※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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6話 幕間 *

 

 ――綿あめに埋もれているような柔らかく暖かいふわふわの中にレヴィは包まれていた。

 

「……?」

 

柔らかい布団から身体を離し、ゆっくりと目を開ける。

 微睡みの中に緋色の花が咲き、ぼんやりと手を伸ばすと骨ばったゴツゴツとした大きな手がそれを包んだ。

 

 誰……?

 

 その手は感触を味わうようにスリスリと撫で回し、それから絡めて繋いで、頬に寄せられる。

 こんな、愛でるような触り方をする人は……レヴィの知る人の中にはいない。

 夢なのだろうか。

夢にしても、自分は一体誰を見ているのだろうか。

 こんな幻想に縋って、何が楽しいのだろう。

自分は独りなのに……

 

「……ヴィ、レヴィ」

 

 声が、聞こえた。聞き覚えのある声が。

でも、誰だっけ、……レヴィの頭の中に思い出される嫌悪している全ての相手と一致しない。

裏任務で会ったような、取引相手とも一致しない。

誰だっただろうか、この声は、自分に触れるこの手は、自分の体躯を愛おしそうに撫でるこれは……

 

「レヴィ。起きたか」

 

「……ぅ、あ」

 

 綺麗な青空のような水色に、ビビッドピンクの毒々しいグラデーションが混ざった髪。

鋭い切れ長の瞼から血よりも赤い瞳が覗き、雄らしい唇は卑しく歪んで記録に言葉を流す。

 

 そこにいた男は、絶賛全宇宙で指名手配中のダークファルス……【敗者】だ。

 

「るー……さ?」

 

 レヴィはふわふわの布団から離れ、立ち上がろうとするが【敗者】がそこを止めた。

 

「治ってないだろう。寝ていろ」

 

「……でも、訓練……」

 

「まだ半日寝ていただけだ。時間などいくらでもある」

 

「でも……」

 

「貴様は一々人の言葉に反抗しないと気が済まないのか?そうやって好意を無碍にするような態度ばかり取っているから世辞のひとつも言えないんだろう?」

 

 レヴィは言葉を返す元気もなく、項垂れて布団を膝に被せるとぼんやりと布を見つめていた。

 

「……」

 

「薬を持ってくるから、そこから動かないように」

 

「うん」

 

 レヴィは【敗者】の後ろ姿を見送ると、改めて自分がいる場所を眺めた。

レヴィの体と比べたらありえないほど大きなサイズのベッドだ。

高く厚いマットレスが敷かれ、その上にはいい匂いのする敷布団とさらさらとして手触りのいいシーツがレヴィの下を潜り、鳥の羽のように柔らかな布団が足を覆っている。

 

部屋を見渡してみるが、家具の配置は見慣れないものであり、牢もない。

牢のある部屋は【敗者】にとってどういう認識なのかは分からないが、ここはいわゆる寝室なのだろう。

寝室ひとつ取っても高そうなものばかりで、レヴィは装飾品がいくらで売れるだろうと値段ばかり考えていたが、扉が開き【敗者】が帰ってくると守銭奴のギラついた目線で思わず【敗者】を眺めてしまう。

 

「……あっ」

 

 【敗者】はレヴィを無視してベッドテーブルに薬と水を置くと、近くのソファに座り目を逸らした。

 

「【敗者】、……薬飲んだら、訓練出来る?」

 

「治るまで休めと言ったのが聞こえなかったのか?」

 

「治したいなら、薬なんて要らないよ……?わたしの端末を返して?すぐに治すから」

 

 【敗者】はレヴィの端末を取り出し、中を開く。

 レヴィは笑って手を伸ばし、求めてみたが、【敗者】は己の掌から端末を離すことは無かった。

 

「……?」

 

「よく考えてみれば、貴様の驕りの原因はこれとも言える。常に最良のコンディションを保ち、好きなように肉体を操作出来ると言えば聞こえはいい。しかし、それにより根本的な問題を全てクリアしたと勘違いして、基礎を疎かにする原因にもなりうる」

 

「つまり……?」

 

 【敗者】の遠回りな言葉や難解な言い回しは今のレヴィに理解出来なかった。

風邪さえ治せば簡単に分かるのに、なんて悔しながらに思い、彼から端末を奪い取ろうと体を動かしてみるも、【敗者】は端末を閉じて直ぐに懐へと閉まってしまった。

 

「その力を扱うのに最適な肉体を与える、という名目において、人工臓器は取り除くことを検討してもいいのかもしれない」

 

「なっ?!」

 

 目を見開き、レヴィは身体を震わせた。

自分の技術を否定された、バカにされたと感じた。それは【敗者】のような偉大な科学者相手では当然のことなのかもしれないが、レヴィにとってはショックだった。

 しかし、【敗者】はレヴィをそんな思考にさせるつもりは無いため即座に否定する。

 

「技術を否定している訳では無い。向上させれば三世代目のアークスを安定して製造……いや、なんなら四世代目のアークスを作ることだって出来るだろう」

 

「ならなんで……」

 

 同時にやってくる彼からの罵倒と褒めを処理することが出来ず、レヴィはネガティブな思考になる前にそれを飲み込めなくなりメンタルの境界線でひたすら困惑していた。

 

「しかし、それが貴様に合ったスタイルだとは一言も言ったつもりは無い。基礎的な技術を身につけた後であったとしても、人工臓器の抱える弱点は大きい」

 

「どういうこと……?」

 

「今はあまり難しい話をするつもりは無いのだが……貴様が望むのならまあいい。

まず、貴様はその心臓を撃ち抜かれれば死ぬだろう?」

 

「まあ、そうだけど」

 

「それで、人工臓器を制御する機構は別にあり、それを停止させられても肉体の活動が不可能になる」

 

 人工臓器の弱点。

レヴィから見れば弱点はエネルギー供給が無くなることくらいしか思いついていなかったが、【敗者】は大局的に物を見て、様々な状況を考えた上で、人工臓器の弱点を見抜いていた。

 

「ということは、貴様は己の目の届かないところに自分の心臓に同等するものを常に置いているということ。それがあるから死なないというわけですらない。単に貴様は致命的な弱点をひとつ増やしているだけだ」

 

 彼の言うことは全く正論だったが、レヴィには認めたくない意思があった。

プライドと言うやつだろうか。研究員として認められなくても、自分が研究員として生きているという証明を、今現在進行形でへし折られているのだから簡単に認めるわけにはいかない。

 しかし、人工臓器の本体は破壊される前提で作られていないのは分かっている。レヴィの端末と同じだ。

"奪われたら台無しだが奪われる想定をしていないからロック画面を削除した端末"と、"破壊されたら台無しだが破壊される想定をしていないため自分の命に等しき部分を遠い場所に置くことも出来る人工臓器"。

 それらは大きなリスクを考慮していない危ういもの。

実際端末は【敗者】に容易に奪われている。

人工臓器が狙われない保証なんて出来ない。

 

「……でも、人工臓器はすごく硬いから。簡単に刃を通さない。それはフォトンを持たないわたしにとって、鎧と同じようなものなの」

 

「それもだ。当たっても平気と考えているから回避技術が向上しない。おまけに不可思議なデータ……恐らく運で致命傷も攻撃する弾の方が避けている。合わせれば回避する気のない猪アークスの完成だ」

 

 脳波や筋肉の動き、視線などを計測したり、その場で彼女と相対して、それからビデオデータなども見返して、【敗者】がレヴィの事を隅から隅まで解析して出した結果がそれなのだ。

 【敗者】が前褒めた通り、レヴィの攻撃は当たれば確かに致命傷だ。

しかし技術は低く当たらない物の方が多いし、当てて仕留めるその一撃の為にありとあらゆるものを犠牲にし過ぎている。

 レヴィは普段仕留める為に隠密や撤退を行う暗殺者のスタイルを取っているが、仮に六芒均衡を相手するのであればそんな生ぬるい戦術は通用しない。

 【敗者】の目標は高い。「一人で六芒均衡全員を相手して勝て」これに尽きるのだ。

 

「だって!そもそも、わたしは攻撃力が低いんだから致命傷を当てないと意味がな……ゴホッゴホッ!!」

 

 レヴィは今まで熱の自覚すらなかったものの、病は気からという言葉を体現してかベッドに居ると喉の痛みや体のだるさに自覚を持ってきた。

こんなんなら訓練した方がマシなのに、基礎と言うやつをやりたいのに、と意欲ばかり先に出ているが、体はやっぱり上手く動かない。

 

「喚くな。現状人工臓器のメリットは機能していない。むしろ致命的な弱点を作る要因になっているというのが僕の出した解だ」

 

「じゃあ、風邪を治せるのとかも嫌なワケ……?流行病だって、怪我だって、それがあれば自己治癒力を極限まで高めて治せるんだよ?」

 

「それくらい僕が看病してやる」

 

【敗者】のぶっきらぼうな口調の割に言葉は甘く、レヴィは彼の感情をゆっくりと頭で掬いながら、考察と擦り合わせるように彼に問う。

 

「……それを手間だと思わないの?」

 

「非常時のトラブルに比べれば些細な労力じゃないか。僕に看病させるよりも、ここぞという時に実力不足で死ぬ方がよっぽど迷惑だ」

 

「……」

 

確かに、平時にいくら優しそうな言葉をかけようが酒が入れば豹変するような男は情けないにも程がある。やるべき時にやるべき事を成せる方がよっぽど大事だろう……などと、レヴィはどこかのチームマスター(クソ男)と【敗者】を比べながらぼんやりと頭で考えていた。

 

「それに、貴様は戦闘はともかく基礎トレーニングはよくやっているじゃないか。肉体維持の面では心配していない。その部分のメリットは器を作る上で十分にカバー出来る範囲でもある」

 

「はぁ……納得したって言えばいいんでしょ?」

 

「貴様が今なんと言っていようが、いずれ心の底から納得するだろう」

 

なぜ、こんな時にチームのことなど思い出してしまうのだろう。

なぜ、自分は【敗者】から離れられないのだろう。

レヴィは頭の中で沢山の情報に揉まれながら、ぼんやりと返事を返した。

 

「うん……」

 

【敗者】の赤い瞳がじっとレヴィの顔を見つめ、骨張った手が触れると本当に熱で死んでしまいそうになる。

最初に器の姿で会った時は青かったのに、いまはこんなにも赤い。

レヴィは赤色が好きだ。血の色みたいだから。ヒトの肉に触れた時の感触は柔らかくて弾力があって、顔がついて声を紡いでる時は醜いのに、皮を開いて血と肉に顔を埋めてる時は暖かくて甘くて静かで、心が落ち着くのだ。

【敗者】はビリビリとスパイスがあるのに甘くて柔らかくて、もっと良い赤だ。

レヴィにとってその器は赤になってもっと良くなった。

しかし、青でも桁違いに綺麗だった。

だから、心の底でこう思っていたのだ。

 

欲しい。独り占めしたい。チームメンバーの奴らになんて、渡したくない。

 

クソ男から「決して奪うことは出来ない」だとか、「執着してる」だとか言われた時、レヴィは彼の言葉が呑み込めなくて単なる嫌がらせに感じていたが、実際【敗者】と顔を合わせてみたら正しいのはあの男だったということに気付かされた。

【敗者】が欲しかった。だから彼を見捨てられなかった。

【敗者】を独り占めしたかった。だから、自分の提案が拒否されてもどこか心の底で安心していた。

【敗者】がチームメンバーをネズミなどと言って侮辱する姿を見て、面白おかしい気分になっていたのだって、勘違いじゃなかった。

 

レヴィは【敗者】の顔を見ると思わずくすりと笑ってしまった。

 

「はぁ……」

 

「あ、……ごめんね」

 

レヴィは嬉しくて笑ったつもりだったのだが、【敗者】からすれば煽られたように感じたらしい。

 

「ほら、横になれ。そんなに眠れないのか?」

 

しかし、【敗者】が微妙な苛立ちを感じつつもレヴィの背中を撫で、顔を覗き込むさまはレヴィにとって他のどの被検体や駒とも比べ物にならないくらい高待遇だった。

 

「起きたばっかだし……」

 

「なら、本でも読んでみるか?基礎的な戦略と戦術。相手の取る戦術を理解してから、一騎当千の戦略を考える。相手を知ることは勝ちへの確実な一歩になるだろう」

 

「今読んでもそんな頭入らないよ……」

 

「はははッ!冗談だ。童話でも読んでいろ」

 

「童話……?って馬鹿臭い嘘話……?」

 

レヴィは童話と言うものを齧る程度にしかしらない。

齧る程度というのは物理的に、そのままの意味でそうだが……幼い頃から学書や資料を読み漁り、とにかく勉強が娯楽に感じるほど勉強しかしてこなかった為、ありもしない夢物語を文字で書いて、それを本でまとめるなどという非効率なものは受け入れにくいものだった。

 

「そんな風に捉えていたのか?まあ、単なる子供騙しだが頭に入らないならそれくらいでいいだろう?」

 

「むぅ……確かに」

 

【敗者】は一旦部屋から離れるとレヴィのもう一台の携帯端末……未改造の方を持ってくる。

普段使ってる端末は改造しすぎて無駄な機能が取り除かれているため、読み上げ機能も削除されているのだ。

 

「あ、久しぶりに見たそっちの端末……」

 

本の裏表紙を開くと端末のカメラでコードをスキャンさせ、読み上げ機能を起動する。

 

「舞台とかの演目でたまに見るよね、こういうの」

 

「……演劇が好きなのか?」

 

【敗者】は人気なものというよりかはレヴィにとって何かを得るヒントになりそうなものを選んでおり、レヴィはページを捲って灰色の鳥のイラストを見ると目を細めた。

 

「あ、市街地のモニター越しだよ。家だと見るのにもお金かかるしさ、そんな余裕なかったから」

 

「貴様はまともに見てもいなかったのに役者になりたいなどと言っていたのか……」

 

「そんくらい分かってるよ、でもやりたかったんだもん。ちょっと見るだけでもいいなすごいなって思うんだから、もっと見てやってみたら、もっともっとすごいって気持ちが強くなって、やりたくなるのかなって思ったの」

 

手品師もそうだ。舞台もそうだ。

娯楽地区で作られた猥雑な娯楽はモニター越しにしか受け入れられない。

レヴィが自分から手を伸ばすほどの関心でもなかったし、モニターの中のパフォーマーに自分が値するとも思えない。

それでも、ああなってみたいという憧れは確かにそこにあった。

 

「その幼稚な感性は最早賞賛に値するかもしれないな。つくづく戦うことには向いていない。大人しくハッカーとして生きていた方が……いや、何でもないさ」

 

【敗者】はぶつぶつと小声で呟いた後、機械的な音声が流れる部屋の中で、ぼんやりとレヴィを眺めていた。

世間知らずなのは分かっていたが、ここまで何も分からないのは流石に自由な発想や臨機応変な対応の妨げになっていそうだ……

 

「【敗者】……?」

 

灰色の醜い鳥は成長して白く美しい白鳥になり、大空を飛び立ち、大成したという物語。

報われる結末で終わる童話の、めでたしめでたしという妙に人間そのもののような声を聞いたあとで、読み上げが終わるとレヴィは本を閉じた。

 

「僕とお前は仲間、なんだろう?」

 

「うん」

 

【敗者】は彼女の傍から読み上げに使った端末を取ると、代わりに改造済みのいつもの端末を取り出す。

 

「だったら、報復の為にはどんな物でも賭そう。互いにだ」

 

「……そうだね、【敗者】」

 

「その為にはまず、互いに己の体を治さなければいけない」

 

【敗者】は軽く画面を操作した後に、レヴィに端末を差し出した。

レヴィが手に取ると、そこにはミュージカルの舞台演目と共に、再生ボタンが載っている。

舞台。見たかったもの。モニターの中だけの特別。

中途半端な途中しか知らない、誇張された物語の全貌。

 

「あっ……、……!これって……」

 

「僕は貴様に力を与えるために研究をしなければならないんだ。それでも見て大人しく寝ていろ」

 

ぶっきらぼうな言葉の後、【敗者】は彼女に背を向けるように座ると、わざとらしく睨んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「その……ごめ、……いや、ありがとう。【敗者】」

 

「あぁ。おやすみ、レヴィ」

 

レヴィはふんわりと微笑み、【敗者】の手に己の手を重ねる。

 

「……おやすみなさい」

 

【敗者】はレヴィの手をそっと撫でてから剥がしたあと、彼女の額につけてある体温調節バンドの位置を直してから立ち上がって離れていく。

 

優しいフリ。昔のように笑顔を貼り付けながら、ままごとのように動く玩具に餌を撒いていた。

レヴィに対してもそうしたつもりだ。

無理やり気絶して寝かせたって良かったが、彼女の信頼を得るために、【敗者】はそうしただけ。

しかし、仮に彼女を見捨てていたらこの安らかな感情は得られなかったのだろうか。

マイナスに揺らぐ事はないだろうという自信はある。それでも、プラスにはいかなかったはずだ。

自分は安定とは真逆のものを求めているはずだが、ダークファルスが感じるはずもない甘美な感覚を感じているというこの異常を、【敗者】は否定しきれなかった。

ダーカーは侵食する概念だと言うのに、今の【敗者】はレヴィに侵食されているようにすら思えるのだ……

 

 

 

 

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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