※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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10話(3)

 【敗者】の手がレヴィの手首をギュッと握り締め、彼は浴槽の扉を開けてレヴィを中へ連れ込んだ。

 

「わっ……!?」

 

 白い棺桶のように見えていたその浴槽の中が青い湯で染まっており、ファンシーなカニのおもちゃの口からふわふわと泡が吹かれている。

 中にはチープな走るおもちゃや、水車のようなおもちゃも入っており、とても数百歳の男と二十歳超えた女が入る風呂ではなかったが……レヴィの目は輝いていた。

 

「な、なにこれ?!すご……」

 

「やっぱり餓鬼か」

 

「え?いいのこれ?入って?」

 

「先に洗え」

 

「うっ、……そういやそうだった」

 

 傷は塞がっていたものの、血が取れた訳ではない。

 レヴィはソワソワと横の浴槽を眺めながら、少しずつ慣れてきた色んな所からお湯が出るユニットシャワーを使いこなしていた。

 

「もっとハイテクにしたくないー?」

 

「ローテクノロジーを愉しむ、等という下らないコンセプトを元に建築された家だ。自動清掃機能がついているだけいいだろう」

 

「わたしもローテクの方が好きだけどさ〜洗濯物回収ロボットは置きたくない?置いていい?」

 

「好きにしろ」

 

「はーい」

 

 レヴィは泡のボディソープを出すと【敗者】の体にぺたぺた塗り、自分の泡の着いた体を【敗者】に寄せ、ぎゅうと抱きつく。

 

「……奉仕のつもりか?」

 

 ソープ紛いの行為に【敗者】の下半身は反応しており、「レヴィがソープなど知るはずがない、無意識かつ無知の行為だ……」と理解した瞬間、更に陰茎が硬くなる。

 

「んー?【敗者】ぼーっと見てるだけだから……ね、一緒に洗お?」

 

 背中からぎゅむりと胸を押し付けられ、尻や足を撫でられると【敗者】も流石にレヴィを犯そうか悩んだが、この段階でやる事をやっては浴槽に入れられないと我慢し……耐えた。

 

「やる前に自分の体を済ませろ」

 

 【敗者】は手首に嵌めたレヴィの髪を括るためのゴムをパチンと跳ねさせて、鞭で叩くかのように彼女を急かす。

 

「むー……洗いっこしないの?」

 

「別に風呂など毎日入るだろう。今日に拘らなくても構わない」

 

 【敗者】はレヴィの濡れた髪をくしゃくしゃと撫で、彼女を落ち着かせてやると、シャワーの金属を掴み、流す。

 女の前で裸体を晒して一緒に風呂に入るのか、等と言うことを【敗者】はようやく自覚して、彼は胸の内にむず痒さを覚えた。

 

 もうセックスをして、彼女の体の表面も奥も、既に既知の概念であるというのに……

未だそんなことに抵抗を覚えるのか。

 

 女の裸を気にする己に対しての、女体そのものに対する関心を否定する気持ちと、己の知識欲がまだ枯れ果てていないという事実に挟まれて、【敗者】は指の力が抜け、ゴトンと音を立ててシャワーが落ちた。

 

「わっ!……ど、どしたの?」

 

 レヴィは慌ててシャワーを止め、どこか惚けた様子の【敗者】に振り返る。

 【敗者】はボーッと返事をすることなくレヴィの体を見つめており、その様子が不思議で仕方なくて、レヴィは首を傾げた。

レヴィが彼の体にぺたぺたと触れ、ぎゅうと抱きつくと、漸く【敗者】は意識を取り戻す。

 

「……あぁ」

 

「まだ本調子じゃないの?」

 

 不安げに彼を覗くレヴィに反して、【敗者】は顔色一つ変えずにレヴィにデコピンする。

 

「1ヶ月も経っていないと言うのに全快を求めるな」

 

「あうっ!」

 

「ほら、……そこでウダウダしている暇などないだろう?湯が冷める前に入ろうじゃないか」

 

「わ、……うん!」

 

 【敗者】の手によってレヴィの髪が軽く纏められて結ばれると、そのままレヴィの手を包み込んだ。

 彼に連れられて、二人は入浴剤で青く染まった湯の中に入る。

 熱めに設定されていた湯は二人が入る頃には丁度いい温度になっており、浴槽の保温機能と、彼女の熱い湯に慣れていないような所も相まってレヴィにとってもっとも最適な状態に固定されていた。

 

「っ、う、……わっ、……お、溺れない……よね?」

 

「アホか」

 

 浴槽というにしては小型のプールと同じような広さのその風呂で、レヴィは静かに体を浸からせる。

 ぷかぷかと浮かぶアヒルのマスコットや湯の海を走り回るクジラ、惑星ウォパルで見たような実験生物を模したものは浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんでいた。

 

「……すご、……これ、くるくるーって…、……わ、おもちゃ?」

 

 レヴィは湯を走り回るクジラを掴むとひっくり返し、力を入れてバキンと割る。その中にあるチープなモーターの機構を真剣に見ていると、【敗者】は背後から溜息をついた。

 

 レヴィは自分の手に傷がつくことも躊躇わず、尖った断面が剥き出しになったままのおもちゃを手のひらで包んで眺める中、【敗者】は大浴場や温泉にも匹敵するような広い浴槽の中でわざわざレヴィの近くに寄り、狭い浴槽に入っているかのように彼女の小さな体を足で包んで座り込む。

 

「【敗者】?」

 

 レヴィが驚いて振り返った隙に、【敗者】は彼女の手から壊れたおもちゃを奪い取る。

 彼の手は人の肌のようなのに破片の尖った部分が食い込んでも出血することもなく、寧ろぐしゃりと音を立ててモーターごと握り潰し、黒いモヤとなって消えていくそれを彼女から隠しながら、彼の目線はレヴィだけを見ていた。

 

「そんな粗末な分解で何を知ったつもりになっている?」

 

「近いんだけど」

 

「唯の破壊活動に道理も何も無いな」

 

「こんなおっきな風呂でわざわざくっついてくる所に道理とかあると思ってる人?」

 

 【敗者】はレヴィの腹に腕を回してぐっと近寄り、彼女の小さな肩に顎を乗せ、顔を傾ける。

 

「動けないんだけど…」

 

「泳ぎたいのなら風呂ではなく温水プールに沈めるが?」

 

「ちーがーう!のびのびーって入りたいのにあんたがくっついてきて邪魔だって言ってんの!」

 

 【敗者】はわざとらしくとぼけた顔をしてレヴィを覗き込み、邪な意図もないような声で当然のように呟いた。

 

「貴様はこうやって見ていないと溺れるだろう?」

 

「は?」

 

「貴様の今までの動きから考えてこんな浴槽を与えられたら何をするかなど容易に予測出来る。はしゃいで暴れて泳いだ挙句溺れて沈む。以上だ」

 

 その瞬間、レヴィは肩を持ち上げて彼の顔を離したかと思えば湯を掻き分けて彼から無理やり離れた。

 

「あんたわたしのことなんだと思ってるワケ?!」

 

「子犬。幼児。……大体3歳児?」

 

「はぁあああーー?!」

 

 レヴィは彼に向き合ったあと、指をクイクイとジェスチャーする。

 彼女の目の前に端末が転送され、彼女はそれを掴むとすぐに端末を開き【敗者】にある画面を見せつけた。

 レヴィのアークスカード……偽造されていない本物の、しかし多くの情報が隠されているものだ。

 

「あんた文字読めます?わたしが何歳だか書いてるよね?21歳っていうの!あんたが赤ちゃんじゃなきゃこれくらいの文字読めて当然でしょ?!」

 

「あぁ。21歳児のガキ」

 

「そうそう……って違う!21歳児って何?!ガキって何?!3歳と21歳は全然違うんだから!」

 

「僕からすれば3も21も変わりない。たかが18年……些細な時間だろう」

 

 彼はその言葉の後に大きく溜息を着き、足を組みかえて、呆れたようにレヴィを見つめる。

 そんな姿にレヴィはぷりぷりと怒り続け、彼に背を向けると端末を弄り、ニュースを見るだけになった。

 

「……むぅー……虚空機関が解体されてるせいで研究が停滞して新しい情報が全然無いし!マルチバースの観測は?新惑星の発見は?三世代目アークスの人為的かつ安定した生成は?フォトンの代替エネルギーの開発は?あのバカアークス共〜〜ッ!!」

 

 レヴィがブツブツと喚いている中、【敗者】は彼女の纏められた金色が揺れるその後頭部を眺めながら、時間をぼんやりと考えていた。

 

 もう一週間以上経っているが、……まだ一ヶ月も経っていない。

レヴィと出会ってからまだ1日も経っていないような新しい物を愉しむ感覚と、それに乖離するように何十年も共に居たかのような自然でリラックスした感覚が【敗者】の中を蠢く。

 

 【敗者】にとって人間の感情とは、フォトンを収める器が魂を得て知性に目覚めるその奇跡とは違って、人間に元々搭載された単なる脳のプログラムであり、タンパク質が纏まって呼吸をしているだけに過ぎないヒトというつまらない生物の、人らしさであり、同時に最もくだらない人の脆さだと思っていた。

 余裕、油断……そういう言葉が感情には常に纏わりつく。

 

 しかし、今までは感情というものを意図して抑え込んだり、必要な時に必要なようにコントロールして放出していたのに対し、あの時怒りを噴き出したその瞬間から、【敗者】は己の感情に振り回されるようになったと感じていた。

 感情に振り回されるのは良くないことであることくらい己自身が一番よくわかっている。

 だからこそ常に笑みを絶やさず、ニコニコと笑って、優しい言葉を呟いて、その愛嬌で権力や力を守ってきたのだから。

 

「……」

 

 しかし今は、寧ろ感情が働かない限り無表情であることが多い。

 ルーサーが保持し続けていた人間らしさを捨てたからなのだろうか。

それとも、これこそが【敗者】自身の本来の感情であるのか……

 

 ――【敗者】はレヴィを見て作り笑いをしてみる。

 

 レヴィが振り向くことは無いが、水面には昔と同じ、どんな感情を秘めていても変わらず他人に対して媚びへつらっていたあの自分の笑顔が映った。

 それから顔の力を緩めると、すぐに仏頂面になり、自然に口角が下がる。

 

 今度は顔を顰めて苛立ったような顔をしてみたり、非常にぎこちないが悲しんでいるような顔をしてみたりもする。

 

 これは単なる演技に過ぎない。

 

「……はぁ…」

 

 【敗者】の視界に映るレヴィの整った背中。

大きな尻に繋がる腰のクビレのライン、汗ばんだ肌。

 演技でもなく、感情として上がる口角。

絡めた足を解き水波を掻き分け、【敗者】はレヴィの方へ自然に体を近付ける。

 嫌がらせでも何でもなく、そばに居たいと考える本能だ。

 

「ちょっと……」

 

「……僕が居て何が悪い?」

 

 レヴィの顔は熱で赤らんでおり、ぼんやりとした視界の中で【敗者】を見つめると彼の猛毒のような美しい顔面にため息が零れる。

 

「別に、……悪いなんて、一言も言ってないけど」

 

 レヴィにとって【敗者】は、彼女の一番好みの顔面の男だ。

他のどんな美形醜形を見ようが視界の中に入らなかったレヴィの、唯一無二のヒットポイント。

おまけに性格までレヴィをくすぐってやまない、彼女の好みのど真ん中。

 今までレヴィの眉間を撃ち抜くことはどんな奴でも出来なかったが、【敗者】だけは迷わず撃てると確信出来るほどだ。

 

「そもそも、あんた以外と風呂なんて入りたくないし……」

 

「やはり僕がいいんじゃないか。……そうか、そうか」

 

 レヴィの手が端末を零れ落とし、ぼーっと項垂れる。

 

「……ほら」

 

 【敗者】はご機嫌な声を上げたあと、レヴィの体を掴んで持ち上げ、湯の中に沈んだ端末を拾い上げる。

 

「……?」

 

「逆上せそうになっているじゃないか。さっさと出るぞ」

 

「あ……そう…」

 

 【敗者】の言葉に反抗することも無く従い、レヴィは彼の手で風呂から連れ出される。

ほわほわと蒸気が出る温い体をタオルに包まれて、レヴィは【敗者】によってあっという間に体を拭われた。

 

 ドライヤーの轟音が耳に響くのを感じながら、レヴィは少しずつ頭が冷めていくのを感じる。

 

 自分は今こんなことをしていていいのか、という問いに、レヴィは一秒で答えが出た。

 

 当たり前だ。自分が楽しいと思った世界が本当の世界だ。

 

「……楽しいなぁ……」

 

「……そうか」

 

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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