「ありがとうございます、ヒッセンさん。わざわざお出迎えいただいて」
誇張なくコリンとの体格差が倍ある兵士ヒッセンは、余裕を持ってコリンを担ぎ上げ、肩に乗せ、城下町をのっしのしと闊歩していた。異様と言えば異様な光景で、それなりに人の目を引いた。
しかし、一介の兵士、しかも巨漢が通りを行けば、人混みは何のその。ここにくるまでで既にヘトヘトだったコリンには大助かりだった。
「先生の新作は我が国王も今か今かと待ちわびてござった。いやはや拙者も感化されてしまったのかもしれぬな」
がっはっは、と大声で笑いながらもコリンを担いだヒッセンは城に向けてずっしずっしと歩みを進める。色々な意味で心強い兵士だろう。
微塵も疲れや汗を見せないヒッセンは悠々と城門まで到着し、ひょいと軽くコリンを下ろす。この様な光景を見ても、もはやたじろぐ門番はいなかった。
「コリン殿をお連れしたぞ」
まるで獲物を持ち帰った狩人のようにハキハキと報告する。顔パスよろしく、門番たちは敬礼するとキャンバスを背負うコリンを丁重に城へと向かえ入れた。
「では、ここからは私めがご案内いたします。コリン様、どうぞこちらへ」
驚くほど手厚い大歓迎だ。それほどそのキャンバスには価値があるのだろう。
キャンバスを背負うコリンが、城の兵士の先導するままにトコトコと歩いていく。その廊下ときたらまた広いものだから、ますますコリンが小さく見えてしまうくらいだ。
廊下の壁には何枚もの絵画が飾られており、一層その城の格式の高さに拍車を掛けていた。無論、その絵画はコリンの師匠であるアルテの作品だ。
魔女の描いた絵など、奇異な目で見られて、悪い意味で値段などつけられるものではないし、ましてや城に飾るなど言語道断。しかし、ソレがここにあるということは確かな信頼があるからだ。
ぼんやりと見上げて、不思議とコリンは高揚する。
いつかは自分の描いた絵画をここに飾るときがくるのかもしれない。そんな夢を見つつ、ポーッとしていた。
「コリン様、こちらです」
先導していた兵士に現実へ引き戻され、ハッとする。見てみると、既に準備されていたのか、上質な額縁と、おあつらえ向きな空きスペースがそこにあった。
召使いも何人かその場に待機しており、何か困ったことでもあれば何でも助けてもらえるような空気になっている。
「あ、はい。すぐに取りかかりますね」
ぼんやりとしていたところを見られて恥ずかしかったのかどうかはさておいて、コリンはいそいそと背中に背負っていたキャンバスを下ろし、額装を始める。
さすがに手慣れているようで、見かけに似合わずテキパキとこなし、あっという間に絵画は壁へと飾られていった。
「お見事です」
こうしてまた一枚、アルテ画伯の絵画が城の一部と化した。絵画のことには大した知識もない兵士ではあったが、その価値がどの程度のものかくらいのことはさすがに理解していた。
賛辞の言葉を添えて、コリンに対し敬意を払う。年齢の差からしても、コリンの方がかなりの年下になるのだが、その待遇ときたら王族並みだ。
少しでも失礼を働いたら極刑にされてしまうのではないかというくらい。
「コリン様、本日は遠方よりご足労頂き、ありがとうございました。今日はもう遅いですから、どうぞ泊まっておいでになって下さい。手配は済ませてあります」
窓の外を見れば月が昇っているのがよく見えた。この時間帯に外に、さらには王都を出るのは危険だということはコリンもよく知っていることだ。
「ありがとうございます。お世話になります」
甘えでも何でもなく、コリンはその善意を快く受ける。何より、この城が王都の何処よりも安全であるという確信があるからだ。
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夜も更けて城内も寝静まる頃合い。月明かりを背に、ひっそりと忍び寄る影が一つ。
そのシルエットは思いの外、小さく、少女と思わしきソレだった。身軽にも、ひょいひょいと跳んで跳ねて、その大きな窓から侵入を試みる。
「よいしょ、っと。なんだ、全然簡単に入れるじゃん」
余裕のある笑みを見せる少女は、何の緊迫感もなく、城に足を踏み入れていた。
確かに少女の言う通りに、城の廊下には見張りの兵士らしき姿も特には見当たらない。ドロボウという存在を知らないかのようにさえ思わされる。
「しっしっし……やっぱウワサは所詮ウワサなんだな」
もしも、この城に侵入してきた彼女が思い違いをしているとするならば、きっとこの城の警備が厳重だというのはドロボウを立ち入らせないためのウソであり、それを流布することこそがこの城の防衛手段なのだと。
勿論そんなザルのような警備をしているはずはないが、そう思い込んでしまっても仕方がないようなウワサが広まっていることは確かだ。
この城には、見たことも聞いたこともないようなバケモノが無数に棲み着いており、それらが忍び込もうとしてきた者を飲み込んでしまうのだとか。
あまりにも胡散臭く、信憑性に足らない。そのくせして、この城を知るものは口を揃えてそのようなウワサばかり呟く。
意図的に、作為的に、流しているとしか思えない。少なくとも、その少女はそのように考えたのだろう。そうでもなければ、バケモノの棲んでいるなどと言われた城に堂々と忍び込もうなどとは思わないからだ。
「さぁて、おたからは何処かなぁ~?」
いかにもウッキウキな様子で、足取り軽く、城の中を徘徊していた。そうしてソレが目に付いたのは、必然だった。
「お、この絵とか高く売れそうじゃん」
この城の廊下には、沢山の絵画が飾ってあった。イヤでも目に付くほどに。
「しっしっし……手始めにコイツからいただいていこうか」
そういって少女が絵画に手を触れようとした、そのときだ。その一瞬の出来事を少女自身が知覚できていたかどうかは、はたして怪しい。
ただ、分かったことは、少女は自分がいる場所が城ではない何処かだということくらいだっただろう。
「あれ? あれれ? なんで急に明るく……っていうか、ここ何処っ!?」
確か、先ほどまで夜も更けた薄暗い城の廊下にいたはずだった。それが突然に真っ昼間に切り替わり、辺りを見回してみると牧場と思わしきところに立っていた。
足下は泥んこまみれで、家畜の臭いが鼻をつく。
まるで意味が分からない。少女の周りでは豚たちがブヒブヒと鳴くばかり。
こんなところで油を売っていても仕方ない。何が何だか分からないが、ともかくすぐに移動しよう。
そう思ったが、不思議なことに少女はその場から動くことができなかった。
「んん? な、なんで……? う、動けな、い……?」
そこに留まることが義務づけられているかのように、足を動かせない。そうこうしているうちにも、何故だか豚たちが少女に集まってくる。
「ちょ、なんでブタどもが寄ってくんだよ?!」
少女は混乱を極めるばかりで何をすることもできず、手で払っても豚たちはエサを求めるかのように少女にすり寄ってくる。泥にまみれた豚たちのせいで、少女まで泥をすりつけられて汚されていく。
ただただ不快。家畜臭いし、ブヒブヒうるさいし、少女は気分がよくなかった。何をしようとしているのかも分からないし、どうしたらこの場から逃げられるのかも分からない。今にも悲鳴をあげたい気持ちだった。
そんな中、一匹の豚が少女にのし掛かる。何をするつもりなのか、少女は豚の巨体に押されるがまま倒されてしまう。
べちゃり。少女の体が泥んこに落とされた。