ダーカーの巣窟、船外スペース。
『違うの、違う、わたしは――決め付けられたくないの!!』
【敗者】は椅子に腰掛け、前屈みになり手を合わせる。
彼からしたら出来る限りのことはしたはずだ。
嫌われることに強い恐怖を抱いていたレヴィにとって、一人で考えたかったからと定義付けることは苦しみを無くすために必要なもののはずだ。
価値を失うことに恐れていた彼女にとって、目が見えなくても構わないという言葉は安堵させる言葉のはずだ。
だが、彼女は決め付けられたくないと言った。
そうもなれば【敗者】にはよく分からない。
レヴィは【敗者】の言葉を命令として捉えるはずなのに、実際そのように働かせればそれは嫌だと突っぱねるのだから。
「人の心は数式よりも難解な物だというのか……電気信号に過ぎないというのに……」
(面倒臭い……)
【敗者】の本音が心の中から漏れる。
同時に安堵もする。こんな繊細で面倒で頭おかしい女を好きになるやつなんて自分以外いない。レヴィに浮気の心配をする必要は無いと。
だが、それと同じくらいそんな女に恋する自分もどうかしている。客観的に見るまでもなくレヴィはクソ女だ。そんなクソ女に惚れるのはどう考えても頭がおかしい。
しかしクソ女だと思う以上に愛しい人だと思ってしまったのだから……
「……!」
【敗者】はそんな物思いに耽っていると、船の扉が滑るように開きパッと顔を上げた。
レヴィは【敗者】の方に体を向けており、一歩一歩足を進めていく。
その表情は晴れやかで、彼はレヴィなりの答えを見出したのだと確信しホッと安堵した。
「ごめん……いや、……ありがとう、待っててくれて」
【敗者】はレヴィが心の中で何を考えているのか読み取ろうと彼女の波を読もうとしたが、それよりも先にレヴィが声を出す。
「……話がしたいの」
その声は【敗者】にとっては喜ばしいものであったが、同時に彼を緊張させた。
この一瞬でレヴィがユニゾン波の制御を身につけたとは思えない。が、彼女がそのような超能力に甘えず自分の言葉で意思を伝えようとしていることは素晴らしいことだ。
例えレヴィの話が良いものであろうと、悪いことであろうと、それは関係なく……
「あぁ……」
【敗者】の返事は彼が口に出そうとしたありとあらゆる言葉を総括し、静かにレヴィの出した解を見届けることにした。
レヴィは自らの視界を覆う真っ暗な世界の中でも【敗者】のシルエットはよく象られており、彼の表情は見えなくても彼がレヴィを大切に思っていることはよくわかった。
だからこそ恐ろしい程のプレッシャーの中、覚悟の籠った重い一歩を踏み出せる。
「……わたしはずっと逃げてた。目が見えないことも、あんたが変わっちゃったことも、自分の心も体もおかしくなってくことも、みんな嫌で、怖くて、ずっと逃げてた。
嫌われたくないって本気で思ってた」
レヴィは自分のあの時の気持ちは否定しない。
確かに間違った考え方ではあったが、あの時自分が感じた不安も絶望も皆幼稚さ故の感情であり、あれを無かったことにして、気のせいだとするのもまた違うと思ったのだ。
だから向き合う。だから進む。
「でも、もうやめる。逃げるのはやめる。あんたはわたしが思ってるよりもずっと怖くない。だからあんたのことちゃんと見る。目が見えなくたって、あんたのことは見えるから。
だから、お願いがあるの」
それでもいいか、とは聞かない。レヴィは自分で決めたことだ。その是非を【敗者】には問わない。
そして【敗者】もそれを理解しており、そっと声を上げた。
「……言ってみろ」
レヴィは【敗者】の声を聞いて深呼吸をし、よく息を吸ってから声を紡いだ。
「わたしの傍にいて下さい」
静かな空間にそっと響くレヴィの柔らかな声。
彼女は一歩踏み出し【敗者】の方へしっかりと顔を向け、言葉を続ける。
「バディとして信頼されたい。貴方の隣に居たい。
役に立ちたいからとか、役に立つからとか、そんなんじゃなくて、ただ信じて欲しいから……」
レヴィの声に合わせるようにして、【敗者】も笑みを浮かべた。
「あぁ……勿論だ」
レヴィは腕を伸ばし、【敗者】の体に触れる。
恐れはない。今の彼は振り払わないだろうし、仮にそれを振り払ったって、拒絶には値しないことも分かっている。
「貴方の役に立ちたいって思う気持ちは本気だよ。
でもね、わたしはその気持ちと、貴方がわたしに対して感じている価値に自分の心を押し潰されるのは良くないって思ったの」
レヴィは彼の左手へチラリと視線を移した。
偽物だというのに、彼はずっと左手の薬指に指輪を付けている。
それくらい【敗者】は不器用な人で……同じくらい、優しい人だ。
「だから、これは唯の欲望。わたしがあなたの役に立っているかどうか関係なく、貴方の好き嫌いも関係なく、わたしがただわがままとして思ってること。嫌かもしれないけど……」
「嫌じゃない」
【敗者】は彼女を包み込むように抱きしめた。
暖かく尊い体温が重なり合い、レヴィは渇望していた人の温もりを全身に味わうとわっと目が熱くなる。
「僕達はバディじゃないか。一方的に言うことを聞かせる関係ではない。互いに利益が無いと、僕達は共にいる意味はないだろう」
「……うん」
【敗者】は確かに打算的だ。彼は人を傷付けることに躊躇いなど一切ない。
だが、同じくらい利益が得られるなら誰かに優しくすることだってできる。プライドもなく、相手が弱者だろうと犯罪者だろうと、そこに彼の価値があるなら。
そうやって、レヴィが何度も彼に不義理を働いてもなお【敗者】はその価値を見出して共にいることを選んだ。
「ありがとう、こんなに酷い事いっぱいしたのに、ずっとここにいてくれて」
「貴様は裏切らないからな。必ず帰ってくると分かっていた」
【敗者】はクールな顔つきで飄々と踊るように言葉を紡ぐ人だが、彼の内側はその皮膚の中のように熱くいつだって自分の目指す場所の為に溶岩のような煮えたぎる闇を抱えている。
その熱に向き合えば、レヴィの飢えて冷えきった心も蒸発してしまうほどだ。
「……【敗者】」
レヴィは見えない【敗者】の表情にも永遠にも広がるような暗闇にも怯える必要はもうなかった。
闇も鬱も陰も怖くない。
ならば、向き合わなければならない物はもうひとつある。
「一緒に行こう。大いなる陰の元へ」
レヴィはそっと体を離し、【敗者】に手を差し出す。
分かっている。【敗者】には関わるなと言われた。だが【敗者】だけで解決できる問題だとは思っていない。
大いなる陰を作ったのもレヴィであり、それを管理するのもレヴィ、そして其れと向き合うべきなのもレヴィだ。
「これから菌を利用して研究を進めるために、大いなる陰の脅威から逃げ続けることは出来ないと思う。
それに、大いなる陰は安住の地を探すため場所を変え逃げていた。
それは逆に、わたしを探そうと思えば宇宙の果てまで追いかけてくるってこと……だから、ケジメを付けたいの」
だから、二人なら。
【敗者】だけでもダメで、レヴィだけでもダメで、でも二人ならきっとやれる気がする。
レヴィのそんな全能感にも近いやる気を【敗者】もまた持っていた。
「あぁ。二人で行けば恐れるものはない。
特に、今の僕たちならな」
「ふふ、策とか用意してきたの?」
「勿論。なんて言っても、どうせ変わる時は変わる。イレギュラーを想定して動こうか」
二人は軽やかな一歩を踏み出した。
レヴィは【敗者】と手を叩き、すれ違いざまに柔らかく微笑む。
「……ありがとう、本当に」
【敗者】はレヴィが思っているより不器用だ。
彼は皆が思っているよりずっと傷だらけで、痛みも苦しみも悲しみも抱えてしまう哀れな人。
だが、彼はどれだけ痛みに苦しんでも進むことを辞めない。
レヴィにとって【敗者】は本当に純粋で、誇らしく、そしていつも勇気をくれる。
「準備が終わったら教えてね」
「大いなる陰のD因子及び菌がもたらす影響は甚大だ。そして、その標的が決まっているとなれば、貴様に求められる装備は防御力特化に尽きる」
「試作型の戦闘衣は防御に偏ってるんだっけ?」
「もちろんそうだが、今回は更に防御……いや、他者に奪われないことに特化した戦闘衣を準備した。既に貴様の部屋に仕込んでいるから、着ておくように。それと、髪型もな」
「そんな特別ななんかなの?」
去り際にレヴィが振り返ると、【敗者】はしたり顔で微笑む。
「当然だ」
「じゃ、髪だけあんたに頼むからね」
その言葉の後にレヴィは船の中へと消えていった。
さて、と【敗者】も声を出してから、深呼吸する。
レヴィを誘惑し、彼女の体を奪おうとした者に、二人の出した答えを示しにいかなくては。
研究者として、バディとして、【敗者】として。
「そこで待っていろ、アンプラム・アンブラ……
お前が誑かそうとした奴の強さを、存分に味わわせてやる」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる