退屈な牢の中。
レヴィは己の艶やかで潤った絹のような髪をさらさらと撫で、首を傾げた。
確かに時間を掛けて手入れすれば己の髪と言えど質はそこまで悪くないように思える。
しかし、この顔と体では髪に釣り合わないだろう。
「でも、……髪結んだ方が良いって言ってたし、あいつ」
レヴィは両手で髪を掴み、【敗者】に髪を結ってもらった時のように擬似的なツインテールを作ってみるが、視界の中に鏡はなく端末も再び没収されたため自分の姿を認識出来るものはなかった。
「分かんないな……」
レヴィがその手を離そうとした瞬間、扉が開き、【敗者】がドアの隙間から顔を覗かせた。
「わっ?!」
レヴィは慌てて手を離し、体育座りをしてそっぽを向くがそんな怪しい挙動をしているせいで【敗者】は真っ直ぐにレヴィの方へ進んでいった。
「……エル」
「な、なに」
【敗者】は迷わず牢を開けて、レヴィの手首を掴んだ。
大きな手が細い手首をしっかりと包み込み、レヴィを牢の外まで連れて行くと見るからに高級なソファにレヴィを座らせる。
「どうしたの?また訓練?それとも……」
レヴィはまだ慣れないのか部屋を見渡し、空調の風が当たると体を震わせ着ていたオーバーサイズのシャツに体を寄せた。
「そろそろ、まともな服を着た方がいいだろう」
「え?……監禁してるのに?監禁ってのはね、衣食住で人間の尊厳を奪うことから……」
「一々繰り返さなくてもそれくらい知っている。僕としては貴様への尋問や拷問を目的としている訳では無い。無理に言う事を聞かせても裏切られるだけだ」
レヴィはあぁ、と適当な相槌を打ち、興味無さげに目を逸らしながらも思考は【敗者】の方にだけ向いていた。
彼は既に裏切られた身だ。おまけにそうやって拷問をして遊べるほどの余裕はなく、真に立場が危ういのは【敗者】の方。
だからこそ、今の【敗者】はレヴィに対して絶対に裏切らない味方になってくれ、と土下座しても懇願する立場なのだろう。
彼の横暴で傲慢な態度や牢に閉じ込めるという行動がそれを隠しているが、【敗者】は優位に立っていると見せつけることで、己の弱みを隠しているだけに過ぎない。
レヴィはそう考察し、反発しながらも少しは彼を同情的な目で見てしまう。
孤独で、人から裏切られ、それでも望みのために力を求めて足掻いてもがいて、どこか廃れた雰囲気を持つ男。
レヴィはここから出たい、外に行きたいという思考があったものの、彼を見捨てたら後悔してしまうかもしれない、という思考に囚われていた。
【敗者】の本質が人であろうとなかろうと、自我の作られ方が違おうと、レヴィには関係ない。
彼女が認識したものだけが彼女の世界の全てだ。それ以外は彼女にとって不必要。
だから、彼の枯れたような言葉はレヴィの柔く弱い部分を木で出来た箒で乱暴にまさぐられるかのような痛みを覚えさせられた。
「この世界がもう少しわたし達みたいな奴に優しければ良かったのにね」
「周りが僕達に愛想を振りまいた所で僕に何の意味がある?所詮駒は駒。出来損ないの玩具風情が僕に逆らう方が可笑しいだろう?
その程度の虫ケラから慈悲を与えられる意味など存在しない……」
「優しくされなかったから、あんたの計画は失敗したんだよ。わたしだって、優しくされなかったからこんな所にいるワケ」
レヴィは【敗者】の方に目を向けると、彼の太腿に膝を乗り上げて顔を近づけた。
「優しくされなかったから独りで、願いも叶えられなくて、後ろ指刺されながらこうやって、でもずっと生きたい、報われたい、どうにかして傷を遺してやりたいって叫んでる」
レヴィは【敗者】の頬に手を置き、耳元に唇を寄せると静かに囁いた。
「死にたいんだよ、わたし達」
レヴィの指はうっすらと【敗者】の耳をなぞり、髪を撫で、静かに離れると彼女は寒さに震えていたのも嘘のように着ていたシャツを脱ぎ、裸体になって【敗者】に体を寄せる。
「……」
「あんたが仮に願いを叶えたとして、……その先のビジョンがあんたに見える?」
「さあな。僕にとっては全知を手に入れることこそが生きる理由。その先の道などどうだっていい……」
「そうだよ。幸福ってのは絶対量に支配されてる。わたし達は幸せになる権利を得られない側の人間。だから生きるために生きてるんじゃなくて、死ぬために生きてる。さっさと満たされて、さっさと死にたいと願ってる」
【敗者】はレヴィの方に手を伸ばし、髪をさらさらと撫でる。
言語化に時間のかかるような、違和感にも近い感情が【敗者】を支配していた。
「生きるのが怖くなったらさ……一緒に死ぬことくらいはしてあげるかもよ?」
「死にたいなら勝手に独りで死ね」
「独りなら生きるしかないでしょ?わたしはアークス共を見返したいんだから。でもさ、二人ならそんな事もみんな意味が無くなってしまうような気がするの……」
【敗者】の紅い瞳にレヴィの視線は吸い込まれた。
どんな宝石も陳腐に見えるような、血よりも紅いその瞳は、怪物のようで、しかしどこか寂しげで。
「……何が言いたい?」
【敗者】の言葉に、レヴィは目を見開き、彼を見つめた後……イタズラに微笑んで一言だけ声を出した。
「ふふ」
その言葉の後直ぐにレヴィは離れ、目を逸らしながら着ていたオーバーサイズのシャツを太ももに被せる。
「服、変えるんでしょ?」
レヴィの言葉に、【敗者】は目を細めため息をついた。
その淡白でわざとらしい笑いだけで、【敗者】はレヴィの意図を察したのだった。
("一方的に話して満足したからレスポンスは要らない"か?僕を相手に随分傲慢な事だな)
【敗者】はディスプレイを開き、ネットショッピングのページを眺めながらレヴィの方をチラリと見る。
レヴィは至極興味無さげで、足を組み替えてはソファにもたれかかり目を閉じていた。
「貴様が着る服だ。少しくらい興味を持ったらどうだ?」
「わたしに選べって?あんたの指が止まってる場所にある服でいいよ」
レヴィはそれだけ返すとまた目を閉じ、深呼吸する。
「誰が貴様の言いなりになるか」
「だって、だるいんだもん。体が重くて……、筋肉痛とかはないんだけどさ。ちょっとくらい体を休めないといけないのかも。あぁでも、あんたがわたしの携帯返してくれたら直ぐに治すけど……」
二人は歯車のずれた微妙に噛み合わない会話をした後、再び静寂が訪れる。
【敗者】は己の纏う服がフォトンを使って紡いだものだという事を思い出すと、レディース服だけではなくメンズ服もソートする事になった。
(外に出る予定はないからルームウェアで十分だろうが……、しかし外に出る機会が訪れれば結局服を買い直すことになるか。兼用出来るものが効率的だな)
ダークファルスであることを隠し、極限までダーカー因子を抑え、潜伏するにはダーカー反応を減らす必要がある。
【敗者】が今纏っている身衣はその意図を邪魔する。アークスや市民が着るような服を纏えばよりダーカー反応を減らすことが出来るはずだ。
初代クラリスクレイスが纏っていた服のように、膨大な力を制御する機構を付けるという案も悪くない。
とはいえ、【敗者】の今の状況では開発の為の道具はなく、そこまでの事をせずとも損傷しているお陰で余程のことをしなければダーカー反応はそう簡単に出ないだろう。
【敗者】の現状の計画はこうだ。
レヴィを契約に同意させ、外に出る為の手筈を整えたらダーカー因子の濃い場所で肉体を回復させる。
それからレヴィと己の強化の為の研究開発を行いながら同時進行で市民層や匿名掲示板に蔓延っているようなアークスを対象に裏からオラクルへの不信感を与え、最終的にアークスが何かしらの状況で混乱しているタイミングで皆殺しにする。そこでレヴィの体質を有効活用した何かしらの攻撃やトラップが作れれば最高だろう。
マザーシップを起点として宇宙を飲み込み、全知存在と化した後は……
(生きる意味も無くなって死ぬ、か)
【敗者】は先程のレヴィの言葉を思い出した。
確かに、自分達のゴールは死だ。
死ぬために生きている。
生ける物が生を望み、未来を望んで生きているというのなら、我々は死を望み、過去の怨念に囚われて、そこからどうにか解放されようとして生きている。
「エル」
「服、決まった?」
「仮に僕が今死ぬと言ったらどうする?」
「んー……付き合ってくれって話?いいよ」
レヴィは【敗者】の方を振り向いて、ケラケラと笑った。
「自分の計画はどうだっていいのか?」
「だって、そう簡単に死ねないから。どうせ一緒に死んだところで、死ぬのはあんただけ。わたしはなんだかんだあって生き残る」
【敗者】はディスプレイに触れる指が止まり、レヴィの顔をじっと見つめた。
「……誘致するだけして生き残るか。最悪の性根だな」
「仕方ないでしょ?わたしはこの人生に満足しないと死ねないの。だからあんたが死にたいって思った時、偶然わたしも満足してたらいいね」
「心中したいのは貴様だけだろう。僕はあくまで仮定の話をしただけだ」
レヴィは【敗者】の手を取り、指を絡めるとそのまま握り締める。
「……」
彼女は裸体だが不思議とみっともなさは感じない。
その演技じみた挙動と憂いな目が不思議と彼女から生気を奪っていた。
「全知を手に入れさえすれば僕はそれでいいんだ。だから僕は……」
「おにーさん」
レヴィは【敗者】の手を掴み、ぐっと彼の胸に押し付けた。
【敗者】は意識もしていなかったが苦虫を噛み潰したような顔をしており、声はどうも震えていた。
「感情を隠すだけが賢さじゃないと思うよ」
レヴィは目をじっとあわせ、顔を近付けると唇が触れ合う寸前まで寄せて、【敗者】の唇に噛み付いた。
「ッ……!!」
突然の接吻紛いの行動に【敗者】は肩を震わせたが、レヴィにはその自覚はなく、ただ自分の中に作り上げた理想に酔いしれていた。
「奪われたんでしょ?アークスに。あなたの大事なもの」
「……あぁ」
「辛くて苦しくて、やってること全部無駄になったって気持ちを抱えたまま、でもそんな事を叫んだってどうにもならないからそんな顔してる」
言ってることに嘘は無いはずなのに、演技臭さが混じる。
それが現から離れた浮世のように思えて、【敗者】はまるで夢でも見ているかのような感覚に陥った。
「でもさ、わたしは苦しさを叫ぶ事にちょっとくらい意味はあると思うんだよね……」
「状況が変わるとでも?」
「この世で一番弱い奴が、【敗者】の事見て同情しちゃうかもしれないでしょ?」
レヴィはつんつんと【敗者】の頬をつついて笑った後、彼が先程まで見ていたディスプレイを掴んで眺め始める。
「それは……誰の事だ?」
「貴方に手を伸ばす人が、わたしである必要はないよ」
レヴィは自分の目で見て軽く判断し、カートに既に入っていたレディース服に対応するような男性用の服を何着か入れると、直ぐにチェックアウトした。
すぐさま倉庫に商品が転送されたのを見て画面を閉じると、レヴィは【敗者】のシャツに手をかける。
「だったらなぜ……」
【敗者】はレヴィの指が彼の首元のボタンに触れたところで無理やり掴んで離そうとするも、レヴィは足を絡ませて彼に抱きつき、そのままボタンを外してしまう。
「選択肢がないんでしょう?だからわたしは繋ぎ」
レヴィは【敗者】のシャツのボタンをひとつ残らず外していき、開くと現れた生肌に頬を押し付けた。
「もしここに居るやつがもっと強いアークスで、もっと有能なやつだったらあなたにとっては良かったのにね……」
【敗者】の胸筋を撫で、唇で吸い、首筋に噛みつき彼の体を貪りながらレヴィは腰を柔らかく押し付けた。
「言ったでしょ?ハズレくじだって」
「僕はいつだって貴様を本気で採用するつもりなのだが……まあいい。貴様が己の中でどれほど繋ぎだと、いつかは帰れると認識していたとしてもそれが全知に悪影響を及ぼすとは思えない」
「つまり?」
「貴様はあと千年勝手に繋ぎだと思って生きていればいいんじゃないか?僕はそんな認識の齟齬に一々踊らされるほど貴様に慈悲を与える理由はない……」
【敗者】はレヴィに体を預けながら、既に決済が終わって空になったカートを見てため息をついた。
「それとも、目に見える報酬さえあれば乗ると?」
「……」
レヴィは目を細め、【敗者】を静かに見つめた。
睨む事は無い。ただ観察するように、見定めるように眺めた。
「わたし、なんで貴方に惹かれちゃったんだろうね」
レヴィは枯れたように呟いて、【敗者】に体を預けた。
「そんなに僕の外見だけ好みなのか?」
「うん、……かっこいいよ。好みの顔と体してる男。あなた以外にそんなこと考えないのにさ……」
【敗者】はレヴィの言葉を聞いて、彼女の体に目を向けた。
血が薄く透けるような白い肌と、稲穂のような薄い金色の髪。くびれた腰と丸く大きな尻を見ると、確かに外見というものは本質的な評価に無駄な影響を及ぼすのかもしれない、と【敗者】は思った。
「そんな相手にさ、忌み子だって言われたり、無視されたり裏切られたり……嫌なの、わたし」
「そんなに傷付くのを恐れるのか?」
「傷付くのには慣れてる。でも、人を好きになるのには慣れてない……」
「僕だって、そんなものは一生掛けても慣れないだろう」
「好きな人でもいる訳?」
「居ない」
【敗者】はしっかり即答したが、レヴィの顔はじっと見ていた。
「そう……」
「所詮ただの面食い女だろう?人と向き合う気も無いのに好かれたいと考えるのは随分幼稚なんじゃないか?」
【敗者】の言葉にレヴィは頬を膨らませた。
どれほど煽っても不機嫌にならなかったというのに、そんな些細な言葉のひとつで機嫌を悪くする様子は、やっぱり【敗者】には理解できなかった。
「わたし、別に【敗者】の中身が嫌いなんて言ってないけど」
「は、散々拒絶して喚いて突き放す癖にか?」
「わたしはね、臆病な奴と馬鹿と偽善者が嫌いなの。軽薄なやつも嫌いだし、群れてキャンキャン煩いやつも嫌い」
レヴィは【敗者】の唇に指を置き、少し撫でるとまた唇を寄せて噛み付いた。
「【敗者】はそうじゃないから」
「……」
【敗者】はレヴィの熱の篭った瞳に少し打たれながらも、どうにか己にとって正しい感情を繋いで彼女を見下ろす。
「ね、【敗者】」
どうしようもないファム・ファタールの女が【敗者】の喉仏を撫で、女豹のように腰を持ち上げながら、【敗者】ににじり寄る。
「服、着せて?」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる