相も変わらず屋敷の中。
アークスシップの天候操作で定められた星空は建物の明かりとは反して馬鹿らしいほど輝いており、レヴィは窓の外を眺めながら思わず冷笑した。
あんなもの本物の空じゃない。
本当の星は世界が暗いからこそ輝くのだ。
あぁやって嘘で塗り固められた馬鹿らしい空しか見ていないから、アークス共はフォトンにこだわって……
「レヴィ」
【敗者】の声にレヴィは振り向き、彼の方を見つめる。
血よりも紅い瞳と涙のように見えるタトゥー、ビビッドピンクのグラデーションが掛かったアシンメトリーの水色の髪……ルーサーというフォトナーの知能を埋めることになる器としてチームルームの実験ポッドの中に埋められていた頃には無かった特徴。
そして、あの頃と変わらずの熟れて整った顔立ちにレヴィとは比べ物にならないほどの大きな背丈、ガッチリとして筋肉のついた体格……
レヴィは彼に見蕩れており、【敗者】から投げかけられる言葉がみんな右から左へと流れていく。
自分が欲しいと心の奥底で願ったものが、実際今目の前にあるのだ。
そして彼は今レヴィを求めており、二人でずっと、ずっと、四六時中生活を共にする。
「もう眠気を覚えているのか?あと何時間寝れば貴様は気が済む……」
レヴィは心の中でふとつぶやく。
――これは実の所、同棲というやつなのでは……?
確かに自分と【敗者】は恋人ではないし、そんな関係には至らない。
しかし愛称で呼びあって、セックスまでして、一緒に寝ている関係は、果たしてなんというのだろうか。
それが本当に、自分の考えている友人や相棒のすることなのだろうか……?
「【敗者】……」
「なんだ」
ほわほわと溶けそうな声でレヴィが彼の名前を呼んだ後、ふらりと立ち上がって【敗者】の方に抱きつく。
彼の体温はレヴィよりも低いが、ほんのり暖かさを覚えた。
頬を擦り寄せ、彼が結ったツインテールの根元を腹に押付け、レヴィは腕に力を入れた。
【敗者】の腰に己の体が引き付けられ、今は意図して膨らませた胸の脂肪が邪魔だと思いながらただひたすら彼にしがみつく。
「レヴィ……何のつもりだ?」
「んーん……」
思った言葉を口に出すことはないまま、レヴィは【敗者】を抱きしめる。
【敗者】の手はゆっくりとレヴィに近づき、一度空を引っ掻いて、その手が僅かに震えてからレヴィの後頭部に遂に触れた。
「るー……さー」
「って……、アークスのこと、嫌い、なんだよね」
「あぁ、あのアークス共は僕を……」
「じゃあ、わたしのことも嫌い?」
「……」
「【敗者】は、わたしをアークスだっていうでしょ?それで、【敗者】はアークスのことが嫌い。だから、【敗者】にとってわたしって、……なんなんだろうって……」
「貴様は……、アークス以前に、僕の駒だ」
「……駒」
「ッ、あぁ、そうだ。貴様が言う通り駒だ。だから貴様は確かにアークスだが……僕の中では、特別な存在だと言える」
レヴィは彼の言っている言葉を上手く呑み込めなかった。
心の中で傷ついた気持ちもあるのに、同時になにか嬉しいと思う気持ちもあった。
僕の中では特別、という言葉がどこかレヴィの心を擽った。
「わたしが、【敗者】の特別?」
「当たり前だろう。そこらに歩いているアークスと貴様は決定的に違う」
レヴィは、「わたしにフォトンがないから?」と聞こうとして、口を慎んだ。
なぜ【敗者】の前だとわざわざ我慢していた己の卑下を出そうとしてしまうのだろう。
なぜ【敗者】の前だと、自分の強さも弱さも漏れ出してしまうのだろう。
抑えようとした様々なものが零れ出していき、それが【敗者】によって受け止められて、想像以上の物を生み出す。
レヴィはやっぱりどうしようもないくらい【敗者】に惹かれていた。
「レヴィ」
「ん……?」
「食事にしよう」
「あー、……分かった」
レヴィはいつもの通りのサプリメントと水を期待する。
紅茶であれば良かったのだが、そのような配慮を【敗者】がする理由もないだろう……と、家にある沢山の茶葉の消費期限をぼんやりと思い出しながら考え込んでいた。
しかし。
「……レヴィ」
【敗者】が戻ってくると、彼は手にすりおろした林檎の入った皿を持っていた。
レヴィはあからさまに顔を歪めると、ぬいぐるみを放り出してクッションに埋もれる。
「うげ、……それご飯じゃない」
「食事だろう。以前まで飲んでいた薬よりはずっと、まともなものだ」
「ご飯なら何出そうが変わりないでしょ?さっさと薬出して」
そうはいっても、レヴィはもうだいぶろくな食事を取っていない。
生きるための栄養は取っているものの、彼女は他のアークスとは違い食事を求めない。
(あのアークス共は手料理に拘るほど無駄な栄養摂取を優先するというのに……)
嫌がらせで食事を抜いても何も言わないし、水と子供が嫌いな粉薬だけ与えても平然とした顔で飲んで、すぐに終わる。
それ故に【敗者】はすりおろした林檎を用意していたのだが、レヴィが食事をどちらかといえば損だと考える姿は人間だと言うのにむしろ彼のような人でなしに寄っていた。
「ならそこで犬のように這いつくばって食え」
そう言って【敗者】は皿とスプーンを差し出すと、レヴィは顔を歪めた。
初めて食事に明確な嫌悪感を見せた。
「……嫌いか?」
「食べられない」
「犬畜生の癖に好き嫌いをするな」
「全部イヤ」
レヴィはそう言ってそっぽを向いてしまった。
(全部とは……何だ?)
「……何も食わないのか」
「嫌!いやったらイヤ!」
「毒など入れていない」
「いらない!」
レヴィの声は子供の駄々を捏ねているようなものだというのに顔は泣きそうで引きつっていて、本気で拒絶しているように見える。
【敗者】からしてみれば、彼女の生活環境の酷さを根拠に何故そこまで拒絶しているかの予想も簡単についた。
「吐くのか?」
「ッ!」
体を強ばらせ、分かりやすく怯える様子を見せるレヴィに【敗者】は溜息をつきそうになった。
【敗者】はただ都合よく利用出来る捨て駒が欲しかっただけで、このひねくれた可笑しい女のセラピストになるつもりもなければ介護をするつもりも毛頭ない。
「……」
レヴィの膝を抱えて座り込み、顔を埋める姿は雨に打たれて箱の中で寒がる捨てられた子犬のような姿をしている。
【敗者】はもう一度頭の中で同じ言葉を繰り返した。
――僕はこの女の介護をするために誘拐したわけじゃない。
邪魔するアークス共を抑え込み、宇宙の全てを呑み込み全知へと至るために、この女はいい矛であり盾になりそうだと考えただけだ。
だから、世話をするだけ無駄なのだ。
栄養剤は喜んで食事を嫌がる?
そんなの都合がいいじゃないか。
機械の内臓で出来た体で肉体を不死身の兵士のように動かすことが出来て、アークスを恨んでいて、ひねくれた常識で少し頭を撫でてやるだけで何でも言う事を聞く愚かなバカ。
そうだ、今のこの女の状態は僕にとって損は無い。
あとはただ従順にして、どうでも操ることさえ出来れば僕は自分のことに集中出来るようになる。
この女に構う必要は無い。
こんなことも、対処する必要などないと分かっているのに……
「……貴様の体は、やせ細っているわけじゃない。美容とは無関係の問題、という認識でいいか?」
「うん…」
「嫌な理由はなんだ」
無駄だ。こんなことは無駄だと【敗者】はとうにわかっている。
しかし、レヴィが顔を上げて【敗者】の目を憂鬱に見上げた瞬間、彼の心臓がドクンと跳ねた。
「でも、アークスに無駄な食事は要らないよね」
「黙れ」
【敗者】はレヴィを睨みつけ、まるで脅迫するかのように言葉を続ける。
「聞かれたことだけに応えろ。理由はなんだ」
嫌な理由など、それこそレヴィがいつも【敗者】に怒っているように堂々と吐き散らしてしまえば楽に終わるはず。
それなのに、レヴィは【敗者】の顔をちらりと見てはすぐに逸らしてしまう。
【敗者】はレヴィのあの反抗的で調子に乗った表情を屈服させて泣かせてやりたいなどと思っていたはずなのに、いざレヴィが怯えた顔を見せるとそれはそれでむしろ苛立つばかりだった。
――こんなものは"僕が"怯えさせたものじゃない。
この女が怯えているのは僕にではなく、"この女をこんな目に遭わせた奴に"だ。
嗚呼、不愉快だ。
不愉快で仕方ない……!
「味が、しないの」
「……」
「まともな食べ物を食べられたことなんてなかった。公園にあるよく分からない草を食べたり、ゴミ箱を漁って腐ったものを食べたり、本の目次を食べてたり……。人間が食べる普通の食事なんて、わたしは知らなかった。
それが食べられる頃には、もう正しい味が分からなくなって、何を食べても泥や砂利のように感じてる」
どう考えても精神的な問題だが……治療には時間がかかりそうなものだと考えられる。
【敗者】は「正しく味が感じられるもの」をレヴィに聞くと、彼女は紅茶と答えた後、突然顔を赤くした。
「……どうした?」
「えと、……」
食べ物でそこまで顔を赤くするようなものが存在するだろうか、と【敗者】は思った。
【敗者】はレヴィにろくに何も食べさせた訳でもないし、この女が食事をとる事が出来ないというのなら全く予想がつかない。
レヴィはゆっくりと指を向ける。
真っ直ぐに【敗者】を指していた。
「……は?」
「だ、だから、えっと……その……変な味、しないの」
続けて言いかけた言葉に、レヴィは更に顔を赤くする。
先程まで憂鬱な顔をしていたと言うのに、突然照れ臭くもじもじと足を動かしながら恥ずかしそうにしている様に【敗者】は不思議と高揚感を覚えた。
らしい顔で、らしい姿。
これは間違いなく【敗者】がもたらしたもの。
「……分かった」
【敗者】は完全には理解していない。
いや、理解し難い話だが、彼はレヴィが言いたいことをなんとなく察すると、皿を拾って近くのテーブルに置いた。
「来い」
「……お、おち……へ?」
「大丈夫だ。さっさと来い」
【敗者】は自分の中の対策が正解である保証など全く出来なかったが、レヴィのあの馬鹿な口ぶりだと本当にいけそうな気がしたのだ。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる