と言いつつ、【敗者】は突然下の話題を出してきたレヴィに(ヤリたいのか?)なんて考えながらレヴィの肩に手を置こうとするが、それに気づいたレヴィはすぐに振り返りじっと彼を見つめた。
「エッチ」
「貴様がな。僕はただ肩に触れようとしただけだ」
「肩?わたしはあんたに呆れてるだけだし」
「毎日毎日発情期の獣みたいな声で吠えているのはどっちだ?」
「さぁ?あんたなんじゃないの」
レヴィは彼の空を掻いた手を絡め、きゅっとにぎる。
「エッチな事する悪い手はこうしてやるんだからっ!」
「勝手な妄想で発情するなよ、変態」
「あんたの立派なもので一体何人泣かせてきたんですかねぇ?この手で何人の女に触ってきたのやら…」
「貴様の期待しているようなことは何もない」
【敗者】の固くゴツゴツとした男らしい、大きな手。
レヴィはさらさらとなぞり、そこに口付ける。
「ふふ、……こんなことされたことは無かったでしょ?」
「……まあ」
「えへ、……へへへっ」
レヴィはぱっと手を離すとくすくすと笑い、楽しそうに先を歩き出した。
道も分からぬままずんずんと進んでいくレヴィに【敗者】は早足で追いかけ、彼女の手を捕まえる。
「あっ、あんたがのろのろ歩いてるのが悪いんだよ?」
「貴様があそこで止まったのが悪いな」
「うるさーい!わたしは女王様なの!」
「僕の飼い犬だろうが馬鹿女」
「誰が誰の飼い犬だってぇ?わたしは犬じゃないから分かりませーん」
「どう見ても犬だな」
【敗者】は呆れた声の後にレヴィをちらりと見ると、彼女はやっぱり子犬にしか見えない。
初対面の時から自分の周りをくるくると回ってしっぽを振る女だった。今でもそれは変わりなく、【敗者】はレヴィに対してペット以外の別の感情でドキドキしていた。
「犬じゃないったら犬じゃないもん」
「毎日毎日忙しなく尻尾を振って疲れないのか?」
「あんたの目には何が見えてる訳?視力0?」
「少なくとも貴様よりは見える」
「検査でもしない限り証明なんて出来ないでしょ?ま、わたしは偽物だから検査しても意味ないんだけどさ」
レヴィは指にくるくると髪を巻いて払い、絡めて繋ぐ手はその感触を確かめるように擦った。
「機能しているなら意味があるだろう」
「純正ならヒト、偽物ならキャストなの。中途半端だとどっちにもなれない」
「貴様の考え方はつくづく理解に欠ける……強い兵士であれば素行や能力、作られ方など関係ない。それがアークスの頂点に君臨するものの意見だ」
「あんたは相変わらずそうやってポジティブに優しいことばっか言うんだね。あんたこそ超実力主義だと思ってるんだけど」
「実力主義なことには変わりないさ。しかしお前にはそれだけの実力がある。お前のデータくらい、隅々まで見ている」
アークスとしてのパーソナルデータと歪な討伐記録、個人的なメモに残された幼少期の他惑星不法滞在のデータ、【敗者】はそれらを全て見た上で、フォトンアレルギーのアークスにしてはよくやっている方だと思った。
それに、非公認任務の方では名実ともにプロフェッショナルだし、研究者としてはレヴィのやり方を真に実用化することさえ出来れば、四世代目アークスに進化することだって理論上はあり得ることだと考えていた。
今の【敗者】の唯一の駒であるという部分を除いても彼がレヴィを評価しない理由などない。
【敗者】から見ればレヴィは埋もれた財宝だ。
いくらフォトンアレルギーで人として当たり前の生活ができず、フォトンがないゆえに脆く弱く、アークスとしてまともに戦闘させることは大きなリスクになると判断されて弱いままであったとしても、【敗者】にとってのレヴィの価値を下げることにはならない。
たとえば、アークスシップではフォトンを使った攻撃ができないようにリミッターがかけられているしアークスはエネミー向けの戦闘訓練が多く対人戦には慣れていない。
しかしフォトンアレルギーの状態で戦闘が可能なレヴィはアークスシップのリミッターに囚われることはなく、裏任務に行かざるを得ない状況で手に入れた対人戦闘能力はエネミー相手ばかりに訓練を行い対人戦に不慣れなアークス達への有効打となりうる。
レヴィが"強いアークスか"と言われれば【敗者】も流石に違うとは考えるが、"強い駒か"と言われればそれは自慢するほどに同意出来るものだった。
そして何よりレヴィは三英雄とは違い【敗者】を絶対に裏切らない。
「あんた……そんな小っ恥ずかしいことばっかいってわたしに何期待してる訳?」
「事実を言っただけでなぜ口説いていることになる」
「く、口説い……っ、そ、そんなこと言ってないでしょわたし?!あんたに口説かれたつもりなんて無いけど……あんたもしかして誘ってる訳?!」
「そんなわけないだろう。少し回りくどく言っただけで変なことを考えるな」
彼は厳しい口調だが、レヴィが少し顔を赤らめて嬉しそうにしているのを見ると心が和らいだ。
照れ臭そうに目を逸らす姿はどうしようもないくらい可愛らしい。
愛おしさに抱き締めたくなる衝動を抑えながら、【敗者】は静かにレヴィの言葉を待つ。
「うるさいなぁ……、あんたの言葉がちょっと嬉しかったって、……そう言っちゃ悪いわけ?」
「甘い言葉ばかり囁いて人に媚びを売って、そんな事ばかりしていると悪い男に喰われても知らないぞ」
「はぁ?生憎わたしはあんたと違ってモテないの。あんたの顔面基準でわたしを語らないで」
レヴィがモテない?信じられない。
そんな風に【敗者】は思って、彼女の顔を見つめる。
モテないわけなどない。くりくりとした大きな明るい目にぷっくりと人形のような丸い鼻、唇を寄せて舌をねじ込んでやりたくなる小さく柔らかい口、その整った顔は出会った頃ならともかく今ならどこからどう見ても完璧としか言いようの無い愛らしさで出来た顔面だ――と【敗者】は考えた。
頭の中でぐるぐると考えていたからか、【敗者】は目の前の女に対して可愛いと考えていたことで頭が埋め尽くされている自覚もなく、レヴィの言葉の返事をするために口から零れ落ちたのは彼が言うつもりもなかった言葉だ。
「奇妙な言い草だ。お前はオラクルにいる全ての女より可愛いだろう」
「〜〜ッ、し、シラフで……真顔で……そんなこと言うな!ばか!」
しかし言葉を言った後、レヴィの顔が茹でダコのように真っ赤に染まり、発情したような雌のフェロモンがぶわりと溢れ、さながら恋する乙女のような甘ったるい表情を浮かべるせいで【敗者】は何かを間違えたことに気づく。
「は?……、……今、僕は何と?」
「あんた自分で言っておいて自覚ないわけ?わたしなんかの顔面見ながら可愛いって……」
レヴィの声は震えながらにも嬉しさを孕んでいる。
【敗者】は彼女のそんな動揺した姿すら可愛いと思った。
――可愛い、レヴィが可愛い。
いや、此奴は単なる捨て駒だろう?
いやもう捨てられない、可愛すぎる、この女は可愛すぎる……信じられないくらいに可愛すぎる――
「可愛い……?あぁ、……僕はそんな事を口から滑らせてしまったのか。言うつもりなどなかったが単なる事実だ」
「そっちの方が困るんだけどッ、……」
「は……貴様そんなちっぽけな言葉で溶岩みたいに顔を赤くして馬鹿じゃないか?」
「うっ、うるさい!あんたのせい!」
素面に戻ったように見えるが【敗者】は単に繕っているだけだ。
内心はレヴィへの葛藤で頭が埋め尽くされており、ただひたすら自分とレヴィの立ち位置を確認しながら、それでもレヴィへの好意的な感情が溢れて止まらずせめぎ合っていた。
「礼の代わりに僕に対して永遠の忠誠と平伏を誓ってもいいんだぞ、レヴィ」
「誓うわけないでしょーが!礼なんて渡すつもりなんかないし!」
「そうか。貴様から見れば僕は醜いという訳だな。少なくとも色目を使ってくるような他の女からはもっとよく見られてた筈だが……」
【敗者】はレヴィを怒らせる意図などなく平然とただ事実を言っただけだが、レヴィはその言葉に反応して目付きが鋭くなった。
「ッ!!」
「なんだその目は?嫉妬のつもりか?貴様はそのカテゴリの中にいる訳でもないのに外野からいちいち殴りかかってきてどうする」
「うるさい!黙れ!……べ、別にわたしだってあんたのこと、その……か、……カッコイイってちゃんと思ってるけど?」
「当たり前だ」
「るー……ルオンの目もつんとしてて、かっこよくて、見られるだけでドキドキしちゃうし、鼻も口もすごく整ってて、ちゅーされるの好きだし、手もおっきくて綺麗だし、体も固くて、でも整ってて、足も長くて腕も長くて、それから、えっと……」
「それくらい知っている」
「【敗者】の声も、低くて、他の人にはない声で、なんだか、きゅんきゅんして、わたし【敗者】と居るとなんだか心地よくて、胸がほわーってなったり、どきどきーってなったり、それで、なんだか凄く、好きになって……」
「何だ、……惚れたのか?」
「……?!ほ、惚れッ?!惚れてなんかない!」
「そうか……」
二人の間では厳密に言われてはいないものの暗黙の了解として共通認識になっているものがある。
それは、互いの願いを叶えるという契約において、互いのことを利益をもたらす駒以上に認識しないこと、それ以上の関係を求めないこと……ようは、"恋愛関係にはならず、恋愛感情も抱いてはいけない"という事だ。
具体的にどこでその条件を出したという訳でもないのに互いはそれを明確に認識しており、恋愛感情を持ってしまったら契約違反になると考えていた。
だから【敗者】もレヴィも、互いに恋愛感情を持ったのではないかと茶化されると全力で否定する。
周りを騙すための恋人ごっこならいいが、実際に恋人や夫婦になってしまっては契約が崩壊してしまうのだ。
愛だ恋だにうつつを抜かすような奴は自分の望みを達成することなんて出来ない……
そんな風に考えているのは一人ではなく、レヴィも【敗者】も、全く同じ思想だったから。
「なに残念そうなこと言ってる訳?!わたしとあんたはバディ!それ以上の何も無い!……好き嫌いで言ったら大っ嫌いなんだから!」
「先程は好きと言っていたじゃないか」
「そういう好きじゃないし!」
「はぁ……貴様のような幼稚な女なら僕に惚れても可笑しくない事くらい分かっていた」
「違う、本当に!違うの……やめて……」
【敗者】の服の裾を掴み、彼を見上げるレヴィは泣きそうな顔になっていた。
それを認めたらどうなるかレヴィの頭の中での想像は容易く、こんな場所で、こんな道半ばでせっかく出会った【敗者】と別れたくなんかないと、自分の発言に自己嫌悪を繰り返して瞳は段々濁っていく。
「……知っている」
【敗者】の心の中はレヴィに好きだと言われた瞬間心臓が飛び跳ねるくらい嬉しかったが、レヴィがそんなつもりで言った訳では無いことは知っていたし、仮に【敗者】が真剣にレヴィのことを好きだと言ったらそれこそレヴィは【敗者】を全力で否定したり、茶化したりした上大嫌いとまで言われてしまうかもしれない。
【敗者】はそう考えた時の絶望を受け入れたくなかったし、レヴィに対して喪失の絶望や苦しみの感情を持ちたくなかった。
だから【敗者】はレヴィの言葉の心をわかっていながらも、都合よく受け止めて嬉しくなった後、口では否定することにした。
「へ?」
レヴィのその濁った目は見たくない。せっかく美しくなったのだから美しいままであってほしい。
それは【敗者】の単なるワガママだ。
「馬鹿か。貴様の思考くらいこの僕が見透かせないとでも思ったのか?ようはセフレだろう」
「せ……ふれ?」
「恋愛せずセックスするだけの友人関係のことだ」
「……そ、……そう!せ、セフレ!あんたとわたし、セフレ!」
レヴィはその言葉を聞いた瞬間、自分の中にあったモヤの言い訳を言語化することが出来あからさまに上機嫌になった。
「大きな声で喚くな」
「うっ、うるさい、そう、セフレならいいの、わたし、えへ、あんたとセフレなら、セフレでバディなら一緒にいられる……」
「……そこまで喜ぶべき事なのか?」
下品な言葉を連呼するレヴィを彼は暴言を使って止めようかと考えたが、それはやめた。
【敗者】がペットや駒などといってレヴィへの感情から逃げているのと同じように、レヴィもセフレや相棒と言った言葉で【敗者】への感情から逃げているからだ。
レヴィのそのギラついた焦燥の目は彼と同じ、逃げ道を見つけた目。
彼はレヴィの感情の逃げ道を潰さないでおこうと、その言葉が下品であることを黙っておいた。
「あ、あったりまえでしょう?!あんたが居なきゃわたしの計画が、……その、アークスみんな殺すって計画が難しくなっちゃうんだからっ」
「あぁ…」
「あんたは前に愛だの恋だのくだらないとか恋愛感情とか持たないって言ってたし?やることやった所で恋人や夫婦になれるわけが無いって言ってたからそういう事だったんだよね!……セフレって事だったんだよね、……なら納得!」
「そうだな……レヴィ」
レヴィの楽しげな笑顔が【敗者】を狂わせる。
【敗者】はピタリと歩みを止めて、彼の紅い瞳がじっとレヴィを刺し、男らしいゴツゴツとした手はレヴィの手をぎゅうと繋いで、大きな体を寄せた。
「ん?」
「貴様の底にあるものがなんであれ、それが単なる友情だとしても…」
【敗者】はレヴィに向かって笑みを浮かべる。
いつか彼が演技で浮かべていたようなものとは違う、不器用に和らいだ微笑みだ。
しかしそれは本当に彼の中の愛情が詰まっていて、レヴィは思わず視線が吸い込まれた。
「僕は貴様に好きと言われて……確かに嬉しさを、感じた」
「ッ!」
レヴィは自分にダメだ、と言い聞かせた。
この男に惚れてはダメだ。
この男と離れたくない。だから絶対にこの男を受け入れてはいけない。
安堵するほど崖の縁に追い込まれる。
そうだと分かっているのに、レヴィは【敗者】から目を逸らせなかった。
「だっ、だ、だめだよ、全知……欲しいんでしょ?」
「当たり前だ。しかし……」
【敗者】がレヴィのことを持ち上げると、人目も気にせず鼻をくっつける。
そのままキスするかもしれないという距離感で、鳥肌が立ち顔が真っ赤になったレヴィのことを見て彼はくすりと笑った。
「んっ……!」
「貴様とこうやって、もっと無益な事がしたい」
今、こんな所で遊んでいても意味が無いことくらい【敗者】にはとっくに分かっている。
しかしそれでも、【敗者】にとっては、レヴィと一緒にいることがつまらないとは感じなかった。
むしろ、全知存在を手に入れるため鬱陶しいと思いながら愛想を振り撒いたり、恨みや憎しみの目線にも見て見ぬふりをして耐えている時の方がずっとつまらなかった。
「命令だ。……僕と一緒に居ろ。僕から離れるな」
「そんなこと、言わなくても分かってる……」
「言わせろ。僕の言葉を阻害する権利は貴様にない。貴様はこうやって繋いでおかないと直ぐに消えてしまいそうなんだ」
「そんなことないのになぁ……」
何を言っているんだと言わんばかりのレヴィの怪訝な目が【敗者】を襲う。
しかし、レヴィのその目つきでさえも逸らして俯くと憂いを帯びて、それがまた【敗者】の心を揺らした。
「レヴィ」
「もう、どうしたの?今日のあんたなんか変だよ」
「変などでは無い。僕は僕だ」
「いっつももっと生意気じゃん」
「貴様に僕の思考や行動を制限されるいわれなどない。僕は僕のやりたいようにする。それで貴様が変と考えようが僕には関係ない」
「……ふふっ」
レヴィは【敗者】の仏頂面に軽くキスをすると、【敗者】は体の動きが一瞬止まった。
「ちゅー爆撃〜」
何度もしつこく、頬や鼻、唇にキスを落とし、レヴィはくすくすと笑いながら【敗者】の顔で遊んでいる。
「お前……」
【敗者】はレヴィの顎を掴むと、お返しと言わんばかりに唇を合わせ、そしてそこに舌をねじ込んだ。
「んむっ?!んんっ、……じゅるぃっ、んんっ……」
「何処が狡いだ。貴様の方が万倍狡い」
「うるひゃぃ…」
【敗者】はゴーストタウンの行き交う人のなさに感謝をしながら、レヴィとキスをする。
監視カメラには映っているだろうが、こんな人の少ないアークスシップの、特に人のいない市街地の道路を見るやつなんて存在しないようなものだろう。
とにかくダーカー因子が興奮したことによって表に出ないようにだけ警戒しながら、【敗者】はレヴィに夢中になっていた。
「ぁっ、るぅ……、あんまり、……も、だめ…」
「何がダメだ?」
「その、い、家……帰りたく、なっちゃうから…」
そう言われて、【敗者】はレヴィの顔が火照り目が蕩けていることに気づいた。
甘ったるい雌の匂いが纏い、レヴィはぼんやりと【敗者】を見上げている。
「……それどころではなくなるか。変態が」
「へんたいは、あんたでしょう…」
「まあいい。どうせ後で死ぬ程セックスすることは見えている」
「それはそれで……やだけど……」
レヴィは結局腰が抜けて立てず、【敗者】におぶられたまま道を進むことになった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる