あの日からレヴィは違法カジノにも赴いて大当てし、突然現れた謎のカジノクイーンとしてVIP会員にまでなって大稼ぎしたことで、任務漬けの日々になることは逃れた。
その代わり、金が貯まったので訓練を再開することにしたのだが、しかし……
――レヴィは珍しく早起きすると、【敗者】の体をポンポンと叩いて彼を起こす。
「……どうした」
「訓練しよ、今日は」
その言葉に、【敗者】も目を細め嬉しそうに笑った。
「そろそろ限界が来ていた所だ……」
暫くといってもかなり短い期間ではあるが……レヴィがカジノにどハマりして各自行動で離れていたことが多かったからか、体の触れ合いや情報共有も以前より減って、寂しさを覚えていた。
「うん、それでなんだけどさ……わたし、創世器使いたい」
普段は【敗者】から指定する所なのだが、今日はレヴィから声を放った。
二人は朝の支度をしながら、互いに目を合わせることはなく会話を続ける。
「何故だ?創世器に頼らず実力を身につけることが重要だと……」
「前は創世器の力を引き出さないとって言ってたじゃん!そうやってフラフラしてたらいつまで経ったって強くなんないよ」
レヴィはとにかく早く創世器を使いこなせるようになりたいのだ。
【敗者】もレヴィの言葉は痛いほど分かっていたが、それよりも、彼女と創世器の不安定さの方が目に付いてどうしても無駄な無茶はさせたくなかった。
しかし、レヴィが力を望み、そのための具体的な案を持っているというのなら【敗者】にとっては断るのも勿体ない。
「……わかった。今日の訓練で見極めさせてもらう」
「やった……!ありがと、【敗者】!」
元気いっぱいの返事をしてから、レヴィは自分で服を選び直ぐに着始めた。
露骨に宝飾を減らし、ネクタイも外してアクセサリーもひとつも付けないものだから、ヘアセットの段階で【敗者】が後から取り出してつけていく。
そう簡単に喪女にはさせないと言わんばかりの目線だ。
「むぅー……こっちの方が楽なのに」
「これが正しい解だ。大人しく受け入れろ」
レヴィが前髪を整えてスプレーを掛けている間、【敗者】も素早く着替えて準備完了だ。
「さて、ホールに行こうか」
「うん!」
アイゼンハートを手に取り、小さな花にして胸のポケットに射し込むとレヴィはすぐに彼の隣に立つ。
寝室の扉を開き、ホールまで歩く道中で二人はこれからの訓練のことを考えていた。
創世器をどう扱うか、力をどう使いこなすか……
そういう思考の海の中で、【敗者】はふとレヴィに話しかける。
「貴様が弾を当てたり、当たりを引こうと祈る時……何か見えたり、体に変化があったりすることは無いか?」
「え?」
「いいから考えろ」
そう言われてもそんな事を熟考したことはなく、レヴィは軽く考えてみても首を傾げるだけで。
「んー?……よくわかんないけど、なんもない……」
「本当に何も無いか?強く願うほど、大きな事象改変を祈るほど疲労するだとか……」
「何言ってんの……?」
レヴィは、彼からの問いに何か深い意味や詮索がある事を察し少し怪訝な目を向ける。
「貴様が強くなるためのことだ。不確定要素を確実にするというのは、運という確率任せのまぐれであっても変わらないだろう?」
とはいえ、確率任せであると言いながらも【敗者】はレヴィの運がただの運では無い可能性を、前の異常な現象から見出していた。
「うーん……そうだなぁ……」
強くなるため。力を得る為。そう言われるとレヴィは彼の問いが怒りや嘲笑の為ではないと知って安心し、ゆっくりと考えた後、ホールへ向かう階段を降りながら身振り手振りをして伝える。
「沢山祈る時はね、胸の辺りがジュワーってして、色んな気持ちでいっぱいになって、それをギュッギュッてして、パーンってするよ……?」
胸に両手を当て、ぎゅぅうと閉じ、そしてパッと開いて爆発させ、腕を伸ばして大きく回す。
「……」
【敗者】は目を細めて彼女を見下ろした。
このよくわからなさはかつての実験体を思い出す物だ。
しかし、レヴィの中で何か感覚があると分かった瞬間、【敗者】はもう一つ切り込んでみることにした。
「では、前に……共に裏任務に行った時、時間を止めてセックスしただろう」
「あ、そうだね」
「あの時、……貴様が懇願した時は、どういう感じの胸の高鳴り方になった?」
「えー?あんまり覚えてないけど……でもとにかく必死だった!胸の中がいっぱいいっぱいで、体が熱くて、とにかくこれを全部解き放ちたい、そうしないとずっと体の中でぐるぐる回って、回り続けて、早くなって熱くなって大きくなって、破裂しちゃいそうだからどっかにポーンってしたい!みたいな……」
レヴィはこの言葉じゃ正しくないことくらい分かっていた。分かっていたが、胸の中にある思いを表現するのにはレヴィの語彙力ではとても難しすぎた。
「だから、【敗者】が時を止めたって言ったとき、すっごく開放感があったの、エッチなこともすっごく気持ちよくて、楽しくて、幸せだったよ」
レヴィがへにゃりと顔を綻ばせて笑うと、【敗者】は胸の辺りがじんわりと熱くなる。
この熱くなる感情ですら、自分がそう思っているのか、レヴィにそう思わされているのかわからない。
「でもね、今まではそんなこと全然なかったんだけど、【敗者】と会ってからそういう感覚がすごく増えた気がする。いつもはじんわりと柔らかくジュワーってしてるんだけど、嬉しくなるともう破裂しそうなくらいいっぱいいっぱいジュワーってして、体に力が入っちゃう感じ!」
「……それは唯のリラックスじゃないのか?」
「リラックスなの?なら嬉しいな」
レヴィは階段を降りると韓紅色の目で彼を見つめる。
ホールの硬い床に足を置き、ツヤツヤと反射する黒い大理石の上で、レヴィは彼に振り向いて静かに微笑んだ。
「【敗者】と居ると、色んなことしてあげたい、叶えてあげたいって気持ちが膨らむの」
「例えばどういうものだ?」
「えっと……例えばって言われても難しくない……?役に立ちたいとか……そういう感じ?」
レヴィは【敗者】の体に触れてゆっくりと腹をなぞりながら、ボソボソと呟く。
「でも、わたしがあなたに色んなことしたいとか、あなたから色んなことされたいとか、そう思った方が多いのかもね」
【敗者】は彼女の言葉を待って無言で見つめる。
レヴィは彼からの圧を察してゆっくりと話を続けた。
「あなたがこの体に宿る前……この体が空っぽだった時から、わたしはそんなことを思ってた」
「……僕の、体」
「そうだよ。チームルームに見せつけるようにあなたの体はあったの。チームの奴らは貴方の"中身"を作ると張り切って、あなたの器を奪うことは出来ないとわざわざ言うほど独占しながら、それでも見せびらかしてた」
【敗者】は己の胸に手を当て、ゆっくりと呼吸する。
この体は間違いなく自分のものであり、この思考も自分の物だ。
他者の肉体を奪わず、器の肉体を侵食し顕現した今の【敗者】。
しかし、知性や感情は失われず……
「だから、わたしはあなたの器を見ながらずっと考えてた。あなたが起きたらいいな、あなたと話せたらいいな、あなたの名前が知りたいなって……」
【敗者】はレヴィの言葉にデジャブを覚えた。
出会う前のレヴィの、会ったこともないのになんとなく聞いた気がする言葉。
それは器の記憶、なのだろうか。
しかし、中身が空っぽで、魂もない器に……"記憶"など出来るか?
意図的にデータとして入れていない記録を、記憶というデータで保存することは、果たして"物"には出来るのだろうか。
この器は、それ程までに特別なのだろうか。
虚空機関の塵芥が群れて作っただけの器に、そんな異常が成せるとでも?
「だから、あの日マザーシップで器を持って行って、あなたと出会った時。あなたの名前を知って、あなたと会話して、あなたがその器に入って、わたしを選んで、わたしと一緒にいようとしてくれた時……わたしはすっごくすっごくうれしかったの、願いが叶ったって」
「願い……」
願い。祈り。
また、望みの話が出てくる。
「だからこそ、わたしはあなたの為に何かしてあげたいって思うの。わたしはあなたを望んで、そしてあなたから沢山のものを貰ったから。優しくしてくれたのもそう、嫌わないでいてくれたのもそう、わたしの願った通りに、話してくれたのもそう。【敗者】には返しきれない恩ばっかり」
レヴィは良いような感じの話に収め、満足したように【敗者】を抱きしめた。
彼はそれを受け止め、抱擁を返したが、心の中はモヤが募るばかりだ。
「やくそくしたからね、二人で願いを叶えようって」
フォトンを拒絶する力とは別にある、類稀なる幸運のような何か。
【敗者】は彼女を全て理解したいのに、また新しいものを見つけるほどもっと見えなくなって。
(知りたい……)
ゾクゾクと震え上がる感情は、彼によく馴染んだ、そして彼の本能そのままの欲……そう、紛れもない知識欲だ。
「じゃ、ウォーミングアップからだね」
レヴィは【敗者】から離れ、ゆっくり伸びをすると軽い体操から始める。
レヴィが任務の時キャンプシップでやっているようなもので、深呼吸をして、体を伸ばし体を昂らせていく。
【敗者】は熱を持った瞳で彼女を見つめながら、静かに思考を巡らせていた。
役に立ちたい。【敗者】のためになりたい。
そんな風に思って、レヴィは拳を握りしめる。
自分のために、自分が力を得て、殺すためにと孤独に努力してきた昔のレヴィとは違い、今のレヴィは【敗者】のことばかり見ている。
これは正しいことなのかレヴィには分からない。
自分は【敗者】と一時的に契約しただけの捨て駒であり、彼が復讐を終え望みを果たした時点で終わる関係だとは分かっている。
それでも、例え望みが果たされたとしても数日でも共に居られたら……
人として、死ねるはずだから。
「いけるよ、【敗者】」
レヴィは胸元から花を抜き、【敗者】にウインクしてから片手剣に変化させ、しっかりと構えた。
「あぁ……僕を楽しませてくれよ」
【敗者】は手を翳すと、彼の前に人の形をした灰色の的を何体か作り出す。
それと同時に頭上に魔法陣のようなものが現れると剣が現れ、レヴィの方に矛先を向ける。
「言われなくてもっ!」
レヴィは直ぐに走り出し、降り掛かってくる剣を避けると片手剣を振って的の首を落とし、別方向から攻撃が飛んでくるとそれをまた避けては切り込んでいく。
「ふむ……少しはマシになってきたようだ」
一般的な攻めとディフェンスは最初と比べれば良くなっており、的を多少動かして避けても動揺して固まらずすぐに次の攻撃に移れるようになっている。
「レヴィ、常に強くあれ。堂々と振る舞い、どんな状況でも自分が優位に立っているように見せるんだ」
レヴィの顔はまだ必死そうで振りも大きく、周りから見れば余裕が無いのも丸わかり。
時間が経てば余裕も出てくるだろうが、そこで出来る余裕は余裕ではなく油断だ。
油断した状況での成功体験を与えないように、【敗者】はレヴィの油断が見えてきた瞬間に攻撃を激しくする。
様々な攻撃を同時に行いながら攻撃するべき的は増やし、遠距離近距離関係なく全ての攻撃をレヴィに収束させる。
「……ッ!」
レヴィはアイゼンハートを転換して銃に変えると、まずは遠方の的から撃ち抜いていく。
運任せではなく、走りながら見ながら撃ち込むため、手も震えて照準もつかず何発も何発も外すが、やっとの思いで一発当てるとさらに攻撃が激しくなる。
一人の人間にはとても捌ききれない量だ。
一対軍を想定したような圧倒的な質、量、耐久を求められる訓練は並のアークスでは経験する機会もなく、戦いに慣れたアークスでもルーティン化するのは厳しいだろう。
「全く……実戦でこんな攻撃捌く機会あるワケ?」
瞬間、レヴィの周囲を糸が張り巡らされ降り掛かる剣が停止する。さらに外側の攻撃はバリアのようなものによって弾かれ、他の攻撃にぶつかり、消えていく。
その代償として一つの的が丸ごと消滅し、レヴィはアイゼンハートの銃口を【敗者】に向けた。
アイゼンハートの先天能力である転換と、機構のひとつである形態変化だ。
常に変わる状況を判断しながら武器変化のイメージ、転換の為の対象や転換後のイメージ、それから転換し、攻撃と防御を同時に行う……脳が三つあっても足りないような所業の連続だ。
戦うために作られたアークスならばフォトンによってそれらの最適解を導けるだろうが……
「甘くしすぎたか?ならお望み通り成長してみろ!」
【敗者】は手を上げると、レヴィの頭上に剣が現れる。
36本、その間に18本、その間に……
砂時計のような形に現れた百本以上もの剣がレヴィに向き、そして壁から無数の魔法陣のようなものが現れ、同時に攻撃対象である的が現れる。
「くっ……!!」
レヴィは攻撃の予兆を見て一気に走り出すと武器をレイピアと銃に変え、近くにあった的を斬りながら銃をあらぬ方向に向け撃って当て、懐に入っていた爆弾を置くと直ぐにその場から離れ爆発させる。
霧散していく的のフォトンを束ね転換し、隙間なく飛んでくる弾にレーザーで穴を開け、その中に転がるように滑り込んで、大剣に変える。
「転換が遅い!その間に三発は殴れるのが分からないのかッ!武器変化を隙だと思わせるんじゃない!」
「ッバカ!これ以上どうすればいいって言うの?!スピード出すなら未来予知しか……」
当然そんな風にベラベラ喋ってる余裕などある訳がなく、剣の一本がレヴィの元に到達しようとすると彼女は目をギュッと閉じる。
瞬間、なにかに押されたように剣の軌道がずれレヴィの横に落ち、彼女はそれを取って防御する。
「ふざけるな……運に任せるなと言っているだろうが!回避運動はどうしたッ!!」
「死ぬッ!死ぬ!……そろそろホントに死ぬっ……!」
今のレヴィには【敗者】の怒号すら聞こえず買ったばかりのインテリアを転換してまで攻撃に変え、アイゼンハートを杖にして思い切り飛び上がると転換で出来たロープに杖の持ち手を引っ掛けて一気にロビーを端から端まで滑っていく。
「はぁッはぁッ……」
創世器のポテンシャルを引き出し、それを使いこなす……という訓練とはいえ、今のままでは避けるだけで精一杯で引き出すものも何も無い。
「避けるのだって……もっと余裕もってやれば……」
レヴィはホールの柱に隠れ少しの間深呼吸して考え込む。
「どうした、僕はまだここから一歩も動いてない。そんな体たらくであのアークスを殺せるなどと思うな」
「分かってるよ……でもちょっと考えさせて」
「戦場で時間など……、……いや、違うな。
構わない。好きに考えてみろ」
現状レヴィが抱えてる問題は多いが、この場で考える事は避ける事に精一杯で攻撃に転じても力を発揮できないことだ。
しかし攻められる量はあまりにも多く、余裕を持って攻撃に……なんてことはとても不可能である。
となれば二つ。
考えることなく避けるか、そもそも避けないか。
避けないとなると全てカウンターし、跳ね返すか、もしくは【敗者】のようにバリアを貼るかだが……技量を考えるとこの場でレヴィが出来る選択肢は後者一択だろう。
ただ、その為には相手の攻撃を全て防ぎるだけのバリアが必要になる。
単純に一本防いだところで十本降ってきて破られるなら結局避けているのとそう変わりない。
「バリアのなにかサンプル……市街地のシェルターとかはかなり物理的だし……フォトン系のバリアはある程度頭打ちがあってわたしが再現するにしては難しすぎる……となると……」
レヴィはアイゼンハートを見ると前の訓練で引き出した能力を思い出す。
そして懐から創世器ではない唯の銃やナイフを取り出すと、直ぐに使えるように腰に付ける。
アイゼンハートの形は武器に囚われる必要は無い……
負荷は掛かるが、変化出来る形ならばどんな風にも変わってくれる。
レヴィは柱の陰から姿を現し、挑発するように【敗者】に向けて指をクイクイと動かした。
「ふふっ、もう大丈夫。来なよ」
「ふむ。実戦で丁度僕があのアークス相手に稼げるくらいの時間だな……思索にしてはギリギリ及第点か」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる