レヴィは【敗者】に声をかける。
彼女の顔を改めて見て、【敗者】は目を見開いた。
「……お前」
「ん?……なーに?離したくない?」
そうではない。彼女の紅くなっていた瞳は落ち着き、またいつものマゼンタの色に戻っていた。
「休憩もなしにあちらこちらと動いて……忙しない女だな」
【敗者】はそう言って誤魔化し、レヴィを離しながら彼女の目をじっと見つめていた。
「人間の人生は短いからしょうがないでしょ?」
レヴィは【敗者】の方を見ておらず、トレーニングルームを見渡して端末を弄っていた。
「は、……実に脆い劣等種だ」
「でもそんなわたしに着いてきちゃうんでしょ?ふふっ」
レヴィは【敗者】に振り返り、ぱちりとウインクをする。
彼はそれを見つめた後に、無視して出口の方に歩き出した。
フードを深く被り、完全に外に出るつもりだ。
「そうやって調子に乗っていると貴様を置いて勝手に帰るぞ」
「むう……あんたはバディなんだからわたしのそばに居てよ!」
レヴィは急いで彼の後ろを追いかけて、走り出す。
【敗者】は長身で足が長く、歩幅はレヴィと比べて大きいため彼女が思っているよりどんどん先に進んでいく。
彼女の声が遠くなっていった所で、【敗者】はその足を止めて振り返った。
「その言葉を脅迫のために扱うのならば、バディという意味の無い称号は此処で撤回させてもらおうか」
「うるさい!あんたはいーっつも悪い事言ってばっかり!」
レヴィはロビーエリアに帰るのではなく、自宅の方に進んでいく。
「なんだ、貴様の犬小屋を間違えていないか?」
「あんたに渡したいものがあるの!わたしの改造した端末であんたも好きなようにこのアークスをハッキング出来るんだから!」
「一般人の権限でハッキングするなど……こそ泥の所業だな。大犯罪者が」
「なら総長権限を取り戻してきたらどう?わたし手伝わないけど」
「貰えるものは貰っておくだけだ……その端末を寄越せ」
「その返事しか求めてないんだからっ!」
レヴィはそう声をかけて改めて家へ向けて歩き出す。
レヴィはフードを被っておらず、顔を晒したまま早足で歩いていると目の前に女が遮り、立った。
「あぁ……アンタもしかして、ルビィの妹?」
「……誰?」
レヴィは【敗者】と話していた時の陽気な声は直ぐに静まり、冷たい目でどこか遠くを見ながら返事をした。
「やだなぁ、忘れたの?アンタが賄賂を使って合格した、アークス研修学校の先輩でしょうが」
「さぁね。わたし、道端の草の数を数えながら歩くような人間じゃないから」
【敗者】はそれが周知の事実である事に特に驚かなかった。
アークスに適性のないウルクを研修学校に入学させ、殺そうとしたようにレヴィに対してアークス研修学校に入る素質も、そして出る素質もないことくらい分かっていた。
フォトンアレルギーなんて存在がアークスである方がおかしいのだから。
「〜ッ……、アンタみたいな出来損ないが彼氏引き連れて調子に乗ってんじゃないわよ!」
レヴィの挑発の言葉に女が声を張り上げると、瞬間レヴィの顔が真っ赤に染まる。
「かっ……彼氏?いや、ちが!わたしとこいつはそんなんじゃ、いや、こいつは最低だしゴミだしクズだしどうしようもないやつですーぐ殴ってくるし蹴ってくるし、その癖頭撫でてきたり膝の上に乗せてくれたり」
自分の世界に入り、真っ赤になって【敗者】のことを指さしたり、今度はクルクル回ったり、天真爛漫な様子に【敗者】はくすくすと笑っていたが女からしたらそれどころではない。
「あーーッ!!自慢を聞きに来た訳じゃないんだけど?!良い?そうやって調子に乗ってられんのも今のうち!アンタのような出来損ないで最弱の違法アークスがどんなやつに拾われようがそれはただの同情と好奇心、すぐに捨てられてアンタはまた出来損ないに逆戻りなの!」
レヴィはその言葉にまたすんと冷め、静かに向き合うとじっと女を見上げた。
彼女は見上げているというのに顎を持ち上げて、まるで見下しているようにも見える。
「はぁ……で?なんでそれをいちいち言うわけ?」
あからさますぎる大きなため息をついて、不機嫌そうな様子で話す姿に【敗者】は心を冷ます。
彼の中で、友好的では無いレヴィの態度は初対面の時の言葉に詰まっておどおどと喋り、動揺すると大げさにリアクションするものだと思っていた。
しかし、目の前で話すレヴィの姿は酷く冷静で淡々としており、子犬というよりかは猟犬だ。
それでも女は、目の前の獲物をじっと見つめているレヴィの目線に気づかない。
「出来損ないのゴミアークスが前向いてキャンキャン声出して歩いてたら注意するのは当たり前でしょ?ゴミはゴミらしく下向いてジメジメした顔で黙って歩いてなさいよ……マナー違反でしょうがッ!!」
女の手が真っ直ぐにレヴィの頬に飛ぶと、切り傷の着いたレヴィの頬が赤く染まる。
「……ッ」
【敗者】は一歩体を動かしたが、レヴィは振り返ることも無くただため息をついた。
その呼吸に込められた呆れの感情に、【敗者】は動きを止める。
「あは。問題ないよ、小鳥さん」
「その不愉快な呼び方を直ぐにやめろ」
「ちゃんと名前呼べないあんたが悪いわけ」
レヴィは振り返り、彼を見てくすくす楽しそうに笑う。
差別するべき劣等者が楽しそうに笑っている姿に女はさらに苛立った。
「なに先輩の前で無視してんのよッ!」
レヴィのサラリと伸びた髪を掴み引っ張ると、ブチブチと音が鳴って髪がちぎれると同時にレヴィの体はよろめく。
【敗者】は彼女の髪が千切れていく様に心の中から憎悪が沸き立ち、己の理性を引きちぎりそうになった。
「このアークス風情が……ッ」
「だから、平気だって言ってるでしょ?短気だと損するよ」
しかし、レヴィは【敗者】に振り返ることも無く女の腕を直ぐに掴んだ。
「ッ?!」
「短気代表のような女の癖に何を言っているんだか……」
レヴィはむしろ獲物を取られたくないと【敗者】に敵意を示すほどで、彼は何時でも手を出せる姿勢にはなりながらもゆっくりと呼吸を整えてレヴィを見守った。
「きゃは!わたし、こういうの待ってたの。釣竿も入れてないのに勝手に魚が飛び出してくれて本当に嬉しいよ?ふふ」
「何を、……離せっ!」
レヴィが目を細め、口を三日月のように歪ませてニッコリと笑顔を浮かべる。
女が抵抗する中、レヴィが力を入れると女の腕は簡単に折れた。
所詮は法撃職のアークスだ。耐久に自信はないようで、腕が折れただけで声を上げると、レヴィはただ笑って返す。
「ご主人様、見せてあげる。わたしの利用価値。……アークスを殺すための力を」
「あぁ……やってみろ」
「うん!あんたは離れてた方がいいよ?わたし、綺麗に痛めつけるの苦手だから」
女を投げ飛ばすと、レヴィは懐にしまっていた工具を取り出す。
そんなものを持ってなんの意味があるのかという話ではあるが、レヴィからすればこの世に武器にできないものなど存在しないのだ。
持ち歩いているトランプやチェス盤ですら、投げつけて攻撃できると思っている。
「ふん。言われなくても、血を浴びる趣味なんて僕にはない。それも、凡俗の穢れた血なんて勘弁だ」
彼女はハサミを取り出せば髪を切り落とし、バールを振り上げて足に向かって振り下ろすと鈍い音が響く。
「ふふっ、そうだね……【敗者】。貴方はわたしと違って、ダークファルスだもんね…」
レヴィが彼を見ながら甘ったるく声を紡ぐと、女はようやく自分がレヴィの彼氏だと言い張った男の正体に気づく。
「何を、言って、……まさか、あっ、あァァァッ!」
「アークスはやめてやらないよ?わたしは最強のアークスになるんだから」
もはや誰もレヴィからコントロールを奪うことは出来ない。
肉や骨をぐちゃぐちゃに砕き、溢れる血を浴びながら、顔は笑顔でただ歩いている時と同じようなトーンで喋り続ける。
「でもね、アークスだからっていってわたしが組織としてやるべき事をしたり、ダーカーと協力しちゃいけないなんて理屈、……ないよね?」
レヴィは本気で【敗者】をバディだと思っていたし、同時に本気でアークスのつもりだった。
彼女にとってのアークスというのは、都合のいい名札であって彼女の職業でもなければ誇りやプライドがある訳でもない。
レヴィの稼ぎは裏任務だし、レヴィの誇りは自分自身の力にのみある。
彼女はアークスであってアークスでない。
「わたしがアークスでいるのは、アークスという名札を持っていたいからなの。そうじゃないとアークスを殺しても意味が無いし、強くなる意味もない」
しかし、彼女は"アークス殺しのアークス"であることにはこだわりを持っていた。
だから、その名札を手放そうとしないのだ。
「先輩だかなんだか知らないけど、わたしが見てるのは頂点だけ。だから道端にある雑草の事なんて……なんも見てない」
レヴィが女の顔に向かってバールを振るい、原型が無くなるほどに潰すと満足したのかようやく離れて、【敗者】の方を振り返る。
「きゃは、終わったよぉ。じゃあ家に行こうねぇ〜」
「……あぁ」
【敗者】からすれば見たい力は武器を振るってアークスを殺す姿だったのだが、彼女が楽しそうだからそれでいいか、なんて結論づけて後ろを追いかける。
焦らなくたってその機会はいずれ訪れる。
それが【敗者】にとって良い事か悪い事かは関係なく、だ………
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる