――訓練が終わったあと、レヴィは【敗者】に引きずられながらホールを出た。
「もぉお゛……もっと丁重に扱ってよぉ……」
「これくらいの事で疲労する方が悪いだろう。もう少し体力を付けろ」
「そんな事言ったってさぁあ……!」
彼等の足跡には血が混じり、引きずられる度に掠れながら伸びていく。
「水分や休憩は十分に与えている。栄養にも不足はない。そうなれば後は僕の施しに対する貴様の不義理だけが残るということだが?」
レヴィの手はあかぎれてボロボロで、太ももからの出血は止まらないが【敗者】の顔はいつも通りで、気を遣っているようには見えない。
レヴィは【敗者】の言葉に溜息をつき、自分が惑星に違法滞在してサバイバル生活をしていた時よりもずっとハードに感じる訓練内容に顔を顰めた。
「無茶振りすぎるんだってぇ……底辺アークスのわたしのレベル知ってる?1だよ?ノーマルしか行けないんだよ?それに対してあんたが課せるものってさぁ……六芒均衡とかそういうレベルのやつじゃんどう考えても」
五感を極めながらも同時に感覚だけで戦えるようになれだの、未来予知をしたような動きをしろだの、周りを見ながらも集中して戦えだの……レヴィにとって重要視しているのは五感と局所的な判断力であり、彼の言っていることはまるで自分が神になって自分を操作しろと言っているようで到底理解出来なかった。
「いや、六芒均衡のレベルではない。そもそもハッキングをしてベリーハードやスーパーハードの区域に勝手に入ってる女が今更ノーマルしか入れないというのはどういう冗談だ?
レベルもクラスがない故1から上がらないだけだろう?貴様の弱さは底辺ではなく無知と己の怠慢だ」
「うそ……こんなんでも六芒均衡レベルじゃないって言ったらあいつら何してるワケ……?!惑星割りとか?!24時間連続戦闘とか?!」
しかし、【敗者】も自分の言っていることが余程の無茶振りである事くらい分かっていた。
自分がやれと言われたら絶対にやらない。
彼はレヴィのアホ臭い発言を聞いて心の中でため息をつく。
(類稀なる素質を持つ六芒均衡がこんな無茶振りで高レベルで達成不可能な訓練をする訳ないだろうが……この馬鹿犬)
しかしレヴィが"これがまだ下位の訓練である"と勝手に勘違いしてくれていたのは【敗者】にとって良い事だった。
それはつまりもっとハードルを上げてもいいという訳だ。
ルビィに敵う力を手に入れるために、とりあえずダークファルス【巨躯】とまともに渡り合えるくらいのパワーと、六芒均衡全員に囲まれてもねじ伏せられるだけの対人能力は身につけておかなければ困るからだ。
レヴィどころか普通のアークスですら無茶振りにも程があるが、相手はあの規格外のルビィなのだから仕方ない。
「なんだ、自分から提案してきて……そんなにしたいのか?」
「したいわけないでしょうが!」
そもそも【敗者】がそんな無茶をしているのはレヴィに期待しているからというのもあるが、同じくらいその期待した女の実力が底も底、大きなハンデを背負っているからだった。
「貴様はそもそもフォトンの素質で他のアークスとは大きな差がある。その差を埋めるにはフォトンの素質以外の全ての部分で他者を上回らなければいけない。
それ故に、素の実力で精鋭のアークスを簡単に倒せるくらいのレベルまで鍛えなければならないんだ。それくらい分かるだろう」
「む……」
しかし【敗者】はレヴィがその壁を越えられないとは思っていなかった。
教える者もおらず最低限の設備も整っていない段階の、変な癖が着いているだけの未熟な子供を鍛えるのは荒唐無稽にも程があると他者は言うかもしれないが……
数百年もアークスを見てきた彼にとっては、レヴィは出来る存在であると確信出来ていた。
(奴等でも達成不可能だと考えた最終ノルマ……この女が何時超えてくるのか楽しみで仕方ない)
「せめて引きずらないで立って歩かせてくれない?!もう体が痛くて痛くて…」
階段も容赦なくズルズルと引きずっていき、身体中が痛む。
レヴィは半ば苛立った声を張り上げると、【敗者】はレヴィをちらりと見る。
「そうか。僕の手を煩わせる必要が無いならさっさと言え」
その言葉を吐いた瞬間、【敗者】は手を離した。
ただ手を離すのではなく、階段の上に投げ飛ばすようにして。
「うわぁああ?!放り投げる?!階段で?!わたしを?!」
レヴィは慌てて腕を伸ばし、床に着地すると傷から血が吹き出たまま何回転か転がって、すぐに起き上がる。
「着地したじゃないか。なんの問題がある」
「問題大ありなんだけど?!」
【敗者】の方に振り向いてギャンギャンと喚いていると、そんなレヴィも素通りし【敗者】は彼女に背を向けながら声を掛けた。
「ほら、……さっさと風呂に行くぞ」
「そりゃそうでしょー……もう汗だくでやってられないし……」
二人が広い洗面所に入ると、【敗者】はすぐにレヴィに振り向く。
レヴィの巻いた髪はもう崩れており、顔は己の血で汚れ、手も足も擦り傷だらけだ。
しかし瞳は丸く大きく開いたまま【敗者】の方をじっと見ており、彼女は止まったままの【敗者】を見て首をこてんと傾げる。
「……」
【敗者】は無言のままレヴィの服に手を掛けて、脱がしていった。
ゴトンゴトンと30kg程度の重りがいくつも入った上着を脱がせば、姿勢が動かしづらくなる代わりに銃弾を通さないようになっている硬いプレートの着いたコルセットを脱がす。
まるで重装甲の鎧のような服を着たまま軽々と飛び跳ねた上、【敗者】の低速の環境下でも瞬発力を高めそれなりに弾を寄せられているのは、レヴィの体躯が小さいのもあるが彼女の基礎的な肉体は既に完成しきっているからだと言うのもあるだろう。
おまけに、プログラムで制御出来るから体が訛ることもないと言うのに、やる必要も無いトレーニングを彼女がルーティンのように毎日やるのは「他にやることが無いから」だという……
――【敗者】は膝を着くと、脱がしたレヴィの体に顔を寄せる。
「うわっ?!なに……」
「スゥゥー……」
そして、当たり前のように匂いを嗅ぎ始め、彼はぼんやりと脳を麻痺させた。
「また吸ってるしこいつ!!もう!」
「もうなんだ?嬉しくてたまらないか?」
「んなわけないでしょーが!バカ!」
そんなことを言うレヴィの顔は真っ赤に染まっており、【敗者】は惚れたのだろうか、なんて目の前のウブな女に考え込みながら呟いた。
「我慢する必要はない。所詮は愚かなヒトの一個体……醜い思考をした所で罪の重さはそう変わらないだろう」
「いや普通に何も嬉しいとか考えてないからなんだけど?!」
数字を使えば無意味だと言うのに、檻の中ですらトレーニングをする……
暇潰しと言いながら、それを数十年もやり続ける人間。
【敗者】から見て、レヴィは余程"つまらない"女なのだろう、と思った。
己の力を高めて、戦う以外に己の存在理由が分からない女。
知識を求めている自分と同じような物だが、色々な事を知った上で知識を得ることを選んだ自分と違って、彼女はまだそれを選択した訳では無い。
楽しむことも遊ぶことも誰からも教えて貰えなかったからこそ、こんな選択を選ぶことしか彼女は"知らない"のだ。
「……レヴィ」
「ん?」
「風呂、……一緒に入るか?」
「へ?なんで?……前一人で入れって…」
「シャワーだけではつまらないだろう?貴様が手を出したら浴槽が滅茶苦茶にされそうな物だからな。やるなら共に、……だ」
【敗者】はレヴィの血を少し舐める。
甘い、等と考えていると、レヴィの顔がやっぱり赤らんでいるのを観測した。
そんな顔だというのに少し顔色が悪い事に気づき、漸く彼はレヴィの傷だらけの体に向き合う。
彼は靴を脱ぎ、袖を捲った。
「ねぇ、【敗者】……」
風呂場に消えていく【敗者】に声をかけようとした瞬間、レヴィの目の前に黒い羽が現れてレヴィは思わず尻餅を着いた。
「ッ?!」
「……それに治してもらえ」
【敗者】は振り返ることも無くそういうと、扉をすぐに閉める。
レヴィは改めてその翼の持ち主に向き合う。
それはダークファルス【敗者】が従える眷属……有翼型ダーカーの、小型な一体だった。
そのダーカーはレヴィを見たまま動く事はなく、何もしていないように見えた。
しかしレヴィの体は段々軽くなっていき、傷も少しずつ塞がっていった。
(フォトンを元にしたレスタは効かないけど……ダーカー因子を使ったテクニックならわたしに作用するってこと?別に【敗者】だけが使える力って訳でも無いのか……)
鳥なのに鳴かないのか、そもそも意思疎通が取れる訳もないか……なんてレヴィは眺めながら、その鳥に手を伸ばす。
鳥の体が一瞬動き、レヴィはビクリと体を跳ねさせるも彼女の手は鎧のような鳥の装飾にどうにか着地させて、ゆっくりと動かす。
鳥は無反応のままじっとレヴィを見つめるだけだった。
「……【敗者】の、……眷属、なんだよね?」
返事はない。無反応……他者から見た自分とはこんな感じだったのだろうかなんてレヴィは考える。
「あんたの主人が、……アークスにこうやって絡んでるの、変だって思わないの?わたし、正直変だって思うけど……でも、あぁ、アークスの、……影のトップだったし……その……」
レヴィのたどたどしい言葉にも瞬きするだけで、レヴィの顔は困ったように歪み、ううんと唸りながらもひたすらに撫でていた。
「……わたしって、……アイツの駒、なんだよね。あんた達からしたら……駒だから、変じゃないってことなのかな。
好きか嫌いかで言ったら、前好きって言ってくれたけど、あれって普通に、嫌いじゃないって、駒として有用だからって、そういう訳で……」
「ちがいますよ、きさきさま」
「へ?」
【敗者】でもレヴィでもない声が一瞬聞こえ、レヴィは驚いて辺りを見渡す。
どこかから話しかけられたというより、耳が聞こえない時に【敗者】が話しかけてきた時と同じ、テレパシーのような脳内に響く声だ。
しかし、辺りを見渡しても誰も居ない。
「……今喋った?」
鳥はまた無反応になった。
流石に鳥が人の言葉を喋る訳はないか、なんて思い、レヴィはそれを幻聴か何かだと思って無視する。
「嫌われてる相手に従うとかわたしってやっぱ昔と同じままなの……?でもアイツらと違って【敗者】はなんか優しいし……、うぬぬぬ……」
レヴィは【敗者】が他の全ての人とは違う目でレヴィを見ること……、まるで、自分を個人として、人間として認識するように見る事に戸惑っていた。
今までの人間は全て自分の事をフォトンアレルギーの、出来損ないのアークスとして見てきた。
そうでない人間は、そもそも彼らの視界にレヴィが入る事はなかった。
だから、己の視界にレヴィを収めておきながら、レヴィのことを人扱いするアークスでは無い者……ダークファルス【敗者】が、非常に不可解な存在に見えたのだ。
最初は多分出来損ないのアークスとして、……【敗者】としてはゴミ以下の存在として、そういう目で見たつもりだったのだろう。
でも、レヴィ本人からしたら……"そういう目で見られること"自体が、今までの人間よりもよく認識されている目線だったのだ。
「……わたしって……」
アークスの支給品であるマグを与えられなかったり、研究者として認められなかったり……レヴィは徹底的に底辺として刻まれてきた。
レヴィを見下す中層の人間が彼女を底辺として押し潰すゆえ、かつてのルーサー含め上層部の誰も最底辺のアークスであるレヴィのことを把握していないのだ。
だからこそ、【敗者】はフォトン吸収障害の知識自体はあっても、その症例を持つ被検体Aに出会った事はあの時が初めてであり、……それで、【敗者】が彼女に興味を持つのは当然の事だった。
「わたし、もう、自分の計画なんかよりも、……【敗者】の方が……」
【敗者】の方が大事。
そう心の中で呟いて、レヴィは自己嫌悪に襲われた。
今の自分は【敗者】の役に立てるかどうか、【敗者】にとっての優秀な駒になるかどうかばかり考えている。
他人に依存した生き方などレヴィの望むところではない。レヴィが最も見下すものであり、群れることをバカのする事だと嘲笑ってきたレヴィにとって自分が自然にそうなっていることは苦しみを感じる他なかった。
【敗者】が悪いのではない。完全に自分のせいだ。
それでも、自分の心は、【敗者】の役に立てていないという心配ばかりが募っている……
「レヴィ?」
「……あ、る、……【敗者】」
いつの間にか傷は完全に治っており、少し湿った手で【敗者】がレヴィに触れると、彼女は顔を綻ばせ微笑んだ。
「傷は治っているだろう。……どうした?」
「いや、……その、……あ」
レヴィは【敗者】に問いかける。
「この家、……わたしと、あんた以外に、……誰も居ないよね?」
【敗者】は怪訝な顔をしてレヴィの言葉に頷くと、彼女は少し冷や汗をかいた。
あれが幻聴じゃなくて侵入者だったらどうしよう……
「何か、声が聞こえたのか?」
「そ、そう。……結構近くで、その……」
「なんと言っていた?」
【敗者】は眷属の鳥の方をチラチラと見ながらレヴィに声を掛ける。
見られている鳥の方はと言えば、少し体がプルプルと震えていた。
レヴィはそんな様子を見て、思わず鳥を寄せてギュッと抱き締め、【敗者】の方を見あげる。
「……この鳥さん、怖がってるじゃん!」
「主人を恐れる事など当然だ。貴様が目を向ける意味もない」
「さっきこんなんじゃなかったもん!」
「そんな事はどうでもいい。なんと言っていた?その不明な声は」
レヴィはその言葉を言うためには先程のくだりを【敗者】に言う必要があると思い、手が強ばる。
鳥も震えており自分の手も震えていることから、揃って【敗者】に怯え散らかしているのだと確信し、レヴィは尚更鳥を優しく包み込んで撫でた。
「……違う、って言った」
「何に対して?」
「秘密」
レヴィはその言葉を使うことに一瞬躊躇ったものの、【敗者】の様子を伺うと彼はそれに何も問い詰めてくることはなく、レヴィは安堵のため息をついて、言葉を続けた。
「でも、……わたしに、返事した気がする。あと、……なんか、……聞いたことないような言葉……言ってたような……」
「……言ってみろ」
「き……?きさきさま?みたいな……呪文?」
"妃様"?
【敗者】はその瞬間ギロリと眷属を睨み付け、レヴィの体から感触が無くなる。
「うわっ?!え?!……何?!し、死んだ?!」
「帰しただけだ……」
と言いつつ、何だか【敗者】の顔はいつもより数倍顰めっ面になっており、耳の先が赤くなっていた。
「え?何?……お、怒ってる?」
「さっさと行くぞ!」
「え?…えっ?」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる