「あのさ、そういうのがあったら……わたしと一緒に居てくれないの?こうやって、訓練も、してくれなくなるの?」
今まで冷めた目で此方を見て脱走したがっていたあの女とは思えないほどの弱気な発言に、【敗者】は思わず目を見開く。
――楽しんでいる様子は単なる自己満足と性欲であり、この女にとって僕は単なる障害で居ない方がいい存在だと考えていたのだが、僕の解が間違っていたのだろうか?
「何可愛いこと言っているんだ……?」
「え……?」
――僕の計画に協力する気はないくせに離れるのは嫌だと強請る実にワガママな女だ。
いや、本当にただの性欲なだけであり、それが満たされたら興味を失ってしまうのかもしれない。
しかし、脱走する気がレヴィにないというのであればこそもっと……
「……どういうことなの、……【敗者】?その……」
レヴィの期待の眼差しに、【敗者】は心を落ち着かせながらゆっくりと言葉を紡いだ。
嘘でも今決めたことでもなく、元よりそうするつもりだった言葉。
「今の貴様の体たらくが独りで訓練した結果なんだろう?目を離すつもりは無い」
「……じゃあ、一緒に居てくれるって?」
「誰が離れるなどと言った?」
訓練していない時間は互いに暇を持て余している。
レヴィが寝ているその長い時間も全て【敗者】にとっては暇だ。
その時間を研究に当てられないというのが苛立つだけであり、【敗者】の新しい研究もレヴィ無しでは成り立たない。
【敗者】は惑星シオンとの融合実験の結果を邪魔さえ入らなければ成功していたものゆえ再研究は不必要と考えており、今やるべき事といえばアークスを滅ぼす為の計画……つまりレヴィを強化することだけだ。
だから、離れるといった発想は【敗者】には全く無かったのだが……
「だって、研究出来たら、わたしに付き合わないって……」
「貴様の頭の中で勝手に妄想しないで貰おうか」
「う……」
レヴィは屈したのか言葉を噤んで顔を俯かせると、【敗者】から目を離しながら呟いた。
「……約束してくれる?」
「何を?」
「わたしと、一緒……居てくれるんだよね?」
【敗者】はレヴィが同じことを何度も繰り返す意味が分からず、眉を顰めた後、彼女を凝視しながら呟いた。
「当たり前だ。貴様は僕の唯一の駒だろう」
「他の人じゃなくてもいいの?」
「貴様でないといけないという話をするのは一体何度目だ?もう休憩は終わりだ」
この対応も面倒が上回り、【敗者】はレヴィを引き剥がして立ち上がる。
さっさと戦闘訓練を再開しようと声を荒らげようとした所で、レヴィが彼の手首を掴んだ。
「ま、待って」
「何だ。その様子でまだ休憩が必要か?」
「ちがうの、……あの、……わたし」
レヴィは戸惑った声を出し、端末をチラチラと眺めながら、【敗者】に向けて焦燥と不安に全身を震わせていた。
【敗者】の見た悪趣味な夢の中のレヴィとは余りにも違う。
あの夢のせいで肉体だけで人を判断し好意を寄せて性欲を撒き散らす変態女という考えがしばらく彼の中を付きまとっていたが、こんな様子を見ると臆病で怖がりなようにも見えた。
掴めない。解らない。識れない。
ここまで手を入れても、まだレヴィが見えない。
【敗者】にとっては名前すらも。
「言い訳など聞くつもりは無い。さっさとしろ」
「も、……持ってるの。……研究するための、機材」
「……何だと?」
【敗者】は思わず振り返ってレヴィの方を見ると、彼女が表示したモニターの中に幾つもののレンタル倉庫が表示されている。
「貴様はそもそも研究員じゃないんだろう?研究にも興味無い、知識にも興味無いと」
「わたし、その、……いや、あんたおかしいって思わなかったの?痛覚を弄ることが出来たり、……あんたが端末を覗いた時、沢山のわたしの肉体調整パラメータを見たはずでしょう」
「……キャストの内臓を改造し、プログラムで肉体を制御出来るようになっているサイボーグである事か?」
「それ、……全部、自作だから。だから、研究員じゃないけど……研究室に忍び込んで、その、……奪ったりとか、したし……」
レヴィのたどたどしい言葉と不安の表情を見ると、【敗者】は取り敢えず見るからに美味しそうな話を逃すわけにもいかず、彼女に洗いざらい喋らせるために片膝を着いて座り込んだ。
見上げてみると、レヴィは彼の態度に安堵し表情を和らげて話を続ける。
「裏任務で研究室絡みの事がある時、痕跡を消すような事を指定されていたら機材を奪ってたの。だからジャンルとかはバラバラだし、消耗品の替えもないけど、あんたが足をつくことなくそういうものを手に入れられるものなら、……わたし、持ってるよ?」
(神か……?)
「本当に、……持っているんだな」
「嘘ついてないし。今からここにいっぱい機材持ち込んでもいいからね?」
――なんなんだこの女は?
フォトンを跳ね除けるという有効活用すれば幾らでもポテンシャルのある体質を持ち、マザーシップからエネルギー補給を受けていないアークス非認知の創世器を持ち、アークスの管制を奪える程のハッカー。
性格は子供っぽくて、見てくれもこの世のものとは思えないほど異様で、目もくりくりと丸く開いて、体も何処に触れても柔らかく、声も鈴が鳴るような甘い声で、微笑むと空気が変化する。
そして僕に従い、アークスを恨み、おまけに研究員でもないのに山ほど研究機材まで持っているだと?
どれほど僕に都合が良ければ気が済む?
本当にこの女が完成された駒だと?
こんな女と会うまでが全知存在の決めた運命だと言うのか?
いや、敗北を定められていた運命を乗り越えて、この女が居ることで、僕の未知が拓けたとでも?
あの時、僕は死ぬはずだったかもしれないのに……
「【敗者】?」
今生きているのは、この女が……居るからだと……?
「……ひゃあっ?!な、何してんのあんた?!」
【敗者】はレヴィの靴を脱がせ、足を持ち上げるとそこに頬擦りをする。
蒸れた汗の匂いが鼻を擽り、その甘ったるい雌の匂いに頭がグラグラしてきた。
レヴィは脚も腰周りも太く、胸だって大きいが……【敗者】から見れば子供のおもちゃのように全て小さく感じる。
「……僕の物……」
「こらッ!メッ!足なんかいまぜーんぜん綺麗じゃないんだし!辞めてってば!」
「……はぁあ……」
【敗者】は足首に触れ、膝まで手を滑らせ、そのもちもちとした柔らかい太ももに指を食い込ませる。
レヴィは拒絶するために手を出すと【敗者】はその指を絡めて握り、目を合わせれば照れ臭そうに顔を赤らめて背けた。
――シオンが僕に与えた天使……?いや小悪魔……?
「……その、み、見なくて……いいの?あんたが求めてるもの、わたし分かんないんだけど」
「ッ行こう」
この細い手首と柔らかい手で本当に武器など持てるのだろうか……
【敗者】はそんな事を一瞬考えたあと、直ぐにレヴィと手を繋ぎ、彼女を引っ張って歩き出した。
【敗者】はこのホールに研究機材を置くつもりなどなく、元から空き部屋を改装して研究室にしようと考えていたのだ。
その為にいくつかの部屋を既にクリーンルームへと改装済みで、機材さえあれば直ぐに着手できるようにしてある。
機材さえあれば……
「わ、っ、は、早い……過去一歩くの早いんだけど……」
「当たり前だろう」
「うっ!ちょっと、……【敗者】……」
【敗者】が早足で歩くと、歩幅の違いゆえレヴィは足をもつれさせながら半ば引きずられているように歩く。
そのまま歩くスピードを下げずに階段を登ると、レヴィが足を滑らせたのか体が少し引っ張られ、絡めた手が滑り落ちる。
「ッ!」
【敗者】は彼女の悲鳴より先に時を止め、抱き抱えるとその静寂の中で独り言を呟いた。
「僕は貴様の求めるような王子なんかじゃないんだが……」
当然返事は来ない。
面倒を掛けるな、迷惑ばかりだ、なんてブツブツ呟きながらも、【敗者】は階段を登った後もまだ彼女を抱えて歩みを進めた。
「僕を独り置いて死ぬ事が貴様なりの復讐のつもりか?」
返事の要らない問いかけをレヴィに行なう。
彼女の顔は焦燥に染まった愉快な顔と思いきや想像よりは淡白なもので、ただぎゅっと歯を歯を噛み締めて、眉を顰めるだけだった。
まるで睨まれているようだ。
レヴィが暴れることを予想してギュッと強く抱き締めながら、【敗者】は時間停止を解除した。
「うっ?!……わっ、……は?え?」
「なんだ、……思ったより叫ばないな」
レヴィは体を縮こませた後姿勢が大きく変わっていることに気づき、【敗者】を見上げて、パチクリと瞬きをした。
「あ、……あの、……ごめん」
「謝罪の言葉など求めていない」
「ごめん、えっと……じゃあ、その、……結構うれしい、……とか」
彼女の不器用だけど甘い言葉を聞いていると、【敗者】は何だかむず痒くなった。
ここまで非常識だと感謝の言葉すら言えないのだろうか。
的確に彼を喜ばせる言葉しか言えないロボットというのも有り得るかもしれない。
この女、本当はアークス上層部からのスパイなんじゃないか?
「ねぇ、ねぇ、……【敗者】」
【敗者】は返事をせずに訝しげに目線だけ向けると、レヴィはへにゃへにゃと微笑み彼に抱きつく。
「あのね、こうやってわたしに構ってくれて、色々なこと教えてくれて、わたし嬉しいの」
「……無償で何かしているつもりはない。それに報いるんだな」
「今からすることが【敗者】の為になるかな?」
「それはこれから評価することだ」
漸く部屋に辿り着くと、【敗者】はレヴィを抱えたまま扉を蹴り開けて中に入った。
古いゴシックな屋敷の中にあるとは思えないほど、一般的なオラクルの……虚空機関の研究室と差し支えないレベルのクリーンルームが広がる。
「わっ、広い……これが研究室なの?」
【敗者】が頷くと、レヴィは彼の頬をポンポンと叩く。
「……」
「お……おろして」
「あぁ、……ただのスキンシップかと思ったよ」
「そんなわけないでしょ?!」
――この女の今までの挙動ではそんな事の方が有り得ると思ったからそう行動した迄であり、怒られる謂れは無いのだが……
【敗者】は少し苛立つ心を抑えながらも、彼女を下ろした。
レヴィは直ぐに端末を取り出し、範囲設定マーカーを四方に置くとモニターを幾つか投影させる。
「何が欲しい?」
【敗者】は差し出されたモニターを指で持ち上げ、レンタル倉庫の内容を幾つか眺める。
レヴィは【敗者】の様子を見守りながら、そわそわと忙しなく体を動かしていた。
普通の遠心分離機や顕微鏡は勿論のこと、どの研究所から持ち出したのかも分かるような専門的な機械もある。
確かこれはウェポノイド関連だったか……?これは模造創世器の素材を作るための機械だった筈だ……などと、【敗者】は記憶の中から全て特定し、合わせていく。
これらの機材は虚空機関所属の研究所から奪うのがメインだったのだ。
ジャンルは多岐に渡り中途半端なものはあれど、【敗者】の見た事のない機械は一つとして存在しない。
「ふむ……」
レヴィの強化の為に必要なのはフォトンアレルギーの詳細な解析と、創世器の解析、そしてプログラム制御された肉体を更に強化する為の新たな器の作成と言ったところだろうか。
【敗者】が己に最適な器の為にカスラタイプを作成していた時のように、彼女に最も適した器をつくり、そこに収めるべき魂と力を収めれば、元の損傷した肉体から無理やり改造した今の肉体よりもより自然に、より強くなれるだろう。
「これと、……これと、……」
【敗者】はモニターを見ながらアイコンを選択すると、マーカーで指定した範囲が光り出し機械が現れる。
彼はレヴィと目を合わせた後、彼女の尻を蹴って機械の方に押し付けた。
「うっ?!」
「さっさと運べ。作業が進まないだろう」
「だーかーらー、一々蹴る意味無いでしょ?!このDV男!」
「家庭内暴力?夫婦でも無いのに何がDVだ。ただの暴力だろう」
無駄な話を終えて体を動かそうとしたというのに、レヴィは【敗者】の言葉を聞くと顔を赤くして震え上がる。
「夫婦?!変な事言うな変態!!」
「は?」
【敗者】はレヴィが変な言葉に一々反応して顔を真っ赤にする変態電波女である事を久しぶりに思い出し、ため息を着く。
レヴィは彼をチラチラと見ながらぷっくり頬を膨らませて、耳をまだ赤くしたまま機械をセットしに行った。
――単なる利害関係に愛も恋も存在しない。
何を勘違いしているんだか……
ダークファルスである事を隠しオラクルに潜伏するという過程の中であるのなら書類でそのような嘘を着くことは幾らでも出来ることだが、あの女はそういうことではなくどうせ気持ちが、行動が……と口を出すのだろう?
僕はダークファルスだ。
ダークファルスにそんな感情など……
「ね、【敗者】……これどこ置くの?」
「もう嫁のつもりか?」
「え?」
「は?」
【敗者】は自分が言った言葉が彼女では分からなかったのだと解釈し、ため息をついたあと言い直した。
「先程設置した機械の横に置け」
「あ、うん……」
レヴィは戸惑った顔を見せた後、【敗者】から離れていく。
あの電波女に合わせていたらやっていけないと【敗者】はレヴィに付き合うのを辞め、呼吸の真似事をした後に、機械のように彼女に向き合うことにした。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる