※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

55 / 258
13話(2)

 彼はソファに座り、彼女に手招きする。

 レヴィは渋々【敗者】の方に向かうと、ソファの対面に座った。

 

「こっちだ」

 

 【敗者】が自分の隣に空いた座面を叩くと、レヴィはゆっくりと移っていく。

ローテーブルを挟むようにソファがふたつあるのに、わざわざ片方にだけ座る理由がレヴィには理解できなかった。

 彼女が【敗者】の隣に座ると、【敗者】はにやりと微笑む。

 

「自分で言っていただろう?正しく味を認識できるものがあると」

 

「で、……でもそれって、……あんたじゃ」

 

 レヴィが顔を赤くして、フェラチオしている時は美味しく感じていたという記憶を思い出す。

 【敗者】は当然のようにそれを無視した。

 

「あぁ。だからそのまま、貴様は僕を喰らうだけでいい」

 

「え?えっと……えっ?」

 

 レヴィの頭の中は「まさかちんこに塗りたくるとか?」などという有り得ないような考えで埋め尽くされ、困惑している中、【敗者】は彼女の変態思想に呆れたようにため息をついてから、声をかけた。

 

「言葉を並べても痴呆の貴様には分からないらしいな。いいだろう、なら体で教えてやる」

 

 【敗者】は用意した林檎をまず自分で食べる。

 ダークファルスは食事が必要な生命ではないが、食べられなくなるという訳でもない。

味は正常に感じられ、単なる林檎のつまらない味だと思った後に、慌てているレヴィの方を向く。

 

「なっ、まってまだ心の準備が……んっ?!」

 

 【敗者】はレヴィと唇を合わせると、舌をねじ込み彼女と絡めた。

 レヴィの舌が彼の舌と触れ合う度に、彼が食べたばかりの果実の味を感じる。

 

「ん、……っ、……ふ…」

 

「ぁっ、まっ、……甘、……っ、るぅ…」

 

 レヴィが単にキスで蕩けている訳ではなく、きちんと【敗者】の思い通りの反応をしていることを察して彼は舌を抜いた。

 

「……分かるか?」

 

「……わ、……わたし…」

 

 しかし全てが【敗者】の思い通りに行かなかったのは、目の前でレヴィが泣き出した事だ。

 レヴィは言葉を発することもままならないままぐずぐずと泣き喚き、しゃっくりの中でどうにか紡ごうとしているそれも「【敗者】」という彼の名前だけだ。

 

 【敗者】は彼女が苦しくて泣き出したのか、それとも嬉しくて泣き出したのか、その判別はつかなかったが、とにかく彼女の頭を撫でて、ゆっくりと抱擁した。

 この世界に存在する他のどんなものでも替え難い、唯一無二の宝物を慈しむように、【敗者】はレヴィの背中に手を回し……己の肩にレヴィの顎を乗せた。

優しい声、甘い言葉。

レヴィにひとつひとつ紡ぐ。

 

「落ち着け、……良い子だから」

 

「ひぐっ、わっ、わだっ、しっ…」

 

「深呼吸だ。それくらい分かるだろう」

 

「ひーっ、……ふーーっ…」

 

「……ヴィー。嫌な気持ちか?」

 

 【敗者】は少し緊張しながら彼女の名前を呟いた。それも、親しい相手に呼ぶような愛称で、だ。

 レヴィは彼が訳も分からず言っているのかもしれない、なんて可能性を考えたが……【敗者】に当然その自覚はある。

 分かっていながら、レヴィをこう呼ぶ……

 

「っ、ちがう……、うれしい」

 

「そうか…」

 

 レヴィは小さく丸い手で顔をぐしゃぐしゃと拭うと、【敗者】に向けてへにゃりと微笑む。

 彼はそれを聞いてもう一口、と離れようとしたが、彼の体が離れたのを見た瞬間レヴィは彼を押し倒すような勢いで抱きついた。

 

「ッ……なんだ…」

 

「あのね、……その、……離れたくなかったの…」

 

 レヴィは彼の胸板に顔を沈め、小さく呟く。

 その甘えた言葉は男心を刺激するのには十分すぎるほどで、【敗者】は彼女をぎゅうときつく抱きしめると素直じゃない言葉が漏れた。

 

「お前、そんな事をする時間じゃないだろう……」

 

「ダメだった…?ごめん……」

 

 しかし、レヴィは離れようとしても離れることは出来ない。

 【敗者】が彼女を抱きしめて離さないからだ。

 

「駄目とは言ってない……」

 

「……好き」

 

 【敗者】の胸板に顔を埋め、静かに呟いたレヴィの言葉に【敗者】は目を見開いた。

 

「今、なんと……」

 

 レヴィと【敗者】は飼い犬と主人の主従関係であり、互いに利益を齎すから共にいるだけの利害関係でもある。

 だからこそ、二人はキスすることはあっても恋愛することなどないと分かっているはずなのに、【敗者】は彼女の言葉に心臓が破裂しそうになった。

 

「あなたのそういうとこ、好き」

 

「ッ……!」

 

 しかしレヴィは、顔を上げるといつものように得意げな表情だ。

 【敗者】は髪をくしゃくしゃと乱し赤くなった顔を隠すと、レヴィの頬を叩く。

 

「きゃっ?!」

 

「……食事の続きだ」

 

「えっ?!あっ、うん…」

 

 レヴィは困惑しながら離れ、自分の赤くなった頬を抑えた。

 【敗者】が突然暴言を放ち、突然暴力を振るってくる男だと言うのはわかっていたが、煽ったわけでもなければ相手が怒っているような様子になった訳でもないのに殴られたのは正直初めてだったからだ。

 

 しかし当の本人は怒りを引き継ぐことも無く、まるで感情の起伏が常に振り切れているような何事も無かったかのようにスプーンを持ち、彼女の顔をじっと見つめると林檎を掬う。

 

「……ほら」

 

「あー……ん」

 

 ぱくりと口を開き、【敗者】の差し出したスプーンを咥える。

肉厚な舌と比べて硬い素材のスプーンは冷たかったが、それでもそれでも腐ったような味はせず普通に食べることが出来た。

 

「……おいしい」

 

 レヴィがひと口ひと口、餌付けされるように【敗者】からのスプーンを受け入れていると、彼は独り言のように口を開いた。

 

「全てを知る為に今此処に居るとはいえ、僕は他のどんな有象無象よりも多くのことを知っていると思っている」

 

「……?」

 

「しかし、お前のことは……どれだけ知っても理解に達しない」

 

 【敗者】は伏し目で呟き、彼女から目を逸らす。

掻き乱したぐしゃぐしゃの髪のカーテンの隙間から紅い瞳が暗い部屋の壁紙とワインレッドのカーペットに伸び、金色の輝きから離されたと思えば、彼女が【敗者】の視界に割り込む。

 

「ふふ、わたしは難しい人間だからね?」

 

 【敗者】から見る彼女はさながら傾国の美女のようで、妖しさすら感じる幼い顔の彼女の微笑みは【敗者】の全身を鷲掴み、釘付けにした。

 

「……馬鹿な事は、分かるんだがな」

 

「馬鹿じゃないし!」

 

「たかが一アークス如きが生意気な口を利くな」

 

「あんたって」

 

 【敗者】のいつもの天邪鬼な憎まれ口だが、レヴィは怒りで返すことはなく、彼の言葉にぱちくりと瞬きをした後に惚けた顔を見せた。

 

「わたしのこと、アークスだって認めてくれるんだね」

 

「は、……僕をそこらの盲と一緒にするな」

 

「ふふ、あなたといるとね……なんだか落ち着くの」

 

 レヴィは【敗者】の顔を見つめ、それから彼に顔を近づけた。

 

「ありがとう、【敗者】」

 

 レヴィは彼の頬にキスすると、なんてことない様子で彼の傍から離れていく。

 

 【敗者】はただ、彼女の後ろ姿を見つめるだけだった。

 

 

 








 ――甘い甘い時間の後、【敗者】は己の心に鞭を打って何度目か分からない演算を始める。

 レヴィの反フォトンをより周囲に拡散することが出来れば、アークスを無力化させることが出来る。
宇宙全体にまで及ぼす必要はない。
ただ惑星一個分……つまり、マザーシップ一つ分のフォトンを遮断出来ればアークスは完全に機能を失うことが出来るのだ。

 フォトナーの時代は技術者同士も戦争だった。
そのせいでダーカーが出現してから今の組織体系になるまで、破壊された沢山の船団や惑星に残された記録は全て消失した。
フォトナー達で受け継いできた特殊な技術や知識は最早歴史の全てである全知存在と、そして【敗者】だけが占有するものとなっている。
 フォトナー時代の記録ですら歴史改変のため【敗者】の手でほとんど消滅させ、記録や技術がその前後でどれほど失われたかを分かっているからこそ、アークスというものはどんな研究技術でも虚空機関を通して共有していたり、全ての記録をクラウドデータ化しマザーシップに溜め込んでいるのだから。

 だからこそ、マザーシップが失われればアークスの全ては無に帰す。

「さて、……遺伝子を分析した限りだとレヴィに異常はない。面白い情報しか出てこなかったが……」

 【敗者】はトントンと指を叩きながら、ルビィとの遺伝子の繋がりを見ると目を細くした。
「ルビィの妹」の噂は【敗者】も知っていた。
レヴィがルビィに対して非常に意識していることも知っていた。
しかしやはり、目の前でルビィの妹がレヴィであるという事実を突きつけられると、【敗者】はこれがなんの運命のイタズラなのだろう、と心の中で思ってしまうほどだった。
しかし問題はあの特別な才を持ち無尽蔵にフォトンを収められる器であるルビィと、犯罪以外に戦闘面での才能なく、フォトンを一切受け付けない器を持つレヴィとの差だ。

「血が繋がっているからといってフォトンの器の大きさが似寄るわけではない……がしかし、余りにも特異的過ぎる」

 レヴィのメディカルセンターからの診断記録などは鼻で笑う程のお粗末な検査にウン百万も上乗せてぼったくる馬鹿らしいものだったが、奴らがレヴィの反フォトン体質をどう考えているのかは分かった。

 レヴィはフォトンを収める器がないと思っているのだ。
どんな生物でも生きているだけで自然に体内にフォトンが蓄積していく。
その器が大きければ大きいほど沢山のフォトンを扱うことが出来、フォトンの扱いが上手ならばフォトン適正が高く強いアークスと言えるだろう。
だから彼らはレヴィに"フォトンを収める器がそもそも存在しない"と考えた。

 確かに、その考えは真っ当だ。遺伝子に異常はないと言えどアークスは人造人間。何らかのバグが発生しフォトンを収める機能が完全に故障していると考えるのは、オラクルがどれほどレヴィを軽視して酷い扱いをしているかどうかは関係ない。

 がしかし、【敗者】はそう考えても納得できなかった。
 【敗者】の想定はむしろ逆だった。
レヴィは恐らく器が大きい。
そしてよくよく満たされている。

満たされているからこそフォトンを一切受け入れない。
そして……満たされている"何か"のせいで、拒絶反応を起こす。

「ダーカー因子ではない、フォトンでもない、しかしフォトンに相反する何か……」

 問題は何が満ちているか、という話になる。
それさえ分かればレヴィの体のものを利用できるはず。
仮にレヴィにそれをアウトプットする能力がなくても、吸収さえ出来れば別の何かを媒体して使うことが可能であり、なにより【敗者】の仮説が正しければそうするとレヴィはフォトンを使えるようになるということ。

「レヴィの異常は、魂にあるのだろうか……」

 オラクルはレヴィの問題は肉体にある、と結論を既に出している。
しかしフォトンが欠けらも無い存在をキャスト化することなど前代未聞であり、レヴィはそれをする特別さもオラクルにとってはなかった故「一般市民未満」としてレヴィを定めた。
 しかし、魂に問題があるとすれば……
例えば魂がフォトンを嫌っており跳ね返し続けるとか、レヴィを満たしている他の何かを魂が製造しているだとか……
この仮説を検証するには、レヴィを別の肉体に移す必要がある。

 【敗者】は直近でやるべき事を定め、静かにため息をついた。

 最終目標はマザーシップ・シャオを落とし、オラクルの機能を完全に停止させ、宇宙全体を侵食することで全知存在となること。
 そのために邪魔になるアークスを消すことと、マザーシップに現状の戦力だけで対処するためにレヴィの存在が必要不可欠であり、レヴィを鍛えなければならない。

「はぁ……」

 現状の演算結果として、全知存在を手に入れる事が再び出来るのはおよそ百年後だった。
 レヴィは動き出すまで一年くらいだろう、なんて予測して【敗者】に言葉を掛けていたが、今現状の進捗度だと【敗者】の考えている「アークスが再編されている不安定な時期に仕掛ける」という計画など程遠いものだ……

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。