数日後。
レヴィの風邪は治り、借りていたベッドから離れる。
「これ、気持ちよかったなぁ……こんなのに毎日寝られるなんて、アイツほんとに贅沢な奴」
そんな恨み言にも近い言葉を吐いてから来た時とは比べ物にならないほど軽い体でストレッチしていると、【敗者】がやってくる。
「おはよう、レヴィ」
「あっ、【敗者】……おはよ」
「あぁ」
寝起きの髪にはだけた寝間着。
レヴィは完全にだらけた状態で胸だけ立派に揺らし、【敗者】の元に近づくと物欲しげに見上げる。
「……」
恐る恐る手を広げ、体を空けると、【敗者】は仏頂面のまま腰を曲げて静かに抱きしめた。
「〜〜ッ!!んふふ、っ、ふふふ……」
すぐに彼の背中に腕を回し、満面の笑みで力を入れて抱きしめながら、レヴィは【敗者】の温もりと匂いに包まれる。
「【敗者】、……あったくてお布団みたい」
「布団の代用品にしては些か硬いんじゃないのか?」
「でも【敗者】はこうやってわたしのことぎゅってしてくれるし、硬いのも気持ちよくて好きだからいいの」
レヴィはうりうりと声を出しながら【敗者】に頭を押し付けた。
研究者と名乗る割にはその体は筋肉質で、押し付けた後頭部は【敗者】の均整のとれた胸筋に当たり至福のような感覚が手に入る。
「【敗者】のこの体がいいの、硬くておっきな体がいっぱいで、気持ちいいから」
「貴様は相変わらず面食いだな。全く、ダークファルスに何を言っているんだか……」
【敗者】は心の中でふんわりと、評価されているものが厳密には自分でない事にモヤモヤしていた。
その肉体はクローンとはいえ外見は初代カスラをベースにして改造されたルーサーの物を参考にしている。
【敗者】は依代を変えようが【敗者】だが、レヴィがいたく気に入る彼の外見は依代を変えれば失われるかもしれないものだ。
彼女が本当に好きなのは、なんなのか……
その器の姿を保っていればいいだけの事なのに、どうもその思考は彼を不愉快にさせた。
もしヒューナル体や本当の姿であるダークファルスルーサーを見せた時、彼女が醜いと言って遠ざけたら、【敗者】は彼女を今までと同じような目で見れなくなるかもしれない。
それが当然だなんてことはわかってるし、普通に考えればそうであるべきで、そうであって欲しいのに、心の中に迷いが出来てしまう。
逆にめちゃくちゃにカッコイイと持て囃され肯定されても、ポジティブな意味で同じような目で見れなくなるかもしれないが。
「【敗者】は【敗者】だからいいの。ね、訓練しよ」
「あぁ」
「基礎訓練……だよね?楽しみにしてたの」
「勿論、普通の戦闘訓練も終えてからだ。基礎訓練を入れるからと言ってメニューを調整したりなどしない」
「うん、平気!」
レヴィは抱擁を剥がし、ドレッサーの椅子に座るとパタパタと足を動かして待ち始める。
彼女本人の性能を見た次は創世器のポテンシャルだ。【敗者】は創世器アイゼンハートの性能の限界を見てから強化や模倣創世器の為の演算を始める予定である。
無尽蔵な武器の形状変化と、物質の転換という先天能力。
元々レヴィが持つにしてはオーバースペックだが、彼女が強くなれば今度は創世器の方が追いつかなくなる。
ルビィにも勝る駒に仕立てるためには武器と持ち主両方がオラクル最強にならないといけないのだ。
一騎当千で唯一無二の、最強の駒。
「……」
【敗者】はレヴィの頭を軽く撫でると服を運び、レヴィに渡した。
相変わらずの外内対応兼用着だが、パッと見た限りでそうとは思えないほど布がしっかりと使われ、宝飾も着いた綺麗な服で、長く着れるようになっている。
レヴィの金をこっそり無断で使ったのだからクオリティの高さは当然だろう。
アクセサリーを抜いても彼女が好むブランド物の白衣二着分の値段くらいはするが、良い結果が帰ってきてるのであれば金をかけることに問題などない。むしろかけて当然だ。
「まったく……あんた、そんな顔して服は可愛いの選ぶんだから」
「貴様が着るのだから僕の顔は関係ないだろう」
「だから、着る側の顔ちゃんと見た方がいいよ。わたしが着るんだから、可愛い服を選ぶ必要はないのに」
レヴィは呑気な事を言っているが、働けない環境下で彼女の金が無駄なものに溶けている事にはまだ気づいていない。
ひっきりなしにやってくる廃品回収のマシナリーとそれに運ばれていく古い家具を見てもどうも思わず、交換されている家具がどこの財布から出ているかなんて皆目見当がついていないようだ。
「はぁ……」
【敗者】は彼女に返事しても意味が無いと放棄して、溜息をつきながら彼女の髪を撫でた。
それからお得意のツインテールにまとめれば完璧なレヴィのスタイルは完成。
獣耳のようなヘッドギアまで付ける。
「この髪飾りの形……他じゃあんま見ないよね」
【敗者】は犬みたいだから、と言おうとしたところを抑え、脳波の測定に役立つなどと別に他の形状でもいいような機能を話して誤魔化した。
「ふーん…何考えてるのかバレバレってこと?」
「脳波だけでは具体的な内容までは分からないが喜怒哀楽や興奮程度は分かるようになっている。後は視線や指先の動きなどのデータを元に、どのような思考をしているのか演算するといった感じだ」
「じゃあ、わたしが今何考えてるかわかる訳?」
「僅かな興奮、期待を持ちながらもリラックスした状態じゃないか?」
【敗者】は端末を見ることもなく彼女の様子だけ見て淡々と告げると、それが当たりだったのか席を立ち上がってキラキラとした目で【敗者】を見つめた。
「えーっ!当たった!すごい!」
「当然だ。これくらい馬鹿でも分かる」
「それは【敗者】が頭良くて凄いから分かるんでしょ?」
「それもまた当然の事だ……」
ねっとりと指を絡めて手を繋ぎ、【敗者】はレヴィを引っ張って歩き出す。
広い屋敷の中。窓から入る木漏れ日は格子の陰を作り、牢から解放されてもまた大きな牢に囲われているだけなのだというのを自覚させる。
しかし、そんなホールへの道のりでも十分に話すことはある。
「今日は何の訓練するの?」
「新しい物を求めても無駄だ。引き続き創世器の分析と共に貴様のだらけた動きを鍛え直す」
「そっか……【敗者】は忙しいね」
「そうだ。あまりにもやる事は多い……暇を持て余している時間なんてどこにもないんだ」
「大丈夫?ちょっとは休んだ方がいいと思うよ……?」
レヴィが心配そうに【敗者】の顔を覗くが、【敗者】は特に不安げな様子を見せることも無く、己を突き詰めて無理をしているという様子でもなかった。
「心配することじゃない。いつだって優れた閃きというのはなんて事も無いような時に思いつくもの。脳科学ではデフォルト・モード・ネットワークと称し、効率よく活性化させることによってより優れた結果を得られる。そのための休暇は必要不可欠だ」
「たしかに!寝る前とか水浴びしてる時とかに思いついちゃって、メモするために端末出してやってたこと後回し……なんてよくあるもんねー」
「そういう事だ。つまり、脳内の情報を整理して閃きを促す為に、知識というのはどんな物であっても取り込んでおいて損は無いということになる」
「ふむふむ……」
【敗者】はレヴィのつむじを見ながらぼんやりと考えていた。
彼女は子供のようなものだ。
奇想天外な閃きをするにはまだ世界が狭く、知識は大きく欠けているだろう。
色々と低俗な物から高尚な物まで与えてみて、暇な時に試させるというのは悪くないんじゃないか。そうして得た情報が対オラクルへの兵器開発や己の体質を開花させるキッカケになり得るかもしれない。
「なんか、やっとこの空間にも慣れてきたって感じ。相変わらず部屋多すぎるけど」
「廊下の隅々まで地図でも貼っておこうか?」
「わたしそんな方向音痴じゃないし」
「今までに三回迷って別の部屋に入っていたというのに?」
「なんで知ってるの?!」
「監視カメラがあるからに決まってるだろう」
「うぇっ……易々暗殺も出来ないじゃん」
「安心するといい、カメラがなくても貴様の暗殺は成功することはない。未来永劫に、確実に」
「あははははっ!確かにね」
階段を楽しそうに降り、軽い体でホールに辿り着くと、二人は和やかな面立ちのまま訓練を開始した――
――数時間後、戦闘訓練は終了した。
レヴィは相も変わらず【敗者】にかすり傷も与えられず、彼の無茶ぶりなアドバイスをどうにか汲み取ろうとしながらホールの端から端まで走り回った。
「はぁ……あんた強すぎ。目標が一騎当千っていうなら相手の動きをシミュレーションしてそれを倒してって動きをするのは必須だし、仮想敵も用意するべきなんじゃない?」
「しかし、アークスに貴様の戦闘データを取られる訳にはいかない。となればVR訓練施設を新たに作る事になるが……」
ソファの上でぐでぐでに脱力し栄養補給のためドリンクを飲みながら、レヴィはぼんやりと広いホールを眺めていた。
【敗者】は横に立ち、戦闘データが表示されたディスプレイを操作している。
一朝一夜で劇的に成長するわけもないが、しかし強さにしがみつき、なんとかして力を得ようとする様子は【敗者】から見れば狩りの練習をする獣のようで滑稽であったが、有難くもあった。
「エクストリームパス盗んでレンタルしなきゃいけないしね。
オマケにアークスの奴らなんてわたしの顔見たら"ごめんなさーい、手違いでやっぱり部屋埋まってしまいましたぁ"なんて言われるのがオチだし」
「大型のエネミーを出現させるのはもちろん、地形や背景までも変化させるのには莫大な資金と空間が必要になる。いくら対象を数人に絞ったとしても、双方からの攻撃を反映させるレベルの高度な投影は現状の僕達には不可能だな」
「むぅ……」
分かりきっていた事だが、そう上手くいく話じゃないと【敗者】から言われると何とかしたいという気持ちも沸き立つ。
「用意した人形を動かすだけなら端末ひとつあれば今でも出来る。しかし僕と貴様の想定している演習は高度な演算装置を用いた実戦。それをアークスに見られずに行うというのは厳しい話だ」
「質問なんだけどさ……訓練所で使わなくなった旧型のVR装置とかってどこに行くの?」
「パーツごとに分解してリメイクが最も多いパターンだが、宇宙空間に廃棄する事もある。しかしそこにある物は破損が激しい。仮に拾ったとしても、内部のコンピューターにあるデータは数代も前で、現状のエネミーのレベルには適合せず使い物にはならないだろう」
「そっかぁ……スペースならスラム街のドーム取ったりとかで確保できるのになって思ったんだけど……ついでにそれで一儲けとかも……」
「機構の方は現状の資金や設備ではどうにもならない」
【敗者】は残酷に言葉を吐き捨ててから、まだうんうんと唸ってる彼女を細い目で見つめた。
出来るなら提案するに決まっている。出来ないからやらないのだ。なぜそんなことが分からないのか。
アークスというのは諦めが本当に悪い。
フォトナーはそんなシステムをアークスに組み込んだつもりはないが、出来損ない故なのか、どうも喚いて勝てない戦に勝とうとする。
その団結が鬱陶しくて仕方ない。【敗者】はレヴィのアークスらしい様に不愉快さをゆっくり募らせて居たが、レヴィは耐えきれなくなったのか端末を取り出すと流れるようにキーボードを打って何かしらを眺め始めた。
「どうした」
「ん、……まあ、なんでもないよ」
そう言われながらも、【敗者】はレヴィの端末の画面を覗いてみる。
VR訓練所のメインシステムのプログラムや、使用されているプロジェクターの設計図を旧型から新型まで、それからハッキングして奪ってきた企業の会議内容等の社外秘資料、後はアークスシップの運航データから宇宙空間のマップまで……
ありとあらゆる情報が表示されては消えていく。
「【敗者】って、忙しいんだよね。色々やらなきゃいけないことあって。だから、時間を無駄にしたくなくて賭けが出来ないんでしょ?」
【敗者】は頷き、レヴィの顔を覗くと、彼女は不思議と楽しそうな表情で画面を眺めていた。
「まあ一応聞いてみるけど……盗むか修理するか建設するか。あんたにとって確率が高いものはどれだと思う?」
「修理は失敗した場合は全て無駄になる。建設は時間がかかる上に材料の入手は困難。となれば……盗む、が一番確実なんじゃないか?代わりにリスクは大きいが……」
「リスクの大きさとか関係ないワケ。つまり成功確率で見れば不可能なものはなくて、問題はパーツ入手までのアプローチって話ね」
レヴィにとってリスクなんて言葉は恐れに値しない。
【敗者】の言葉の中から受け取ったのは失敗しなければどんな手段を選んでもさほど変わらない、という都合のいい解釈のみ。
「研究所や企業から手に入れようとするのは今最もリスクが高い行為だとも言えるが?」
「色々試して検討するってのも悪くないかもね。全部同時進行でやってみて、出来そうなやつを優先するとか」
レヴィはむしろ【敗者】の考えがよく分からなかった。オラクルの頂点を気取るものはもっと大胆で、針の穴に糸を通すほどのことだって確信して出来るという筈だ。
保守的な様子は彼の直前の大失敗が引き起こしたトラウマ故か、それともレヴィの思い違いなのか……
【敗者】が今度こそ全知存在を手に入れるためには、確実に、完璧に、どうせ何やろうが無駄などといって敵をみすみす見逃すような事をしてはならない。
しかし、だからといって今の【敗者】は少しばかり臆病が過ぎる……
「……勝手にしろ」
「うん、勝手にする!これはわたしが自分で考えておくから、あんたもあんたで自分のやるべきことをこなしてて」
レヴィは心の中で静かに"わたしがコイツの情熱を呼び起こしてやる"という意志を持ちながら、陽気に微笑んだ。
宇宙とひとつになり、歴史同等の存在になるなどという
今までの彼ならハイリスクなことだってやって当然叶って当然だったはずだから。
「それこそ、貴様のような人間には休みが必要なんじゃないのか?」
「だったら、わたしもあんたも休暇合わせて一緒に休めばいいだけでしょ?外に出るのは簡単じゃないけど、何も無くても二人でなんかしよ?」
「それもそうだが……今日出来る話ではない」
【敗者】は、レヴィが「一緒に居てくれなくなるのが嫌だ」、と弱音を言っていたのを思い出した。己のようなダークファルスに縋ってまで寂しさを抑えられないこの女の愛着には非常に問題があると思いながらも、それを拒絶することはしなかった。其方の方が都合がいいから。
「あ……」
【敗者】はレヴィの手首を掴むと彼女を無理やり立たせ、歩き出す。
彼の顔は厳しく鋭いが、レヴィから見るとやっぱりどこか傷ついているように感じられた。
自分の勝手な想像だけで相手を決めつけるのは、ただの傲慢だ。
「行くぞ」
「行くって……」
「もう忘れたのか?貴様にはこれから基礎を叩き込む」
「あっ!……へへ、忙しいね」
「貴様の時間は無限にある訳じゃない。だからこそ、やるべき事は厳選しなければならない」
「そうだね、あんたはダークファルスだけど……わたしはヒトだから」
数百年も生きてきた【敗者】と違ってレヴィはただの人だ。計画に協力するとは言ってもその時間には限度がある。
遊ぶ時間なんて本当は微塵もないが……かといって、レヴィを働かせてばかりでいいとは【敗者】には思えなかった。
「あんたが言う通り、ヒトって奴はどうしようもなく醜くて傲慢だよ」
レヴィは彼に協力すると決めたその時から、覚悟らしい覚悟は出来ていた。
【敗者】に協力する。彼を勝たせる。そしてアークスを殺す。
そのためなら、どんなことだってしてみせる。
「此処だ」
レヴィは一階の部屋をあまり散策していなかったが、【敗者】の簡単な説明により一階は大ホールや大食堂など私生活で使用機会のないような部屋ばかりというのはなんとなく理解していた。
しかしそれ以外の部屋は知らず、入ったこともない区画の比較的小さい倉庫のような小部屋に対面するとまた別の家に来たような変な緊張がレヴィに付きまとう。
【敗者】は無言で扉を開く。
中はレヴィの想像よりは広く、寧ろ細長いだけで面積自体はリビングや寝室と変わりないのかもしれないとまで思い始めた。
この家の家具とは思えないほど簡素なテーブルの上に銃が乗っており、そこから少し離れた場所に人の腰から上の形をした的と、入れ替えられるようになっているのか吊られた同心円状の的があった。
「わ……」
「シンプルな拳銃であり、的までは25メートル。弾の補充もシンプルだ」
【敗者】はテーブルまで近付くと、彼の手には玩具のように見えてしまう拳銃を手に取った。
特に凝った意匠もない、普遍的かつ最高効率を取った初心者向けの自動式拳銃のようなものだ。
違いがあるとすればマガジンの底にコネクタが着いており、近くにはピッタリ合う端子のついたコードや、上手く噛み合いそうな突起がテーブルから生えている。
「基本的にはこのコードに繋げば弾の補充は不必要。15発撃つとこのライトが赤く点灯し一秒ほどリロードの時間が入り、ライトの色が青色に戻ればまた撃てるようになる。システムエラーの色は黄色、電源切れは無点灯だ」
そう言われてレヴィは銃を凝視してみると、スライド部分にネジ穴程の大きさの小さなライトが着いていることに気づいた。
【敗者】が銃の電源を入れるとライトが点灯し、青く光り出す。
【敗者】の言っていた使用可能の状態だろう。
「それから、コードを外すとフリー仕様に変化する。弾を使い切る度に手動でリロードが必要になるが、慣れれば自動リロードより早くなる事もあるだろう」
【敗者】はコードを外し、テーブルから生えた突起にマガジンの底を押し付けるとピッタリ噛み合った。
「これでリロードだ。弾切れは同じようにライトの色で分かるが、これを使うなら自分で数えた方がいい」
「うん、わかった」
すごく分かりやすくていい説明だったなぁ、なんてレヴィは心の中で呟きながら、【敗者】から銃を受け取りコードを繋ぐと、片手でふらっと握り引き金に指を置いた。
「……」
「あっ、こうの方がいい?」
銃を横にしてレヴィは【敗者】の方を見ながら撃ってみると、数十メートル先の人型の的の眉間にドンピシャで当たる。
一般市民から見れば的を見ることもなく当てられる凄腕のガンマンのように見えるが、【敗者】は顔を顰めてため息をついた。
「点数を付けるのも嫌なくらい下手くそだな」
【敗者】はレヴィの後ろに回り込むと、小型のリモコンを操作して的を同心円状の物に入れ替えた。
「……?」
「まず立ち方が違う。きちんと的を見ろ」
【敗者】はレヴィの側部を掴むと無理やり動かし、的と向き合うように正面を向かせる。
「え?」
【敗者】のされるがままに受け入れながらも困惑していたが、【敗者】はレヴィを気遣うことはなく、肩や腰に触れながら次々と声を掛ける。
「ふらふら動くな。顎は引いて、肩はもう少し下げろ、こうだ。」
ガチガチに凝り固まったような姿勢、なんてレヴィが思ってしまうほどしっかりと姿勢を整えさせられ、銃を持つ手もわざわざ握り直される。
「地に足を付けて、ナベリウスの大樹になったつもりでしっかりと立て。腰から胸に、頭まで土台となってしっかり支える。
肩から指の先まで全て己の物だ。自分の足で立ち、自分の手で構え、自分の目で照準する」
「……」
【敗者】はレヴィの肩から指先までをしっとりと撫でながら、彼女の耳元で囁いた。
【敗者】の不思議な低い声、【敗者】の太く長い指、【敗者】の匂い……
彼のスキンシップにも感じられるような指導はレヴィを性的に興奮させるには十分すぎるほどだったが、その欲をどうにか抑えて彼の言葉の通りに己の体に向き合った。
「いいか、的を目でしっかりと見ろ。祈るな。運でもなんでもない。神頼みでもなく自分の技術で当てるんだ」
レヴィは普段から自分の体の芯を意識することはない。
付けた筋肉や皮など外はいつも気にしていたが、立ち方や指の動きは自然体で、どこからどのようにして体を動かすのかという挙動は全部何となくで埋め尽くされていた。
「運に選択させるな。自分が調整し、自分の手だけで当てる。その結果が最良になるかどうかは運ではない。積み重ねればどんな馬鹿でも当てられるようになる、技術に過ぎない」
しかし、【敗者】の言葉を聞き、己の指や目に意識を集中させてみると、レヴィはようやく己の体が何となく動くものではなく意志を持って操縦するべきものだということに気付かされた。
そうしてみれば自分の動きはだらけて歪んでいるように感じられる。
「わかったか?
三つ数えたら引き金を引け。集中は乱すんじゃないぞ」
レヴィは引き金に指を掛けながら、【敗者】のカウントをしっかりと聞く。
3、2、1。
その言葉の直後、引き金を引くと、肩への衝撃と共に弾が射出された。
上振ったのか弾は気持ち斜めに刺さっており、的の中心から三つほどラインを跨いだ場所に当たる。
レヴィは銃跡をぼんやりと眺めながら、【敗者】の言葉を待った。
「……そこそこだな。的の中心ではないが範囲内ではある。体の芯もブレていない」
「そこそこ…」
レヴィが小さくショックを受ける中、【敗者】は感情のないロボットのように淡々と言葉を呟く。
「データは取れた。取り敢えず今日はこれくらいに……」
【敗者】がレヴィの手から銃を取ろうとした瞬間、レヴィは銃の熱も構わず包み込んで握り締め、体の内側に隠しこんだ。
こんな中途半端な所で終わりなんてありえない。
「……?」
「まってよ!……わたしまだ当ててないじゃん!」
「最初から当たるとは思っていない。そして貴様は既に消耗している。これはあくまでおまけのデータ収集だ」
「ならあんたは勝手に帰ってて!」
「はぁ……物分りの悪い奴だな」
「うるさい……わたしは……!」
ようやく開いた手の中は火傷で真っ赤になっているがレヴィにそんなことを気にする余裕もなく、【敗者】に構わず銃を構えようとすると、彼は端末を取り出してディスプレイを眺め始めた。
「まあいい。そんなに強請るのなら課題をくれてやろうじゃないか。」
「ッ!!ほんと?!」
レヴィは姿勢を作ったまま振り返り、思わず【敗者】に銃口を向けてしまうが、【敗者】は熱の残る銃口を躊躇いもなく手で包み込み、ゆっくりと下ろすと静かに手を離した。
当然【敗者】の掌にダメージなどない。
「あぁ。いいか?この装置は著しく損傷すれば的は自動で交換されるし弾はいくらでもある。データも常時確実に収集される。だから貴様がズルをしても直ぐにバレるということだ」
「……つまり?」
【敗者】は視界の邪魔にならないようにボーリング場のモニターのような配置で画面を表示する。そこにはシンプルなUIで000の数字が囲まれていた。
「あの的の中心に弾を100発当てるまで帰ってくるな。決して目を閉じたり、祈ったりせず、そのフォームを変えずに自分の技術だけで当てるんだ。……いいな?」
「……100?」
「そうだ。それが出来たら次に進んでやる」
「わかった」
レヴィは躊躇うことも無く二つ返事をし、直ぐに【敗者】から目を逸らして的を見つめる。
時間から考えて、寝る前に100発撃てるとは思わないし、やっぱり無理だといって泣きついてくるのも【敗者】は既に予測済みだ。上手くいって10発位だろうか。
「提案したのは貴様の方だからな。文句は受け付けないぞ」
とはいえ彼はこんな無茶振りをした責任を取りたいわけもなく、いつものように無責任な言葉を吐いて部屋の扉に手をかけると、レヴィは返事することも無く直ぐに銃を撃ち始めた。
銃声が部屋の外まで小さく漏れ出してはいたものの、彼はレヴィの様子を見ることはなく研究室に戻ると改めて己の思考と向き合った。
――それから、しばらく経ち……レヴィがリビングに戻ってきたのは2日後の昼だった。
上手くいかないな、とレヴィは独り言を零しながら、ボロボロになった的を見つめた。
中央に当てた回数は24回。あれから既に9時間経過しており、午前3時を回っていた。
的は交換されるとは言っていたが一定以上の損傷がないとダメらしく、的の外の壁の方がずっと穴だらけで、外側が抉れるように削れていても中央周りはまだ交換に値する物ではない。
「……才能、ないな」
レヴィが昔からよく言われていた言葉だ。
学校でもありとあらゆる分野で言われて、アークスに入隊しても名前も知らない相手に叫ばれて、昔のレヴィはそんなことは無いはずと反発していたが、今はそれらが全て正しかったのかもしれない、と受け入れられた。
しかし、だからといって、諦めるなどとはひとつも考えていない。
弱かろうが才能がなかろうが、最終的に成功すればそんなものは微々たる差なのだ。
才能のあるものが一日で全てを習得できるというのなら、レヴィは別に百年掛かったって構わない。
百年掛けて、才能があるものを越えられたら、レヴィはそれでいい。
だからこそ進むことをやめたりなんてしない。
いつかと報われる事を期待して、それが叶わなくてショックを受けるなんて無駄な時間だ。
努力は報われるためにするんじゃない。
無能である己を無理やりねじ伏せるためにするものだ。
「当たればいい。当てればいい。とにかく……、じゃダメなんだよね。ちゃんと体に染み込ませて、学として当てないと」
そう言いつつも、レヴィは試しに姿勢を崩し元のようにふらっとした緩い腕で当たるイメージをしながら当ててみる。
弾は中央に飛んだが、カウントは増えない。
【敗者】の言った通り、姿勢を維持して撃たないとシステムにバレる仕様らしい。
体の使い方を知った上で撃ってみると【敗者】が酷い顔をしていたのも仕方の無いことだろう。
しかし、レヴィはこのだらけたフォームと運頼みの撃ち方を本当に辞めるべきなのか、迷っていた。
当然【敗者】が指導するようにきちんと実力で当てるべきなのはそうだろう。
だが、正しい撃ち方と自分の元々の撃ち方は全く違う。まるで別人のような動きで、視線の動かし方や指先の動きのひとつまで大きく変化する。
「これ、
レヴィは再度正しい構えを行い、引き金を引く。
惜しくも中央には当たらなかったが、損傷のトリガーになったのか的がパタパタと入れ替わって交換され、新しい的が現れた。
「どっちも出来るようになったら、どっちもわたしの銃になる……」
構えて撃っては崩して撃ち、また構えて撃っては崩して撃ち、を十分程度繰り返してみると、先程より両方の精度は落ちたものの一人で撃っている筈なのにまるで二人いるかのような銃痕が残り、レヴィは思わず悪いことを思いついた。
やっぱり、自分の撃ち方は捨てないようにしよう。自分の運に任せて撃つやり方をした上で、正しくも撃てるようになろう。
どちらも極め、どちらも完璧にする。
片方は極めるというより強く祈るだけだが、それでも当たる確率は格段にアップする。
「わたしが戻ってくる頃に、【敗者】の研究がなんか進んでればいいな……」
時間の意識は段々消えていき、最低限生存の為の行動を行っておらずとも段々どうでも良くなっていく。
極限状態の野良キャンプとは真逆で、自分の行動以外に何も気に払う事の無いリラックスした死の鼓動が聞こえる。
「具体的にいまどこの研究をしているのかは知らないけど、きっと【敗者】なら上手くやってくれるはずだから……」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる