――訓練と些細なひと仕事を終えた後、ぐったりと倒れ込んだレヴィをベッドに放り投げ、【敗者】はその隣に寝転がっていた。
ダークファルスに睡眠は必要ないというのは事実だが、眠ることが出来ない訳では無い。
ダーカー因子を抑えていなければ器は消耗する事はなく永遠の時間を眠らずに過ごすことは出来るが、彼がルーサーとして虚空機関に居た時や、今のようなダーカー因子を抑えダークファルスであることを観測装置から悟られないようにしていると器は人と同じように消耗していく。
特に、【敗者】がかつて使っていた器のように"調整"も加えてない、本当にただの人の……能もない相手の作った玩具の人形なら尚更だ。
そうなると休息を取らなければ器の消耗するスピードは上がり非効率と言えるだろう。
だから、【敗者】はこうやってダーカー因子を抑えている現状は一応睡眠の真似事のような行為をする必要はあるのだが、元々の魂の持ち主であるルーサーがショートスリーパーだったせいか4時間程寝れば肉体が回復する。
それに比べてレヴィは……
「んぅ……」
【敗者】がレヴィと最初に会った時は睡眠を極端に取らない人間だと思っていたのだが、一週間以上も経ちリラックスし始めてからは睡眠する環境の良さも合わさってか10時間近く眠る日もあった。
寝ても直ぐに起きてしまう【敗者】と違って、長い時間眠る癖に、共に横になっていて【敗者】が眠っていないと不安そうな眼差しで見つめてくる時もある。
【敗者】は思う。
可愛いのはいいが、やはりこの女は僕がどんな存在であるかを理解していない。
目の前にいる存在がダークファルスだと、こんなにも人でないことを言って、人でない行動をして、力の差を分からせてもまだ分からないらしい。
「バカが……」
どうせこの女は死ぬ。
【敗者】の手によって殺されるか、戦いの最中アークスの手で殺されるか、それとも【敗者】の存在に耐えきれず逃げ出して自殺でもするか……
どうであろうが、レヴィにとってはこの状況は地獄以外の何でもない。
【敗者】はあの局面で一人のアークスを地獄に引きずり込んで、今生き長らえているわけだ。
――しかし、死ぬということは……、話すことも、この目に収めることも永遠に出来なくなって……
「ッ、……」
【敗者】は頭の中がぐちゃぐちゃになったあと、全ての悪意で脳が埋め尽くされ、そして未来に見えた甘い女の光に見なかったふりをして、過去の闇に取りすがった。
――いや、そろそろ僕が外に出る為の対策を取ろうとしている所じゃないか。
そのつまらない脳のバグはあの女を利用し、有利に立ち回るのに役立つ。
ダークファルス【敗者】を、そしてルーサーを知っている者こそ、より騙されるだろう。
「……」
嘘か真かなど関係ない。
あの女に嫌悪感が無いというのなら有利なだけじゃないか。
僕は全知を手に入れるんだ。
その為に何でもすると誓って、マザーシップで会っただけの女を連れてきて、利用価値をどうにかして見出して、訓練してやってここにいるんじゃないか。
早く僕に屈辱を与えたあのアークスを殺して、僕の邪魔をする有象無象の出来損ない共も殺して、僕は全知を手に入れるんだ。そうしたら、そうしたらこの女も殺して、僕は全知そのものとなる。
僕が殺すんだ。他の誰でもない僕が。
そうすれば寂しさや忘却に恐れることなんて無いように、死体を保存することだってロボットを作ることだって……
【敗者】は自分が進むべき完璧な式を組み立てて、口角を捩じ上げる。
「ッ、……ははは」
乾いた笑い声が零れ、【敗者】はレヴィの頭を撫でると彼女の端末をちらりと見た。
ハッカーとしてももう少し上達して欲しい所だ、と彼は心の中で呟いた。
厳密に言えば物理的なセキュリティ意識の向上と言ったところだが……【敗者】が勝手に覗いたり、痛覚の遮断を切っても尚パスワードを付けないらしい。
元からこんなに危なっかしいのにわざわざ無防備な所を増やして……「レヴィは僕に守ってくれとでも言っているのか?」……なんて、【敗者】は考え、レヴィの頬を撫でる。
「ぅ……」
腑抜けた声がレヴィから漏れ、体が動くと、汗でしっとりとしたいやらしい体が晒される。
先程まで【敗者】が手篭めにしていた肢体だ。
肉欲やヒトの体などより知識だと口ではいくらでも謳うことが出来ながら、【敗者】は目の前に差し出された御馳走の前に体の奔りが抑えられない。
寧ろ、己で言ったことを守れない、優柔不断な存在である方がより恥なのかもしれない。
――しかし、こんなアークス如きに、……子供みたいな背丈で落ち着きからは程遠いような、おまけに気狂いみたいな性格の女などに、この僕が己の欲を剥き出しにすることを誇れるか?それは困難な道だろう。
この女が僕を誘惑していて、この女のせいでいつも僕は知性ある上位種から獣まで突き落とされる。
ダークファルスという己の本質のせいなのか、己の理性という物が単なる虚像に過ぎないように機能せず、レヴィを前にして紡がれる言葉や行動は殆ど、僕がそうでありたい【敗者】とは遠い。
しかし、……それでも……
【敗者】は彼女の綻んだ寝顔を見ると心の中がジュワジュワと沸き立って何かが溶かされていくように高揚した。
【敗者】は無理やり眠気を引き起こしてまた眠るべきか、などと思考を停止方向に持っていっていたが、レヴィの体が動き、目覚めの唸り声を上げた瞬間意識が引き戻される。
「おはよう」
「ん、……おはよ……?」
【敗者】はふわふわと空を掻くレヴィの手を包み込み、指を絡めて繋ぐ。
薄金の髪が寝癖によってぴょんと跳ね、まだぼやけた視界で【敗者】を見つめる姿は素朴ながら可愛らしい……などと、【敗者】は感じてしまう。
「ふぁあぁぁぅ……ねむい……」
「何時まで寝ているつもりだ。その怠慢ぶりではアークスの名は返上した方がいいんじゃないか?」
「うるさぃい……」
レヴィは【敗者】の手をぱっぱと払い、大きく伸びをする。
片目を開けるのすら眩しいと感じていた視界はゆっくりと冴えていき、レヴィの瞳の中には紅く甘とろい瞳で彼女を見つめる魔性の男が映った。
「……朝から何見せられてんのわたし」
「?」
「わたしこれから五十年近くこれに耐えられるのかなぁ……?いや、……どうせ長くて三年くらいか……」
レヴィは何を言っているのか分からないと仏頂面で見つめるだけの【敗者】から目を逸らし、ブツブツと独り言を零す。
男性女性などというロマンスやセクシャルな物には興味がなかったはずのレヴィだが、どうしても【敗者】を見ると自分が女性で相手が男性であることを思い出し、妙に己が俗物であるかのような気分にさせられてしまう。
おまけに寝起きの視界からこんなに顔の整った男を見続けるなんて……
「【敗者】、……あんたこそ暇人すぎなんじゃないの」
レヴィの言葉に【敗者】は苛立つことも反論することもないまま、ただ淡々と言葉を告げた。
――今までこの女には散々振り回されてきたが、いい加減その美貌にもイレギュラーな性格にも慣れる必要がある。
あくまで利用するだけだ。
バディとかいう言葉も、全て目的の為の都合のいい謳い文句…
「ようやく正気に戻ったか」
「頭痛いし腰痛いけど……ま、……なんとか……?」
レヴィはベッドに座って足を揺らし、下着だけのほとんど裸体な状態でぼんやりと部屋の中を見つめている。
【敗者】は己の心に強く自制心を付ける為に、とりあえずレヴィに警告をひとつ入れておく事にした。
「レヴィ」
「ん?」
愛欲を振り回し甘えたがる女の姿を見ると、【敗者】は自分がむしろ愛や恋などという概念に執着しているのではないかと考えてしまう。
しかしそんな事有り得てはならない。
レヴィが言った通り、二人は単なる利害関係であり、そんな感情にまで至ったら自分達は……
「僕はダークファルスだ。僕の中に恋愛感情等というふざけた物は存在しない。貴様がどれほどの好意を持とうが愛情を持とうが、僕は一切それに答えることはない。愛を求めるなど愚かな事は考えるのであれば容赦なく処分する」
「はぁ?突然何?」
「一度や二度体を重ねた程度で恋人や妻などと気取った所で無駄という話だ。たかが体を渡した所で心まで渡したつもりはない……よく心に留めておくんだな」
「……わざわざ言わなくたって知ってるし」
そんな事を言いながらもレヴィは振り返って【敗者】に近づき、不服そうに彼の股ぐらを撫でた。
「何だ。貴様がへばったから僕がわざわざ止めてやったんだろう?まだヤリたいのか?」
「違うし。上半身と下半身で考えてる事違いすぎて可哀想だな〜って」
「貴様は本当に僕の事を微塵も理解していないな。ダークファルスに人間の三大欲求などは適用されない。ダークファルスの本質とは唯のダーカー因子……生物とも言えないだろう」
「で?」
【敗者】の淡々とした冷たい言葉にもレヴィはすぐに返す。
生憎とレヴィは自分の心のダメージを隠して振る舞うのは得意だ。
自分の内心でどう感じていようが、【敗者】からの予測可能な言葉に対して想定通りの返答をすることに躊躇いも何も無い。
「僕がセックスする事にはなんの意味もない。貴様が求めているからしてやっているだけのこと……どこまで行っても僕はただ貴様で暇を潰しているだけであり、そこに好意も意思もない」
レヴィは彼の股ぐらの質量が増していたので「何言ってんのこいつ」等と心の中で思いながらも、それを口にする前に【敗者】の手によってレヴィは強制的に股間から手を離され、諦めてレヴィは立ち上がった。
「あんたって人がわかってることいちいち繰り返すのが非効率だと思わないタイプの人間?」
「人では無い。僕はこの世で最も全知存在を得るに相応しい……俗物の言葉で示すのであれば神だ。つまり、貴様はそうやって何時まで経っても舐めた態度を取っていないで僕に敬意を持って接しろと……、そうだ、僕は全知を掴むんだ!知識こそが我が存在意義、存在の価値その物であり女等に目をくれてやる僕などではない、ふふ、……ふはははッ!はははははッ!」
――彼は独りで随分楽しそうにしてる。
わたしはなんか別のことでもしよう。
この男が使っている監視カメラをハッキングして覗いて、この男が今どんなに楽しんでいるかという様子を眺めながら片手間にアークスの新しいロビーの設計図でも見て、どこから爆破したらいいかとか考えていれば多分時間なんて勝手に過ぎるから……
レヴィはドアの前に立ち、静かに呼吸をした後ドアノブを握る。
この屋敷はすぐに迷ってしまうほど広く感じるが、とにかくこの部屋以外ならば何処に入ったってどうでもいいとレヴィは考えた。
檻のあった部屋にでも戻るか、などと行き先を決め、捻った瞬間手首に生ぬるい感触が当たる。
「ひっ?!」
「……何処に行くつもりだ?」
背後から【敗者】が腰を曲げ、レヴィの細い手首をグッと掴む。
折れてしまいそうなほど手首を強く握ったまま、【敗者】はレヴィの耳元に顔を寄せるとゆっくりと囁いた。
彼のふわりと香る成熟した男の香りと、脳髄まで染み付くような低いダウナーな声がレヴィの五感を刺激し、脳が震え上がる。
「まさか、……逃げようなどと考えている訳では無いだろうな?」
「ば、バカじゃないの……?逃げるなら布一枚くらい着てから出るに決まってるでしょ……」
赤らめた顔をどうにか【敗者】に見られないようにレヴィは彼から顔を逸らしながら、彼に冷静沈着な素振りで反論しつつ……
レヴィの目線は、彼の男らしい骨張った指に向いていた。
「貴様の浮浪者基準ならば外では布一枚あれば十分だと?そんな馬鹿らしい発言が信頼に値するのは貴様だけなんだが……それが侮辱だとも分からないか?」
「どうでもいいからさっさと離してよ……」
【敗者】はレヴィの言葉を聞いてじっと彼女の手を見つめ、肌は触れ合ったままその手首をするりと指でなぞった。
「何がしたいの?」
「手先まで綺麗だ……」
「は……?何言ってんの?頭おかし……」
レヴィは困惑したまま【敗者】に振り返ろうとするものの、その挙動を取る前に、【敗者】はレヴィを引っ張り彼女の背中が【敗者】の体にポンと当たる。
驚く暇もなくレヴィの肩に【敗者】の手が乗り、体を包み込まれたかと思えばレヴィは【敗者】の肉檻の中にすっぽりと閉じ込められていた。
「暖かく、柔らかく、それにいい匂いだ……堪らん……。
いや!違う、……僕には、知識が、だから、女など……、……」
「何?って聞いてるんだから何なのか返してよ。さっきから一人で言っても何もわかんないのわたし」
「……あぁ、そうだ。」
【敗者】は昂る心を抑え、レヴィに冷ややかな目を向けて、彼女と同じくらい冷静に話した。
「……、レヴィ。そろそろ外に出る手筈を取ろう」
「え?なんで?さっき外出るなって……てか今?まあ、別に……いいけどさ……」
レヴィはパンと音を立てて【敗者】の腕を払い、スタスタと早足で歩き去る。
――男として意識したくないのに意識してしまう。
破滅なんてお断りだ。
【敗者】の計画に与するか否かは別として、とにかく自分の愚行のせいで【敗者】に捨てられるなんて嫌すぎるのだ。
周りの人間は全てわたしをゴミ同然のように扱うのだから、同じ他人である【敗者】も、徹底的に自分の中で悪者であるべきだ。
それなのに【敗者】は……だからこそ自分は恋愛感情なんかで破滅しそうで……
「確かに任務は行かないとだし、いつもの通り死亡記録は打たれてるけどバイタル自体は生存状態だからなぁ……」
レヴィは収納の中に押し付けられていたドクターコートとセーターを取り出し、さっさと着替える。
「はぁ……」
初めて会った時と同じ服。違うのは表情だけ。
レヴィはぼんやりとつまらなさそうな顔で部屋の曲線美を誇る壁紙を見ながら、静かに佇んでいた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる