無機質なアークスシップの宿舎。
暗いカーテンの隙間からは市街地の街並みが覗き、人工の太陽が宇宙の空を被って隠す。
昼間の爽やかな喧騒が辺りに響く中、その部屋の中ではジメジメとした陰鬱な空気の中で何かを鋭く擦るような音が響いていた。
「〜〜ッ、……」
潔癖な程整えられた部屋とは裏腹に、机の上には巷で人気なアイドルのグラビア写真や少し過激とすら思えるSMの雑誌など、性的に誇張された女の象徴が散らされていた。
「ック、……ッ、くうぅ……ッ、……」
男は悶えるような声を上げながら、半勃起状態の少し柔い男性器を扱き続ける。
苛立ったように足踏み、赤紫色の瞳を歪めると体を強張らせるが、待てど暮らせど果てることはなく。
「〜〜ッ!!」
一瞬の苛立ちがさらに彼のソレを萎えさせると、ローションで濡れた手をゆっくりと離し、彼は代わりに拳を握り締める。
「チッ……、どうして、……どうして出せない……これ程までに時間をかけて、……薬すら飲んでいるというのに!」
その男は黒い半透明のレンズを睨むとわなわなと震え、眉を顰めた。
「……あの女のせいだ……」
巷では三英雄だの言われ敬われている彼も、今は男としての尊厳を失う危機の瞬間。
「あの女のせいで、私が不能にさせられたと?!」
六芒均衡の三、二代目カスラは人知れず窮地に追いやられていた。
数百番台の人の少ないアークスシップのあるブロックに、メディカルセンターの一つが聳え立つ。
薄緑色の髪を揺らし、アークスカードをスキャンするとすぐに個室の番号が表示された。
予約を入れていたとはいえ、さすが人の少ない艦だ。混雑している様子もない。
カスラは平静を装った、まるで定期検査に赴いているかのような様子で診察室に入ると、女医が笑みを浮かべていた。
つくづく不運だ、と感じる。いや、同性だからと言って良い訳でも決して無いが。
「……こんにちは」
カスラは女医の笑みに貼り付けたような営業スマイルで返すと懐から紙を取り出した。
「良ければ、機密保持書にサインを頂けませんか?出来ないのであれば、他の方へ変更して欲しいのですが」
遠回しな代われという言葉だったが、女医は少し動揺するだけで代わる気はないようでペンを取りカスラから紙を受け取る。
「わっ、分かりました」
女医は上から下まで読み込んだあと署名を行うと、カスラはそれを確認してからようやく丸い椅子に座り込む。
書類を受け取り少しの壁を超えたからなのか、カスラは少し己の仮面が剥がれくたびれたような顔つきでグラスを直していた。
「……どうされましたか?」
女医の言葉に少し遅れた後、彼は顔を上げ淡々と言葉を吐き捨てる。
「単刀直入に言いましょう。性交不能症に効く薬を出して欲しいのですが」
女医はその言葉に目を丸くした。
インポテンツなど別段珍しい病気ではない。
が、整った顔立ちで細身、何より女性関係には興味無さげなカスラが普通の男のように性関係に悩んでいるというのがあまりにも異様なことのように思えたからだ。
「性交不能症……ですか?
薬を出すのは良いのですが、精神的な物と肉体的な物……その原因の違いによって、対処も変化します。良ければ、なんのきっかけがあったのか、それをお聞かせ願いたいのですが……」
カスラはグラスの下で眉を顰める。
話さず済むならそうでありたいに決まっているが、話さないというのも不毛な行為に過ぎない。
彼はあくまで自分がいつも通りの冷静沈着で賢い人間でありたかった。
ほんの少しの間彼は黙っていたが、深呼吸をすると足を組み顔を上げた。
「……そうですね。黙っていても、話は進みませんし、貴方に嫌がらせをすることになってしまいますからね」
「いえ、性機能の障害は他人に相談し辛く、お辛かったことでしょう……勇気を出して来院して下さっただけでも、とても有難い事なんですよ。私も、カスラさんの治療の為に全力で協力させてください!」
「はは。ありがとうございます」
張り切っているのか親身にしているのか分からない女医の真っ直ぐな声にカスラは明らかに棒読みの世辞で返した後、深くため息をついた。
どこから話せばいいかよく分からない。
が、このまま無言の時間が続くのも彼には耐え難い苦痛だった。
「……私は、一人の女性に襲われました」
「襲われ……カスラさんが?!そ、それって……六芒均衡の誰か、とか……」
「いえ。一般の、非常に弱いアークスです。しかし、……抵抗する事も出来ず、為す術もなく押し倒され……私は恥辱の限りを尽くされた。非常にサディスティックな経験をされてから、……私は、ある一定の場合を除いて射精が出来なくなってしまいました」
カスラは机の上に置かれた数多の補助道具を思い出す。
想い人を性的に切り取った水着の写真に直球な性行為のビデオなど、性欲を引き出すためならありとあらゆる物を用意した。それでもどれもが彼を射精に導くことはなく、彼を地獄に落とすあるひとつの行為だけが彼に救いの手を差し伸べていた。
「それは……とても心苦しかったでしょう。無理やり襲われた時の事を思い出してしまい、性行為に恐怖を覚える事になって……」
「違います」
「へ?」
「逆なのです。……私は、あの忌々しい女でしか反応しなくなったのです」
逆に言えば、それを想起した瞬間カスラの脳は勝手に下半身へ血を集め始める。
カスラの脳内に彼女の姿が浮かんだ瞬間ゾクリと背筋が冷たくなり、カスラは足を組み替えてキツく目を閉じた。
「……それはつまり……」
「マゾヒストの気がある、と言いたいのでしょう。しかし、それも違うのです。
私は検証の為に、あらゆるビデオやあらゆるシチュエーション、あらゆる行為を行い、私の状況を整理しました。その結果、私は……
襲われた時の状況を想起する事でしか、射精出来なくなってしまった」
「……」
カスラにとっては、自分が不能になっても最悪困ることは無い。好きな人からは恨まれこそすれどそのような感情は向けられていないという自覚があるし、清廉潔白でありたいという気持ちもある。
が、問題なのは逆だ。彼が異常な性癖に囚われてしまった中で、日常もままならなくなってしまっているのが彼にとって恐ろしい事なのだ。
「相手は、超を付けてもいいほどの危険人物です。私はそれからも調査の為に様々な資料を閲覧し、その度にその時のことを思い出しては自慰に耽り、そして厭になって他の物で抜こうとして、失敗する……それを繰り返した後に、私はもう、彼女の顔を思い出すだけで体が反応してしまう。……これ程までに憎たらしいというのに、です。
ですから、薬で治らない。そう結論を出すしかないのなら……部分的な記憶の改竄処置を行って頂きたいのです」
カスラは彼女から完全に離れることなど出来ない。その女はカスラの追い求める復讐にとって一番重要な人物であり、その人物を避けてカスラの復讐が果たされることなど完全に有り得ないことだった。
だからこそ、憎悪を燃やして復讐の道を歩む中で性欲というブレーキが彼を阻む事が不愉快でならない。
このまま生きるくらいなら、これからの自分に期待して一度記憶を全て消してしまった方がマシだと彼は本気で思っていた。
「成程、……」
女医は深刻そうに顔を歪めるカスラを見た後、慎重にカルテを書き進めていた。
いくら強姦されたとしても、記憶を消すなんて極端な処置をいきなり行うのは余りにもリスキーだ。
医者としては予後の良い低リスクな治療を取るべきであり、この場合患者にするべき事は現状一択しかない。
◇◇◇
メディカルセンターの自動ドアが開くと、カスラはアイテムパックに入った薬袋を眺めため息をつく。
「はぁ……全く、一旦薬で様子見とは。これはまた苦しめられそうですね」
自宅への帰路、市街地を進む中。
カスラは病院から離れていくほど漠然とした不安が彼の中を包み込んでいた。
「レヴィ……ッ、あの女……」
『強くなりたい……』
カスラがレヴィの姿を想起すると、頭の中に波のように声が響いてくる。
「ック、ついに幻聴まで聞こえてきたか……」
同じ言葉が何度かこだました後、ドクドクと心臓が早くなったのを感じカスラは心を落ち着かせる為慌てて顔を上げた。
「……!!」
すると、カスラの視線の先に、自分の頭で想起した姿と全く同じ人物が一人で歩いていた。
金色のツインテール。獣耳のようなヘッドギア。
前とは違う軽い可愛らしいが軽装な私服に身を包み、レヴィは一人で街を歩いている。
彼女の周囲は異様な雰囲気に包まれていた。
それは、彼女自身が齎しているものではなく、彼女の周囲に存在する人々が発するネガティブな悪意と侮蔑がもたらしているもので。
レヴィは周囲の視線に反応することはなく、ゆっくりと路地裏の方へ進んでいく。
カスラは思わずそれを追いかけた。
「待ちなさい!」
路地裏を進むと、廃材の転がる建物の中でレヴィは端末を握り締めていた。
先程まで何かをしていたようで、レヴィは振り返りながらサッと端末を仕舞い呆れたようにため息をつく。
「はぁ……またあんた?あんだけ分からせてやったのにまた来るなんて……」
小さな背丈。薄い金色のツインテール。退屈そうに細まる韓紅色の瞳。
カスラはその姿に頭が沸騰しそうな程苛立っていたが、同時に下半身も完全にいきり立っていた。
「レヴィ……、……私を辱めた責任を取りなさい!」
一歩一歩、追い詰めるようにカスラはレヴィに歩み寄り強く睨みつける。
しかしレヴィは首を傾げ、目を丸くしていた。
「は?辱めたって?あんなもの辱めるの内に入らないでしょ?」
「〜〜ッ!!貴方はどれほど私が苦しんだと……」
カスラはグラスを外し顔を歪めるが、レヴィは彼の下半身中央部の膨らみに気付くと全てを察し、くすりと微笑む。
「あぁ……まさか、足コキされただけでそんなに敗北感覚えちゃったワケ?馬鹿だなぁ……」
「違います!……貴方のせいで、……インポになったんです!」
「え?……インポって……あのインポ?」
だがどう見ても、とレヴィは視線を彼の股間に集中させる。間違いなく勃起しているようにしか見えない。だと言うのに勃起不全とはどういうものか、と。
「そうです!私は、貴方に関する事でしか勃起しなくなってしまった……この責任をどう取るつもりですか!」
「そんなのあんたの問題でしょ?レヴィ様の足技トレーニングで全員インポになる訳でもないし、責任取るつもりとか微塵もないんだけど」
「あの男がどうなってもいいんですか?!」
「そう」
その言葉にレヴィはすぐさま銃を取り出し、なんの躊躇いもなくカスラの眉間に向けて六発ほど続けて撃ち込んだ。
カスラはギリギリの所でバリアを張り、着弾を回避したはいいもののレヴィのあまりにも突然すぎる暴力に驚き思わず呆然としてしまう。
「く、狂っている……」
「はぁ……その脅し使ったら人が何でも従うと思ってる?思い違いも大概にしなよ」
やはりレヴィは弩級の危険人物だ。
カスラはそう確信すると、端末を開く。
「分かりました、だったら今からルビィさんに……」
レヴィはすぐさま足を出し、端末を蹴り飛ばすが警戒は解かずじっとカスラを睨み付けた。
「そこまで調査したワケ?」
「貴方とルビィさんの関係の確執。認知されていない姉妹……それが、コンプレックスになっているということは知っています。貴方が一番知られたくない情報を、知られたくない相手に伝えられるのは……嫌でしょう?」
とはいえ、とレヴィはクリスマスの時の出来事を思い返した。
ルビィは明らかに【敗者】の現状を知っている。今ここでカスラがルビィに共有したところで、彼女にとって未知の情報なんて全くないだろう。
だが、連帯されるのは危険だ。
現状ルビィもカスラもアークスの名の元ではなく独断で単独行動を行っている。
カスラがルビィの持つ情報量を把握していないのは、ルビィが現状誰とも協力するつもりがないという事を示唆している。
だがここでもしルビィとカスラの間で情報の共有が行われれば、それは一気にアークス中枢部における共通した情報に成り果てるだろう。
カスラから詮索を受けるのは不愉快だが、その詮索はあくまで彼からの個人的な復讐という範囲に収めておくべきだ。
レヴィはそう考えると足を持ち上げ、今度はカスラの腹を踏んだ。
重りの入った重い靴が彼の腹を潰してしまわないように、少し浮かせて軽く靴底が触れる程度に抑えている。
「はぁ、仕方ないな……レヴィ様の足技でまさかそんな風になるおバカがいるなんて思わなかったんだけど……まあ、バカには付ける薬ないとか言うけど、付けない薬ならあるしね」
「ッ……」
「ほら、わたしいいもの持ってるの。これ、あげる」
レヴィは退屈そうに言葉を紡いだ後、パチンと指を鳴らすとカスラの真横にあるものを落とす。
それは数十キロの重い物体であり、ドスンと音を立てて地面に落ちていくと、カスラはそれを見て目を見開いた。
「ッ!?これは……」
レヴィは視界に映る自分と全く同じ姿の器を見て気だるげに足で転がす。
無機質な人形が物のように扱われる姿はカスラの神経を刺激したが、レヴィは構わず説明を続けた。
「わたしのスペア。あ、入ったことの無いものだから記憶領域はまっさらだし、調査してもただのアークスの肉体が出るだけだよ。で、何をしたいかというと……」
レヴィはぴょんと一歩跳ねると器の首を掴み、片手で持ち上げカスラにその姿を見せつける。
「わたしはね、他の奴とセックスなんて到底したくないワケ。だから、この体である程度の段階まで相手してあげるから、残りは自分でやって。
あんたの言いたいことはつまり、まだ満足してないってことなんでしょ?」
器だから当然かもしれないが裸体だ……異常性癖に苦しめられている彼にはあまりにも目に毒である。
「……」
「欲しいなら、あげよっか?使い終わったあとのスペア、さ。あぁそうだ。いいこと教えてあげる。
そのスペア、処女なの。わざわざ膜を作ってるから、貫通させられるよ?」
「……!」
男の処女信仰という奴をレヴィはあまり理解出来ていなかったが、男が何を言えば喜ぶのかどうかはわかる。
実際カスラの目は血走っていた。元来女、いや雌という物に興味など無いものだが、彼は己の内側が獣に染まるほどレヴィについて調べ続けていた。その度に欲が刺激され、その度に己の異常性を意識し、復讐のために用意された道はいつの間にか性欲を膨らませるための盛大な自慰行為と化していた。
「やる条件は二つ。ひとつは、これをあげたら金輪際前の話題に関することでイチャモン付けないこと。もちろん他人に公言することも禁止。もうひとつは、わたしがするのはあんたの自慰行為に付き合う治療であってセックスじゃない。それを履き違えないこと。いいね?」
「……分かりました」
カスラはまるで悩み含んだような言い方をしたが、内心は全くそうではない。目の前に渇望した雌の体を差し出されて、それを好きに使っていいと言われているのだから当然だ。
魔性。今の彼にとってレヴィとはその一言で表現出来る存在だ。
男を誘惑し、堕落させ、意のままにコントロールする極限の悪女。カスラの理性は彼女がどれ程危険で恐ろしい存在なのかよく分かっていたのに、彼女以外で解放されない下半身がまるで運命の人か何かのように彼女を求めている。
レヴィはその渇望をまるで知らぬもののように振る舞い、短いスカートを揺らしながら何歩か離れていくとくるりと振り返った。
「じゃあ、レヴィ様の入れ替えマジックするからちょっと待ってねぇ?あ、ちなみに原理を解明しようとか考えてもホント無駄だから。
これ、わたしの技であってフォトナーの技術じゃないし」
言い訳のような嫌味のような言葉の後、レヴィは指を出しパチンと指を鳴らす。
《テゾル》
そんな声が響いたあと、レヴィは裸体の状態でゆらゆらと揺れており、床には先程まで中身が入っていたはずのレヴィが転がっている。
「……ッ!!これはまさか……?!」
それは一瞬のうちに入れ替わったとしか捉えられず、この世におけるありとあらゆる科学技術では説明しようもないその現象はカスラから見て魔法のような特別な力としか思えなかった。
そんな力をアークスで扱えるのは、彼の知る中ではただ一人。
「手品完了〜。じゃ、脱いでよ。さっさと、早急に、一秒でも早く」
「くっ……ただのアークスじゃなかったとは……いや、ならばなぜ初代クラリスクレイスの時と同じように解剖していないのか……」
レヴィが本当にマジックユーザーであるならば、【敗者】にとって喉から手が出るほど欲しい人材だということには納得できる。
しかし彼女の体には傷一つなく、実験素体とは思えないほど大事に扱われており彼女も洗脳されているとは思えないほど普通だった。
何より、虚空機関の実験素体を制御する為のありとあらゆる電波を浴びせてもレヴィは一切反応していない。
カスラはレヴィの裸体をジロジロ見ながら考え込んでいると、彼女はカスラの事を睨みながら鋭く眉を尖らせた。
「脱げって言ってんだけど」
「……」
レヴィが銃を引き寄せた所でカスラは思考を無理やりリセットしズボンに手を掛けた。
硬い肉棒が引っかかりつつも脱ぎ捨てると、カスラは勃起した其れを晒しながら恥じらいで顔に汗が吹き出るがレヴィはもう一度指を鳴らすとこれ見よがしに服を纏った。
「あのさぁ、なんで下しか脱がないワケ?」
「必要なのは……」
「は?マゾ犬は全部脱いで当然なんだけど?」
「うっ、……」
「脱げよ早く。レヴィ様は暇じゃないの」
レヴィは寄りかかって気怠げに見上げいかにも苛立ったような態度でカスラを急かす。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる