「……」
孤独と寂しさを醸し出す立ち姿。
退屈が溢れ出る視線。
稲穂のような薄金の絹糸は窓からの光に照らされて輝き、目を細めれば不意に風が揺らぎ、シルエットがぼやけて電子的に薄くなっていく。消えていく。
歴史は彼女を記録しない。
誰かが観測しないと、誰かが記憶しないと、この世にいる誰も彼女を認識出来ない。
今繋ぎ止めないと、消えてしまいそうな――
「レヴィ」
「ん?」
レヴィはぼんやりと【敗者】に振り返り、コテンと首を傾げる。
彼を見つめる韓紅色の瞳ははっきりと輝いていて、とても美しい。
「またその服か?」
その服は【敗者】とレヴィの思い出の物なのかもしれないが、【敗者】から見ると嫌なものだった。
その服を見るだけで、【敗者】はレヴィの濁った瞳を思い出すからだ。
「またその服って、あんた何言ってんの?家にも帰ってないんだから服ある訳ないでしょうが。あんたが買ったのルームウェアだけだし。あれは上着があっても任務とかいけるような服じゃないの分かってる?」
「貴様の家に行けばそれ以外の服があるとでも?」
「ない方がおかしいでしょ。ほら、……倉庫見なよ」
レヴィは端末の画面を取りだし、【敗者】に押し付ける。
「……」
そこには服装用の倉庫が表示されていたが、番号で管理されているだけの同じような見てくれの服が延々と並ぶ。
スクロールしてもしても、どこまでもどこまでも同じものが続いていく……
「大量の白衣、……それと白衣の付属品?貴様舐めているのか?」
「舐めてないし。それがわたしの服。ほら、結構あるでしょ?」
レヴィのここぞと言わんばかりのドヤ顔に【敗者】は顔を顰め、端末を地面に叩きつけた。
「これはアリの行列か?」
「は?」
「虫の服にしてはずいぶん色鮮やかだな。いやはや、まさかこれが人用の服なんて言わないだろう?」
「はぁぁあ?!何言ってんの?!これはわたしの服!わたし用の服なんだけど?!いっぱいあるからいいでしょ?!」
レヴィは自分の着ている服をバッと捲り、コートの内側を見せる。
自分でつけたであろう生地の違う大量のポケットが現れ、レヴィはそこからいるのかいらないのかよく分からないものをポンポンと出していくが、【敗者】にとってはそんなものどうでもよかった。
「どれもこれも白衣だろうが!貴様はその見てくれでつまらん服だけ着ると?!僕の目を腐らせるつもりか?!」
「えっ逆ギレ?何?」
「そうか分かった全て理解した!新たな解を導き出したぞ……!」
「えぇ……」
消えてしまいそうなシルエット、つまらなさそうな表情。
【敗者】の計画にはどうだっていい事なのに、【敗者】にとって全て不愉快なもの。
レヴィはそんな事を気にしないし、彼女は寧ろ【敗者】の計画に協力的だというのに、【敗者】自身がそれを否定する。
冷静になれと己の中で叫ぶほど、冷静の定義を求めてしまう。
正しさを語りながら内心本当の正しさも分からないまま、【敗者】はがむしゃらに本能につられて叫んだ。
「今日は外に出ることなどしない。
……貴様の服を追加で買う!」
「いやどういうこと?別に洗濯してないわけじゃないんだよ?清潔だよ?それに白衣は好きだけどぶっちゃけ服とか着られればどうでもいいし……」
「黙れ野良犬……!僕は貴様の服を買うと決めたんだ!それ以外にやる事など何もない!従え!」
とにかく【敗者】は言った通りの目的しかないのだ。
全知存在を我がものとする為に、レヴィを強くする為に、レヴィと共に外に出る為に、レヴィに服を着せる。
それも【敗者】が不愉快にならないものを。
「えぇ……、……あんたほんとにセンスないね。わたしの顔見てから言ってよ……そんな服選ぶほど可愛くないしこんな顔も体も大嫌い……」
「何を言っているんだ貴様は……貴様ほど可愛い女は他に居るはずも無いだろう!!その顔に見合わない服を着て僕の横に並ぶ事がどれ程の屈辱か分からないと?!この痴呆女が……どこまで僕を愚弄すれば気が済む!」
【敗者】は至極真剣だ。
しかしレヴィからしたら意味がわからなかった。
自分はあくまで奴隷。使い捨ての駒。【敗者】の計画の為の存在。【敗者】にとって一番大事なものは全知存在であり、レヴィはただその辺にいたから拾ってきただけの犬。
……それは全部レヴィの妄想ではなく【敗者】が言った言葉だ。
しかし、思考が絶え間なく変化しどうにかして思考の濁流を全知へ結びつけようとする【敗者】とは違い、レヴィは【敗者】が一番最初に言ったそれらの言葉こそ真実であると考えて固着していた――彼女は余程のことがない限り己の結論が動くことはなかった。
「そ、……それ褒めてるの?怒ってるの……?」
「御託はいい!!さっさと買わせろ!いいか?!貴様は可愛いんださっさと受け入れろ!その白衣は捨てて僕が選んだ服だけ着るんだ!!返事は同意以外受け付けるつもりはないッ!!」
「もう……分かったよ、めんどくさいから……いいよ……だから落ち着いて、【敗者】……?」
レヴィはとにかく目の前の【敗者】の男の必死さにやられて、【敗者】に従わなければ面倒なことになると判断し頷くしか無かった。
「ハァハァ……この馬鹿アホ脆弱愚者無知駄犬が……ここまで僕の手を煩わせるとは……ッ!!」
「だから煩わせるっていうならやらなくたっていいのに……」
レヴィに触れる彼の手が名残惜しそうに離れると、ため息をついた。
こういう時なんて言えばいいのか分からない。
【敗者】に可愛いと言われて嬉しくないわけはないが、それが本心なのかも分からないし、喜んで、バカにするだけの言葉だと言われて傷つきたくなかった。
それに、可愛いだなんて言われたとて、本気にしたら自分は潰されるだけだ。
恋愛感情を抱いてはいけない……
でも、嬉しい、……嬉しく感じてしまう……。
「あんまり可愛いって言わないでよ」
「天邪鬼気取りなら無駄だが?」
「違うし、……【敗者】に言われると、なんか……この辺が変になるから」
レヴィは胸の辺りを擦りながら、ふいと顔を逸らした。
耳先まで赤く染まり、ブツブツと【敗者】に負けず劣らずの独り言を呟いてから言葉に均す。
「どきどき、する、……し、……なんか、……う、嬉し?みたいな、その」
「成程。ようは言われると嬉しいから言うなと?」
「う、嬉しいじゃなくて、嫌、とかえっと」
指を擦り合わせながら少しづつ縮こまっていく様子に【敗者】はくすくすと笑いながら、意地悪な笑みを浮かべる。
「なら嫌がらせで言ってやろうか?」
「ち、違う、やっぱり!やっぱり違くて、嬉しい、【敗者】に、そう言われると、なんかふわふわする」
「そうかそうか。嬉しいならもっと言わなければならないか?」
「むぅうーー!!」
ぷっくりと頬を膨らませ苛立ちを見せて、レヴィは【敗者】の胸板をポカポカと叩く。
そこも可愛いところだ、なんて【敗者】は思いながらケラケラと笑ってレヴィの頭をくしゃくしゃと撫でる。
己の心が静かに暖かくなるのを感じていく。
埋まらない虚穴に花が咲いて、甘い日が差し込むかのように、【敗者】の心はじんわりと柔らかくなった。
先程の己の発言とは大違いの本心だ。
「……」
「も、もういいでしょ?!服選ぶってならさっさと選んでよばか!」
「……あぁ」
レヴィはパッと走り出すとソファに座り、【敗者】の顔を睨むかのように凝視する。
さながら夫婦のような絡みであることは二人にとっては自覚も出来ず、【敗者】はレヴィの隣に座ると自然に肩を寄せてレヴィの顔を見下ろしていた。
「レヴィ……」
「ん?」
「貴様、僕がダークファルス【敗者】だと分かっているのか?」
「当たり前でしょ?」
「それにしては警戒心に欠けすぎているんじゃないか。僕の事を人として扱うな。死にたくなければの話だが」
「人として扱ってたらこんなに優しくしてないよ」
【敗者】はまだレヴィの事をよく分かっていないが、フォトンアレルギーのアークスという彼女が外でどれほど面倒な目に遭っているかは想像に容易い。
いや、事実はきっとそれ以上なのだろう。
「わたし、根本的に人とは合わないらしいし……怪物とおしゃべりごっこしてる方が安心する」
「馬鹿だな……怪物は人と意思疎通なんて取れない」
そんなことを言いつつ、【敗者】は"もしあの時会ったのがレヴィ以外だったら"だとか、"もしレヴィと会ったのが僕以外だったら"とかなんとか思考の片隅で考えていた。
そうして【敗者】は端末を取り出し、有名なショッピングサイトをひとつ開いてみる。
服だけではなく家電や食品など多岐に渡るカテゴリがトップページに並ぶが、【敗者】は特に迷うことも無くレディース服を検索し、ランキングを眺めてみた。
カジュアルだったりモダンだったりストリート系だったり……ランキングの上位を占める服は街中で見かける女性がよく着ている物だ。
当然だろう。ランキング上位なんだから。
【敗者】はスウォッチモードに切り替えて、カメラからレヴィを選択する。
「ん……?」
「くっつくのはいいがそこに立て。試着出来ないだろう」
「まあ、そうだけど」
レヴィは【敗者】の方をチラチラと見ながらソファから離れ、ぼんやりと立って彼を眺める。
ランキング一位のコスチュームを選択すると投影され、レヴィの服が変わったように見える。
レヴィはフォトンアレルギーな故マイファッションは使えないが、単に投影するだけならその影響を受けることは無い。
「どう…?」
しかし【敗者】は顰めっ面のままだった。
似合わない。
レヴィに反して服は大人びており、サイズも合っていない。無理やり背伸びして親の服を着た子供のようにしか見えなかった。
「違う」
「えー?別に化粧すれば似合うと思うけどな……」
レヴィの言う通り、大人びた顔つきに寄せた化粧をすれば身長は兎も角着せられている感は減るはずだ。
しかし【敗者】にとってそれは求めていないもの。
"レヴィ"に似合うものであり、"大人"に似合うものを探している訳では無い。レヴィがわざわざマジョリティの顔に寄せる意味など無いと考えていた。
「く……蛮族共のセンスでは所詮この程度か……?」
それからランキング順に色々なジャンルの服を着せていくものの、レヴィには似合わない、と【敗者】は感じた。
わざわざ髪を整えて巻いてまでして確認したというのに似合わない始末。
やはり街中によくいるような女のファッションではダメだ、と【敗者】は確信する。
凡人の服は凡人の為のもの。
レヴィの服はまた別の、レヴィの為のものにあり……
「……ッ!!」
「ん?」
フワフワのフリルに繊細なレース。
一国の姫のようにも見える甘いシルエットとこれでもかというくらい散りばめられたリボン、黒とピンクを中心としたゴシックロリィタのファッション。
髪に付けられた大きなリボンのヘッドドレスを揺らしながら、レヴィは【敗者】を覗き込む。
【敗者】は確信した。
「やはりこれだ……僕の勘はまぐれなどではなかった……」
「え?これ?」
レヴィは改めて着せられた服を見渡してみる。
買ってもらったルームウェアと服の傾向は似ているが、それよりも全体的に布量や装飾が多いので、ルームウェアよりはずっと外で活動するための服に見える。
くるくると回るとなんだか訓練を思い出すかのように重く、軽くてポケットの多かったコートと比べるとあまりにも差があって思わず笑ってしまった。
「これは、……ロリィタというジャンルか?ふむ……」
【敗者】はロリィタファッションに絞って検索を始め、出てきたものを片端からひたすらレヴィに試着していく。
レヴィはただ突っ立っているだけだから苦労することはないが、【敗者】が呼吸を荒くしてひたすら服を選び、ロボットのように「これもいい」という言葉を繰り返しているところを見るとなんだか怖くなってきた。
そういえばルームウェアの他のやつは動物みたいなパジャマとかシャツにスカートだけのシンプルなスタイルとかノースリーブのワンピースみたいな服とか、色々幅広く選んでいたのを思い出す。
「【敗者】……?あんた正気……?」
「いや、……これも良いな……、あぁ、……素晴らしい……」
【敗者】の豹変ぶりにレヴィは半分引きながら立ちすくみ、逃げるのも吝かでないと足を離せば【敗者】に声をかけられる。
「回れ」
「へ?」
「その場で一回転しろ。背中が見えないだろうが」
レヴィはそう言われ、言葉の通りに受け取り、困惑しながら飛び上がってくるりと一回転……バク転すると、【敗者】からの怒声が飛ぶ。
「違う!貴様は蛮族か?!自分が姫にでもなった気持ちで回れ!」
「え、えぇ?!」
姫と言われても、とレヴィは困惑しながらもとりあえずくるくると普通に歩きながら回ってみると、【敗者】にとってはそれでよかったのかウンウンと頷きながらレヴィにさらなる命令を下す。
「そこに座れ。椅子だ……馬鹿な貴様には分からないだろうがこの服にはパニエが入っており座った時の広がり方を確かめるため……」
「……」
【敗者】の長い長い説明を聞きながらレヴィはとりあえず椅子に座ると、【敗者】が天を仰ぎ打ちひしがれているさまを眺める。
【挿絵表示】
ここまでくれば正直レヴィは【敗者】の次の行動が予測出来た。
レヴィは椅子から立ち、ぼんやりと【敗者】を見つめていると彼は頷いてレヴィに別の服を試着する。
彼女の行動は確かに正解だったが、いつまで経っても終わらない試着に遂に口を出すことにした。
「あのさ、……あんたこれ、迷ってるってことでいいんだよね?」
「は?全部買うが」
「そんな金持ってないでしょ?!」
【敗者】はさも当然のように、あっけらかんとした様子で答える。
「何を言っている……?貴様の金だろう」
「はぁぁぁぁあああああ?!!!」
レヴィは【敗者】の端末を奪い取りカートを空にしようと襲いかかったが……
【敗者】は立ち上がり、腕を少しあげるだけでレヴィはもう端末を掴めなくなってしまった。
「うぐっ!うっー!」
レヴィはぴょんぴょんと跳ねながら【敗者】の端末を掴もうとするが、肘に邪魔されたり、離れて飛ぶとバリアで跳ね返されたり……明らか無意味すぎる妨害によってレヴィの服は【敗者】の手で購入された。
レヴィは【敗者】に構うのをやめ慌てて己の端末を開くと、電子通帳から数十万近くのメセタがごっそり抜けていた。
「ぎゃあああぁぁぁあああっ?!!わたしの金が……大事な大事なおカネがぁぁぁーーーッ!!!」
「これが正しい解だ……」
「んなわけないでしょっ?!」
レヴィの体が崩れ落ち、嘆き苦しむ最中【敗者】は直ぐに届いた荷物を見て愉快に口角を上げた。
【敗者】は彼女をアークスだと分かっていて、自分の心を抑制しようとあれこれ頭の中では考えるというのに、脳はやはりレヴィを"アークスという実験生物の中の雌の個体"ではなく"一人の女"として認識しまうのだった……
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる