「ッ!」
男が一人になったタイミングで彼が振り返りそうになると、ルビィは思わず物陰に隠れてこっそり彼を見守った。
(今はルオン、……と言うのか)
ルビィは服のポケットを覗き、シャオに連絡を取ろうと己の端末に手をかけるが、彼が言葉を発すると思わずそちらに目を向けた。
「……クソ、……はぁあ……可愛い……」
ルオン、と名乗ったその男は手で髪をかき分けてフードの中から見覚えのある空色とショッキングピンクのグラデーションの髪を露出させ、ボソボソと呟いていた。
中からうっすらと覗く顔はやはり見覚えがあるが、暗い影の中に火照った紅が混じる。
「なんでこの僕がこんな気持ちにならなければいけないんだ……レヴィは駒で僕の目的は現在進行形……、クソッ、アイツが世界一可愛いのが悪いんだろうがッ、……僕は悪くない……僕は悪くない……」
その男は何度も何度も同じような言葉を繰り返し、背後の試着室をチラリと覗いたあと壁に手を着いて苦しそうに呟いていた。
「レヴィ……、なぜ貴様のことがこんなにも愛おしく感じるんだ……何故だ、……受け入れられた事に対して幸福を感じているとでもいうのか……この僕が、……この僕がレヴィなどを……」
しかし、彼の言葉が言い終わる前に後ろからレヴィが現れ、きゅるんとした可愛らしい様子で背後から【敗者】を覗き込む。
「ん?どうしたの?」
「ッ!?……な、……なんだ、……」
「もしかしてぼーっとしてた?せっかく試着してあげたのに〜」
レヴィは新品のふわふわとした柔らかいロリィタ服に身を包んでおり、【敗者】を見るとへにゃへにゃと柔らかい微笑みを浮かべた。
「……まあ、……悪くない」
「いっつもあんたってばそればっかり!たまには似合ってて可愛い〜とかって言ってくれないの?」
「あくまで服は服だ……」
「えぇー?それどういうこと?」
「……」
「るーおーんー?ルオンってばぁ」
そんな鈍い所も最早可愛らしさしか感じないほど、【敗者】は彼女の其れに侵食されてきた。
心の内側の理性では認められない部分もあるのか、とにかく今は己の知識と本能が本来の自分を呼び覚ますことを願いながら、一発拳骨を落とす。
「喧しい!黙っていろこの犬畜生がッ!」
「いだっ!このーー!バカバカバカ!」
「ふん、貴様が調子に乗るのが悪いんだ。貴様ごときがこの僕を自由にコントロール出来ると思い込むなど数億年早いぞ!」
「えーーっ!あんたの言ってる事全然分かんないよお〜!可愛いーって言って欲しかっただけなのに…」
「いちいち言葉にしないと理解できないなど人というのは随分と知能が低く面倒な生き物だな……」
「あんたがちょーっと上の位に居る奴だからってまた調子乗って!」
「調子に乗っているのは貴様の方だ!」
「なーにーをー!!」
そうして二人でギャンギャン言い争っていると、二人を阻むようにこの店の店員が現れる。
「……あの」
掛ける声は愛想の欠片もなく、むしろ不審者に対する態度だ。
【敗者】の素性を思えばそれは当然なのだが、店員の睨むような目線は顔を隠したどう見ても怪しい男ではなくレヴィに向いていた。
「ほら!あんたが煩いから人が来たでしょ?!」
「いや貴様がキャンキャン吠えるせいだな」
「そんなわけないって!」
「すみません」
「なに?言っとくけどうるさいのはこいつだから」
「いえ、そうではありません。貴方にこの店に立ち入る資格はございませんので、ご退店して頂けますか?」
店員は【敗者】に目も向けず、【敗者】の前に押し出てまですると、レヴィに向けて憎悪を剥き出しにして呟いた。
「ドレスコードなど要らない低俗な店だろうに…」
店員は背後からの【敗者】のシンプルな暴言には嫌悪を見せず、目の前の無愛想な顔をしたレヴィへの睨みをより一層強くする。
「私共はアークスに向けて服を販売しているのです。
……分かりますか?日々ダーカーと戦い、惑星を調査し、このオラクルを繁栄させる偉大なるアークスに、です。
あなたのようにフォトンを持たない蛮族にオラクルでの居場所はない。穢れた血を持つ呪われた者のせいで、皆に呪いが移ったらどうするのですか?」
レヴィは大きなため息をつくと、いつものように卑劣に目を細め、相手をじっと見つめる。
怯えや恐怖ではなく、完全に捕食者の目線だ。
「はぁ……だから頭の悪い有人スタッフが居る店って嫌いなんだよね。知能が低いやつがスタッフだとこうなる」
「知能が低い…?呪われた忌み子にこの店にも市街地にも、オラクルのどこにも立ち入る権利などないというのがなぜ分からないのだ?!」
レヴィの煽る言葉に店員は吹き上がり、彼女の服を引っ張り、無理やり掴んで脱がそうとする。
「さっさとその服を脱ぎ捨てて出ていけ!この埃被りがッ!」
「貴様……」
それに【敗者】が反応しないわけはなく、当然身を乗り出すがやはりレヴィは少し彼に目を向けると牽制するように声を張上げた。
「……メッ!」
「何をして……」
「ほら、……大丈夫だから、わたしに任せて」
レヴィは甘ったるくウインクしながら【敗者】に向けて何事もなさそうに手を振る。
しかし手首は硬く、筋が通っている。
極限の殺意を抑えて笑う様はさながら名女優だ。
「お前は別に一人ではないんだ」
「あはは、生憎だけど、わたしはこういう対応慣れてんの。あんたに頼るほどでもないってば」
「……レヴィ」
レヴィは目を閉じ揺蕩うようにさらりと柔らかい動きと手首の先には物凄い力を入れて拘束を剥がすと、するりと滑るような動きで【敗者】に近づき、ぬるりと体を突き出して彼を見上げる。
「無人の店ですら入ったこともないのにブラックリスト入りされてる事だってよくある話なんだよ?ここでわたしに人権がないことくらい分かってる。だからわたしがどういう手段を選んで人として生きてるのか……分かるでしょ?」
「……あぁ」
「でも、貴方がそうやって怒ってくれたことは嬉しいよ。……ありがと」
レヴィはそう言って柔らかく微笑むと、踵を持ち上げて【敗者】の鼻をつんとつつく。
そして彼から片足を回すようにくるんと柔らかく振り返ると、その微笑は殺意の籠った卑しい笑みへ一気に変貌した。
「そうだねぇ、出ていってあげてもいいよぉ?でも、わたしを追い出すと呪いがかかるかもね、ふふっ……」
「お前が今ここに居る事による穢れと比べたらその程度など祓える浅ましい呪いに過ぎん!」
レヴィは手を出し、きゅるんと可愛らしいポーズを取るとクスクスと笑い出した。
「……おい、さっきから聞いていたが……ッ?!」
そこにルビィが介入しようとした瞬間、彼女を遮り隠すように【敗者】が大きな背を向けた。
彼の長身と体格や顔を隠すような大きなローブのお陰でルビィはすっかり見えなくなった。
「……」
【敗者】はルビィに振り返ることも無く無言でレヴィの方を見る。
しかしそんな中で、もし前に割り込んでくればルビィに少なくとも自分の顔の鼻から下は晒す事になると察した【敗者】は黒いマスクを付けた。
目の前で暴言を投げかけられている様を悠々と見守る【敗者】に、ルビィは声をかける。
「彼女を助けてやるべきじゃないのか」
そうだ。実際【敗者】は助けようとした。
自分の所有物が侮辱されることは、主である自分の侮辱にも等しいからだ。
しかし【敗者】が彼女の言葉を聞き入れてそれを辞めたのは、それ以上にレヴィのことを大切な女性だと思っていたからだ。
――【敗者】は自分の中では分かっていたことをわざわざ口に出すのは初めてだった。
しかし、口に出して初めて、【敗者】はその感情を認めることになる。
「僕は彼女を信頼している」
「信頼……?」
そこからは、彼の今の結論からすれば嘘の言葉で。
「僕の惚れた女だ。……弱い訳などない」
【敗者】は静かに言葉を口にした後、口元に手を置きコホンと咳払いをした。
ルビィの視界にローブの隙間から赤くなった長い耳と、熱っぽくレヴィを見つめる赤い瞳が見えると彼はすぐにフードを深く被る。
「惚れ、……」
ルビィが仮定していた"彼"とは全く思えないような発言に、ルビィは頭の中で「やはり別人だ」という答えが出る。
自分の知っている"彼"は絶対にそんなことを言わないし、目の前の殺気立った野良犬のような女の子を飼い慣らす男ではないからだ。
どちらかと言えば冷静沈着で、権力や力を兼ね備えたリーダー気質のある人間をコントロールすることに長けており、"彼"が執着していた相手から考えても、あのようなタイプはかけ離れているようにも感じる。
ルビィは直ぐにその場を離れ、隠れた。
やはり気のせいだったのかもしれない。
まず、こんな所にいるのがおかしいのだ。
野望を抱くのであれば、女と服を着せ合って乳操りあっている暇などないはず。
だからあれはただの似た声で、似た顔の男と可愛い女のカップルであり、"彼"ではない。
ダークファルス【敗者】が、こんな場所にいるはずはない――
「るーおーんー?」
「終わったか?」
レヴィが帰ってくると、彼女はすぐ【敗者】に抱きついた。彼女の頭を撫で回し目を細め、【敗者】はレヴィに笑顔を向けた。
「ふふっ、……ウルサイ奴ほどちびるのって早いんだよね。ちょーっとお話しただけなのにさ。そんなにトイレ我慢してるなら早く行けばいいのにね〜?」
「はぁ、また適当な事ばかりつらつらと言って……」
【敗者】は傍から見れば自分達は単なるカップルにしか見えない、という事実に上機嫌になっていた。
わざわざ交際しているというアピールをしなくても、周りが勝手に認識してくれるのだから。それは自分の思惑通りに事が進んでいるというわけだ。
「あんたなんか嬉しそうだね」
「あぁ、……そうだな。横に可愛い女が居ればそうもなる」
【敗者】はニンマリと笑ってそう告げると、直ぐに振り返って店員の居なくなったレジからタグを切るためのハサミを取った。
「え?……今、あんた」
「賠償金代わりに服は貰ってもいいんじゃないか?無礼な対応をする店に金を落とすつもりなどない」
「あっ、えと、……うん、そうだね……えへへ」
レヴィは彼に近寄るも【敗者】の言葉に思わず体から力が抜け、転けそうになったところを彼に支えられる。
「そんな歩き方をしていたら転けるぞ」
「それはあんたのせいなんだから〜〜っ!」
「僕からすれば目の前で転けて大泣きする貴様の姿を見物してもいいが、買ったばかりの服を汚すのも面倒だからな」
【敗者】はレヴィを支えながらじっくりと顔を近づけていく。
「わっ!?へっ、……うぅーー!!?かおが、ち、近い、……近いってば〜!」
「なんだ、この程度で動揺するのか?これまであんな事やこんな事……体を密着させて来たことなどいくらでもあっただろうに……」
そして耳元で甘く囁くと、耳に噛み付いて。
「レヴィは本当にどこを切り取っても愛おしい……」
「〜〜ッ?!!ぁ、……あ……」
そんな気取った殺し文句でレヴィは本格的に力が入らなくなり、へとへとと腰が砕けてへたり込む。
「おやおや、……もう終わりか?貴様は本当に脆弱な女だな」
「うっ、うるひゃ……」
そのまま【敗者】に持ち上げられて、二人は帰路への道を歩んでいく……
◇◇◇
ルビィは何処か遠くを見ながらゆっくりと歩いていると、後ろから声がかかった。
「あれ、ルビィ?」
「……、あぁ、マトイ!」
マトイは既に袋を持っており、会計を終わらせてルビィを探しに来たようだ。
「ふふ、色んな人を眺めてたの?すっごく時間が経ってるよ」
「うわ、本当だ……マトイを待たせちゃったな」
「ううん、私は大丈夫。ルビィに着せたい服を考えてたらね、偶然エコーさんと会ったんだ」
「え、エコーと?!どこだ?!」
「ルビィとはすれ違っちゃったのかな?聞き覚えのある声ってエコーさんの事だったみたい」
「あ、……あぁ、……そうらしいな。私は……知り合いと会うことはなかったよ」
「ふふ……ルビィってば、そんなにエコーさんに会いたかったの?確かにゼノさんの服を探していたからすごく頑張ってたけど……」
「……あぁ」
ルビィの中にはまだ、捨て去ることができない記憶がしがみついていた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる