「【敗者】から貰った部屋さ、ギターとか試しに弾いてみたんだけど結構楽しかったの、それとね、電子ピアノとかも良かったからピアノ買ってもいいかなぁって」
「ふむ……リビングにでも置くか?」
「リビングにわざわざ置くの?」
「元々ピアノ自体はあったんだが、古く必要もないからと廃棄したんだ。買い戻すのであれば元の場所に戻すことを考えたのだが……」
「んー……折角なら音楽室とか作ってそこに置きたいな。今アンプとかちょっと邪魔なんだよね」
「三階の空き部屋にでも用意しようか」
二人は座席に座り、軽くミルクティーを飲みながら端末を覗く。
どんなピアノを買おうか、サイズは、機能は、メーカーは……と眺めていた。
「うん!それとね、あとね、武器デザインしながら色々本とかも読んでたの、童話みたいな作り話のやつ!」
「舞台の原作になった本か?」
「うん、そういう奴!風邪の時読み聞かせてくれた本も好きだし……あ、あとこれも買って読んだの!シャロンって作家が書いた奴!これ!」
レヴィはショッピングサイトの検索欄を開きタイトルを入れる。
約束、というシンプルな題名のそれは、遠い星の少女から助けを求められて旅立つ少年の話。
一見するとありふれた架空の物語のようにしか見えないが……
「ふむ……」
【敗者】はレヴィに渡された画面であらすじを見ながら、とある研究員のことを思い出していた。
その研究員はアークスの特殊惑星探査隊として遠くへ遠征に出ており、しばらくして帰ってきたと思えば突然研究員を辞め物語作家になっていた。
それは【敗者】の現在の研究内容において大きなヒントになるかもしれない……
「その本、後で僕も読ませて貰いたい」
「え?いいけど……あんたがそういうのに興味を示すなんて珍しいね」
童話に興味を示すなど【敗者】らしくないと、レヴィは目を丸くして声を漏らす。
しかし彼にとっては冗談のひとつもなく完全に真剣だ。
「物理や数学には正しい解が存在するが、解を導く為の式や法則は何時だって人の疑問から始まるものだ。
事象を観測しそこに一定の変化があるのではないか、違いがあるのではないか、そして再現性があるのではないか……と考え、そこから実験や観察、検証を通して人は新たな真実を知ることになる」
「えぇ……?子供に説くようなことをわたしにしないでよ……」
レヴィはオラクルいちのハッカー。ソフトやプログラムの構築も行い、人工臓器の研究開発も出来る数学や科学には明るい人間のため、彼の言葉は子供どころか胎児への読み聞かせにしか聞こえない。
が、過去の叡智のおこぼれを貰っているだけの分際で空想を不必要なつまらない物と否定する様は愚かで醜く、【敗者】はそれを否定したくてたまらなくなったのだ。
確かに非現実は想定であり、仮定に過ぎない物ばかりだが、それを否定してもただ知識の発展と発見を塞ぐだけだ。
「物語と言うのも同じ物だろう。例えば、類似した現象が登場する童話から病名を付けるといった事例や、非現実的な物語の再現を狙い新たな発明が行われる事例が実際に存在するじゃないか」
「つまり、あんたにとってはどんなに非現実的で滑稽な物でも、それを想定するのは知を得る上で必要な工程って?」
「あぁ……」
「空想は現実の一歩先を歩む人の脳が齎した未来予知……ってことか」
その極論がシオンだろう。
平行世界というこの宇宙にとっては存在し得ない解を観測し、高度かつ特殊な計算能力にて様々な行動や発言、平行世界での試行から未来を演算する。
未知に思いを馳せ既知を得ることは新たな解を見出す鍵になり、そして、いずれは宇宙の全ての法則に対する完全で完璧な解になるのだ。
その全ての解を知った時、知識の探求者は最早ヒトではなくなる。
そこに在るのは始まりと終わりを幾度となく繰り返す深淵の渦。
宇宙の全てを記録するもの、神にも等しき全知存在だ。
「僕が貴様に空想の物語を教え、広い知識と経験を与える行為がいかに知を得るために優れた事か、納得出来ただろう?」
「まあ……結構納得した」
「そしてそれと同じくらい重要なのは、知を得るという事においてはその過程で発生するいかなる心理的・科学的な問題も等しく障害で、それによって発生する不利益は全て取り除く必要があり、求める者には必ず知識が手に入らなくてはならないという事だ」
「それを体現していたのが新生されるまでのオラクルの構造……。
科学者という特権階級とそれを取り纏めるあんたが知識を得るに相応しい環境として作り上げられた、オラクルと言う名の実験場ってワケね」
「かつては問題が無いわけではなかったが、実に素晴らしい環境が整っていたよ。アークスを操作出来るほどの人材を我が手中に収め、彼らと虚空機関を使えば手に入らないものなど全知以外ないと断言出来るほどだった。
マザーシップの管理はもちろん、オラクル船団の進行ルートすら僕の思うがままだ」
「今は脳無しのバカが糸に吊られてぷらんぷらん。皆の為とか言いながら、彼らにとって非効率で都合の悪い底辺層は視界にも入れない。都合のいい底辺や障害者に目をつけて過度な保障やサービスを行い、福祉アピールで利益を得る。
そして本当に救われるべき底辺層は視界に入れた所で反抗勢力とか非社会人とレッテルを貼って棒で叩き、排除すれば世界が最適化されると思ってる脳内お花畑のバカ達だよ」
レヴィの目はあまりにも鋭い。それもそのはず、彼女は生まれ持った障害のせいでどんな人生を歩んでようが無条件に排斥される側の人間だから。
もしレヴィが品行方正に生きていたとしたら、彼女は今頃とっくに死んでいたことだろう。
「自分達が民主的に"人間"の意思を尊重し、権力を分配して民主的で独裁のない社会を作ることで理論値の平和が完成する……なーんて口だけは立派だけどさ……アイツらのような奴はね、わたしのような人間の事を人間だと心の底から思ってないの」
「……」
「あんたが統治していた頃の社会が全てを等しく駒として扱う社会なら、今作られてるのは彼らの理想の人間と、そして無能で利益にならないという理由で社会に所属することすら許されない人未満を分ける社会。
彼らは人未満の事を最初から人間だなんて認識してないし、人未満が声を上げても行動しても、彼らの中でその事実は揺るがない。
だって最も基礎的で、もっとも単純な解なんだもの」
レヴィは【敗者】をじっと見つめると、憂いな目でゆっくり言葉を紡いだ。
「これからわたしはどんどん生きにくくなる。問題が中途半端に明示化されることで保障のないまま裏社会が取り締まられ、人間未満はどれだけ足掻いても社会には居られなくなって、障害を持って生まれれば死ぬしか選択肢がなくなる。
わたしにはもう未来がないし、死ぬしかないの。
あんたがトップだった頃に戻ればいいのに……」
「仮に、だが……」
キャンプシップが海岸に着陸した事を告げると【敗者】はレヴィと手を繋ぎ、キャンプシップの扉を開けて歩き始める。
「貴様がオラクルの頂点に立つとしたら、どんな社会にしたいんだ?」
「えー……わたしそういうのに興味無いから政治思想とか語れないんだけど……まあ、強いて言うならフォトンのエネルギー以外の運用は禁止するよ。それからオラクル全体をいくつかの国に分けて、コンセプトに応じて国民を分配し、戦争させる」
「知能の欠片もない案だが……まあいい。わざわざ戦争させるのか?」
「敵が外部にあるというのなら、社会で生きていけない殺人鬼でも知能の低い奴でも徴兵して役に立たせることが出来るんだもん。
才能に優れた奴は自国の発展と相手を上回る為の策を練り、普通の社会なら生まれながらにして排斥されるような底辺は英雄になれるチャンスを手に入れ、戦争に勝てば莫大な利益を得る。
戦争により科学は発展し、文化的、芸術的な分野においての効率的な発展は損なわれるものの、戦争という刺激的な娯楽を受けて力なき人間は自己表現をし、無意味なように見える犠牲と戦乱が続くことで、人々は自然に生き残るための力を得ることになる……」
「……」
「どう?」
レヴィは端末を取り出し、最早慣れたようにハッキングをしてダーカー反応の数値の偽造や通信妨害を行い、【敗者】にアイコンタクトを送る。
【敗者】は頷くと彼女の肩を持ちアークスの探索範囲外へ転移した後、監視カメラのハッキングが済んだ所でフードを外して素顔を晒した。
「問題点を挙げればキリがないが……それが貴様の思考である、という事実は受け取っておこう」
「だーかーらー、こういうことは興味無いし考えたくないって言ったでしょ?わたしは極論自分が人として自由に過ごせればそれでいいの」
レヴィはニッコリと笑った後、手をパンと叩いて音を上げた。
「ほら、難しい話は終わり!」
「……あぁ」
「遊びに来たんだから遊ぼうよ、【敗者】!」
「あぁ。折角ならば、岩陰になど隠れないで良い場所で着替えよう」
「良い場所?」
「わ……」
【敗者】はある一点を指差す。
そこにはアークスの探索範囲からは見えなかった建物があり、うっすらとテラスに椅子が置かれているのが見える。
しかし海底や浮上施設などの苔むした古い建造物とは違い、そこは異様なほど綺麗に保たれていた。
「休暇を過ごすにはうってつけの環境だ。早く行くぞ」
「わっ!……ふふっ、あんたじゃないと絶対あんなの見つけらんないや!サイコー♡」
二人は早足ながら楽しそうに歩みを進め、その建造物が間近に見えると中へ入っていく。
「ここって、なんなの?」
「フォトナーが作ったホテルだ。昔は特に金持ちの奴らがこぞってここを使っていたが、今ではもぬけの殻。近付くにしても住み着いている原生種が特に凶暴であり、侵食されていない癖に凶暴なそれらはアークスの名の元と言って駆除しても特に利益は無い」
「ふぅーん……」
人の気配もないホテルだが、内装維持と清掃機能によってまるでその日のままのように保たれている。
テラスからはネオン色の水が湧き出る美しい神殿が一際美しい景観で眺めることが出来、青々とした穏やかな海の繊細なグラデーションはリゾート地と謳われるのも納得する。
部屋数も少なく、ロビーのデータを見ると一日三部屋のみの貸し出しだ。これは確かに金持ちじゃないと使えないだろう。
「どうせ貸切だ。泊まる予定もないし、好きな所でさっさと着替えてこい」
「あっうん!行ってくる!」
レヴィはカバンを持って近くの部屋に入り込む。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる