『レヴィ、僕の愛しい子。僕だけの可愛らしい宝石……』
「貴様は僕の捨て駒だ。不出来で情けなく無様で、その癖誰よりも欲深い我儘な女だろう?」
優しくて何もかもが上手くいく【敗者】か、ギクシャクして何も上手くいかない【敗者】か。
――選択しなければいけない。
選ばなければいけない。
どちらかを取って、どちらかを捨てなければいけない。
「どうにかしないと……」
優しい【敗者】は逃げてもいいと言った。言いたくなければ言わなくていいと言ってくれた。
厳しい【敗者】は言葉の全てを言い訳だと切り捨てた。彼の評価にレヴィの言葉など必要無いと言われているようだった。
「逃げていい。言わなくていい。
言っても意味がない。無駄。選択する必要はない。
【敗者】が全て選択するのだから、わたしは何も考えなくていい。どうせ、考えたって……」
レヴィはそう言葉を紡ぎ続けたが、彼女の瞳には自然に涙が満ちていき、ぽつりと一滴零れ落ちた。
「本当にわたしはそれでいいの……?」
【敗者】の為になりたいという気持ちに嘘など一変もない。
彼が幸せになって欲しいという気持ちにも嘘はない。
だが、シオンと結ばれたって構わないという考えは……レヴィの自傷だ。それは本意ではない。
それを隠して奉仕して、本当にいいものなのか。
そもそも、レヴィの求めたバディとは"主人"に"奉仕"するものなのか……
「違う……わたしは、……わたしは正しくない!」
レヴィは思い出す。【敗者】と契約したあの時、自分は【敗者】に諭された訳でも、操られた訳でもなかった。
自分が彼の役に立ちたいと思ったから。
彼の為に出来ることはないか、と考えたから。
だからレヴィは歩み寄って、だから【敗者】はレヴィを必要としてくれた。
「言わなくていい事なんてない。【敗者】の言われるがまま納得し続けていい訳なんて、……違う。違うの。わたしは【敗者】の言われるがままじゃない。彼はそうじゃなかった……」
レヴィは"【敗者】だから命令するものだ"と勝手に決めつけていたが、実際の彼は命令などしていないに等しかった。
彼はあくまで道を示すだけであり、レヴィがどれだけ彼に不義理を働き、彼の言葉を無視し独断専行しても、彼は捨てることなんてなく、レヴィの意見を聞き、レヴィに沿った行動を起こしてくれていた。
だが【敗者】もレヴィに全て委ねることなんてせず、時にはレヴィを叱り、彼女に言い聞かせ、レヴィを納得させようともしてきた。
彼はずっと対等に接し、彼女に向き合い、パートナーとして最善を尽くそうとした。
それに対し、レヴィが掲げたものは自己中心的なワガママと正しさであり……
「わたしは逃げてるだけ。わたしは自分の心にも、【敗者】にも、現実にも、何もかもが怖くなって、嫌になって、自分に与えられた使命だけを果たせば見た目だけはどうにかなるって決め付けて、逃げていただけ……」
正しさなんて大義名分未満の白旗に過ぎなかった。
『僕は心の中でお前を認められていない』
『今、僕がレヴィに惑わされているように感じてならないんだ』
レヴィを拒絶する告白を聞いたその時から、彼女の心の中にはずっと重荷がもたれかかっている。
ありのままの自分が受け入れられない。
【敗者】に信頼されていない。彼は不安で、パートナーを恐れている。
なら、レヴィがどうするべきか。
どういう風に"正しく"なれば、【敗者】から認めてもらえるか……
レヴィはその思考に囚われ、時間をかけてありのままの自分を覆い隠し、正しい【敗者】と正しい自分を求めて真実から逃げ続け、そして、ここまで来てしまった。
「向き合わなくちゃ」
【敗者】は確かにレヴィを認められなかった。不安を抱えていた。
だが、彼はその恐れを彼なりに分析し、解決しようとしている。
レヴィが怒り狂ったユニゾン波の論文は、彼なりに己の弱みに向き合おうとした結果だった。
冷静に考えればそうだとすぐに分かったはずなのに、レヴィは自分の不安の根源である【敗者】の言葉を深層にまで追い込み、見えないふりをしていた。
レヴィは顔を上げ、【敗者】を見つめる。
彼の不安の言葉を汲み取ってから、レヴィが逃げ続けたこの時間。
契約を結んだ、唯一無二のバディとして、これから【敗者】とどうありたいか、どんな【敗者】とどんなレヴィで関わりたいか。
「わたしに都合のいい、過去の【敗者】か、わたしに都合の悪い、今の【敗者】か……」
レヴィはそっと目を閉じ、脳裏に浮かぶ情景をなぞる。
「――違う。そうじゃないよね……」
彼女が何度も見続けてきた【敗者】の背中。
ずっと隣に追いつきたくて、レヴィは追いかけ続けてきた。
本当は、背中だけ見たかった訳じゃない。
本当は隣に、いや、目の前に……
「――わたしが選ばなきゃならないのは、そんな選択じゃない……!!」
レヴィはそう叫びながらも、足が震えていた。
彼女はトラックを乗せられたかのように重い重い一歩を上げて、優しい【敗者】の方へ足を出す。
しかし地面に踵をつけると彼女は固唾を飲み、意を決してすぐにつま先を変え、優しくない【敗者】の方へ歩き出した。
レヴィは選んだ。自分で、これからの自分の在り方を選択した。
彼女が選択したのは【敗者】じゃない。自分自身だ。
「まあ、確かに……上手く話せないなって思ったよ。
前までは何話しても全然上手くいってたのに、今は会話が変なところで終わるし、何話せばいいのかわかんないって思ってた」
レヴィはダーカーの巣窟に来てから【敗者】と上手く話せなかった。
それは【敗者】に嫌われたから、
「でもさ」
だが、よく考えてみればおかしい事だ。
【敗者】が完全に拒絶していた時期はそこまで長くない。それなのに二人は今の今まですれ違い続けている。
ニュートラルな状態でもそれならば、原因が【敗者】にあるわけが無い。
「それって、わたしがただあんたに委ねすぎてただけじゃない?わたしだってもっと色々話せば良かったじゃん。
あんたが話題作って、あんたがいい返事してくれるからそれで上手くいってたつもりだけど、これから一生そうやってあんたにもたれかかって話するの、わたしは嫌だ。
わたしだってちゃんとあんたと話したい」
レヴィは確かに【敗者】と上手く話が出来ていた。
だが彼女は元々他人と会話が出来ない人間。
人を人だと認識していなかった人間。
そんなレヴィでさえ上手く話せていると感じ、楽しいと思えたのは【敗者】が話し上手で聞き上手で、彼がずっと会話の主導権を握っていたから。
レヴィはと言えば無言で近付いたり一言声を掛けて、彼が話題を広げてくれるのを待つだけ……
この状態がレヴィの望むバディであり健全で対等な関係であるかなど、明らか。
それに、よく思い出してみると、レヴィは【敗者】にわがままなことを沢山している。
電話が嫌いだからと言って彼の電話を要件途中で無理やり切って、メッセージも無視した。
食事もあれがいいこれがいいと駄々を捏ねたし、服って勝手にアクセサリを外した。
彼は確かに自分の服を嫌がっていた。がレヴィに与えられれば受け入れ、食事も不必要だと言うのにレヴィと共にすれば彼女が残した分まで完食し、レヴィがジグに勝手に正体を喋るようなありえない利敵行為を働いたときでさえ許した。
そんな【敗者】はレヴィと同じか?彼もわがまま放題だったか?
いや、そうじゃない……
「あんたが触んなって言ったりとか、話しかけんなって言ったりすることもあったけどさ、そりゃわたしだって話しかけられたくない時あるし、やな時はやだって言うよ。あんただってそれを言う権利はあるよ。それを、怖いとか嫌だとか感じるのって、ほんと自分勝手だなって我ながら思った」
レヴィは自分から"対等"を求めておきながら、自分が一番【敗者】に対して上下関係を作ろうとしていたのだとようやく気付いたのだ。
【敗者】はレヴィに話しかけるなと言われても触るなと言われても病んだりしないのに、レヴィは【敗者】にそう言われれば病んで自分なんてと被害妄想に囚われてしまう。
【敗者】はレヴィを対等な人間として、バディとして見ているからこそ当然の欲求を通していたのにレヴィは【敗者】を主人であり絶対的な"プレイヤー"であると見て彼の言葉を全て命令のように受け取っていた。
バディになろうと誓った方が。
レヴィは目の前に立つ【敗者】を見た。
彼女に冷たく接する、正しいと定義付けた方の【敗者】を。
「あんたの目、確かにそっちと比べたら冷たいし、好いてるようなものじゃないし、ほんと、いつでも殺せるような目だよね」
レヴィはその言葉の割に怯えることはなく一歩一歩【敗者】に近付いていく。
「正しいって分かってるけど、怖くて嫌だ。嫌われてるみたい……というか、ほんと嫌われてるんだなって思って、だってこの場に居ない、命すらない女の事はあんな甘そうな目で見るのに。
なのに、わたしの事を憎たらしそうに見るなんて、ほんと最悪だなって思った」
【敗者】はシオンを憎んでいるなど一度も言ったことがない。面倒だと、嫌いだと、邪魔だと言ったこともない。
だが、それは【敗者】がシオンを人として見ていないからだ。全知存在である彼女に面倒や邪魔なんて気にする必要なんてない。彼女は知識でしかないから。彼女は超然としているべきだから。彼女は人であるべきではないから。
「でもさ……」
それに対し、【敗者】はレヴィを人と見ていた。
ゴミ以下のアークスだと罵ったあの時から、最初から、【敗者】はずっとレヴィを最弱で人でなしで呪われた忌み子ではなくアークスの、一人のヒトとして見ていた。
そうだというのにレヴィが、レヴィこそが上下関係を作り、【敗者】の中で勝手に"
「でも、それも【敗者】じゃん」
レヴィは表情を和らげ、【敗者】に微笑む。
彼を前に怯え、苦痛に涙する必要なんてない。
「わたしのこと抱きしめて、甘えてくれるのも【敗者】だし、わたしの手を振り払って、睨みつけてくるのだって【敗者】だよ」
【敗者】は最初から一人しか居ない。
正しい【敗者】も間違った【敗者】も居ないのに。
レヴィの目の前にいるのは、"普通の"【敗者】だけなのに。
レヴィは自分の中で、勝手に都合の良い悪いで彼を振り分けて、そのどちらかを【敗者】じゃないと決めつけていただけだった。
レヴィと【敗者】は同じことを互いにしてきて、それなのに【敗者】は傷付かないで、レヴィだけ傷付いて、レヴィだけ彼に不義理を働き続けて、【敗者】はそんなレヴィにそれでも手を伸ばそうとして……
おかしな話だ。
大いなる陰が模倣しても無意味なのも当然だ。
レヴィにとって【敗者】はヒトだ。普通の人間として関わるべきたった一人の相手だ。
それを絶対命令を駆使する怪物のように扱って、恐ろしくなって逃げてを繰り返す必要などない。
同時に、彼を装って優しさだけを振り撒く神様も要らない。
レヴィのバディは怪物でも神様でもない。
【敗者】だ。
「【敗者】。あんたは一人しかいない。あんたが誰を身に纏おうが、誰があんたを模倣しようが、【敗者】は【敗者】しかいない。わたしのバディは【敗者】一人。だから、あんたのその冷たい目を怖がる必要はない」
レヴィは自身を鋭く睨み付ける冷たく厳しい【敗者】に手を伸ばし、彼の頬を撫でた。
拒絶されることはない。拒絶するわけが無い。
「全部わたしの大好きな【敗者】なんだから、あんたが見せてくれる物ならどんな物だって好きだよ。
でもね」
だが、レヴィはこうも思う。
ここに来た直後の【敗者】は確かに彼女へ不快感を抱いていた。
レヴィを過剰に突っぱねれば自分を保っていられると本気で考えていた。
それでレヴィが傷付いて避ければ今度は過剰に優しくして、まるで腫れ物のように扱おうとした。どんな手でも使っていいと考えて彼女に不必要なボディタッチを計って精神を安定させようとした。
あの時の【敗者】こそまさに色恋営業の権化であり、レヴィの感情を道具のように扱っていた。
レヴィはそんな扱いを求めたつもりなんてなかったのに。
「わたしはね、体のいいことしか言わないぶりっ子みたいなあんたはキモイと思うし、拗ねて人に悪い態度だけ取ってればプライド保ってられると勘違いしてるガキみたいなあんたもキモイから」
レヴィはそっと息を吸う。
次に放つ言葉は【敗者】を見ているが【敗者】に言っている訳じゃない。
自戒だ。
だがそれを【敗者】を見て言うことにこそ意味がある。
「どっちかじゃないといけないとかうだうだ言ってないで、ちょっとは大人になったら?」
そう言うと、胸に伸し掛っていた重りがすっと消えていくような気がした。
そうか、自分はずっとこれが欲しかったのか、と思考する。
【敗者】も言った通り、レヴィは確かに幼稚だった。
「まあ、あんたはどっちかに偏るつまんないやつじゃないって分かってるよ」
レヴィはすっと横に目をやる。
レヴィの考えたもう一人の【敗者】は既に姿を消していた。彼女は正しい方を、いや、当然の方を選んだ。
『わたしって、特別なの?』
『特別も特別。特異体質の集合体だ』
『……それって、【敗者】にとって価値のあるものかな?』
『貴様が望むように考えろ。それが僕の答えだ』
「【敗者】、わたし考えたよ。
わたしも一人で考えた。
貴方がどうしてそう答えたのか、理由もよくわかった。
だから、大丈夫」
あの時は不安だった。
あの時のレヴィは"価値があるものであって欲しい"と考え、彼がその答えなら一刻も早く価値を証明しなければならないと気持ちが逸るばかりで。
だが、本当の彼の答えは違う……
本当の彼は間違いなく、誰になんと言われようが、レヴィを価値のある物だと考えていた。
【敗者】はそれに気付いて欲しくて、【敗者】からの評価に縛られず、自分自身で自分の力に誇りを持てるようにレヴィにあのような曖昧なことを言っていたのである。
真実は見えた。レヴィの歩みたい道は暗く険しいものでもなければ線路のレールの一本などでもない、彼と共に操舵を持つ"相棒"だ。
「【敗者】。あんたが出る夢は、悪い夢なんかじゃない……
わたしにとっては幸せな夢だよ。
これまでも、これからもずっと……」
レヴィはゆっくりと彼の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
レヴィの小さな体を大きな腕が包み込むと、【敗者】もまたレヴィに抱擁を返していた。
「……レヴィ」
「久しぶりにあなたの姿が見れてよかった……」
目が覚めたら盲目になることはわかっている。
真っ暗な景色で本当の【敗者】に話をしなければいけない。それはレヴィにとって大きな壁だ。苦しむし悲しむかもしれないと分かっている。
それでも退いたりはしない。自分が生み出した正しいと間違いという偽りの人形を、自分の手で壊さないといけないのだから。
「待ってて。ケリを付けてくるから……」
そうして、レヴィは彼からそっと手を離した。
目の前の【敗者】は消えていき、景色は白に包まれていく。
目が覚めた場所は彼女の作業スペースだったが、レヴィは行くべき場所がわかっていた。
いつもの場所。【敗者】がいつもいる、船の外の彼専用の場所……
彼はいつもそこにいてレヴィを見守ってくれている。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる