倉庫から買ったばかりの服を取り出し、【敗者】はレヴィに攻め寄る。
レヴィのいたずらでペアルックのようなメンズの服は増えていたが、服のチョイス自体は【敗者】のもの。
「……そういう趣味なんだね、【敗者】って」
フリルが何重にも重なる、真っ黒なワンピース。
室内着にも出来るように締め付けは控えめで、しかし外出着にもできるように上着や靴がついている。
ジャンルとしてはゴスロリだろうか。
レヴィは得意げに言い放ってみせたものの、実際服と対面してみると自分には似合わないんじゃないかという直感が過ぎり、無理やり購入した少し前の自分に後悔する。
(あぁ……気取った手前戻れないじゃん)
先程までのあれはレヴィの癖みたいなものだ。
本音に近い言葉をひとつ言うと、自然に動きも言葉もみんな演技じみていく。
本当のことを言えば弱みを握られるかもしれないという恐怖か、自分で自分を茶化しているかのどちらかだろうが、一回浸るとレヴィが萎えるまでレヴィ自身でも止められず、大体最終的には相手を殺してるから殺し終わったタイミングで落ち着くのだ。
しかし相手は【敗者】。殺せない相手。
レヴィは既に正気に戻っており、だいぶ浸ってしまった反動からか羞恥が彼女の顔に浮かぶ。
「エル?」
「っ、な、なに」
「着せろと言ったのは貴様だろうが。さっさと立て」
「わっ!」
【敗者】に腕を引かれ、レヴィは無理やり立たされる。
レヴィの顔が焦燥に染まり、体が強ばる度に彼女の皮膚にまとわりついていたファム・ファタールの皮や、浮世の羽が剥がれていった。
「どうした……粋がるのは終わりか?」
「……」
レヴィは黙りこくったまま【敗者】に体を預けると、彼の手が胸に触れる。
「わっ……、あ、う」
ブラジャーを付けるだけの単純な動作のはずだが、レヴィは【敗者】の骨ばった大きな手に目が行き、思わずその行動が酷くエロティックで誘惑的だと感じてしまった。
前のメイド服の時とは違って特にギミックもない普通のワインレッドの布地に黒いレースが着いた下着だが、【敗者】の手によって着せられるだけで不思議とそのまま触れられて脱がされてしまうのでは、と考えるほどだった。
レヴィはどれほど気取った動きをしたとしても何も嘘をつかなかった。
【敗者】の外見は好きだし中身も嫌いじゃない。だから、やっぱり惹かれてる。
「ぱ、……パンツは、自分で履く」
【敗者】の手に持っていたショーツを奪い、レヴィはいそいそと履くと、【敗者】の事を見て顔を真っ赤に染めた。
今はレヴィも自分の感情が恋愛感情だとは思えていない。明らかに性欲から来ている欲求不満のそれだと自覚が出来ている。
しかし、【敗者】に惹かれる心はそれ以外にもあるはずなのだ。
「わ……」
【敗者】が跪いたと思えばレヴィの足を掴んでおり、黒の薄いストッキングをつま先からかかとまでしっかりつけていた。
布越しに腿に触れ、するすると動かして、足を側面からなぞりながらストッキングで包んでいく。
「るーっ、……、さ」
レヴィが【敗者】を見下ろすことは今のところほとんどない。しかし、見下ろしたとて彼の眉目秀麗は引き立つばかりで、そのさらさらした髪の隙間から彼の艶やかな赤い瞳が覗き、彼の唇がレヴィに話しかけるため歪むと、レヴィは心臓が引き締まって死んでしまいそうになった。
「エル」
「な、なに、その、わたし……ひゃんっ?!」
【敗者】の手が腰に触れた瞬間、ゾクゾクとくすぐったさと快感の間のような不思議な快楽が襲い、レヴィは体を強ばらせた。
「あまりにもみっともない顔をしているから貴様のプライドはどうなんだと聞きたかったんだが……、それほどの羞恥を晒せるのであれば無駄な問いだったな」
「うるさいっ!あんたの触り方がえっちなせいでしょ?!」
「そういう度合いで測りたいのか?なら最初に着せろと提案してきた方がよっぽど変態だな」
「〜〜ッ……」
レヴィが言い返せず口を噤んでいる間に、彼の手によって次々に服が着せられ、試着のために外出着用のコルセットや上着を付けられた所で【敗者】は再びレヴィの手首を掴んで椅子に座らせた。
用意したのはバームやコテ。
やはり、髪をセットするつもりだ。
「……また、あの髪?」
「嫌なら巻き方を変えるか?」
「ちがっ、そういう問題じゃなくて……そんなはっちゃけた髪型わたしには似合わないって……」
「むしろ今までの方が陰気臭くて似合わないがね」
「へっ?」
【敗者】はレヴィの頭を掴み無理やり正面を向かせると、またツインテールを作り始める。
レヴィは前に【敗者】と話したことを思い出した。
【敗者】は本人曰くバツイチでも子持ちでもないらしいが、育児経験はあるらしい。
仮にその相手が女だった場合、【敗者】もその相手をツインテールにしていたのだろうか……
「女の子の似合う髪型ってツインテールだけじゃないんだよ……?」
「僕は貴様の話をしているんだが」
「わ、わたしだってエステにいけばショートとか…」
「行ったことがあるのか?」
「……有人だからないけど」
【敗者】はルームウェア想定と言うことを忘れていなかったのか前よりはツインテールを緩く巻こうとしており、ぼんやりと彼女の髪だけ見ていた。
「……おわった?」
髪を梳かれ、まとめられるとレヴィは彼の美容師気取り期間が終わったのだろうと振り向いて【敗者】の方を見上げた。
レヴィのさらさらとした髪はきっとレイヤーを入れて動きをつければ羽……いや、尾のようにふわふわとなるのだろう。
「……やっぱり貴様は犬だな」
「え?なんの文脈で?」
「陰気臭い女が近くにいると、僕まで陰気臭くなるんだ。試算の邪魔になるからせめて阿呆な面を晒して跪いていろ」
「う……根暗って言いたいんでしょ根暗って。知ってますよそれくらいー……」
【敗者】は仕上げと言わんばかりに髪飾りを付け、ようやく完成させると離れようとする。
が、レヴィはふとあることを思い出し、彼がレヴィの完成度に浸る前に口を挟んだ。
「あんたの服も買ってるから、着てよ」
「……あぁ、……そういえばそうだったな」
「わたしなんかに執着するより自分の服に関心を持ったら?」
「服は所詮服だ。どうだっていい」
「どうだっていいとかいう奴のすることじゃないでしょ」
返事もしないまま、【敗者】は興味なさげに自分用の服を出すと着替え始めた。
「あんたかっこいいんだから、もっといい服着れば?」
「科学者の着る服にデザインなど不要。機能性以外必要ない」
「あ、それは分かるかも。白衣って完璧だし」
しかし、【敗者】が服を纏い佇むと、レヴィの考えは一瞬で変わった。
(うわ……【敗者】めちゃくちゃ似合ってる……)
レヴィは思わず直ぐに立ち上がると【敗者】にぎゅっと抱きつく。
「【敗者】ってばすっごくいい!」
「ッ!!」
【敗者】は動揺し、浮いた手が空を掻く。
自分が選んだのだからみっともない物は着せられない、センスがないとは言われたくない……みたいな思考でレヴィにしっかり選んではみたものの、そこの先にあるものは【敗者】好みのファッションという事実で。
服はもちろんのこと、素材であるレヴィの姿も全裸ですら"悪くない"と思っていたのだ。
服を着たらそれが"かなり良い"になるに決まっている。
「【敗者】さあ、やっぱちゃんとかっこいい服着た方がいいじゃん!」
「僕は……」
「かっこいい、超カッコイイ……すっごくイイ……!」
(そんな事言うならさっさと取引に同意してくれないか……)
【敗者】は心の中で悪い方のため息をついてはいるものの、レヴィに何でもかんでもあれやこれやと持て囃されるのは嫌な気持ちにならなかった。
そもそも打算なしで褒められることなど滅多になかったからだ。
見下していた子供のような感情反応が、今は悪くないように感じる。
「それにしてもペアルックっていうのにわたしとあんたじゃ月とすっぽんで……」
「そうやって無駄に卑下し続けるのは些か不毛だと思わないか?」
「え…?」
【敗者】はレヴィから体を離すと、試着として着た上着を脱いで、レヴィの上着にも手を付ける。
これまでは服の試着だが、これから先は室内着として生活するだけのフェーズだ。
レヴィは【敗者】にされるがままになっておきながらも、困惑した顔で彼を見上げていた。
「でも、その、わたし……こういうの似合わないし、興味無いし」
「貴様より万倍僕の方が興味無いがな」
「でもあんたはかっこいいから…」
「だから、それが不毛だと言っているんだ。僕も貴様に合うと思って選んだ。貴様も服装を整えた僕を望んでいる。それだけでいいんじゃないか?」
それだけの単純な話なのだが、レヴィは【敗者】から似合っている、という意味合いの言葉を言われるとなんだか気恥ずかしくなった。
目の前の端麗な男に容姿を褒められるのは世辞のようで、なんだか嘘くさくて、でも全く嘘じゃないということが彼の態度から見えているからだ。
「感情で納得出来ないなら、理屈で納得させてやろうか」
「……あんたの目、多分腐ってるかセンスないと思うけど……」
「知らん。貴様がそのような服を着ることを認める代わりに、僕も機能性だけで服を選ばないようにする。これが貴様の求めることと僕の求めることを叶えられるやり方であり、平等な取引だろう」
「……まあ、そう、だけども」
互いに室内着として服を整えた後に、【敗者】はソファに座りレヴィに手招きした。
「来い」
「来いって……何かするの?」
「何をするのにも理由が無ければやらないのか?」
「そうじゃないけども……」
レヴィは【敗者】の横にちょこんと座り、指をもじもじと動かしながら彼に寄り添った。
「アークスに対しての対抗手段だが」
「え……今その話?」
【敗者】はレヴィの全身を見渡しながら顔は仏頂面のままで、淡々と呟いた。
レヴィはこのまま服の話題で盛り上がると思っていた故か、彼から降りかかった予想外の言葉に思わずフリーズした。
「六芒均衡の中に大衆向けのパフォーマーがいる。アークスの支持層を傾け、反感を持たせるのに対抗してアンダーグラウンドで宗教的なパフォーマーを立てるというのも悪くないかもしれないな」
「パフォーマー……」
レヴィはその言葉に思わず心が高ぶる。
己が嫌われ者だと言うことくらいは分かっている。
しかし、エンターテイナーやパフォーマーという立場はレヴィが心の奥底で求めていたもの。
気取った言葉を使ったり、人を殺す時に気丈な態度で無意味に話しかけていたりしたのはレヴィの中でパフォーマンスをして楽しみたい、という意思があったからだ。
実際のところ自分が満足するためであり人からの賞賛はレヴィにとってそこまで興味無いが、しかしステージの上で舞える機会があるというのはレヴィにとって期待を持つ他ない。
「実際、あの日はクーナの人気と信頼により絶対令を完膚無きまでに解除し、アークスを反体制としてひとつに束ねた。大衆層からの信頼や評判はいい方にも悪い方にも傾きやすい」
「でも、……わたしはその、この体のせいで嫌われてるし」
レヴィ自身の心は高ぶっているものの、【敗者】にとって彼女の実際の評判は一切得にならない。
期待外れと言われるのを恐れてか反発するような言葉を口にしてみたが、【敗者】は特に揺らがなかった。
「ならば完全に身元を明かさないという神秘さで売りに出すのもいいし、アバターを使って身元を偽造するのもいいだろう」
「それは……そうかも、でも……その、わたし歌った事とかないし」
学校教育の中でも歌わされる機会などないし、カラオケなどももちろん経験はない。
【敗者】は別にアイドルだけを対象としていなかった故あえて"パフォーマー"という言葉を選んだのだが、レヴィはクーナのことを思い出すとどうしてもアイドルを求められているように感じた。
無言の張り詰めた静寂が辺りを埋め尽くす。
レヴィは仕方なく外のモニターで聞いたクーナの曲……Our Fightingを思い出す。
「あー……、……」
軽いチューニングを終えた後、サビの一節を口ずさんでみる。
本人の普段の性格のキツさとは思えないほどの真っ直ぐで美しい歌声に、【敗者】は心の中で少し驚いた。
慣れてなさはあるものの、下手ではなく寧ろ上手。
歌が上手い必要はないという考えで行っていたが案外この方向性もありなんじゃないかと思えるほどだった。
「や、やっぱ……だめっぽい」
「馬鹿か」
「えっ?あ、ごめん…」
「貴様が目指したいのはアイドルなのか?ならばその方向を視野に入れるが」
レヴィは【敗者】の意図が分からず、口元を手で隠したまま恥ずかしそうに言葉を紡いだ。
パフォーマンスするのは好きだけど、歌はまた別だ。
「視野にいれるって……下手くそだからボイトレするって?」
「即戦力として扱えるから検討しているんだ。貴様が下手くそだったら僕の言葉は"やめろ"以外ないが?」
「……それって、その、下手じゃないって?」
「貴様にとっては残念だろうが僕はその手の類いには詳しくない。しかし、単純に一般人レベルの評価で言えば十分じゃないか?」
「う……」
「アイドルのマネジメントなど……奴らの後追いをするのは些か不愉快だが、逆に考えれば同じ土俵に立った上で上回れるという事だ。こう考えれば、存外悪くないとも思える。
ふむ、またひとつ計画が進められそうだ……」
【敗者】は自分にとって何か掴むものがあったのかニヤニヤと笑い、楽しそうにしていたがレヴィからすれば恥ずかしいだけだ。
「まっ、待って!わたし別にアイドルがいいとか言ってないし」
「なら何がいいと?」
「て、手品師とか……舞台役者、とか?俳優も、いいけど」
アークス公式の放送はクーナ等のライブイベント以外バラエティ面の内容は皆無に等しい。
ドラマやバラエティ番組はそれとは違う回線の、一般市民向けで放映されているため真っ当に働いているアークスなら休日の暇潰しに見るくらいでしか機会は得られない。
「やはりそういう演技か。貴様は最悪のでまかせ屋で傾国美女気取りだからな。自分に酔いしれる方が望みと……」
「な、何その言い方……わたしはただやりたいことを言っただけでしょ?」
「フフ……貴様のその粗末な演技で僕の心を動揺させられると思ったら大間違いだぞ?この僕にあるべきは知識のみ。この僕を高ぶらせるのも知識のみ。決して女に、ましてや貴様のような幼稚な相手の粗末な嘘に、この僕が踊らされてなるものか。そんな事実などはありえない。分かりきったことだろう?」
「え……ちょっとよくわかんない……」
【敗者】から放たれた突然の罵倒紛いの言葉にレヴィは困惑して思わず目を逸らしたが、【敗者】の視界の中ではレヴィが傾国傾城の伏し目を披露し【敗者】を誘惑しているように見えた為、彼の感情は更に悪い方に高ぶった。
「そもそも、わたし別にあんたに協力するとか一言も言ってないし……」
「はっ、貴様はまだこの僕から逃げられると思っているのか?人を誘惑し、己の優位を握った気になってこの僕と駆け引きを楽しんでいるようだが無駄だ。貴様がこの僕を破滅させる前に僕が貴様を支配し、完璧な奴隷に仕立てあげる。そしてその結末は全知だ。完全に完璧な知識、全ての過去と未来の事象を識る全知存在そのもの!分かるだろう?エル?」
「わかんない…」
「分からない?分からないと。それも仕方ないか。貴様のような脳足らずのアホ面女では到底理解出来ないだろうな!この全知の、科学者たる僕が求める知識の高尚さを!貴様のような出来損ないの愚かなアークス如きが!フォトナーである僕の!この偉大なる意思を、思想を!理解出来るはずがあるまい!」
レヴィは【敗者】の事を全然知らないが、彼の口数が異様に増える時は何かしら精神を安定させたい時なのだろうと適当なことを考えていた。
とにかく異様な様子なのだ。
「【敗者】、……その。あのね?わたし」
「とにかく!僕は貴様から接吻されようが動揺などしていなかったという事実だけは」
「せっ……接吻?!」
レヴィは思わず顔を真っ赤にして【敗者】の肩を掴み、彼をゆさゆさと揺らす。
「わっ!わたしがいつちゅーなんかを!あんたに?!」
「先程の記憶を忘れたのかこの痴呆女がッ!僕の口に噛み付いてきただろうが!」
【敗者】はレヴィを睨み付け、怒りのままに吠えるがレヴィこそ全く負けることなく反抗し、声を張上げながら顔を溶岩のように赤く染めていた。
「……あっ!あれは噛んだだけだし!ちゅーじゃない!ちゅーってのはその、唇と唇が触れ合って、ちゅっ!って音しないとちゅーじゃない!」
「リップ音がすればキスか?ならば貴様に顔を近付けて舌打ちすればそれもキスなのか?その幼稚な考えが僕には至極理解出来ないな!いや、理解するのもおぞましい!」
「はぁぁあああー?!噛み付いただけなのを勝手にちゅーと勘違いして動揺して恥ずかしくなってグチグチ言って誤魔化した上にわたしに当たり散らしてるだけでしょ?!このバカ!幼稚男!5歳!4歳!3歳!」
レヴィは全力で【敗者】をぶん殴ろうとするが、彼の今の服が布製の容易く破けてしまうものであることを思い出し力を緩めると、代わりにポカポカと数を打ち込んで叩き出した。
「貴様にどれほどの責任を追わせてやろうか。いくら払ってもらおうか。あぁそうだ、丁度いい所に貴様が拒絶していた取引が」
「わたし……間違ってないし!」
レヴィは【敗者】の服を掴んだまま顔を近づけ、【敗者】の唇に噛み付く。
しつこく痛みを与えるように、強く、人ならばその唇が噛みちぎられて血に塗れるほどの力で。
「ッ!?」
しかし【敗者】はダークファルス。そんな程度で傷がつく男ではない。
つまり攻撃ではなく単なるサービスになるという訳だ。
「ちっ、やっぱりそう簡単には怪我しないか……」
「貴様……この期に及んでまだそんな愚行をッ!」
「愚行っていうならあんたがわたしにやればどう?!
わたしはいまあんたの唇を噛みちぎるほど強く噛んだ。だからあんたもわたしの唇を噛みちぎれば?それでわたしが傷を作って、口元血だらけにして痛みを覚えればわたしの行為がちゅーじゃないって分かるでしょ?!」
レヴィは脱力し、【敗者】に向けて顎を突き出して目を細めた。
「噛みちぎりなよ。わたしはそういうつもりでやったんだから。あんただってそうすればいい。接吻だってバカにされるくらいなら、唇噛みちぎられた方がマシ!」
「……ッ、つ……痛覚があることを忘れたか?」
「忘れてないよ。死ぬほど痛いんでしょ?でもいいって言ってんの。やればどう」
(この女の肝の据わり方はなんなんだ……?)
【敗者】は顔を傾けてゆっくりとレヴィに顔を近付け、唇と唇が触れる寸前まで持っていく。
(そもそも僕がなんでこんなことを……この馬鹿女は噛んだだけだと主張しているから恥じらいも何も無いが僕の中の認識は接吻だぞ?!僕がわざわざなんでこの女に接吻などしてやらなければならない……!!)
「噛むことも出来ないの?臆病者」
レヴィからの挑発の言葉に【敗者】は苛立ち、彼女の肩を掴むと口を開き彼女の唇に噛み付いた。
彼女が言う噛みちぎるよりは圧倒的に弱い、歯で挟む程度の力だ。
レヴィは目を開けたまま彼を睨み付けるが、【敗者】が口を開けて一瞬離したかと思えば今度は唇をしっかり合わせた。
「んっ?!」
ちゅ、とリップ音が立つと同時にレヴィが驚愕に目を開くと、【敗者】はすぐさまレヴィの後頭部を抑えて角度を変えながら執拗にレヴィの唇に食らいつき舐る。
レヴィのぽってりとした甘ったるく柔らかい唇。
【敗者】の唇も彼の顔の厳つさの割には随分心地が良く、唇が触れ合う度に互いの柔らかさに溶け落ちてしまいそうなほど気持ちが良かった。
「っん、ぅっ、ちが、はなしがちが、んっ!ちがぅ、ちがうっ!」
「……」
唇の触れ合う音が響き、【敗者】はレヴィの頭を撫でながら、その大きな体で抵抗する彼女を抑え込む。
「るぅ、るぅさっ、ん、これ、……っ、ちゅっ、だから」
レヴィの声がだんだん露っぽく、疲労してきたのを感じると【敗者】はようやく顔を離し一言呟いた。
「ミスだ」
「ふぁ……?」
「貴様があれを噛んだだけと主張するなら、これをミスだと認めろ」
「な、何がミスって……故意でしかないでしょうがっ、ゴホッゴホッ……この……ッ!!」
レヴィは顔を真っ赤にして、思わずかなり本気で咳き込むと行き場のない感情を己の拳を握り締めて耐えた。
「貴様の言う通り噛んだがうっかり力加減を間違えて唇が接触しただけだ」
「嘘つき!全然弱かったし!いい?!あんたはダークファルスなんだから、まともに噛んだらわたしの唇なんて一瞬で血だらけになるに決まってるでしょ?!」
「だったら、貴様の唇が血だらけならなんでもいいのか?」
「え、何?どういうこと?」
【敗者】はレヴィに顔を近付けると、己の唇を思い切り噛み締める。
切れてこぼれた血を押し付けるようにレヴィともう一度唇を合わせると、【敗者】は何事も無かったかのように離れて知らんぷりだ。
「……っ、……あ、あんた……!!」
レヴィは己に全く痛みがなかったことと、【敗者】の口から血が零れているのを見て顔を真っ青にし彼にしがみついた。
「なにやってんの!わたしそんなことしろなんて言ってない!」
「合理的な判断の元行っただけだ。僕が貴様に噛み付けば貴様がしばらく喋れなくなりそうだからな。貴様の挑発ごときでコミュニケーションに支障を来すのは面倒だ。かといえ貴様には自分の唇を自分で噛みちぎるほどの度胸もないだろう」
【敗者】は痛がる様子もなく、唇から零れる血も拭わず淡々と言葉を呟いた。
しかしレヴィは彼よりもずっと焦燥に顔を染めており、【敗者】の唇に指を這わせると血を拭い、彼の頬を撫でて不安に顔を歪めた。
「わたし、……っ、べ、別にあんたがいえばそれくらいしたから!」
「後で何を言おうが今この状況のみが真実だ。貴様は出来なかった。僕は出来た。そして貴様の求めた状況は今ここにある」
「っ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?!止血しないと!口元の傷なんて雑菌が入ったら……」
「ダークファルスにそんなことを求めるのか?僕の血液だって器の持つ肉体的な機能に足してダーカー因子に塗れた、どんな口内細菌よりもよっぽど穢れた物だろうが」
「……でも!なら、怪我をどうやって治すの?!あんたたしか、アイツにやられて損傷してるっていってたし……!」
「この程度なら放置すれば治る」
レヴィは【敗者】への心配と己への自己嫌悪の感情でグチャグチャになり、彼に言い返す言葉も見つからず、手を離して俯くと静かに一言呟いた。
「……、ごめんなさい」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる