以降の更新はこちらの新名で統一します。
「ラララ、ラ……」
レヴィは無人の舞台の上に立っていた。
客席からは影もないのにブーイングが聞こえ、舞台の上にはナイフやゴミが投げ込まれ、それでもレヴィは赤い靴を履いたかのように踊り続ける。
そんな中、扉が開くと、そこにはレヴィと瓜二つの少女……アンプラム・アンブラが現れた。
扉の音と共に罵詈雑言の嵐は一気に収まり、辺りは静寂に包まれる。
「ここが、君の内的宇宙なんだ」
「あんたがそう思うなら、そうなんじゃない?」
独りよがりな劇場。
アンプラム・アンブラはそこまで上がってくると舞台から観客席を見下ろす。
観客席からはおどろおどろしい怪物のような顔が現れたが、レヴィが少し動くと逆に恐怖で怯えたような顔をした。
誰からも評価されていない。誰からも好かれていない。
そのような感情がその客席から伝わってきた。
「大丈夫だよ。私はこの舞台を誰からも評価される素晴らしいものにできる」
そう言ってアンプラム・アンブラは客席に手を向けるが、レヴィは首を横に振った。
「ううん、大丈夫だよ」
心の扉、内的宇宙。ここが自分の深層であり精神世界であるのだろうとレヴィは察すると、客席から体を背ける。
「あのね、わたしはいいの。
きっとわたしがみんなから評価されたいって思ってたら、この劇場はもっとハリボテみたいで、表だけ綺麗なものだったと思うから。
でもわたしはそうじゃない。この舞台にはわたししか居ない。
だから、わたしはありのままで居たい。
それに、もし観客が必要だというのなら、貴方にそれを見ていて欲しいと思う」
「私は……」
「わたしの体が欲しい?」
「……うん」
レヴィはいじらしく首を傾げると、アンプラム・アンブラは計算された切なげな表情で頷く。いかにも庇護欲を誘うような面立ちだがレヴィには届かない。
だが代わりにレヴィは自らの胸にそっと手を置いた。
ユニゾン波で伝えたいこと。これからアンプラム・アンブラとどうなりたいかということ。自分が自分であるために、好意を持ちながらも同時に自分を奪おうとする相手とどう関わるべきか。
レヴィは自らを象徴するものが劇場であると理解した時、自ずと答えも導き出せた。
「なら、わたしがこの舞台から降りる時、あなたにわたしを全部あげる」
レヴィはただ演じているだけ。この宇宙という広大な空間の中、どれ程酷い劇だったとしても己の舞いたいように舞い、在りたいように在る。【敗者】と対等に向き合う為にも、レヴィはこの舞台の上で自らを輝ける光として魅せる。
「……!」
「それまでは、あなたの探求の時間。
わたしよりもっといい体を見つければそれでいいし、あなたがわたしに興味が無くなったなら、あの扉から出ていけばいい」
レヴィの言葉にアンプラム・アンブラはそっと考え込むような素振りをした。
其れは器を求め封印の中千年も待つことが出来るのだ。其れにとって時間感覚の影響は少ない。それよりも、自らのより優れた素体を自由に探すことが許されているのなら、其れの本能にも良い影響をもたらす。
「……わかった」
レヴィは其れの返事を聞いて安堵すると、舞台裏から椅子を持ってきて座り込んだ。
アンプラム・アンブラの顔をじっと眺める。
【敗者】や【巨躯】と同じダークファルスの筈なのに、アンプラム・アンブラとオラクルのダークファルスでは何か……匂いのような物が違う気がした。
「あのさ、確認なんだけど……あんたって、ダークファルスなんでしょ?」
レヴィはぽつりとそう呟くが、その言葉を聞いて其れは彼女とそっと目を合わせる。
「厳密に言えば違うよ。
……私のいた世界のダークファルスと、君のいる世界のダークファルスは性質が異なるもの。それはフォトンにも同じことが言える」
「ふぅん……」
ラグオルの世界のフォトンとは何なのだろう。それはフォトンアレルギーの範囲に入るのだろうか。レヴィはそんな事を考えながら足を組んだが、アンプラム・アンブラは不思議そうに首を傾げた。
「他の巣食う者と私を比較するなんて、いじらしい子だね。君の方が余っ程私に近いのに」
「え?わたしの方が近いって……?」
レヴィは答えを求めようと凝視するが、アンプラム・アンブラはいつものように薄ら笑みを浮かべるだけだ。
「大丈夫、今識る所だから」
「……?」
アンプラム・アンブラの言葉に嘘はない。
其れはレヴィを通じ、彼女の深層的な記憶とグラン類似エネルギーを使ってオラクルとラグオルの情報を学習していた。
「D因子。私の居た場所……ラグオルという惑星では、私を構成する素子の事をそう呼んでいた。
D型生命体はこの世界におけるダーカーと似たような存在と考えてもらっていい」
「えっと……なら、D因子はダーカー因子の方が似てるんじゃ?」
「厳密に言えば、君の力とダーカー因子を組み合わせたものがD因子と言うべきだね。
ヒトで言うところの意思に値するものがD因子にはある。……進化への意思、と形容するべきかな。
D因子を持つ存在は無機物や有機物に関係なく全てに対してその因子を埋め込み、著しい進化を促す……彼らの言い分としては侵食と言うみたい。
だけど、彼らがD因子や菌を科学的な技術として利用できるように研究していたのは知っているでしょう?C.A.R.D.もその一つ。
それが、ダーカー因子に成し得ると思う?」
レヴィはその言葉を聞いて顔を伏せた。
オラクルの歴史は捏造されたものだと分かった以上現状は謎に包まれてばかりだが、【敗者】の語り口からしても人類がダーカー因子を活用する手段は現状存在しないように考えられた。
現状、ダーカー因子とはダーカーやダークファルスを構成する素粒子であり、それらを霧散させた後に残留するダーカー因子をフォトンによって適切に中和しないかぎり、ダーカー達は不滅の存在として復活を続ける。さらに残留したダーカー因子は周囲の無機物有機物関係なく侵食していき、凶暴化させる効果がある。
オラクルの中ではダーカー因子の脅威とその対策の面のみが深く知られており、ダーカー因子の"力"は正しく認識されようとしていない。
本質を言えば、ダーカー因子は負の感情に影響を受け悪性変換したフォトンであることから、エネルギーの利用プロセスも効率もフォトンとそう変わりない。
「正直、ダーカー因子は未知も多いし意図的な制限も掛かってたから、研究はそこまで進んでない……。
一応【敗者】を見る限りだと、フォトンの代わりとして使えるみたいだけど……でも、わたしは思うの。菌にはフォトンにもダーカー因子にも出来ない力があるって。
物体を取り込んで、それをそのまま復元するなんてあまりにも神業すぎるから」
「よく分かっているね、さすが、聡明な私の主。
そう、菌とはD因子がより適した形に進化した物……。技術力の高さを見せればヒトは排除を避けると知り、ある性質に特化したD因子に他ならない。まあ、……デメリットもあるけど」
「デメリットは後で聞くとして……特化した性質って?」
「融合と分裂だよ。再生・分解・再構築を行い、取り込んだデータを復元する菌は……D因子の融合と分裂という性質をより適した形へ進化させた物に思えるでしょう?」
「融合と……分裂」
ラグオルとオラクルはしばしば非常に似た単語を使う。
アークズとアークス。D因子とダーカー因子。フォトンとフォトン、そしてダークファルスとダークファルス。
それらは同じように見えるが、似ているだけで実際の差は大きい。
平行世界というにも遠い別次元……そこに単に似たものがあるだけで、低いも高いもなく同列かつ異次元ということなのだろう。
今、レヴィの興味はラグオルにおけるもうひとつのエネルギー……D因子に集中している。
「この進化をした代わりに元来D因子にあった侵食による繁殖行為はほとんど不可能になった……。どうやらヒトにはより強い毒だったみたい。コールドスリープによって進行を止めた個体も居たけれど、ラグオルでは菌の解毒という観点で研究は進んでいなかったようでね。解毒剤の量産体制は整っておらず、パイオニア2での感染拡大は免れなかったでしょう」
「成程……致死率が高いってのは菌ならではの性質で、D因子の特徴ではなかったんだね」
「だけど、菌は感染率が高いでしょう?だから、人から人へ伝染し、より遠くへ、ラグオルの彼方まで拡げることによって、安住の地を見つけることが出来る」
一見菌の致死性というのは融合と進化を求めるダークファルスという生命にとって矛盾しているように感じる。だが菌は拡散という一点に完全に特化し、ダークファルス本来の目的ではなく復活の為の探索には適している。
ダークファルスとして復活すれば致死性が仇になるため菌はまた致死性を下げた別の形に進化するのだろう。
D因子とD型生命体はその手の適合が恐ろしく早く、そして恐ろしく適切に行われていた。
その進化による適応能力と言えば、ダーカー因子をも上回るだろう。
「……なるほど、すごく合理的……。これがD因子の"進化"と言うやつか」
「ダーカー因子においても、環境や状況に対して適応し進化する能力は非常に高い。融合した生命体が凶暴性を増し攻撃的になるというのも、生存競争に勝利し進化するためという進化欲求と同様の物と思える。
私の物ほど器用な事が出来るかは識らないけど、D因子とダーカー因子が融合した時は……愉快な物が見れるかもしれないね」
「なるほど……」
レヴィは体を丸め考え込む中、アンプラム・アンブラは完全に思索に浸ってしまった彼女の腕に触れて声を掛ける。
「ふふ。まだ話は終わっていないよね?ここからが本題だよ。D因子の進化の形において侵食・融合・分裂があると話したけど、それ以外にも伝達・干渉が存在する」
「伝達と干渉……」
「君の力はとりわけそれが強いでしょう?D因子やダーカー因子のように進化欲求がある訳では無いけど、君は我ら含む万物……無機物も有機物も関係なく、時間も時空も含む全ての存在に向けて常にメッセージを放っている。だから君は私にとって本当によく優れた主なの。識りたいことを君自身ですら識らない所まで教えてくれるから……」
「グラン類似エネルギーに……伝達と干渉の力……?反フォトンだけじゃなかったの?ならユニゾン波は何……?」
アンプラム・アンブラが与える情報量はあまりにも多く想定外で、レヴィはなんとか飲み込みうとするが次々に追加されていく新たな事実に頭が追いつかず完全にドツボに嵌っている。
そんな様子を見てもアンプラム・アンブラは心配することも嘲笑うこともなくアルカイックスマイルを浮かべながら声を放った。
「君の力は魔法がとても使い易いでしょ?あぁ、……マジックと言うべきかな」
「【敗者】が言うにはそうらしいけど……」
「この世界におけるフォトンとは全知存在にアクセスする為の観測素子に過ぎない。私の世界にあったフォトン……環境に存在するエネルギーをジェネレーターで変換した物とは明確に差がある。
でも、君にあるその力は無意識下でカテゴリに囚われず全ての物に対して著しい影響を与える事が出来る。だからこそ全知存在から記憶を引き出すテクニックやフォトンエネルギーの一般的な活用方法は君に合わないし、自然環境を含む様々な事象に対し干渉できるマジックの力がより適合する」
「じゃあ反フォトンって……?」
「それは……私も識らないな」
ここまで多くのことを理解しているアンプラム・アンブラですら知らない反フォトンとフォトンアレルギーとは一体何なのか。
レヴィはそう思いつつも其れの瞳を見つめる。
アンプラム・アンブラは今レヴィの体を模倣しているというのに、其れはレヴィの喋り方に似せることはせず囁くように歌うように柔らかく言葉を紡ぎ続けていた。
(【敗者】の真似をしてた時はわたしを騙すためにそっくりにしてた、的な感じなのかな……?
それでアンプラム・アンブラのデータベースには制作材料となった【敗者】と【巨躯】、そして素体と選んだわたしからオラクルのデータを収集して、そしてラグオルのデータを……)
そこでレヴィは気付く。
なぜ、オラクルで作られたアンプラム・アンブラがラグオルのことを知っているのか。
レヴィはアンプラム・アンブラをラグオルから召喚した訳では無い。彼女は明確に別の材料を使って一から作り上げた。
それなのにアンプラム・アンブラはD因子やラグオルのフォトンに対する知識が多いどころか、D型生命体やカストル、ポルックスのようなラグオルにいた存在をも召喚していた。
「あのさ、……そもそもなんだけど、いい?」
「うん?どうしたの?」
「あんたはあくまでわたしが作ったものだよね。で、あんたはわたしから学習して知識を得てるんでしょう?それなのに、どうしてわたしの知らないことを知ってるの?D因子とか……」
レヴィが言っているのはつまりこうだ。
アンプラム・アンブラが学習しているラグオルのデータは、一体"誰"から収集しているのか。
アンプラム・アンブラはそれを聞くと何も奇妙ではない当然のことのようにレヴィへ返答した。
其れの不気味さというのはこういう所にある。
「それは君の記憶に存在する、とある記憶を参考にしている」
「ある記憶って?」
「ある時はD型生命体や私を打倒し、ある時は私を焼き払った……あの忌々しい女、レヴォの事だよ」
「レ……ヴォ?誰それ?」
レヴィは困惑する。自分の記憶の中にレヴォなる人物はいない。そんな人物がいて、しかもラグオルのことを知っているのなら有象無象や記憶から消えてしまうようなものでは無いはずなのだ。
だがアンプラム・アンブラはレヴィと目を合わせると納得したように目を細め、顎を撫でる。
「あぁ、君の記憶と齟齬があったみたい。******の事だよ」
突然アンプラム・アンブラの音がノイズに包まれる。
そのノイズは的確に名前のみを塞ぎ、レヴィは顔を顰めた。
「……ごめん、よく聞こえなかった」
口の動きからして五音くらいだがやはりレヴィに心当たりは無い。
アンプラム・アンブラはレヴィの対応を見てキョロキョロと辺りを見渡す。其れは敵意すらもったような異様極まる様子だ。
「ううん、聞こえなかったんじゃない。……あの女に対策されたみたい。一体どこから私を見てる……?」
「……?」
レヴィはなんとか今までの知識を組み合わせ上手く当てはめようとしたが一切思いつかず、レヴォというレヴィの知り合いでありながらアンプラム・アンブラの天敵である存在を、彼女は導くことが出来なかった。
「レヴォって、言い間違いじゃないの?」
「違うよ。君はレヴィ。私のレヴィだろう?」
アンプラム・アンブラの態度を見ながら、この後に及んでまだそんな事を、なんてレヴィは他人事のように頬杖をついた。
「いやまあ製作者だけど……別にわたしにそんな固着しなくていいんだよ?」
「何を言っているの?君ほど優秀な人は今の所見つからない。私もこれからこのオラクルという世界を識ろうと思うけど、君が記憶する精鋭とやらでも私の器に値しないのなら、探すのは困難だろうね」
其れに本当の意味での愛情がないことなどレヴィにはとっくに分かっている。それでも好意を振りまく必要があるのは相当なものだ。
器がない、ということがダークファルスにとってどれほど由々しきことなのか、スペアに特に余裕があった【敗者】と共にいるレヴィには分からない感覚だが、其れの瞳には強い意思が宿っている。
「アンプラム・アンブラは今器がないの?」
「うん、私はあくまでダークファルス復活のための繭だから。ダークファルスそのものではない」
「じゃあ、大いなる陰って?」
「それはパイオニア2ラボが命名した呼称だよ。しかし、君は私をアンプラム・アンブラと呼んだでしょう。だから私はその形に修正したの」
「修正?」
「先程の話と接続性を持たせた方がいいかな。
そう、言うなれば進化だ。私は異常ダーカー因子による生命体として生まれた訳だけど……その状態ではあまりにも不安定で、虚弱で、無能だった。だけれど、君は私に役割を与えた。アンプラム・アンブラという名前を付けることによって、私に的確かつ正確な変化の形が見出された。
そして私はその形へ変革し、それによってラグオルでの記憶も思い出した。つまり、君が私を進化させた事になる」
「……そうなんだ」
つまり、オカルト本に書かれていたC.A.R.D.やアリスティアの言っていたダークファルス、大いなる陰などの概念は全てパイオニア2ラボやかつてダークファルスを封印した別太陽系の古代人など、人によって命名されたもののようだ。
アンプラム・アンブラがそれを自らの名称として理解し振舞っているのは奇妙なように思えるが、よく考えればそもそもダーカーや現生種の名前も基本アークス命名だったか。
(つまり、アンプラム・アンブラやダークファルスには本来名前という概念はなくて……いや、だからこそ、【敗者】は……)
レヴィはなぜ彼が固有能力とされている時間停止や鳥に関連する名前ではなく敗者などという名前を名乗っているのはやはり……いや、一体何があれば、彼が一生物の名前をそんな風に名乗るというのか……
彼女は深い闇の中思考の海に浸っていると、アンプラム・アンブラは略奪欲か嫉妬か何かの感情に駆られたのかレヴィに近付きそっと胸の上を手のひらでなぞる。
「これは直感みたいなものだけれど、君は本当に私と似ている気がするんだ。君はきっと万物を変化させる才能があるだろうし、君自身も進化したのだろうね……」
「ヒッ、ちょっとその体で触んないで!」
淡白な表情の割に声は粘着質で、なぞる指もどこか性的。
無論それがレヴィにとって嬉しい訳など100%なく、彼女は顔を青くしあからさまに手をブンブンと払って抵抗した。
だがアンプラム・アンブラはその声を聞くと直ぐに体を離し、その体が黒い煙に覆われると【敗者】とよく似た姿へ変貌する。
「だったらこの姿だったら何でもしていいのか?」
【敗者】の低い声に切れ長の赤い瞳で見つめられるとレヴィは途端に体の緊張が解れるが、目が合うと相手がアンプラム・アンブラであることを思い出し首をブンブンと振って目を覚ました。
「アンプラム・アンブラ……っちょっと……って!!言いにくいんだけどあんたの名前!」
「……?僕をそう呼称したのは貴様の方だろう?」
「だったらもう一回進化させてやるんだから……」
レヴィはそう叫びむむむ、と考え込む。
菌を広げ、闇に住む物……アンプラム・アンブラの名前は――
「シャヘル!あんたのあだ名だからちゃんと覚えて反応してよね!」
レヴィの意思の籠った強い眼差しがアンプラム・アンブラに刺さると、其れはビリッと何かに撃たれたように電撃のような何かが走り、そして体を被われるような感覚が襲う。
しかし不愉快ではない。
寧ろどこか気持ちいい、と感じる程だ。
「……あぁ。よく覚えたよ。それで、先程の事なんだが……」
アンプラム・アンブラはさも当然のように【敗者】の姿で笑みを浮かべ、レヴィへ手を伸ばす。
胸をなぞり、手のひらの全体で揉まれると、レヴィの体がビクンと跳ね上がる。
「ひゃっ?!ちょっと!別にこんなことしなくても好きなだけ色んなこと教えてあげるしデータ吸っていいから!」
「ふふ……貴様自身が足りないんだ」
だが、アンプラム・アンブラの手は止まらずレヴィのスカートを捲り太ももを撫でようと動く為、レヴィも思わず体を捩らせた。
「もう……ダメ!メッ!抑えられない悪い子わたし嫌い!」
「……」
悪い子か嫌いか。どちらか分からないがアンプラム・アンブラにレヴィの意思が伝わると彼女の体はゆるゆると解放され、レヴィは息を整える。
「はぁはぁ……また知りたいだけあげるからわたしの心を操って襲うのはダメ!ね、いい?!」
レヴィの鋭い目線にアンプラム・アンブラは溜息をつき、パチンと指を鳴らした。
其れは手を出す意思は無いと言わんばかりに再びレヴィのような姿をまとうとくすくすと微笑んだ。
「分かった。全く……冗談の通じない子だね、君は。私からすると戯れみたいなものなんだけど」
「それを戯れって受け取るのが良くないって話してんの!」
むっすりと不機嫌そうに眉を尖らせる姿も其れにとっては愉快なものだ。
「とにかく、【敗者】が心配してるだろうしもう行くから!わかった?シャヘル!」
レヴィは釘を刺すように何度かアンプラム・アンブラをつついたあと背を向ける。
アンプラム・アンブラは彼女の去る姿を眺めたあと、消えゆく寸前に柔らかな笑みを浮かべた。
「うん、いつでも君が体をくれる時を待ってるよ」
ダークファルスの欲望と強い意志の籠った瞳はレヴィの胸元、心臓のただ一点を見て――
レヴィが舞台の扉を開くと、ブツンと視界が真っ暗に消える。
そこでレヴィは全てを察し一歩踏み出した。
そこはへし折れたアークスの市街地が天に広がるダーカーの巣窟。それも、拠点の船目の前。
どうやらアンプラム・アンブラの展開した精神世界は其れの意思によって自壊したようで、レヴィは真っ暗な視界の中きょろきょろと辺りを見渡す。
彼女の感覚の隅にピリつくような危険な空気が漂うと、レヴィは直ぐにそこへ体を向けた。
「【敗者】!」
【敗者】はその言葉を聞いて笑みを浮かべ、レヴィの体を引き寄せる。
「待ってたよ。それで、どうだったんだ?」
【敗者】の温もりと彼から漂う雄臭い薔薇の匂い……
彼女にとっては何にも変え難い柔らかな感触。
レヴィはその悦楽に浸りながら盲目の中に赤の輪郭を見つけた。
「ふふ、上手く説得できたよ」
「どうやったんだ?」
「とりあえず死ぬ時にあげるから、その間自分でも探してってお願いしたの。それと、ダメなものはダメーって教えこんだ」
「まあ、対話を求めている存在だ。教育のしようはあったということか」
アレを教育と言っていいのかは分からない。あくまで其れは待つことを許容しただけであり、心を入れ替えた訳ではない。アンプラム・アンブラに心などない。其れの持つものは破壊欲求と進化の意志。そういう菌でしかないのだから。
だが、其れには明らかに好むものと嫌うものがあり、言葉も話し、詩も紡ぐことが出来る。
知性が無いかと言われればそれは否定できるだろう。
「アンプラム・アンブラは惑星ラグオルのダークファルスとしての意志……厳密に言えば、D因子の持つ意志を介して、人格のようなものを持ってたと思う」
ダークファルスにおける人格のベースは依代にある。だからアンプラム・アンブラにおける人格のベースもどこかにあるはずだと考えるのが普通だが、アンプラム・アンブラはレヴィと【敗者】以外のヒトを纏わなかった。
本来、ラグオルで巣食っていたはずの相手は姿を見せることはなく、その代わりにあったのが腕に付けられた大きな赤い装飾……レッドリング。
「でも、わたしはあくまで呼び出したんじゃなくて作り出した。だからその器の作られ方によって、ダークファルスの性質が変化して……あういう、ハレンチなことするような感じになったみたい」
「本来は、人の闇に付け入る存在ということか?」
「ううん、ちょっと違うと思う。
D因子に人の闇なんて関係ない。
D因子は無機物でも誇り高き英雄でも関係なく闇を注入し、侵食していく。
だから、【敗者】のような【深遠なる闇】から生み出された人の闇に付け入るような存在じゃなくて……それこそウイルスみたいな、闇そのもの……そんな感じだと思う」
兎にも角にも、ラグオルにおけるダークファルスをオラクルのダークファルスと同一視するのは認識の齟齬を産む行為なのだ。
アンプラム・アンブラと向き合うにおいて、それを忘れてはならない。
「なるほど。貴様が直接聞いたのか?」
「うん、アンプラム・アンブラが答えてくれたから」
「む……」
「なーに?嫉妬?」
レヴィの声に【敗者】は少し不機嫌になったかのような吐息が漏れるとレヴィは思わずくすりと笑いが漏れた。
【敗者】は傲慢で完璧な天才のように振る舞う癖に妙に嫉妬深い。
それは彼のプライド高さからなのかもしれないが、レヴィにとってはそれがどうしようもなく愛おしく見えた。
「ふふっ、へーきだっての。わたしにとっては【敗者】だけがトクベツなんだから」
レヴィはそう言って彼の頬を軽く啄み、いたずら子のような笑顔を浮かべた。
「じゃ、やっとライデンシャフトの本制作に取り掛れるね」
レヴィは軽いスキンシップの後【敗者】から離れ歩き出そうとするが、彼は腕を伸ばしレヴィの手首を掴む。
「……待ってくれ」
「え?」
少しの静寂。
【敗者】は反射的に起こした自分の行動を己の心の中で咎めつつも、彼女を引き止める為の良い言い訳が見つからず素直に欲望を吐き出す事になった。
「いや、……、何もしなくていいから……僕の傍に居てくれないか?」
「わかった……けど……」
レヴィは【敗者】に引っ張られたまま船の中に入り、彼女をソファに押し込んだ。
「ひゃっ?!どうしたの?」
レヴィは目を丸くして【敗者】を見上げるが、彼は照れたような表情を浮かべたままドカッと隣に荒く座り、体をくっつける。
「……こうしたいだけだ」
彼の温もりを求めるような挙動にレヴィは自然と彼の頭に手が伸びていき、髪の流れに沿うようにその頭をそっと撫でた。
「レヴィ……」
【敗者】は頭上をなぞる心地いい感覚に自然と口元が緩むと、直ぐに首を動かしレヴィに口付ける。
チュッと音が立つだけの簡単なキスだが、その動きですら【敗者】にとっては好意の籠った挙動だ。
「【敗者】……、ん……♡」
【敗者】はそんな啄むキスを何度も繰り返す。レヴィの柔らかい唇を覆うように、何度も暖かく柔らかな皮膚が重なり合うと二人の手は自然に首の後ろへ周り、さらに距離が近付いた。
「レヴィッ、……レヴィ、……レヴィ……」
縋るように名前を繰り返し、【敗者】は今ここにあるレヴィの感触を味わうようにさらに唇を重ねる。
ここまで来るには時間が掛かった。
完璧じゃない。【敗者】とレヴィはまだ完璧に接続出来たわけではない。
だがそれでいいのだ。
「んっ、あの、るぅ……んんっ、……」
二人は意志を持ち、思考し、互いにコミュニケーションを取ろうとするのだから、最初から完璧に繋がれるわけなどない。
そんなことを可能にしてしまうユニゾン波は都合のいい力だと思ったが、ユニゾン波なしでは仲良くなれないとは思えなかった。
【敗者】は思った。自分は間違いなく摩訶不思議な洗脳の力なんて使わなくても、ありのままでレヴィと繋がれると。
それはシオンに焦がれた時のように、一方的な想いだけじゃなくて、レヴィからも手を伸ばしてくれると。
だから白黒なんて付けなくたっていい。
二人の関係も二人の思いもグラデーションでいい。
黒より少し明るい灰色でいい。二人は二人にとって一番いい間違い方をしたい。
「……」
色恋を使えば交流なんて簡単だと分かっていても使いたくなかった。それこそユニゾン波の象徴だから。それで洗脳されるのだって、【敗者】にとっては不愉快だ。
でも、単純にそれを排除して、上手くいいところだけ切り取って使って、他の相手には自分と同じように洗脳させて……なんて、そんな雷が落ちて核爆弾が発射され世界が滅びるみたいな、偶然の連続で上手くいくような解なんて全知より有り得ない。
(不器用でもいい。失敗してもいい。探ればいいじゃないか。研究者とはそういうものだ。失敗したデータこそ成功のために必要なものだ。
我を失ったあの瞬間だって、俯瞰してみればデータのひとつじゃないか。
なら、僕は探求してみせる。
僕とレヴィの波形を、何百年かかってでも見つけてみせる……)
「【敗者】……」
【敗者】は体を離し、レヴィの肩をそっと抱く。
【敗者】は凶暴で、その手は宇宙の一つ軽く捻れる位強大なことはわかっている。
だがそれほど強い彼が、レヴィのような生娘を傷付けないように愛おしく抱く……そんな姿にレヴィの心は暖かくなった。
「貴方は本当に優しいね」
「……僕は、優しくなどない。不器用で、高望みほど叶えられない惨めな男だ」
本当に優しいのなら裏切られたりなどしないし、孤独になったりなどしない。
【敗者】は自分がこれまでたくさんの人を傷付けて、その分自分も傷付けられて、だが自分も人も傷付かないような選択肢を選ぶことは出来なかった。
それでも、レヴィは今まで一度たりとも彼を惨めなどと思ったことはなかった。
彼は確かに失敗したのかもしれないし、敗北したのかもしれない。
だが彼はいつだってひたむきに努力して、望みを叶えるためならどんなことだって出来て、どんなに大きな目標でも圧倒されず、諦めることなく、真っ直ぐ向き合っている。彼はレヴィと違って全てから逃げようとなんてしなかった……その強さをレヴィはよく理解しているから。
「でも、わたしは信じてる。
貴方が何回転んでも立ち上がって、一番叶えたい望みを叶えられるその瞬間が絶対来るって、わたしは思ってる」
レヴィの瞳に光は反射しないのに、彼女の瞳は彼を視て強い意志に燃えている。
「レヴィ……」
「貴方のその優しくて純粋で素敵な夢を、わたしは叶えてあげたいの。力になりたい。貴方の仲間になりたいの、【敗者】」
【敗者】は、その言葉を聞いて顔がじわりと熱くなった。
胸が暖かい。
ポカポカとして、ふんわりとして、ジーンとする。
優しい声と、優しい瞬き。
彼女の瞳が細まる度に、【敗者】の胸が疼く。
冷えきった心が熱を持つのは、いつだって彼女といる時だ。
これもユニゾン波によるものなんだろうか。
いや、……こんなに言われて、こんなに手を伸ばしてくれているのに、それが全部まやかしの術である方がおかしい。
彼女は本当に、純粋に、【敗者】が幸せになることを望んでいるだけなのだ。
(――僕だって、欲しい)
――あのアンプラム・アンブラの奴ときたらなんだ。
まるで自分だけがレヴィを求めており、レヴィに愛されるべき存在であると宣っていたが……
【敗者】だってレヴィが欲しいに決まっている。彼女には力があるからとか、大きな素養を持っているからとか、そんなんじゃなく、ただ単純に彼女そのものが欲しいのだ。
だって、こんな風にいつも甘く言葉を掛けて、自分を見て微笑んでくれて、手を取って柔らかくキスをして、命を賭けて自分の為に精一杯頑張ってくれていたのに、その関心が他者に向いて何が面白いというのだろう?
その命とリソースの主導権は全て自分にあるのに、他の相手にキスをして、他の相手を優しく包み込んで、他の相手とセックスをして、他の相手の為に頑張るなんて、可笑しいに決まっている。
「【敗者】?……もう大丈夫?」
ぼんやりとした熱い好意に、【敗者】は上手く反応が出来ない。
「……」
気が付けばもう二十分も経っていた。
レヴィとの繋がりはやはり飽きないもので、【敗者】はその感情に色恋の装飾が付くと尚更尊いものに感じ、胸を抑える。
「大丈夫そうなら、もう行くから」
「いや、……もう少し」
「もう少しだけ、ここにいて欲しい」
「どうしたの?……疲れた?それとも体調悪い?」
レヴィはそっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。
【敗者】はその手に寄り掛かるように顔を預け頷いた。
項垂れるような動きにレヴィは少し驚くが、直ぐに彼の体を支える。
「ならこんな所にいちゃダメでしょ?ほら、一緒にベッド行くよ」
「いいんだ。ここで良い。動く必要はない」
「……?おかしくなっちゃったの?」
「あぁ……変、だな」
体調不良を素直に言うとは、ダークファルスだからとなんだかんだ言い訳する【敗者】にしては珍しい。
レヴィは冗談ではないと考え【敗者】のパーソナルデータを見たり顔色や唇の色を確かめてみるが……不思議だ。彼の見てくれはむしろいつもより元気そうだとすら思える。
「うーん、でも、バイタルに異常はないし……ちょっとぼーっとしてるだけで、普通に見えるけどね」
「そうか?」
「うん。別に顔が青いとか、そんなでもないし。変じゃないよ」
レヴィは素直に体調不良には見えないと返したつもりだが、彼の頭の中は今全く違うようなもので埋め尽くされていた。
「……変じゃない、か」
変じゃない。"その感情"は、変では無い。【敗者】はレヴィの言葉がそのように聞こえた。
レヴィは構わずドライに返すが【敗者】はやはりご機嫌で、彼女は首を傾げつつも見守る。
「眠いだけかもね。あんた普段寝る必要はないとか言い張ってるから」
「変じゃないか……フフフ……」
なら、この愛は正しい解なのだろう、と。
【敗者】は心の奥底で彼女に向かってそう言葉を呟き、その手を包むように握り締めた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる