――一応平日の昼下がり。
人の少ない44番艦とはいえ、その様相は人目を集めている。
「痛ッ!もっと優しく運んでよぉー!」
「これでも最上級の丁寧さで運んでやっているんだが?」
「最上級だっていうなら高いシートのいい車にのせてくんないの?」
「どうせいい車を買ったところで貴様が粉微塵に破壊するだろう」
「あんた専用車に勝手に乗る気はありませんけどぉー?」
隅をつつくこともできない完璧にセットされたロリィタファッションを纏った特徴的な薄い金髪の女が、怪しいフードを被った長身の男に姫抱きされたまま、まるで女王のように振舞っている。
「別に僕は貴様を引きずり回して運んでやってもいいんだぞ」
「はぁー?!あんたのせいでしょ!あんたのせいでこんなになったんだから責任取ってよ!」
周囲から怪訝な目線を貰っているのはレヴィ。
稲穂のような薄い金色の髪をツインテールに結び、柔らかい太ももは黒いニーソックスで締め付けられている。
先の丸い厚底のブーツを履いて靴の底で男の肩を擽り、レヴィは膨れた顔を浮かべながら男にしがみついていた。
「やれと言ったのは貴様の方だ」
男の方は至近距離で下から覗けば顔が見えるかどうかと言うほど深くフードを被っており、女の視界から見える切れ長の紅い目と非の打ち所のない美しい鼻立ちは美形である事をすぐさま理解させる。
それに、顔を見ずとも空のような青に特有のビビッドピンクのグラデーションの入った髪はフードからも僅かに漏れて外界の一般市民風情でも見ることが出来ていた。
「最初に襲ってきたのはあんたでしょ?!疲れたって言っても辞めなかったのもあんた!」
「それでもいいと言って強請ってきたのは誰だったか?僕の上に乗っかってきたのも誰だったか……僕の目には貴様以外見えなかったがな……幽霊でもいたのだろうか?」
その男はダークファルス【敗者】――指名手配書の写真とは違い不機嫌そうに口をへの字に曲げ、ぶっきらぼうな態度を取り続ける彼は宇宙を滅ぼす力を持つダークファルスでありながら、今は自分よりもずっと小さい女を抱き上げて程度の低い喧嘩をしながら街中を歩いているのであった。
「はぁ?!意味わかんないこと捏造しないで!」
レヴィは昨晩の長い長い性行為により腰が砕けて声も枯れている。そんな彼女が【敗者】に抱き上げられながらも外を歩くのは、メディカルセンターへ向かうためだ。
「記憶が飛んでるからと言って事実を捏造だと言い張るなんてさぞ大層立派なご身分なことだ」
「あんたの勝手な言い分で……って…あーー!もっと重要なことがあるでしょ?!」
「さあ?アークス風情の言葉に重要なことなどあったか?」
【敗者】のとぼけたような言葉に、レヴィは顔を真っ赤にして、言葉を伝えるために叫ぼうとし、しかし突然どもり小さくなったりを繰り返し、どうにか言葉を紡いで……
「あんた!わたしの!お、……おしり……のあな……に!!いれたでしょ!検査でもないのに!」
「それがどうした」
レヴィは自分の理性のない環境でなし崩し的にアナルセックスをされ、今は腰よりはマシだが己の尻の穴からも抜けない異物感が残ったまま、歩くだけでどろりと内部の何かが揺らぐような感覚に襲われた。
「どうしたじゃない!!意味わかんないんだけど!!そこは!!やることやる!!穴じゃない!!」
「僕が出来ると言えば不可能な事などない」
【敗者】の意味不明な理屈にレヴィは怒りを顕にした。
彼にとってはどこに挿入しようがデメリットなど無いが、レヴィからすれば生殖器官とそうでない部分に入れられるのは大きな差がある。
「人間の体はそういう意味のわからない理屈で出来てるわけじゃないの!計算!天の叡智によるプログラムで出来てる訳!」
「だったらアークスを作った僕が天の叡智に値するわけだろう?つまり僕が出来ると言えば出来るな。論破」
【敗者】はかつてフォトナーであるルーサーに憑依しており、ルーサーはちょうどアークスを作り出した存在そのものである。
【巨躯】戦争によって壊滅状態にまで陥ったアークスを建て直し、三英雄を我がものとして操っていたのもまた彼。
支配者としてのカリスマがある【敗者】にとっては矮小な存在の小さな喚き声など虫の羽音と同然だ。
「論破じゃない!じゃないじゃないじゃなーーい!」
しかし、【敗者】にとってレヴィの存在が矮小な虫の羽音同然であっても、彼女を個として受け入れているのは、今のところレヴィが【敗者】のバディだからという以外に理由は無い。
「いい加減喚くな……耳が痛い」
「言わせてる方が悪いんだっつーの!」
「そう枯れた声で叫ばれても……ねぇ?」
「うるさい!」
レヴィの声は叫んでも酒焼けしたかのようなカラカラの声でみっともない。
体にびっしりとついた噛み跡とキスマークも首筋はハイネックのブラウスで隠されてはいるが、太ももまでは隠せていない。
赤い斑点のような跡が揺れるスカートの隙間から覗き、レヴィが単なる体調不良でないことは周りの目からみて明らかだった。
「喉に悪いことくらい分かってるだろう?少し黙ったらどうだ」
「あんたに言われて黙るわたしじゃ……ゲホッゲホッ!」
「ほらみた事か。いいから黙れ」
咳き込んで苦しそうな顔でぜえぜえと息をするレヴィの口を無理やり手で抑え、【敗者】は早足でロビーへと進む。
「むっぐぐぐ!?んぐーー!」
「今のお前から聞こえる声は全部無駄な喚き声しかないな。無価値だ」
「んぐー!んむーー!」
レヴィの声は言葉になっていないが、当然声色からして喜んでいるものでは無い。
【敗者】の頭の中で「レヴィはどうせ文句を言って当たり散らしているのだろう」とまで考えるのに三秒も要らないほどレヴィの態度は分かりやすかった。
「そんなに嫌だったか?痛みを感じて、快楽もなく……貴様にとって価値のないものだったか?」
【敗者】は淡々と言葉を放つ。
彼が得意げな笑みを浮かべ、アークスを踏み倒し足蹴にしていた虚空機関総長の時代と違い、フードを被り姿を見せぬまま街を歩く現在では、したり顔に優しい態度で怪しく他人に話しかけることも無い。
声を抑え、冷酷に振舞っているばかりだ。
「っぷは……そ、……っ、それは…」
「貴様とて、楽しんでいたのだろう?不必要だと分かりながらも快楽には逆らえない体だからな…?」
「うっ、うるさい、……うるさい!」
「自分で出した話題の癖にもう聞く気をなくしたか?あぁ、それとも……尻に栓をしてきちんと籠らせてから外出したかったという訴えか?」
【敗者】はくすくすと笑いレヴィの足の感触を楽しむように揉むと、彼女は煽られたように感じてより一層苛立つ。
「んなわけないでしょうが!この変態!ド変態!変態変態変態!」
「変態はお前だ」
「どう考えてもわたしは最強の常識人ですけど?!」
「そうだな、常識人でも最強でもない」
「うるさーーい!あんたなんかどうせ喚いてワガママばっかのくせに!」
「……?なぜお前は自己紹介をしている?」
【敗者】は本気で自分の事だと思っておらず、嘘のないとぼけた顔でレヴィを煽る。
「はぁぁあー?!それが傲慢で自分勝手で自分のことしか考えてないダメ男の言う言葉?嫌いは簡単に何百回でも言えるくせに好きは言えないでキスもできないバツイチ童貞の癖に!」
「貴様の発言の全てが破綻していて理解の欠片も出来ないな。僕が血と汗を流して作ったアークスの末路がこれか?恥晒しにも程がある」
「あんたの責任ですぅー馬鹿で恥晒しなアークスを作ったのは誰ですかぁー?あんたですぅー!」
「そうか、……死刑」
無茶苦茶な理論をさぞ当然のように素面の顔に冷静な言葉で告げ、レヴィを困惑させ続けていた【敗者】はいよいよ死刑とまで言い出した。
「は?なんの脈略で?」
「貴様にムカついた、無期懲役。僕を侮辱した、死刑。分かりやすいだろう?」
「さっきまで散々わたしの事を侮辱していたこと忘れちゃったのあんたは?バカ?おバカさん?実は鳥頭?」
「鳥は鳥でも僕は梟。貴様はアホウドリだな」
二人は騒がしく喧嘩しているが、傍から見ればお姫様抱っこをして街を歩く恥の欠片もないただの出来たてカップルだ。
しかし二人にとってはそうではない。
【敗者】とレヴィは恋をする事が許されない契約だ。
だから互いにどんなに好意を抱こうが、相手を求めようが、それを決して恋愛感情だとは認めない。
二人は都合のいい利害関係の極地にバディという名前を選んだ。
それが二人の最もシンプルな関係性だ。
「梟?鶏の間違いじゃ?」
「貴様の丸々と太った太ももは鶏そっくりだな」
「太ってるとか言わないでよ!女に!」
「別に悪いとは一言も言ってないだろう」
レヴィは【敗者】に抱えられながら無防備に大きな胸とムチムチとした大きな太ももを晒している。とても痩せているとは言えないが、レヴィは【敗者】をとにかく批判したいため思ってもないような言葉を平然と口に出すことが出来た。
嘘ではない。単に道具として言葉を扱っているだけだ。ある意味それは演技とも言えるだろう。
「鶏そっくりとか言っておきながら?!」
「……あぁ。食べたくなるだろう?」
しかしレヴィの気持ちは【敗者】の発言によって一気に熱を奪われる。
彼女は頭の中で研修学校の時代に読んだ教科書を引き出して、ダーカーの部分を心の中で読み上げていた。
(ダーカーは人を食うの……?)
侵食するというのは実質捕食とも言えるかもしれないが、機械や空間にまで影響を及ぼすとなると侵食=生物の捕食とはならない。
しかしそれとは別にダーカーがアークスを食べて養分にするなんてことがあるかもしれない。
(ダークファルス【敗者】は……人間を食べるかも?)
「食べ……えっ……その、……ど、どっちの意味で?いや、どっちの意味もあるかなこれ…?もしかしてどっちの意味もない?ワンパターン?選択肢ひとつ?」
「別にその選択肢でも構わないが?貴様が片目だけでは飽き足らず片足まで義足にしたいというのならばな」
「ヒィイイイーー!!そんなわけないでしょ?!絶対やめてね絶対に!本当に!わたし全身大事!すごーく大事!体大事!」
レヴィは【敗者】から離れようとグイグイと胸に手を置きその抱擁から逃れる行動を図るが、彼はしっかりとレヴィの体を掴んで何食わぬ顔で歩みを進め、レヴィの体は胸元から上がグネグネと動くだけに収まった。
「それと、貴様の世迷言を1つ修正してやろうか」
「え?ひとつだけ?」
「修正部分がそれしかないから仕方ないだろう?残りは貴様の出鱈目だ」
「うるさいバツイチ童貞星人!」
「そうだな、丁度それが出鱈目の部分だ。犬の割には賢いな」
「精神の問題で言ってる訳!大体修正なんてどうやって……」
レヴィの心にもない発言はとにかく相手を苦しめられればそれで構わない。だから、相手にそれを修正させる気もないし、相手がそれを修正するとは思っていない。
彼女の頭の中で少なくとも【敗者】は童貞の精神を持っているわけもないというのは当然分かっていたが、かといってレヴィに貼り付けられたそのレッテルをどのような行動をすれば剥がすことが出来るのかを思いつくほど彼女はコミュニケーションに長けていなかった。
レヴィにとってのコミュニケーションは単なる虐待もしくは仕事であり、心はあり言葉も話すが他者との交流を図ろうとする意図を持って話すことは滅多になかった。
今は、【敗者】という交友相手が存在するが。
「おや、自分でどうすればいいのか言っていただろう」
しかし【敗者】はそうでは無い。【敗者】は言葉を話すが心は人間の考える心とは遠く、本能に基づいて行動する生物に近い。
ただ、彼が人の依代を持ち、人の記憶を持ち、人と関わっているからこそ人間のフリが出来ていて、そしてレヴィと違って【敗者】はたくさんの人とコミュニケーションをしてきたことにより経験値と技術は比べ物にならないほど高かった。
「は?一言も言ったつもりは……」
レヴィのつまらなさそうな枯れた声を聞いて、【敗者】は怪しく微笑む。
深く被ったフードの中からレヴィに見えるのは彼女を見つめる紅い瞳と、そして恐ろしく整った顔から引き出される嫌らしい口角の昇りだ。
だからレヴィはその先の言葉を全く予測していなかった。
言葉の先の行動も。
「……好きだ」
【敗者】が立ち止まったかと思えば、彼は甘い言葉を呟いて、そして惚けた顔で【敗者】を見る彼女の甘い唇に唇を重ねる。
「っんむ?!」
顔が離れると、【敗者】はあれほど微笑んでいたというのに今はもう仏頂面で不機嫌そうにレヴィを見つめるだけだった。
【敗者】にとっては彼女の為のパフォーマンスを行ったに過ぎない。
それなのに胸が高鳴って、それと同じくらい好意に対して鈍感なレヴィに対して苛立った。
「たったこれだけだ。好意の言葉も接吻も出来る。貴様の言葉は全て否定し終えたな」
「〜〜っ!ここ、人前!!」
しかしレヴィに彼のパフォーマンスはしっかり効いており、顔を赤くしてぽんぽんと鎖骨を叩き、とにかく己の恥をどこかに昇華しなければいけないほど彼からの施しに胸を高鳴らせていた。
「それがどうした。公衆を気にするのならそもそも犬のようにキャンキャンと吠えるのをやめたらどうだ?」
「まっじっ……で、……ムカつく〜〜ッ!!」
「は、貴様のような脆弱なアークス風情が僕に勝とうなど千年早い」
「責任取ってよ!」
一般的にこのようなことをして男が女に取る責任と言えば結婚だが、レヴィにそんな意思あるわけが無い。レヴィは単に絶対に謝らない男の謝罪を受け取りたいだけの意地悪な女だ。
「責任?なぜこの僕が貴様相手に責任など取らなければならない?逆だろう?」
【敗者】はレヴィがそうであると分かっていて、敢えてこの言葉を返した。
【敗者】は別の意味の責任を選んだ。
その説明をしないまま、無意味に言葉を投げて、レヴィは当たり前のように怒り出す。
「はぁ?!なんもしてないのになんの責任を取るわけ?!」
レヴィにとっての責任とは【敗者】の謝罪の言葉。もしくは、金になる物。
自分が責任を取るということは【敗者】に自分が謝罪するということになる。
だから、レヴィはそれがおかしいことだと言って怒っていた。
それでも【敗者】にとっての責任とは……
「その可憐で幼稚で生意気な体を使って僕を誘惑している事に対する償いを貴様はいつするつもりだ?さっさと己が魔性である事の責任を取れ」
「は?何、言ってる意味がなんにもわかんない」
「それは貴様が……」
その言葉の続きを言おうとして、【敗者】は思わずレヴィから目を逸らして前を向くとそこがメディカルセンターの入口であることに気付く。
「はぁ……着いたようだ」
「あ、ほんとだ……」
【敗者】は心の中でその話題が有耶無耶に出来る事に安堵していた。
対してレヴィは、メディカルセンターの看板を見て苦虫を噛み潰したような表情。
そんなレヴィの顔と嫌そうな声に【敗者】はすぐ気付き、目線を彼女の元へ戻す。
「嫌そうな顔だな。アークスのメディカルセンター嫌いは一体なんなんだ?」
「病院が嫌いなんじゃなくて有人施設が嫌いなだけ」
【敗者】はレヴィと共に中に入る。
彼が虚空機関総長であった頃、ルビィとマトイを密かに監視していたがどちらも極度のメディカルセンター嫌いであったことを思い出した。
受付にいた女が扉が開くと同時に目を向けるが、そこにいる怪しいフードの男に抱かれたレヴィの姿を見た瞬間、いつもの営業スマイルから一転不快そうな顔で舌打ちをして、ふいと顔を背けた。
「ほら、わたしが来たらあーんなに嫌そうな顔してさ。睨むだけならまだいいよ?カルテ投げつけてくるし、無茶苦茶な誤診して特別処置料とか言って金取ってきたり、点滴とか言って腕ボロボロにしてくるんだもん」
メディカルセンターにはAI対話ボットが診断し薬などを提供する簡易的な無人のメディカルセンターと、ダーカー因子汚染やアークスの任務などでの重症の怪我、手術を必要とする患者への有人のメディカルセンターが存在する。
また、キャンプシップにはメディカルセンターが管理しているアークス支援の為のドリンクの自動販売機も着いているのは当然の知識だ。
もちろんレヴィが向かいたいのは無人のメディカルセンターなのだが、彼女はそうはいかない。
「職務放棄して嫌悪を剥き出すような医者などダーカーの餌にすればいいんじゃないか?」
「じゃああんたがやってよ」
【敗者】が歩こうとするが、レヴィの手は彼の服を掴んでふるふると震えているため、彼は立ち止まってレヴィと口論するだけになった。
「何のためにフードをつけていると思っている?しかもわざわざ貴様を運ぶ為に外に出るというリスクを背負ってまで」
「そんなら最初から買い物とかなんとか言って外に出なきゃいいだけじゃないの?こういう時だけリスクがーとか言っちゃって」
用を終えた患者が道を通って出ていくというたったそれだけの十数秒もかからない出来事でさえ、名も知らぬ彼らはレヴィの顔を見て鋭い視線を向けボソボソと罵倒を吐いていく。
何時もならレヴィは足を掛けられていたところだが、彼らにとっての問題はレヴィを姫抱きしている男が、重くフードを被り真っ黒な服を着てさえ分かるほどがっちりとした筋肉質の体型と恐ろしい程の長身で、近くを通るだけでおどろおどろしい雰囲気を醸し出している事だった。
「貴様のような脳足らずには理解できないだろうがリスクを負ってまで成し遂げるべき事という奴がこの世には幾らでもあるんだ」
「それはあんたよりむしろわたしの方が知ってるんですけど?」
「それは僕の知ったことでは無いな。まあ、入口でこんな無益で無駄な話をした甲斐もあるか」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる