「ふむ……」
研究室の中。
ディスプレイを眺めながら、【敗者】はため息をついた。
レヴィはソファに座りながら、機械を眺めてどこか上の空だ。
映されていたのはレヴィの戦闘データ。
最初に着せたコスプレも、全く意味が無いという訳ではない。
【敗者】が頭に縫い付けるとまで言っていたあの犬耳のカチューシャはレヴィの機械臓器と連動して筋肉の動きや脳波を解析することの出来る機械が仕込まれていた。
コスプレのメイド服は単に安い服だったから買ったに過ぎないが、それで想像以上に似合っていたのだから一石二鳥というやつだろう。
しかし容姿が云々とレヴィの戦闘データのお粗末さはまた別。
(本当に戦士とは言い難いな……)
録画した映像も眺めてみるが、今日の訓練でもその酷さは十分に見えていた。
銃を持たせ、避けながら的を撃つ。
それだけの話なのだが、レヴィは全く照準を合わせず、的を狙うことも無く、ただ的のある方に銃口を向けて何となく引き金を引いているだけなのだ。
レヴィは奇妙な程豪運だからそれでも弾が吸い込まれるように当たっていく。
しかし、ろくに構えることも出来ておらず、当てることも出来ない奴など【敗者】にとっては言語道断。
それは戦っているのではない。
ただ無駄なリスクを払って意味の無い賭博をしているだけだ。
―【敗者】の理想は完全に完璧な即戦力なのに対し、レヴィはそれとは実に程遠い。
しかし、フォトンアレルギーと俗称される力やアークス随一のハッキングスキル、それから彼女の持つ創世器アイゼンハートに、一人で人工臓器を体に仕込んでプログラムで制御する程度のそれなりな開発力。
戦闘を除いてもここまでの高いポテンシャルや技能は捨てるにはあまりにも惜しいという解が出ている。
おまけに研究機材まで提供してもらった。
【敗者】の機嫌は大変よく、彼の頭の中にレヴィ以外の駒に対する考えは全くなかった。
だって三英雄ですら裏切るのだ。
【敗者】は六芒均衡などという物を提案された時、彼らの思惑など分かりきっていた。だから己に従うままのクーナを零として投入し、"均衡"を乱し、意のままに制御しようとしていた。
その結果、欠けていた六芒均衡が補填されていた上にクーナはアイドルなどという立場を利用し絶対令を解除して堂々と裏切り、頼みの綱の三英雄もルーサーの名前と共に【敗者】の指名手配を出し完全に敵対。
ここまでコケにされてみれば、駒に求めることは即戦力であるかどうかというより己を裏切らないかどうかの方が重要。
その面で見れば、レヴィは今まで【敗者】がルーサーとして関わってきたどの人物よりも一番"素直"なように見えた。
【敗者】にとっては理解に及ばないが、レヴィは人でもなく手も足も出ないような監禁相手の身を案じる程異常で馬鹿だ。
そうさせる感情の源が肉欲であり、それを満たすだけでレヴィを確実に従わせどんな相手にも靡かないというのなら、この体の一つ程度明け渡して、都合のいい言葉やスキンシップをするくらい容易い事だろう。
「エル」
「……」
【敗者】はラポール形成のためだといいながらレヴィの横暴にも慈悲深く対応し死罪を撤回してあげているが、そこにレヴィへの拒絶反応や不快感が全くないのもある意味奇妙で恐怖感すら感じられた。
「エル?」
「あっ、……あぁ、何?」
レヴィは【敗者】に何度か声を掛けられた後、ようやく顔を上げ、彼と目を合わせた。
「疲労が取れないか?」
「いや、……まあ、疲れてるっちゃ疲れてるけど、なんというか……」
レヴィは暫く彼の顔を見つめた後、ボソボソと呟く。
「わたしのやってたこと、無駄じゃなかったのかな、なんて……思ってた」
「努力が報われないと嫌だと?」
「あんただってそうでしょ」
「当然だ。積み上げた物を崩されたら誰だって不愉快になる」
「……」
レヴィは常にやっている事が無駄だと思わされ続けている身だが、【敗者】は積み上げてきた努力が実るその瞬間に全てを奪われ無にされた。
一時的なショックの大きさには天地の差があるが、付けられた敗北者の烙印と積もる憎悪は二人とも同じものだった。
「まあ、それが分からないほど脳の無い馬鹿もいるがな」
「アークスとか?」
「よく分かってるじゃないか」
レヴィは指を擦り合わせ、膝を合わせて体を丸め込み地面に目を向けた。
絶え間なく襲う寒気と共に、今は体に何もつけていないというのにまだ肩に重しが着いていて、それがゆっくりとレヴィを地面に誘っているように感じられる。
「スタートとゴールは分かる。進んできた道だって見えてる。でも、今自分がどこにいて、どんな道を歩いているのか分からなかった」
口から溢れ出す言葉は話すつもりもない弱音。
なのに、抑えようとしても抑えきれない。
「アークスが憎い。ルビィに勝ちたい。周りのヤツみんな見返してやりたい。それはみんなわたしの心からの本心なのに、わたしは足元も見えない暗闇の中で、ずっと同じところをぐるぐる回ってるように感じられた」
変わりたいのに変われない。
進みたいのに進めない。
もがいてももがいても前に進めなくて、むしろ溺れて沈んでいくばかりで、力を抜いて耐えていることしか出来なくて。
助けて、という声も届かないから、水面に浮いたまま漂っているだけの虚しい命。
――ルビィだったら声が届いたのだろうか。
ルビィだったら、進めたのだろうか。
いや、進めたからこそ、彼女はあんなに遠くにいるのだ。
進めなかったからこそ、自分は……
「手負いのダークファルスにかすり傷すら付けられない、弱いわたしだから、わたしの視界は暗いのだろうって。もっと強くならなきゃいけない、でもどんなに人を殺しても、どんなにエネミーを倒してもルビィに追いつかない。前に進んだ気がしない。強くなった気がしない」
ルビィがアークスになってから経験している非日常と核に迫るような躍進とは違って、レヴィはずっと変わりない差別冷遇と変わりない自暴自棄の、つまらない日常だけを過ごしていた。
「誰かに虐げられたまま、ずっと、ずーっと、苛立った心を人を殺すことで発散して、目先の快楽に縋りついて、ルーティンだけの日常を繰り返して……」
レヴィの臆病で寂しい本音に、【敗者】は静かに問いかけた。
「僕の言葉は何も響かないか?」
「……わかんない。【敗者】に言葉をかけられると、自分がきっとどこかにはいるのだろう、とは思うけど……でも、やっぱり自分がどこにいるのか分からなくて、どこに進めばいいのかも分からない」
「……」
目の前が真っ暗になりそうで、そのまま地面に倒れ込んでしまうかもしれなかったから、レヴィは立ち上がって【敗者】の方にフラフラと歩き出した。
「【敗者】、……貴方がわたしの居場所を知っているというのなら、わたしに教えて」
彼にしがみついて、震えた声を上げて、レヴィは【敗者】を乾いた瞳で見つめた。
飢えて水を求める乞食のようで、虚しくて、瞳は確かに見えている筈なのに盲目で、哀れにすら思えた。
「わたしの進むべき正しい道を、ルビィを超える方法を、あなたに教えて欲しいの。ねぇ、わたしは今どこにいるの?どうすれば強くなれる?どうすればわたしは人になれる?あなたなら分かる?」
「僕は……」
「【敗者】、わたし……」
【敗者】は、もし自分が弱ければこうだったのかもしれないと思った。
怒りに変えられなければ、嘆くままだったら、行く末はこうなっていたのかもしれないと。
むしろ、心の奥底にある絶望を隠して、己が天上に値すると思い続けて、狂ったように手を伸ばしていたからこそ今立っていられるのであって、もし矜恃が無ければ、自分だってこうなってしまうかもしれないのだ。
新たな解が見えなくなったら、盲目になったら、僕は……
【敗者】は目の前で鏡に映された弱き己の姿を見ている気がして顔を逸らしたくなったが、彼女の震えた声はそんな彼をどうにか繋ぎ止めた。
「暗いのは、怖い……」
「……」
「下を向くのが辞められないか?」
レヴィは静かに頷く。
彼女の稲穂のような薄い金色の髪を見ると、【敗者】は目の前にいるのが鏡写しの己ではなく、間違いなくレヴィという別の人間であることを知覚出来た。
もし自分が前に居たのなら手を伸ばすことも出来なかったかもしれない。自分が分からない答えを、自分に与える事など出来ないから。
しかし、レヴィへの答えはとうに見えていた。
相手がレヴィだから、【敗者】は自分の中の解が明確に分かっていた。
「前を向く事をそんなに恐れるか。貴様の生も呪いも努力も、何一つ無駄な事などないと繰り返してやっているだろう」
「……でも……いや、……ううん、なんでもない……」
確かな声に反してレヴィは俯き、ギュッと裾を握りしめたまま体を寄せる。
【敗者】は彼女の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でながら呟いた。
「……理解出来る。僕は貴様がどこにいるかが分かる」
「【敗者】……?」
「知りたいのなら、着いてこい。解は想像よりも単純だ」
「あ……」
【敗者】はレヴィの頭から手を離すと、代わりに彼女の手首を掴み、進み始める。
「うん……そっちに、行く」
【敗者】はふんわりと暖かくて、鋭いのに痛くない。
灯篭のように足元を照らしてくれて、歩く道を示してくれているみたい……
_______
二人は研究室から出て廊下を進み、階段を降りて、ホールの方へ向かっていく。
多少縺れながらもレヴィは【敗者】に着いていき、彼の大きな背中を眺めていた。
「【敗者】は、自分のいる場所が分かってた?どうやって進むべきか、理解出来てた?」
「それらは全て理解出来ていたといっていいだろう」
「そっか……」
「しかし、貴様からすると信じられないほどに長い長い時間がかかった。
一歩が重く、道を外れれば肌を掻き毟る程に狂った。進むほどに喜ばしく、それと同じくらい胸が張り裂けそうになった」
「【敗者】でも……?」
いつも堂々としているのに、そのクールぶった態度の中にどこか虚しさや悲しさを感じる。
声を張上げて荒い言葉を叫んでいるというのに、どこか悲鳴に聞こえる。
レヴィは彼の事を知っている訳でもないのに、彼の内側に入り込んだような感覚に陥った。
きっと気の所為だと、そんな言葉で済ませられるほど【敗者】の事を見捨てられる訳もなく。
「貴様のように人ならばとうに壊れていただろうか。いや、僕だって既に壊れた後なのかもしれない。戻る選択肢などない。戻った所で意味などない。全知を得ること以外に、僕を満たせるものなど無い。そうすることでしか己の虚しさを消せない。僕自身を赦せない……」
「……わたし、……」
レヴィと出会う前の【敗者】なら、シオンに縋っていたはずだ。
シオンだけが【敗者】の望むものを与えられる。
シオンだけが、全知存在として、【敗者】の飢えを満たせる。
しかしシオンはもう居ない。彼女はオラクルから喪われ、【敗者】が追い求めた答えは、宇宙の全てを覆う闇になる事。
深遠に至る事こそが、【敗者】に今出せる解だ。
レヴィは言葉に迷っていた。
彼を見て可哀想だって思うのは、間違ってるのだろうか。
己の考えは、酷いのだろうか。
彼は同情なんかされてたまるものか、って思うだろう。
でも、【敗者】の言葉を聞いているだけで胸が痛くなって、泣いてしまいそうになって、どんなにつらかったことかと思って、自分が思ってるよりもずっと【敗者】は悔しくて、悲しくて、目的のために残酷になるしか出来ないから人と真に繋がれることもなく裏切って裏切られてを繰り返して、それでも前に進もうとしてて。
【敗者】がどれほどのものを背負っているか、その全てが見えなかったとしても。
自分が思うより【敗者】の罪が重くて、彼はどうやっても、この世界からも、ここにいるどんな人からも認められないとしても。
報われて欲しいと願って、【敗者】の努力を認めたいと願う心を持つことは、果たして罪なのだろうか。
「【敗者】」
彼が足を止めると、レヴィは後ろから抱きついた。
腕をいっぱいに広げて回し、深く深く抱きしめて、レヴィは優しく声を掛けた。
「【敗者】が幸せになりますように」
「……?」
【敗者】は彼女の突然の言葉に上手く呑み込めず、己の手の行き先も分からなくなってしまい宙で静止した。
レヴィは自分の言葉が恥ずかしくなって、馬鹿らしいと責められるのが怖くなって、脊髄反射で言い訳をしてみる。
「7月はさ、ショップエリアに願い事をする短冊が置かれてたでしょ?わたしはなんも書かなかったの。だけど、わたしが今まで書かなかった分の短冊全部で、【敗者】に幸せになって欲しいって祈りたいな……みたいな?」
「……祈られる必要も無い。僕は自分の手で自分の幸福を掴んでみせる」
「それでも」
レヴィに分かりきっていた答えだ。
でも、届かなくても、一方的でも、想いを伝えたいという気持ちは失われない。
彼が受け入れなかったとしても、自分は自分の意思がここにある。
だから、レヴィは自分の感情と、意志と、自分の為だけにある精神を尊重した。
「それでもわたしは、あなたの夢をバカにしたり、邪魔したりなんてしない……」
「だったらさっさと協力しろ」
「でも、外に出たいから……」
「……」
他人の為に己の不利になるような嘘はつきたくない。二度と外に出られなくていいとはさすがのレヴィでも言えなかった。
レヴィは言葉を探して黙りこくっていたが、【敗者】が彼女を呼ぶと、レヴィは抱擁を離して彼を見上げた。
「エル」
「ごめん、その」
「ナベリウスに簡易キャンプを建てるとする。場所を選ぶ基準はなんだ?」
「え、……突然?」
てっきり先程までの話が進むと思っていたから、突然の話にレヴィは思わず口をぽかんと開けて【敗者】を凝視してしまった。
それから首を傾げて、もう一度彼から言われたことを思い出すが、あまりにも突然すぎるためやっぱり意図がよく分からなかった。
「答えろ。分からないなら時間がかかってもいい」
レヴィが幼い頃の話だが、荷物に紛れ込んで惑星ナベリウスに潜入し、そこで数ヶ月か過ごしていたことがある。
そこで簡易テントを使ったこともあるため、彼の質問の意図自体は分からないままだが答えは容易く思いついた。
「……経験則、だけど。川の近くは増水するかもしれないからやらない。ダーカーの出現が多い場所は避ける。寝る時につらいから床がでこぼこした場所はなるべく避けてるし、川の近くはダメとは言ってもある程度の生活動線を確保したいから、高度を保った上で水場は把握しておくかも」
幼い頃に行った時のナベリウスはダーカーがいない星なんて言われていたからそこを気にする必要はなかったが、今のナベリウスを想定してならダーカーに気をつけるのは当然だろう。
「成程。では、貴様の想像する拠点とは真逆の場所に、最高級のテントが設営されている。
そうだな、ワンタッチ展開、全面クリアにすることが出来て中も広く煙突穴も着いており、締め切れば風の影響もほとんど受けないほどだが、代わりに地盤が凸凹で川に近く、ダーカーの出現が多い場所。どちらを選ぶ?」
「えー……その条件だとわたしは全然安いテントでいいんだけど……」
レヴィは問いの意味を考えることは放棄して脊髄反射で答えてみたが、その答えが【敗者】にとっての正解だったらしく、彼はニヤリと笑って己の顎をクイと上げた。
「貴様ならそれを選ぶと思っていた」
「……?」
「つまり、後からどれほどいいものをあしらおうが最も重要なのは土台ということ。
最高級のテントは創世器を持っていようが基礎も出来ていない貴様と全く同じ状況という訳だ」
「……基礎……」
問いの意味をようやく理解し、レヴィは彼の言葉を呑み込んだ。
先程までの話題は終わらせて、水に流そうという事なのだろう。
【敗者】は自分のことを詮索されるのはどう見ても嫌いそうな方だ。
レヴィは彼を尊重して考えを捨て、己の道を改めて見据えてみるが……
「今日は軽くだけ教えよう。貴様は銃の構え方も撃ち方も全てが違う。それを改善することが貴様の今やるべき事だ」
【敗者】は起動していない無彩色のアイゼンハートを取り出し、レヴィに渡そうとする。
しかし彼女は手を差し出すことはなく、俯いたままぼそぼそと呟いた。
「つまり、……わたしって、最初ってこと?なんも進んでなかったって……ことなの……?」
「どんな機能を積んだ車だろうと、エンジンが無ければ走り出せないのと同じだ。今まで積み重ねてきたことを形にしたいというのなら、貴様のやるべき事は基礎に尽きる」
「……」
彼の言いたいことは多分間違ってないはずだ。
レヴィは誰からも指導されたことはなかったし、本を見て真似ても全く上手くいかなかったから。
「嫌なら、帰ってもいい」
「どこに?」
「貴様の家に」
「ッ!?」
【敗者】はレヴィから目を逸らした。どこか遠くを見つめながら、動揺している様子もなく、淡々と言葉を重ねる。
「僕を心配する必要は無い。僕はずっと独りでやってこれた」
レヴィは言葉も出なかった。
【敗者】が外に出てもいい、逃げてもいいと言ってきたのは初めてだったからだ。
それは嬉しいことのはずなのに、なぜか寒気が止まらなくなる。
もし一時的な気持ちで、脊髄反射で帰ると言って【敗者】と別れたら、【敗者】はどうなるのだろう。自分もどうなるのだろう。
「驕りこそ敗因だったのだろう。これからは容赦なく、油断なく、確実に相手を葬る。それだけ考えていれば、僕は全知を掴むことが出来るはずだ」
――わたしは、この男の事を本当に忘れられる?
これからの人生で、【敗者】の事を忘れて、受けた恩もしてもらったこともみんな無かったことにして、アークスを殺そうって誓ってこれからも努力できる?
彼から貰った事を忘れて、また暗闇の何も見えないところに足を進められる?
「その為なら僕はどんな相手でも敵に回せる。どんな相手にも残酷になれて、どんな相手の感情も踏み躙れる」
「……」
彼の言葉は全て真実だ。
そこに嘘ひとつない。
【敗者】はレヴィの喉元に爪を突きつけ、鼻を噛み砕いたって構わない男だ。
「他のどんな物でも迷わず全て虫以下だと言い切れる。貴様にだって同じ事だ」
「アークスは、出来損ないの実験生物だから?」
レヴィの声は冷静だった。分かりきったことを繰り返しているだけだから。
【敗者】からの返答も、全く予測の範囲内だ。
「アークスだけに限った話じゃない。オラクルの全てが、僕にとってはハリボテのようだ」
押しただけで崩れる、木の板に紙を貼っただけのつまらない文明。
【敗者】はオラクルをそう例えて、空気が漏れたような冷めた笑みを零した。
「ひとりでいいの?平気なの?」
――わたしにできることはなんだろう。
わたしは、どうすればいいんだろう。
レヴィは、俯いて地面を眺めた。
「僕は最初から独りだ」
レヴィは【敗者】に体を向けたまま、一歩足を退けて、扉の方に歩む。
「……」
【敗者】は手を伸ばすこともない。何も言うこともない。
レヴィは【敗者】に背を見せ、もう一歩進めてみる。
それでも、彼は何も反応しない。
「貴方って、最悪な人だったよ」
レヴィは【敗者】に背を向けたまま、一言呟いた。
「最初に会った時からずっとデカイ態度で、自分が最強みたいに言って、実際貴方はルビィに負けたくせに、わたしにとっては信じられないくらい強かった」
レヴィは扉へ一歩ずつ足を進める。
靴は鉛で出来ているみたいで、足を持ち上げる度に全身が痛くなって、目の前の景色が霞むようだった。
「……」
「それから、貴方はずっと変だった。わたしに触れるのも恐れないし、わたしの事を最弱で最悪の忌み子として扱わなかった。わたしにとっては理解出来なかったよ。虚空機関の総長で、アークスを支配していたと言い張る男が、こんな人間をゴミ扱いしないで、駒として扱おうとするなんてね」
ホールを抜ければ、玄関の扉がやってくる。
距離は遠くなって、【敗者】の姿も小さくなっていくが、声は張ることもなく、彼へ暴言を吐いているというのに独り言として喋っていた。
「最悪だよ。性格も態度も悪くて、狡くて、わたしの感情すら全部計算してたんじゃないかって思うくらいに、貴方は酷かった」
レヴィは扉の前に立った。
ドアノブを捻ってその重い扉を開けてみると、生ぬるい風がそよぐ。
風の音だけが響き、夕陽が屋敷のロビーに差し込んだ。
【敗者】は彼女の後ろ姿を眺めるだけだった。
終わりか、と心の中で小さく呟いて、【敗者】は足を動かして背を向けようとしたが、不思議と足が固まって動かなかった。
「【敗者】」
「……」
レヴィは無感情に言葉を紡ごうとしたが、どうしても彼の名前を呼ぶと声が震えてしまった。
「【敗者】……」
レヴィが掠れた声を放った後、扉を大きく開いて外に体をのめり込ませようとした瞬間、【敗者】は思わず手を伸ばした。
「エル……」
「……違う」
その瞬間、彼女は足を後ろに進めたかと思えばドアノブから手を離し、直ぐに振り返った。
バタンと大きな音と共に扉が閉まり、差し込んでいた夕陽は途切れ、薄暗い陰が覆う。
「ッ?!」
レヴィはそのまま、先程とは比べ物にならないようなスピードで【敗者】の方にズンズンと歩みを進めていく――絶えず言葉を紡ぎながら。
「――でもさ、無垢な人を犠牲にして、その骸に立つ人間に手を差し伸べることがそんなに悪いワケ?」
【敗者】は一歩後ろに下がろうとするが、レヴィは彼の目をじっと凝視したまま、無表情で言葉を呟いていた。
「背負った罪が世界にとって重いのなら、どんなに苦しんでいても、傲慢な言葉の裏に数え切れない程の嘆きと悲しみを隠してたとしても、全てなかったことになるって?」
「待て、……」
「人を玩具のような扱いをしていた男だから、今度はその男を玩具のような扱いをしていいって?」
「エル!」
彼女は【敗者】の前に立つと、一言呟いた。
「わたしはエルじゃない」
「ッ……!!」
彼女は顔を動かさず、表情も変えず、ただ淡々と、ひたすらに、自分の言葉をしっかり紡いだ。
「手、差し伸べちゃ悪い?アークスがダークファルスに」
「それは……」
「……あなたはどう思う?」
【敗者】はあちこちに飛んでいた目線を彼女に留めると、深呼吸をしてから、ゆっくりと呟いた。
「実に狂った世界だ。反吐が出る」
「よく分かってるじゃん」
彼女はにんまりと微笑むと、【敗者】の手首を掴んで引き寄せ、そこに手を乗せて繋いだ。
(
「あなたの為にできることはないかって本気で思ったの」
「は、……駆け引きは成功したようだな」
「さっきは駆け引きするって顔じゃなかったけど?」
二人はくすくすと笑って、絡めた手を名残惜しそうに外す。
彼女は【敗者】を凝視した後、胸に手を置いて甘く目を細めた。
「貴方の言葉を聞いて、貴方になら背中を見せても怖くないって思えたの」
「それもこれも、今に繋がっていると思えば容易い事だ」
「全部が計画の一部だって言っても、わたしの感じたこの気持ちだけは嘘にならないから。だから、好きなだけわたしを利用して」
【敗者】は彼女の言葉を聞くと、胸がジュクジュクと熱くなる。
この心の高揚は今までに感じなかったもので、満たされていると思えてしまう程だった。
「ふふ、これで利害一致ってやつだね!」
彼女は【敗者】の懐からアイゼンハートを奪って微笑む。
「わたしがアークスを好きなだけ殺して、あなたが全知存在を手に入れる」
「あぁ」
「わたし達は二人で願いを叶えるの!やくそくだよ」
「エル……」
「
【敗者】は目を大きく開き、レヴィの事をじっと見つめた。
「レ……」
「わたしの名前。レヴィって、呼んで?」
レヴィはいじらしく微笑んで、目を逸らした。
彼女の景色は広いホールに伸ばされた柱ばかりだったが、突然そこが黒い何かで覆われると、レヴィの顔いっぱいに【敗者】の匂いが埋め尽くされた。
「わぅっ?!」
「レヴィ」
「う、うん」
【敗者】から呼ばれる名前は酷く恥ずかしかったが、同時になんだか甘ったるくて嬉しかった。
レヴィは歯車が噛み合ったかのようなすっきりとした感覚と共に、ようやく気張ることも終えて脱力できるんじゃないかと思えた。
おまけに、一度名前を呼ばれただけなのになぜか妙にしっくりくる気もする。
「レヴィ、……レヴィ、貴様はレヴィか、そうか……レヴィ、レヴィか。」
「ちょっと、何回も呼ばないでよ……恥ずかしいでしょ…」
【敗者】は抱擁を剥がすとレヴィと目を合わせて、真面目な顔で呟く。
「恥じらうことなどない。名は体を表す」
「だからってそんなしつこく何回も……うっ!!」
レヴィが言葉を言い終わる前に【敗者】が彼女の腰を掴み、大きく持ち上げた。
「なっ、何し……ッ、わっ!!」
【敗者】はそのまま彼女を抱きしめ、覆うようにぎゅっと力を入れると、ボソボソと彼女に聞こえる程度の声量で呟く。
「濁りのある強さがあるのに、どこか丸っこくて愛嬌を感じる。一番らしいものじゃないか。よく似合っている」
「でも、……その、親が決めたものだから」
「全知存在が最初から貴様の魂をその名前で決めていただけで、親が決めたように感じるのは戸籍を作るための辻褄合わせ……と思えば苦しくもないだろう?」
「まあ、そうかも……」
【敗者】の抱擁からようやく離れ、レヴィは改めて【敗者】に向き合ってうんうんと頷いた。
「わたしたち、これから二人で仲間だね」
「では、契約成立といこうじゃないか。信頼出来ないのであれば書も作る」
「あは、作ったら暖炉で燃やしてあげるから」
「ついでに貴様の体も燃やしておくか」
「骨になっても生きてるから安心しなよ」
ケラケラとレヴィは笑った後に、【敗者】を抱きしめようと足を動かした。
(おかしいな……こんなに嬉しいのに足が重い……)
「レヴィ?おい……」
「あ、【敗者】……今、そっちに行くね?」
レヴィは真っ赤な顔で微笑んだ。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる