「はぁはぁ……もう……わたしったらこれじゃ最悪の変態女みたいじゃん…」
レヴィは汗を拭い、下着を履いて服を整える。
「元からじゃないか?」
「んなわけないでしょーが!」
【敗者】もカチャカチャと音を鳴らしベルトを付け、ネクタイを整えるとしっかり変装の為の格好が整っていることを鏡で確認していた。
「一回外出る事に一回ヤらないと落ち着かないなんて変な体質になったらもう本当に死ぬから……」
「現状はそういう事になるな」
「だーかーらー!次外出る時は絶対ヤらないから変なところ触ったり変なこと言ったりしてこないでよもう!」
二人は互いの容姿を見て、背までしっかり整っていることを確認すると軽くハグをする。
「それに、潮吹かないようにってトイレ行かせてくれたのはいいけど……トイレしてるところ見て勃起するし、……そのまま咥えさせてくるし」
「丁度いい高さにちょうどよく貴様の頭があったんだ。効率的じゃないか」
「どこが効率的?!おまけにあんた……ッ、お、おまんこじゃないと満足出来ないってわかってるのに先にお尻にいれて……」
「あぁ。二回したかったから両方に入れさせてもらったが」
「ふんぞり返らないでよっもう!」
レヴィは【敗者】を突き飛ばし、鍵を開けるとサクサクと早足で出ていく。
「しかし、お陰で予定の時間にはピッタリだ。会話で時間が潰れるかと思っていたから早く着いた時には考え物だったんだが……これも計算の内の一つじゃないか?」
「時間の潰し方にしては低俗過ぎるんじゃない」
レヴィは店内に入ると、迎え入れたスーツ姿の従業員の笑顔を見て顔をパッと逸らすが、すぐに【敗者】が前に出て笑顔で応対していた。
そういうのは慣れているのだろう。
「おいで」
【敗者】に手を差し出され、戸惑いながらも手を取ると、そのまま並ぶ丸いテーブル席やテラスを無視して廊下を進み静かな空間に向かう。
「ここは……」
従業員の雑音が耳に入らなくなると、ようやく顔を上げて部屋を見渡す。
12人ほどが座れる白い机のソファ部屋で、窓の外からは市街地の外の広い海が見えた。
「言っただろう?ディナーだと」
「レストランって思って怖かったんだけど個室ならいいや……」
「どうせ貴様はテーブルマナーのひとつも分からないだろうからな。詰め込む前に教える意味を感じさせておいた方がいいだろう」
「……ふぅーん」
とはいえ、レヴィは最近まともな食事を食べ始めたばかり。
刺激物や濃い味を食べると腹を下してしまうし、量もそう多くは食べられない。
となれば、一般的なレストランのコースは食べられない訳だが……
「……!」
扉が開き、従業員が入ってくるとレヴィと【敗者】の前にそれぞれ皿を置いた。
透明な半球の蓋の中に、海老の上に白いソース……いやムース?のようなものの上から金箔が散らされている。
従業員がメニューの説明をしていたが、レヴィは全く頭に入らず、従業員が去った後彼に声をかけた。
「これ……どうやって食べるの?」
「見れば分からないか?まあ……いい。貴様の犬畜生精神では蓋まで食べそうだからな。僕を見ていろ」
【敗者】がカトラリーを使い、巧みに、美しく食べるさまを見守ってから、レヴィは恐る恐る手を出してフォークを使って食べてみた。
「う、……ふ、複雑な……味……?」
うっすらとスパイスの味と共に、ムースのあまじょっぱい味とプリプリの海老の味が混ざってなんだか美味しすぎる。
よく分からないが明らかに高い。特に、味の濃いソースで埋めつくしたような感じではなく、海老の素材の味が引き立てられているところがレヴィにとって良かった。
「それにしては、随分良さそうな顔をする……」
「美味しいんだけど……ちょっと、言葉にできないというか」
「無理に言語化する必要は無い。この完璧な味は緻密な計算によって作られた化学だ。学びのない者にはそれを解す事も、手に取ることも出来ないだろう」
「わたし……貧乏だからこんな食事よくわかんないんだけど……」
「これからいくらでも食べる機会が訪れるんだ。今日の一回で慣れるとは思わないが……貴様が今まで食べてきた屑未満の食事から意識を変えるには、これ程の劇薬で無ければいけないな」
「……」
レヴィは自己嫌悪と嬉しさの複雑な感情に挟まれて黙ることしかできなかったが、次にまた従業員が入ってくると最早【敗者】からも目を逸らした。
次々に入っていく料理……どれも芸術品のような仕立てで、前菜もスープも有り得ないほど美味しいが複雑で、ワゴンに載ってやってきたパンは数十種類あるが全部食べ放題、ドリンクメニューも渡されて高そうなボトルの酒も飲み放題で、美しい魚のソテーに、柔らかく煮込まれた牛もデザートのゼリーもとにかく全て美味しく、柔らかくて食べやすかったのだが、それはそれとして芸術品のようにしか見えない映えた食事は綺麗超えて畏怖すら感じられた。
この食事に感じる美しさと本能的な恐怖は目の前の【敗者】という男のようだ。
「あまり、気に入らなかっただろうか」
「ち、ちが……美味しすぎて声も出ないくらいなんだけど、その……あんたは綺麗に食べられてよく馴染んでるのにわたしは……」
レヴィはせめてもとナプキンを綺麗に畳もうとしたが、そこまですら違うと【敗者】に止められた。
「当然だ。品性は一朝一夕で身につくものじゃない。僕は貴様に恥をかかせる為に連れて来たのではなく、単純に質のいい食事を与えるために来たんだ」
「あ……」
確かに、テーブル席も山ほどあったのにわざわざ個室に連れてきて、真似するようにと先に食べて見せていた。
ダークファルスは食事や睡眠の必要などないと言っていたのに、一人分ではなく二人で一緒に食べてくれた上に、レヴィが遅くなっていてもずっと何も言わず見守っていた。
「……あり、がとう…」
心がポカポカと暖かくなって、レヴィは肩を埋めて彼の目を見る。
愛おしい。どうしてこんなに【敗者】が愛おしく見えるのか。
レヴィは優しく微笑み、【敗者】に何度も感謝を言うが、【敗者】は当然と言わんばかりにふんぞり返る事も謙遜することも無かった。
「そう人らしくしていればいい。六芒均衡だろうがフォトンアレルギーだろうが、所詮ヒトはヒトだ。この宇宙を識り、演算し、全てを得る権利は貴様らアークス風情では恒久に与えられていない……そうだろう?」
「うん……」
「それと……」
【敗者】は懐から何かを取り出そうとしたが、レヴィはそれが彼が立ち上がるためのモーションのように見えて、思わず声をかけた。
「待って」
「……?」
「まだ、……ちょっと……その」
その言葉に【敗者】は手を止めると、再度レヴィに向き合う。
「どうしたんだ」
「……あのさ」
レヴィは今日、朝から晩まで【敗者】と一緒に外にいて思ったことがある。
あまりにもお金がかかりすぎだ。
服が異様に高いのもそう、応募しているわけがないカジノの試遊会当選券を持っているのもそう、そして今食べたディナーもそう……
レヴィが裏任務に行けるようになって金のルートが確立したからか分からないが、この一日で覚えもないところから金が出過ぎている。
少なくともレヴィが昨日通帳を見た段階では【敗者】から勝手に引き出されているような感じはなかった。
服だけならレヴィの財布を使って朝一で通販したのだろうという推測は出来たが、ここまで大掛かりな外出となると何日か前から仕込んでないとおかしい。
「……こんな金、どこから手に入れたの」
「こんな、とは…」
「しらばっくれないで!今日一日結構金かかったはずでしょ?!一体どこから出したの?!わたしの財布じゃないよね?!」
レヴィは正妻お怒りモードに入りかけていたが、【敗者】はため息を着くと彼女を諭しながら淡々と口にした。
「貴様から譲り受けた研究機材を整理し、要らないものは流しただけだ。高い機材は数億円することくらい知っているだろう?」
「まあ……そうだけど、じゃあ今日の服も…」
「あぁ。生憎、真っ当に仕事は出来ないものでね。まあ、売ったおかげでこのディナーも500万するジュエリーも拵える事が出来たんだ、いい事づくめだろう?」
【敗者】はよくやったろうとばかりにニヤリと微笑んでドヤ顔しているが、代わりにレヴィは動きがピタリと止まる。
「……ご、……500万……メセタ……?」
「あぁ。服もワンピースだけで5万。フルセットなら30万はいくだろう」
「この服、30万って、……ひ、……ひっ……じゃあ、ディナーは、……」
レヴィは改めて服を見返した。今日の食事の段階でどこかに染みなどつけていないだろうか、どこかに跳ねていないだろうか、いや、そもそもトイレでセックスした時に汚れたり……
「貴様の食事に合わせたフルオーダーコース15万に最上階個室貸出料3万ドリンク飲み放題1.2万それから……」
「もうっ!もうやめて!こんなことしてたらほんとに金なくなるから!あんたの感覚でわたしを推し量らないでッ!!」
「何を言っているんだ?貴様が気に入ったと言えば店ごと買い取るつもりだったんだが」
「やめてほんとに!わたし500メセタの激安ディナーでいい!」
「僕は元々パフォーマンス以外で食べる気は無いが……そんな物を僕に食べさせると?」
「〜〜ッ……」
レヴィは自分の生活レベルはどれほど下げても良かったのだが、【敗者】をそれに巻き込みたいとは全く思っていなかった。
むしろ、生活に困ったら良いワンルームを借りてそこに【敗者】を住まわせて、自分は野宿で構わないと思っていたくらいだ。
だから彼の言葉には弱く……
「そんなに施しを受けたくないのなら、貴様が僕に満足するだけの食事を与えていると思え。それでいいだろう?」
「……まあ、それならいいけど……今日はさすがに高すぎ……」
「あぁ、そこは……少し張り切りすぎたかもしれないな。パフォーマンスとして仕立ててみたのだが、あまりに過剰すぎるとそれも違和感があるか。しかし……」
【敗者】は改めて懐から小さな箱を取り出すと、レヴィに手渡した。
中を開けて見ると切れ目の入った包装材に指輪が刺さっており、そこにチェーンが繋がっている。
濃いマゼンタ色の小ぶりな宝石の周りに白銀に反射する透明な宝石が周りを囲うように着いている、実に綺麗な指輪である。
「……?なにこれ?指輪がついた……ネックレス?」
「これから任務以外で外に出る時はつけておけ」
【敗者】も対応する箱を取り出すと中には同じ指輪があり、彼は左手の薬指にそれを付けた。
「あ、……あんたの分もあるんだ」
「あぁ……」
「ちなみに値段は?」
【敗者】はただ微笑むだけだった。レヴィはもちろんそれを許すはずがない。
「値段は」
「安心しろ。所詮仮の指輪だ……一人3000万程度で済んでいる」
【敗者】は0.3カラットの超希少な天然レッドダイヤモンドが付いた指輪を見ながら、平然と呟いた。
【敗者】はヒューナル体でも完全体でも目立つ王冠を被り、パールやジュエリーを身体中につけている、筋金入りの宝飾好きだ。
シオンの拘束具にわざわざ愛執の証として無駄な宝飾を付けるほどの男が、パフォーマンスであろうが愛を向けていると設定した相手に対して宝石を盛らないわけがない。
「ッ?!仮が……仮がッ、3000万……?!じゃあ本物は何?!どういうこと?!」
「不安定な現状だと、本物を渡す機会はないだろうが……仮にあるとすれば10倍は出すだろう」
「10……」
3000万の10倍。……3億……?
レヴィは思わず仰け反ると、倒れ込みそうになるが、【敗者】が直ぐに立ち上がり彼女の隣に座って支えた。
「おっと。……虚空機関の元総長ともあろうものが、愛しい女にこれほどの値段を出せなくてどうする」
愛しい女とまで言われてレヴィは顔を真っ赤にしたままパニックになり、声も出せぬ状態で気絶しそうになるが……
【敗者】は顔を近づけると彼女の耳元で小さく囁いた。
「周りを騙すためのパフォーマンスだ。倒れなくとも、本物を渡す機会は訪れないんじゃないか」
「……た、確かに?」
パフォーマンスという言葉を何度も反芻し、呟いて呟いて呟いて、ようやく落ち着きを取り戻すとそれだけ返事する。
「これで、この僕に貯金など必要ないというのが分かっただろう?必要ならば己の望むまま、いくらでも調達出来る」
「いいからあんたは……反省して!」
しかしそれはそれこれはこれ。今日のはさすがにそんな言い訳が出来ないほど高すぎだ。
「はははははッ!お前が喜んでくれて嬉しいよ、レヴィ」
「むぅう……」
なんだかんだ【敗者】のエスコートを受けながら、レヴィは軽い足取りで【敗者】と共に個室を出ていった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる