己が武器アイデアの紙を無くしたという事実を【敗者】に話せる訳もなく、レヴィは軽い挨拶も交わさずにいそいそと用意した作業着に着替え、彼女と同じ髪色の短い髪のウィッグを装着した。
無造作に髪を下ろしたまま鞄を持ってジグの工房へ駆け込もうとしたのだが、そこを【敗者】が見逃す訳もなく。
「レヴィ」
「うわっ?!」
ノックもなく扉を開け【敗者】が入ってくると、ミディアムヘアーのレヴィの姿を見て目を丸くした。
「……レヴィ、……切ったのか?」
「いや、ウィッグだけど……」
そう言うと【敗者】は何故かあからさまに安堵し、彼女の方に近付くと櫛とヘアゴムを取り出して流れるように髪を結び始める。
「あぁ、……良かった。断髪を隠す為に避けたのかと思ったじゃないか」
「どういう理屈で……?仮にわたしが髪を切ったとして、それが【敗者】に会わない理由になんてならないよ?」
「貴様が僕の望む何かに外れるような失態を犯したとして、僕が怒る、と思ったら隠れたり、逃げようとするだろう?」
レヴィは今まさにそうで、返す言葉もなく黙りこくると【敗者】はどこからかコテを持ってきてふんわり動きを付けていった。
「髪など所詮唯のパーツだ。容易に削げ落ちる遺伝子の塊、髪があろうとなかろうと戦闘に支障などない」
「だったらなんでこんなことするわけ……?」
わざわざウィッグの髪まで整える【敗者】の様子は本当に分からず、彼が今まで言っていた容姿を整えないのはみっともないから、を超えた何かをレヴィは彼の中に感じていた。
「……」
【敗者】は返事をせず、アクセサリーを付けようとしたがレヴィのこれからの行き先を考えるとその手を収め、代わりに長いリボンで結んでやった。高い宝石を汚すのは嫌だが、武器制作の段階で火花が飛び散ってリボンが燃えた時の責任を取るつもりは微塵もないようだ。
「あのさ、……こんなことするまでわたしの髪が好きなの?」
レヴィの足りない頭で考えると、その考え以外はなかったのだ。
髪に執着する男でないなら、レヴィの髪限定で何かを見ている男でしかないだろう。
「それは……、否定はしない」
「知識よりも?」
「知識と比較するのは狡いんじゃないか?」
「迷わず、知識の方だって言えばいいじゃん。わたしはそっちを想定してるよ」
しかし【敗者】は少し悩んだ様子を見せた後、確かにそうだ、と口にした。
「知識は確かに僕の求めているもので、僕の生き甲斐であり、僕の目的だ。しかし、僕にとって知識と貴様を同列に語るのは違和感がある」
「違和感って……?」
「貴様はシチューをいたく気に入っているようだが、シチューに恋をして、結婚したいと思うか?」
「え、そんなわけないでしょ」
「そういう事だ」
ようは、向ける感情のベクトルが違うのだと言いたかったのだろうが……わざわざ例えを出してまでレヴィに己の意志を伝えようとした【敗者】の真意は話さない。
「ふぅん……」
ダークファルスとは、人より難解なように見えて単純である。
彼らは己の欲望に取り憑かれており、それを抑えることは出来ず、穴の空いた器に腐った泥水を注ぎ続けこの宇宙を喰らい尽くすだけの猛獣に過ぎないからだ。
だから、そんな獣のような本性を持つ生物は、依代の意志の介入がない限り今の【敗者】のように依存先を増やすようなことをしたり、執着するものを変えたりなどはしない。
この状況はありえないもので、想定だけでいえば彼の中にはダーカー因子以外の何かが混じっていると考えるか、もしくは著しく知能が上がって知性を研ぎ澄まし、より人を上手に真似ようとして己の本能をも騙していると考えるしかない。
「全知存在とわたしは確かに全然違うものだよ。宇宙の全部とか知識とかっていうのと一人の人間っていうのは、存在の大きさもその価値も、あなたに与える影響も、何もかもが天と地の差がある」
「よく分かってるじゃないか」
「だからこそ、あんたの実験動物に過ぎないわたしがあんたに齎せるものは、所詮列車の下のレールになる事だけ。その長さは他のレールより長いかもしれないし、短いかもしれないし、早いかもしれないし遅いかもしれない。けれど、わたしはその列車の車掌になる訳でもなく、駅員になるわけでもなく、列車になる訳でもなく、ただレールになるだけ」
「……目標を達成する過程で過ぎ去られ、二度と振り返らない物という事か」
「正解だよ、お兄さん」
レヴィは指を鳴らして椅子から立ち上がると、鞄を持って【敗者】にからからと手を振った。
「ああでも、余程早くて、余程乗り心地がいいレールだったらさ……列車から降りた後に、あそこは気持ちよかったなぁ。みたいに思うよね?あんたにとってのわたしは、そのレールを目指したいの。じゃあね」
【敗者】は彼女に返事を返すことはなく、レヴィがドアから出ていくのを見送った。
悩ましい話だった。
レヴィの言っていることは何一つ間違っておらず、全てが正しく正論と感じられるからこそ、それを聞いても納得出来ない己の心が間違っていると言われ続けているのだ。
触れられたくない部分でもいつもの通り意味不明なことを繰り返していればよかったのだが、レヴィはそういう所だけは的確に正しい最悪の人間だった。
「レヴィ。少なくとも、僕にとってのお前は、レールなんかじゃない……」
【敗者】は消えた彼女の背中に向かって、静かに呟いた。
_______
レヴィは素早くキャンプシップに乗り、ジグの工房へ足を進めた。
彼女が【敗者】に言ったことは完全に本心だった。
六芒均衡やルビィを殺せるほど強くなりたいと願うのは本当のことだが、同時に、そうなれたとしても【敗者】が選んだ駒の中では一番約立たずで、無能で、弱いと思っていた。
【敗者】がリストとしてまとめて渡した要注意人物の中には、かつての【敗者】の駒も含まれている。
三英雄であり六芒均衡であるレギアス、マリア、二代目カスラ、ゼノ、三代目クラリスクレイス、ヒューイ、クーナ。
シオンの縁者や現在の演算機構であるシャオやマトイ、そしてルビィ。
また、ルビィや六芒均衡の関係者であるアフィン、サラ、ウルク、テオドール、パティ、ティア、エコー、リサ、イオなど。
レヴィが今武器を修理してもらっている刀匠ジグもまた、同時に要注意人物リストの中にいる。
レヴィは、このリストを密かにルビィと愉快な仲間たち(嘲笑)やルビィの腰巾着リストと呼ぶほど、彼らとルビィは密接な関係にある。
しかし、アークスのかつての英雄の話や創世器のデータを見ると、レヴィにはプレッシャーが重くのしかかっていた。
自分は弱すぎるのだ。
フォトンが使えないのは前提として、民衆から慕われるような人格もしていなければ、創世器も使いこなせていないどころか壊してしまうほどで。
そして、特技のハッキングや開発も【敗者】と比較すれば天と地の差があり、はっきり言えば【敗者】の完全な下位互換だ。
(弱い……わたしは……)
21年、レヴィは必死こいて努力したつもりだ。多少謙遜したとて、出来るだけのことはしたはずなのだ。
それでもレヴィはアークスの中では底辺で、【敗者】の駒では最下位で、レヴィは【敗者】に到底届かない場所にいる。
強くなりたいと願っても、【敗者】という大切な人の願いのために守りたいと思っても、守れるだけの力がない。技術がない。訓練しても遥か遠い道のりのたった一歩しか進めない。今の自分は完全に迷惑を掛けているだけだ。
リスクを負って虚空機関に忍び込むほど彼女はそのプレッシャーに追われており、武器を作るのだって贖罪という名目ではあるが彼女のプレッシャーの現れだ。
「デザインは頭の隅まで入れてる。あれは完成させたとしても非認可の武器だから、道に落としてれば捨てられてるはず。ただ、仮にジグが拾っていたとなると話は少し変わるかも……」
レヴィは【敗者】に言われたオーダーを思い出しながら、市街地を歩いていく。
【敗者】からの作戦はこうだ。
アイゼンハートという手札をアークスへ開示する事は大きなデメリットだが、同時に大きなメリットにもなりうる。
現状アイゼンハートが最も強い装備であり、それさえ対策すればレヴィを簡単に無力化できてしまう……
なのだが、同時にそれをアークスに
しかし、創世器の力はあまりにも強大で、今のレヴィではアイゼンハートの力がないとアークスと対人戦は不可能。
だからレヴィはアイゼンハートよりもレヴィに合う武器を作らないといけない。
総合すると、レヴィは半年以内に12個の新しい武器を作ることになったのだ。そのうち1個はジグに習うためアークス側に開示するが、それでも11個の未知の武器は二人の大きなアドバンテージになりうる。
今現状、12個の内思いついているのは四つ。
一つ目はジグに習う予定の武器。
アイゼンハートの模倣創世器である、ライデンシャフト。
アイゼンハートのデメリットをできる限り無くし、カートリッジ式にすることで体への負担を減らしながら火力の向上を目的とした武器だ。
その代わり、武器としての上位互換という事で汎用化を狙う事になりアイゼンハートよりも応用力には欠ける。
二つ目は【敗者】に渡す予定のアクセサリーだ。
現状ダークファルスとしての力をルビィに奪われ、損傷している状態の【敗者】に対し、周囲のフォトンや霧散したダーカー因子をかき集め喰らわせることによって体内のダーカー因子を増幅させ強化する、という物。
また、できれば体内のダーカー因子を空気と高速循環させ、器となる肉体を損傷させる代わりに一時的に大きく力を得られるドーピングのような機能も搭載する予定だ。
三つ目は同じく【敗者】に渡す予定のアクセサリーで、此方は別の効果。
二つ目のアクセサリーが力を上昇させるものなら、此方のアクセサリーは技術を上昇させるもの。
具体的な所はまだ未確定だが、レヴィの中でどちらも強化したい、という事だけは決まっていた。
そして四つ目は、レヴィの新たなメインウェポン……
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる