レヴィが彼に触れようとした手は空を掻き、彼は堂々と地に足を付けて立てば顎を突き出してレヴィの事を存分に見下ろしながら声高に言い放った。
「僕は全てを知る。全知へと至る。そのために貴様を利用し、アークスを潰し、この宇宙の全てに成る。貴様はその過程で箱庭の中で殺戮ごっこをするだけであり、あとは僕の後始末だ」
「その後わたしがあんたをぶちのめすって言ったこと忘れた?」
レヴィは静かに苛立ち【敗者】から離れ、扉に寄りかかりながら彼から目を逸らす。
【敗者】の言葉に対して苛立ち以外の感情を覚えたことに関しては認識したくもなかった。
「貴様に僕が倒せるわけないだろう?だから後始末と言って何も変わりない。貴様を殺して僕の全ては完了する」
「あんたに殺されるくらいなら一番強いアークスと相打ちになった方がまだ気持ちいいんだけど」
「何を言っている?貴様は僕に殺されるんだ。僕以外の手で死ぬ権利を与えたつもりは無い。僕が殺す。僕以外の手で死ぬことは許さない」
「はぁ……?何言ってんのあんたは。わたしのようなやつを殺したってなんの強さの証明にもならない。無意味で無価値。人が蟻を踏み潰すことに罪の重さなんて存在しない」
レヴィが視線を向ける場所は床だ。
外なら地面だ。
とにかく前は見たくなかった。
前を見ると自分の嫌なものを見てしまうからだ。
「いいや、そこに意味がある」
「何の?」
「これ程僕に楯を突き、尚且つ微塵も反省もしない奴を僕の手で処分し、そしてその惨めな死に様を笑顔で拝み倒す。その為に決まっているだろう?」
彼は俯いたまま目を合わせようとしないレヴィに向かって少しずつ近付いた。
驚かせようという単なる悪戯心のつもりだ。
「はぁ……なら別に自殺でも誰に殺されても変わらないんだけど」
【敗者】こそ、使い終わった駒を処分するなら誰の手でも構わないし、精神的に追い込んで自殺させても構わないのだ。
それでも彼がその手でレヴィを殺すことにこだわるのは、ある意味既にレヴィが捨て駒という認識ではない証明にもなる。
「その為には貴様の生き汚さを極限まで煮詰めて貰わなければな。アークス風情はどうせ無駄な努力が好きなんだから、貴様にもできることだろう?」
「無駄と言われようがなんと言われようが、結果が出るまで努力するだけ」
「それで結果の出せる女だということは既に知っている。こうやって言えば成し遂げられることも既に演算済みだ」
そう言われてレヴィは少し顔を上げた。
そこで漸く彼女は【敗者】が彼女の方へ段々近づいている事に気付く。
「何それ……褒め言葉のつもり?あんたの癖に」
「やらなければ罰が待っているだけだ」
「は、あんたに言われなくてもやりますけど。道半ばで死ぬやつなんて恥晒しだし。わたしはやることやり切ってから死ぬ。その中にあんたをぶちのめすも含まれてる」
「全知となった僕を倒しても貴様のような奴に全知となる資格は無い」
「あんたが全知を求めるならあげてもいいけどわたしは全知には興味無いから。あんたを倒したあとはただ世界が滅んで無になるだけ」
レヴィは振り返ってドアノブに手をかけた。
しかし、直ぐに【敗者】が彼女の柔らかい手を上から包む。
「知識に興味が無いとはさすがアークスだ」
【敗者】は操作するようにレヴィの手をドアノブから離すと、その手を包み込んだままその場から動かない。
レヴィは頭を動かして彼の方に振り向いた。
【敗者】が耳をしょげて寂しそうな、少し構ってほしそうな切なげな顔をしていることからレヴィは大きなため息をついた後に手を払い、【敗者】の方へ振り返る。
「知識は欲しいよ?でも全部分かるなんてわたしにとってはつまらないんだもの……」
「……ん」
レヴィは体を無防備にして【敗者】に明け渡すと、【敗者】は直ぐに膝を着いてレヴィを抱き締めた。
彼はこれでもまだレヴィに特別な感情を抱いていないつもりで、その感情を認めない。
「わたしは追い求めている間が楽しいの。結果を得た後、別のものを追い求めるだけ。得たものはただその次の物を追い求める為に使って、ゴールが来たらわたしの人生はおしまい」
「暇に耐えられないと?」
「わたしはスリルと刺激を求めてるの。全知を求めて競うよりよっぽど好都合じゃない?」
「競う?僕は別に貴様に全知を分け与えてやってもいい」
【敗者】の紅い瞳はまるで檻のようにレヴィの姿を捉えて離さず、その手は例え抱擁を放そうが彼女の頬に触れ、確かにスキンシップを取っていた。
「全知を分け与えるってどういう理屈…」
「貴様が僕と同一の存在になれば、全知である僕と同じ貴様もまた全知となる」
【敗者】は至極真面目な顔で嘘ひとつなく呟いたが、レヴィはそれを聞いてもつまらなさそうに目を閉じて静かに口を開くだけだ。
「生物ってのはそれぞれ違うものだからこそ生物って言うの。魂の形が違う。だから完全に同一な存在などいない」
「しかし、ダークファルスはそうではない」
「……、ダークファルスだって依代の魂は違う」
「ダークファルスの本質はダーカー因子そのもの。魂は力を入れるための器であり、依代は姿のひとつに過ぎない」
そこでレヴィは出会った時のことを思い出す。
レヴィが【敗者】に渡した物こそ彼の依代だが、【敗者】は最初その器ではなく別の選択肢を選ぼうとしていた事だ。
「そういえば最初わたしを依代にするとか言ってたね……わたしを【敗者】にするつもり?」
「そうだな……それが僕の考える同一になる方法だ。……悪くないだろう?」
「いや悪いしかないけど。あなたは【敗者】で【敗者】はあなただからこそいいの。わたしはわたしであなたはあなた。同じになったらツマラナイ」
「同じ【敗者】となっても、こうやって会話すればいいじゃないか。食事も共にすればいい。性行為だって出来る。ただ本質が同じものになるだけだ。僕と貴様は同じ【敗者】で、同じ全知存在になるだけだ」
【敗者】の口調は嫌に優しくて、彼の言葉にレヴィは脳の使ったことの無いような部分が震え上がっていた。
レヴィはため息をついて目を逸らして、地面ばかり眺めているというのに彼はどうやっても逃がさず彼女に向き合おうと近付いてくる。
そんな慣れないことをされたからかレヴィはダウナーぶった喋り方のまま、その状況下で言ってはいけないであろう言葉を言い漏らす。
「だって……わたしが【敗者】になったらあんたの匂いが感じられなくなるじゃん」
「……そんなに匂いにこだわるのか?」
【敗者】は目を見開き、彼の声には喜びの感情が孕んで震えていた。
レヴィは彼のレスポンスで、漸く自分の言ったことの異様さを自覚した。
「べ、別に匂いだけじゃないけど……あんたの匂い、好きなんだもん……悪い?」
「……それは尚更喰らいたくなる言葉だな」
「別々に居たいって言ってるの聞こえなかった?」
「いや、……ふふ」
【敗者】は御機嫌にレヴィに抱きつき、頬を擦り寄せ頭を撫で回す。
彼はにこにこと微笑んだままレヴィの小さく柔らかい肢体を全身で感じ取り、とにかく自分の中にある鬱憤か性欲か愛情のどれかしらを発散したかった。
「きゃっ、……んもう、いつまで家の中にいるつもりなのあなたは……」
「あぁ、貴様と話していると不思議と会話を愉しく感じるものでね……。レヴィもそう思っているから今の今まで黙っていたんだろう?」
【敗者】が離れるとレヴィはすぐに振り返り扉を開ける。
それを見て【敗者】はすぐに裏任務の時と同じように黒い髪のウィッグを被り顔を変えた。ホログラムによって作られた短い耳はレヴィとお揃いである。
「う……まあ、今思い出しただけですけど…」
二人は揃って部屋を出ると、スタスタと早足で廊下を進む。
「貴様とならあと百万年は同じ話題で話し込めそうだ」
玄関の扉を開き、外に出ると二人は手をきゅっと握った。
「ふふっ、それは普通に褒め言葉にしか受け取らないよ」
「百万年生きられるだけの存在になってから言うといい」
「あなたがわたしのレベルまで落ちてくる方が多分早いと思うよ?……ルオン」
「いいや、確実に貴様がこっちに来る方が早いな。それまで貴様に死んでもらう訳にはいかない」
「さっき殺すとか言ったくせに」
ぷくりと膨れた顔でレヴィは【敗者】の方を見つめる。
【敗者】はいつもと違って真っ黒な髪で、レヴィは元の美しいグラデーションの色を思い出すとそれが恋しくなった。
「あいにく僕はアークスとは時間の流れが違う。全知になってから貴様を殺すまでの時間が五千日あっても一万日あっても良い。僕からすれば些細な時間だ」
「……仮に今年中に成功したとして三十年近くあんたといろと?」
「そんな些細な時間すら僕と共に過ごすことは酷か?」
【敗者】の目線がレヴィを切なく見る。
レヴィからすれば単なる喧嘩の悪口のつもりだったが、思ったより本気に受けとってしまった【敗者】に慌てて修正することになった。
「い、いや!その……そんだけあんたと一緒にいるなら、いっそもう人間として死ぬまで一緒にいた方が早いよ」
「老衰で看取れと?巫山戯た事を言うな」
「そんなに殺したいなら老人になってから殺せばぁ?」
「全盛期でもない貴様と戦って殺したところでなんの意味がある?貴様には人でなしになってもらう必要がある。最高の力で戦ってこの僕に負けるために」
「アンタは本当にワガママなんだから。わたしが不老不死になるとか全力で戦って勝つとか不可能なことばっか言っちゃって……」
「僕が死なないと言えば貴様は死ぬことは無い」
「なにその理屈。神にでもなったつもり?」
レヴィは反抗的な言葉を期待して悪口を言ったものの、【敗者】から帰ってくる言葉は予想とは違ったもので調子を狂わされ、結果不愉快になった。
しかし【敗者】から見ればそんな不愉快そうなレヴィも可愛いものだ。彼にとってレヴィは子犬だから。
「あぁ神だ。創造主と言える程の功績を成し、大いなる力と大いなる知識を持つ僕は神に等しい。それで貴様が納得するのなら、僕を喜んで神と呼べ」
「あんたは神っていうより邪神だけどね…」
その声には呆れが混じり、レヴィは傍を見て彼から目を逸らしている。
「邪神でも何でも構わない。それで力を得て、僕が全知となることが出来るのなら、そこにある差は些細なことだろう」
「ま、人のお尻なんかにチンコ突っ込もうとするやつの考えそうなことだね」
「それとこれとは別だ」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる