――屋敷の大きなホールの中で、激しい轟音が響く。
「まだだ……余所見するな!」
「っく……!」
現れては直ぐに消えていく大量の的に弾を打ち込みながら、レヴィは攻撃を避ける。
【敗者】はレヴィに悟られないよう空間の低速化を行い、縛りを与えているからか彼女の動きは遅くギリギリで避けたり、避けられずに被弾する物もあった。
「致命傷になる部分に当たるんじゃない!実戦なら貴様はもう10回死んでいるのが分からないのか?」
「一々、やかまし、……っう゛!!」
「命中率が80%を下っているぞ!このままでは不合格だ!もっと集中しろ!周りの音を聞くだけでは無い!どの方向からいつ降ってくるか、出る前に理解しろ!」
「出る前とか無茶言わないでよバカ!」
【敗者】は直感を鍛えろと言ったつもりなのだが、彼女は言葉をそのまま受け取り、プリプリと幼く怒り出しながらも銃を構える。
可変するのが強みの一つであるアイゼンハートだが、ひとつの武器種に対しての熟練度の低さが【敗者】の目に障り、攻撃の主軸となるであろう武器のいくつかを重点的に鍛えることにしたのだ。
「〜〜ッ、このっ!」
【敗者】はレヴィが目を閉じても祈れば当たると言い出した時は大分馬鹿にしたが、それは事実だった。
レヴィは本当に運だけは異常な程あるようで、運を試されるものは尽く良い結果を残していた。
しかしその代わりに、攻撃にまで運を求める事からそうでない状況下での精度の低さが目立っている。
いくら祈れば当たるなどと言っても、当てようと狙った状況下において、運が尽きた上己の力量不足で当たらないというのは論外だ。
運に頼った戦い方など正確性に欠ける。
――そんな"どれ程神に愛されているか"の勝負で、あの女に……ルビィに、エルが勝てるはずがないと……
フォトンで力を紡ぎ、フォトンを感じて攻撃を避け、フォトンで感じて攻撃を当てる普通のアークスと、全てが素の五感だよりで、完全に生身のステータスで全ての人間を上回るしかないレヴィとは大きな差がある。
「あと30秒だ。その間に一発でも外し、一発でも当たれば今日は一日足置きになってもらおう」
「ばっか、……んな事するわけないでしょ?!」
【敗者】は疲労している筈のレヴィの体に追い打ちをかける。
レヴィは何とかついていこうとする意欲は見せ、体をしなやかに動かし四方八方から振ってくる剣のホログラムを避ける。
空中に表示された的を次々に撃ち抜き、終了のタイマーが鳴り響いた瞬間彼女は倒れ込んでゼェゼェと息を吐いていた。
【敗者】はそんなレヴィの様子を見ながらソファから立ち上がり、モニターを開いたままレヴィに近付くと、倒れ込む彼女の腹を蹴り上げる。
「う゛ッ!!」
「貴様は目の前の敵が倒れる度にそうやって無防備な姿を晒すのか?休むのであれば遮蔽物に隠れ身を伏せて休め」
「だからって蹴ることないでしょうがッ!」
【敗者】はギャンギャンと喚くレヴィを無視して腰を掴み持ち上げると、ソファに寝かせて水分を補給させる。
「エル。命中率は85%。96%以上がノルマだ」
「別にそんだけ当たればいい方じゃん……」
「命中すれば相手が死ぬわけでは無いことはもう分かっただろう?命中するのは当然。それに対してどんな対策を取られても、全て乗り越えた上で当てる。それが貴様の目標だ」
【敗者】の言葉がレヴィにとっての完全な正論になったのか、それを聞くと彼女は不貞腐れた顔をして黙り込んだ。
【敗者】が力の差を教えて黙らせてやっている間はいいが、今度は少し有利にしてレヴィが油断するであろう状況を作る必要もある。
正直、この女の油断は正直致命的なレベルだと【敗者】は懸念していた。
自分が優位に立ったと確信した瞬間、突然顔色が変わって煽り出し、遊び始めるのだから……
「休憩後は……片手剣……スライサーのトレーニングを行う。その後ストレッチとマッサージを行い、今日の訓練は終了とする」
「うぅー……鬼教官…」
「三代目クラリスクレイスを鍛え上げたのも僕だ。貴様からすれば優良なご主人様だろう?」
レヴィがアイゼンハートで創造する武器はアークスの武器カテゴリの範疇には入らない為、ツインマシンガンを一丁で持ったり、ウォンドでもダブルセイバーでもないような片手剣を使ったりとまともな教官が付かなかったのも頷ける。
勿論、レヴィが違法なアークスであり体質も相まって酷く差別をされていたであろうというのは【敗者】にはわかるが……それにしても【敗者】ほどの男でなければ手が余ると判断されても仕方の無いほどだ。
さすが、特異存在と言ったところか。
「そんな教官様が底辺アークスに時間割いて、可哀想なこと…」
「僕は欠陥兵器など連れて来たつもりはない」
レヴィの流れるような自己卑下に【敗者】は静かに苛立ち、声を抑えて言葉を紡ぐも声色には怒気が混じる。
「あははっ!呪われたアークスが欠陥じゃないですって?バカ言わないでよ」
レヴィの呆れたような、諦めたような言葉に【敗者】は吹き上がる。
あれほど力を求めておきながら、アークスを殺す、最強になると言っておきながら、自分の体を欠陥品と、呪いと言って諦めるのか。
そんなものに囚われて、こんな絶好の機会に皮肉を吐いて無駄に出来るほど、怠慢することが当たり前になっているというのか。
【敗者】は彼女の頬を真っ直ぐに叩き付けると、キッと睨みつけた。
「い゛ッ?!」
「ふざけるな……呪いなどねじ伏せろッ!!貴様にはそれだけのポテンシャルがあるだろうが!」
少なくとも【敗者】一人でルビィに勝てる試算は出なかった。
レヴィがそばに居るからこそ、レヴィがその力を高めるからこそ、【敗者】に勝利の可能性が出ている訳だ。
呪いだと他の奴が嗤おうが、【敗者】にとってそれは価値がある。
「他の愚か者がどれほど貴様を見下した所で僕に関係はない!僕は僕だ!僕の式が貴様を必要としている……それだけが貴様の在るべき理由だ!」
「……」
必要、ポテンシャル、価値……そんな言葉はレヴィとは無縁の言葉だったはず。
それなのに、【敗者】は幾度となく、出会ったあの瞬間から何度も何度も、レヴィを必要だと言い続ける。
どれほどアークスがレヴィを迫害しても、【敗者】だけはそうじゃないと……自分だけは味方なのだと、【敗者】はレヴィに繰り返し言い聞かせる。
それは"彼"の常套手段ではあったが、レヴィにとっては初めてのことで。レヴィにとっては【敗者】の心の無い計略も独りよがりな野望も、みんな尊くて特別なものだった。
モニターに表示されたレヴィのバイタルが、静かに心拍数の上昇を訴える。
(どうして貴方はそんなにわたしを必要としてくれるの……?どうしてそんなに優しいの……?使える道具だから?でも、使い終わったら捨てるのに……)
「【敗者】……」
「貴様に拒否権などない。僕の駒になれ。最上で最強の駒だ。三英雄より強い駒になる事だけが貴様の使命であり、貴様のやるべき事。最も優れた駒になり、僕の全知の為に全てを捧げろ」
「っ……」
【敗者】の言葉がエンジンを掛けたかのようにレヴィの心臓を震えさせ、熱を起こし、歓喜を抑えるような声をあげた。
「……わたしは」
【敗者】のしかめっ面と鋭い言葉。それに反して感じられるひねくれた情熱と信頼。
レヴィはここまで自分に向き合って、自分の事を考えてくれる存在がこの世に存在することが信じられず、まるで夢のように感じられた。
だから、レヴィは【敗者】と同じように寄り添いながらも僅かに突き放した。
「わたしはね、期待に応えるなんて言葉は一番嫌いなの……でも、わたしの勝利をあんたと山分けするくらいなら許してあげるから」
「は、どちらが主人か忘れたようだな。僕が貴様に勝利を分けてやるんだ。貴様がアークスを殺し悦楽を得れば、僕が全知となり全てを支配する」
レヴィの目的は最強のアークスになるために皆殺しにすることであり、【敗者】の目的は全知存在になること。
分かりきっていた話題をもう一度繰り返しながら、【敗者】は不意に目の前の女の淫らな姿を思い出して、心が一瞬揺らいだ。
しかし、その男の最優先は全知のはずなのだ。
「わたしにとっては最強のアークスになったらそこで終わりなワケ。後であんたが何をしようが関係ない。満足したら、そこでわたしを殺しても、ダーカー因子で呑み込んでも、どっちにしろやることは終わり」
「……生憎僕はそこまで優しくない。満足させたまま逝かせてなどやる訳ないだろう?
全知となり全てを手に入れた僕の前で、それまでの貴様の愚行と主人に刃向かった罰を全て受けさせてやる」
「最後の最後で人のプライドを折りに来るのがあんたの仕事って?それならわたしは、最後に自分の主人に下克上したっていう歴史を作ってから死んでやろうかしらね」
「残念ながら主人に敵う飼い犬など存在しないわけだ……貴様に僕が倒せるわけなどないだろう」
くすくすと部屋の中に二人の笑い声が響くと、レヴィは顔を上げて、【敗者】に指で作った銃口を向ける。
「やってみなくちゃわかんないでしょ?」
「何万回演算しようが結果は同じだ」
「でも、あんたの演算結果にわたしはいなかったじゃん?」
バーン、と指で【敗者】を撃つと、レヴィは近寄って鼻をくっつけた。
「はぁ……」
「……相変わらずかっこいい顔」
「そんなことを言っても訓練が軽くなる訳では無い」
「そういうつもりじゃないっての!かっこいいやつにかっこいいって言って何が悪いの?」
コテンと首を傾げ、不思議そうにするエルを見て【敗者】は体を熱くさせ眉を顰める。
「あと……5分したら再開だ」
「知ってるってば」
レヴィは【敗者】に体を寄せると端末を取り出し、なんて事もないようにSNSを見始める。
アカウント名はアンノウン。
裏任務の名義と同じだ。
そんなつまらない名前を見て、「後で"【敗者】のペット"に改名させてやる必要があるな」なんて【敗者】は思った。
しかしレヴィはそんな【敗者】の事など露知らず、応対はしないものの無意識に足を絡めて体をくっつける。
(この女のパーソナルスペースは一体どうなっているんだ……?)
【敗者】はダークファルスであり、男か女かというのは関係ない。ただのダーカー因子に性別という概念は存在しないだろう……と彼が昔考えていたことは、目の前のレヴィという女の体に反応し、彼女を女性として認識し、男性として興奮する現在の脳に完全に否定された。
ダークファルス【敗者】は間違いなく雄だと言えた。
だからかそんな自分が許せなくて、【敗者】はそういう事ばかり考える馬鹿な頭を否定するために己の望みを思い出して呟いた。
「貴様にこうやって付き合ってるのも"研究機材"や資金が確保出来ないからこその……」
「……」
レヴィは突然【敗者】の方をじっと見つめ、凝視した。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる