レヴィはそのビジネススマイルを鬱陶しそうにしており、偽造した己のニューマンの耳を擦ると【敗者】の方をじっと見つめる。
(僕が応対しろというわけか…)
【敗者】はそれで今までの暴虐の軽い返済くらいにはなるだろうと向き合うと、淡々と事務的な会話を繰り返した。
「では、宇宙ゴミが少なく、オラクル史上もっとも美しいと言われる銀河が特等席で一望出来る専用のテラスが用意されたAクラスの宙域でよろしいですね?」
「……あぁ」
「エッ?!わたし別にそんなとこじゃなくても…」
「貴様が任せたんだろう?黙って従え」
「むぅう〜っ…」
【敗者】は頬を膨らませて腰をぽかぽかと叩いてくるレヴィの頭を撫で回す。
それでもさらに抵抗しようと叩こうとした彼女の手を掴み、開かせるとその手を絡めて繋いだ。
「ッ……あんたってやつは…」
「そうやって大人しくしてる方が今は得だと思わないか?僕の子犬よ」
レヴィが照れ臭そうに顔を赤らめて逸らすと、勝利を確信し【敗者】はレヴィに向かってデコピンして、それからカウンターに向き合った。
「では、カップル割で付けさせていただきますね」
【敗者】とレヴィの様に目の前の盲はカップルだと勘違いしたのか、会計から数千メセタほどの金が抜かれるとレヴィはその言葉に慌てて彼に振り向いた。
「かっ、……カップルじゃ!」
「……あぁ」
「ちょっ?!」
会計を終え、キャンプシップの予約を取ると直ぐにカウンターから離れた。
「別に、言ったところで損は無いだろう?」
単なる相手の勘違いであり事実は違うが、真実を言って損するよりかはその嘘に乗って得をした方がいいだろう。
「それはそうだけどさぁ〜……そういうのを嫌がるのってあんたの方じゃないの?」
「……、所詮嘘に過ぎない」
「あっそ、嘘ね……」
レヴィのその言葉は酷く落胆しており、漏れた不満げな声はあからさまな不機嫌を訴えていた。
「なんだ、……不満か?」
「いや、その……」
「そんな程度で、僕は貴様を捨てない」
「は?え?」
「貴様は僕とバディだと言ったが……例えそうでなかったとしても構わない。貴様は元々駒で、正しい関係は奴隷と主人。だから、関係性の形などただの記号でしかないんだ」
「……?」
レヴィは【敗者】の言葉が一切わかっておらず、首を傾げる。彼の言葉は非常に難解で、よく考えなければ意味は理解できないだろう。
「えーっと……"そうでなかったとしたら"なんて他にある?……あ、わたしかあんたの気が変わって絶交だ!ってなってもビジネスパートナーとしていましょうねみたいな…?」
「…さあな」
「ふふん、あんたがどれほど知識と利益にしか目がない男かってことくらい最初からわかってるんだから!」
「恋愛がどうとか先程まで吠えていたくせに…」
「本質はそっちだってくらいわかってるし!だからわたしが着飾ろうが興味無いしほかの女とも恋愛する気ありません、なんでしょ?」
「恋愛には興味無いが、貴様に興味が無いとは一言も言っていない」
「は?…そうなの?」
「貴様ごときが僕を理解できると思い上がるな」
突き放した言葉を放った後、【敗者】はレヴィと手を繋いだまま歩き出す。
「レヴィは、自分じゃない自分を評価される方が嬉しいのか?」
「……え?」
「別人のように化粧をして繕っている姿より、ありのままの貴様の方が愛らしい。それで十分ではないのか?」
「あ、…あい、らし、い?」
レヴィは噴火したアムドゥスキアの火山のように顔をボンと赤くして、髪をくしゃくしゃと乱して顔を隠した。
「……わ、…わたし、その、えっと……」
「だから貴様のような程度の低い痴呆は嫌いなんだ……」
「そ、そうじゃなくて〜〜っ!あんた言葉の意味わかっていってるわけ?!」
「貴様と違ってな」
「っ、……あぅうう〜〜!!!」
キャパシティを超えたのか、悶え叫んだ後にレヴィはそのまま俯いたままだった。
「ほら、……キャンプシップに乗るぞ、レヴィ」
レヴィは恥ずかしがりながらも頷いて、【敗者】の手をぎゅっと握りしめる。
――キャンプシップの中に、激しいリップ音が響く。
「あんたのせぃ、なんだからっ、ね…」
「ん……」
レヴィと【敗者】は指を絡め、繋ぐと休むことも無くキスをし、外の銀河も知らずにただ互いを見つめていた。
「るぅ、……んんっ、ぁ、ぅ…」
「レヴィ……、カメラが付いている。呼び方には気を付けろ」
【敗者】が小さな声で囁くと、レヴィはほんのりと顔を赤らめて小さくうなづいた。
このまままたセックスに持ち込んでしまってもおかしくない雰囲気の中、【敗者】はギリギリの範囲で欲望を抑え込んでいた。
「……るぉ、ん」
「どうした」
「あんたが、悪いんだから……変なこと言って、だから、そのせいで……なんか胸が変なの…」
「……ッ」
恋愛経験が全くないというのがおかしいくらい男を挑発するようなあざとい言葉は、案の定【敗者】の心臓を貫く。
いつも相手に"そういう感情"がない事が分かっているから挑発されることに苛立っている彼だが、このシチュエーションでのその言葉はどう考えても"そういう意味合い"が篭っていると実感し怒りよりも別の感情が上回った。
薄ら顔を赤らめ、【敗者】の頭の中では何度も「この女は駒」「僕の目的の為の使い捨ての駒であり全知存在を手に入れれば後は捨てる存在」と繰り返す。
そうでもしなければ【敗者】は気が狂いそうだったから。
「僕のせい、ではない……貴様の、バグかなんかだろう……」
「はぁあー?わたしの作ったものは完璧なんですけど?!だから悪いのはあんたで…」
「貴様の異常でなぜ僕が悪いと言われなければならない?貴様自身で対処せず僕の手を煩わせている自覚はあるのか?」
「うるさいうるさい!うざいことばっか言って〜……むぅうー!」
レヴィの顔が怒りに膨れ上がると、【敗者】は落ち着いて深呼吸が出来た。
――そうだ。この女は酷く幼稚な駒だ。
僕の新しい玩具であり、使い終われば捨てるだけの存在だ。
だから、自分の感情も、この女を大切に思う気持ちも言動も言葉も全てが偽りで、演技だ。
そうやって、【敗者】は自分を言い聞かせた。
【敗者】がレヴィに向ける感情の正体など、【敗者】は知りたくもなかった。
レヴィの熱がようやく収まったのか、彼女は先程までの甘えたがりとは一転し彼を突き飛ばし離れると、カバンの中から服を取り出す。
「……っ、この女…」
「わたしは宇宙に出るから着替えなきゃダメなの」
「……着替える?」
「宇宙でアークスが活動出来るのはフォトンを纏って宇宙服代わりにしてるからじゃん?わたしにはフォトンがないから、宇宙服を着てボンベを使って酸素を補給しないと死ぬワケ」
「……あぁ」
足が動かない人が車椅子に乗り、腕が動かない人が義手を付けるように、フォトンがないレヴィが宇宙で活動するためには宇宙服が必要だ。
それは言われれば納得するものの、【敗者】はわざわざバイクに乗ったりパラシュートを持ち歩いてキャンプシップから降りるレヴィが、ただの弱い兵士ではなく障害者であることを向き合わされた。
パーソナルデータに書かれたメディカルセンターの行き先を制限させるつまらない文字ではなく、正真正銘のもの。
この世界がフォトンエネルギーで統括されている社会でなければ彼女は別に生きることには困らないだろう。
しかし、ここはオラクル船団で、レヴィはアークス。
酸素に等しい重要度を持つフォトンアレルギーは、立派な身体的な障害のひとつだ。
完全で完璧な存在を求め、それに相応しい優秀な駒を持っていた彼の前に残されたピースは、劣等種の極地とも言える最弱の障害者である……
「んー…美人演出のために脚を細くしたかったから矯正タイツ履いてたけど……やっぱり苦しいなぁ」
「……貴様は生きてて苦しくないのか?」
レヴィと【敗者】は互いにアークスに苦しめられた身だが、二人には大きな差がある。
人格を侵食した相手であるルーサーの記憶を【敗者】の始まりとして見たとしても……彼は常に偉大なる奇跡を手に掴んだ研究者であり、アークスを発展させオラクルを支配した為政者であり、闇の使者であるダークファルスである。
彼は常に優れていて、人の悪意によって全てを奪われるまでは、己の無価値さや才の無さに苦しむ事はなかった天才の部類だ。
しかしレヴィはその逆……
足掻いてももがいても結果が全く出ず、常に周りからの理不尽な悪意に押し潰され、当たり前のことも出来ないまま無価値の烙印を押され続ける弱者の劣等生物なのだ。
だから、【敗者】は弱者である彼女本人の気持ちや無能さは理解できないが、同時に彼女レベルまで堕ちる事の恐怖は理解出来た。
それはとても苦しいもので、耐え難いもので……
「生きてて苦しい?そんなの当たり前でしょ?でも、苦しいって言ってても何も変わらないわけ」
「……」
「どれだけ苦しめられようが、最後に笑うのがわたしであればそれでいいの。今は笑わせてりゃいい」
「……、僕達は、そうであるべきだ」
「当然でしょ?」
レヴィはコンプレックスに思考を覆われながらも手を止めることはなく、なんて事ない表情のまま身を重くしていた装飾を取ると宇宙服に着替えた。
「……なんだそのデザインは」
「宇宙服なんて実用目的なんか珍しいものだからまあ……なんというか、普通は子供に着せる用の可愛いのしかないわけ」
「そんなままごとのようなもので本当に活動出来るのか?」
「まあ、子供用とは言えおもちゃじゃなくてちゃんとした服みたいだし?何回も外出てるけどこれでいけてるから平気!」
レヴィは明らかに重いであろう酸素ボンベを表情ひとつ変えずに担ぎ、【敗者】の方をドヤ顔で見る。
もちろん【敗者】はレヴィの顔をじっと見たあと無視してキャンプシップの外を眺めた。
イチャイチャしているばかりでは任務は進む訳もなく、レヴィは不満げに顔を歪めると今度は彼女が【敗者】を無視してさっさとキャンプシップの操縦席に行ってしまった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる