 レヴィは船に乗る前、市街地で【敗者】に言った。

 考える時間が必要なら、わたしとあなたは一回離れた方がいいのかもしれない。

 あの時の【敗者】は断ったが、結果的に【敗者】はひとりで考えることになった。

 だからあの時した行動はレヴィを無下にして拒絶しただけだが、その結果【敗者】は確かに一人になり、そこでレヴィに言われた通り離れて考えて、そしてレヴィを受け入れようと考えた。

 無駄じゃない。決して無駄じゃない。

 レヴィを傷付けた事に対する罪悪感はある。だがあの瞬間を無かったことにしたら今の自分はいない。

 あの瞬間、ひとりで考えていたからこそ【敗者】はレヴィのことが本気で好きになった。

 彼女と純粋に向き合って、彼女を受け入れたいと思った。

 

「僕は確かにレヴィを傷付けた。

お前のアドバイスを受け入れて一人になって考えたい、という気持ちのために、あの時のお前を無碍にした。僕はお前に相談しなかった。

だから、僕は無配慮でレヴィを傷付け、レヴィを苦しめた。

僕が嫌われたと思うよりもずっと先に、レヴィが僕の取るに足らないエゴで傷付いていた。

それでもだ。

それでも、貴様にだってあったはずだ。

一人で考える時間が、僕と同じように、自分の内面に向き合うチャンスがあったはずだ」

 

「……」

 

 そう言われて、レヴィは顔を上げた。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 レヴィは自分本位で逃げてばかりなのに気持ちはずっと【敗者】の事ばかりで、自分自身に向き合うことなんてしなかった。自己保身の権化なのに自分自身と向き合うことすら逃げていたから。

 

「貴様が一人で考えた結果は……僕と離れた方がいい、ということなのか?」

 

 今のレヴィの言葉からすれば、【敗者】はそう受け取ることしか出来ない。

 ユニゾン波でなんて言っているのかは分かっている。

 愛されたい、そばに居たい、触れて欲しいと言われている。

 でも、それはレヴィが自分の口で言わなければ意味がない。

 ユニゾン波に頼った会話で相手に察してもらうだけで都合よく会話が進むことにレヴィが甘えているうちは、彼女はヒトではなく異能力者の怪物だから。

 彼女が本当にヒトだというなら、口で会話するのは当然だ。

 

「僕はいつも貴様から感じていた。人として生きて、人として死にたいという気持ち……前はそれを成し遂げられていたじゃないか。今よりもずっと、だ」

 

「……」

 

「オラクルに戻ったらその目を治したい。だが、仮に治らず、一生レヴィの目が見えなかったとしても……僕はお前を必要としている」

 

「【敗者】……」

 

「僕の傍に居てくれないか?肉体も精神も、どちらも近くにあって欲しいんだ」

 

 【敗者】は言うだけ言った。

 彼女に伝わるように、出来る限り言い続けた。

 レヴィは、それを聞き続けた。

 【敗者】の優しい言葉。【敗者】が本当に心の底からレヴィを思っていて、彼女の傷が彼女の恐れる利用価値や嫌われるという恐怖と無関係のものであると定義付けてくれて、【敗者】は無価値でもレヴィを必要としている、と言ってくれた。

 

 だが、レヴィの心はそれによって癒された訳ではなかった……

 

(だったらわたしの今までの苦しみは何……?)

 

 確かにレヴィの傷は【敗者】の無配慮によるものだと彼が決めてくれた。

 

(わたしは何の為にこんなに苦しんだの……?)

 

 でもレヴィの中では本気で彼に嫌われたのだと思い、彼の役に立つ為に自分の全てを消耗品に変え続けた。

 

(正しい【敗者】が正しくないなら、わたしがただ彼の好意を無碍にし続けただけ……?)

 

 レヴィは気付く。

 この男と罵った怒りが正当な怒りではなく彼へのシンプルな侮辱に変わったことを。

 愛する人にそんな感情をぶつけて、そうだ、前もそうだった。

 【敗者】は手を伸ばしてくれたのにレヴィは払った。忙しいからと言って逃げた。レヴィも触れられることを拒んだ。彼が悲しんでると分かっていたのに逃げた。【敗者】にナイフを振り回して暴れ、あれほど自分の弱みを見せない彼が弱音を吐いたというのにこの男と吐き捨てて憎しみ、彼を泣かせた。

 

 そして、自分からも逃げた。

 

「……ごめんなさい」

 

「レヴィ?」

 

 レヴィは自分に本気の好意を見せてくれた【敗者】から逃げた。心配して問い詰めるシルンからも逃げた。自分の為にならどんな形になることも躊躇わない大いなる陰からも逃げた。

 

「違うの。そうじゃないの、わたしは……」

 

 彼(・)女(・)は(・)度(・)し(・)難(・)い(・)ほ(・)ど(・)繊(・)細(・)な(・)女(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

「わたしはそうじゃなくて、【敗者】が、わたしを必要としてるかとか、そうじゃなくて……」

 

 レヴィは【敗者】の手を払い、恐る恐る立ち上がる。

 彼女はよろけたが急いで足を動かした。

 

「レヴィ!待て……レヴィッ!!」

 

 しかし、そんな異常な様子のレヴィを見逃す訳もなく、当然【敗者】は手を掴む。

 彼はレヴィの瞳を見つめた。

 彼女はどこか空虚を見つめている。

 

 レヴィは彼に腕を握られ、衝動的に叫んだ。

 

「違うの、違う、わたしは――!!」

 

「は、……」

 

 【敗者】はその言葉を聞いて、手を離してしまった。

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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