光喰らいの魔女レティシア~未亡人クーデレ敬語デカ尻エルフ退魔師が淫魔美少年に完堕ちするまで~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
夢を見る。
それは滅びの夢、シグルゥス・スワルヒガの先祖たちが経験した記憶の再生だ。
その夢の中で、彼は淫魔を率いる王であり氏族の長だった。
黎明。
霧の中。
歩行するもの。
巨体であり異形であり肉塊である駆体。
脚の一本一本が神殿の柱のように太く、ムカデのように無数の脚が巨体を支えて、人間の腕のような形の触手が体毛のようにざわめく。
一つ一つが人間の頭よりも大きな乳房が
奇怪にして邪悪――あらゆる生き物と交わり、その血を侵して取り込んできた異形の系統樹の到達点。
歩く肉の樹海。
それが淫魔の王であった。
ごおおぉぉん、ごぉおおん、と地響きを立てて。
途方もない重量の化け物が、大地を踏みならして前進する。
その足下には数えきれぬ異形の影。
頭頂高だけで人の背丈ほどもある大きさの、熊とも狼とも蜥蜴ともつかない奇妙な獣たちが群れを成していた。
あるものはぬめる触手を生やしており、あるものは無数の眼球が表皮を覆っており、あるものはかぎ爪の生えた腕がぶら下がっている。
それは魔獣。
へその緒で繋がった母体――まだ生きているのかびくんびくんと
おびただしい数の獣どもは、すべて人間を母体として産み増えた淫魔の眷属だ。
一つの街を犯し潰し、住人すべて――男は苗床を生かす肉塊に作りかえられ、女は魔獣母胎たる苗床に成り果てた――を材料とした怪物の軍勢。
――淫魔とは魔族の一つであり、人を犯すものであり、産み増やすことで人を殺戮する機構である。
ぐぉるる、ぎじゅるる、と粘液質なうなり声を立てて――百万を超える魔の軍勢が、荒野を進軍する。
朝霧に紛れての襲撃は近隣都市を容易く陥落させ、さらなる犠牲者を生み出すであろう。
殺し、犯し、産み増える。
すべては創造主たる神への捧げ物。
――祝福の光に満ちたる我ら魔族は、かくして信仰を示さん。
魔族の長の一つ、
殺戮と陵辱と生殖。
その三大原理こそ彼あるいは彼女のすべてであり、男性器で植え付け、女性器で産み増やすことがそのよろこびであった。
今もまた、その表皮の排泄孔からぽろぽろとこぼれ落ちる胚から、新たに淫魔の幼体が生まれる。
びちゃびちゃと汚らしい音を立て、産声を上げる奇妙にねじれた肉塊どもは、やがて人間そっくりの姿に成長することだろう。
とびきり美しい少年あるいは少女として、彼らは人の街へ入り込み、いずれ侵食するのだ。
彼らを恐れるがゆえ、人々は排他性を強め疑心暗鬼に陥りもするだろう。
――愚かなる光なきものどもよ。
人族は滅びるべくして滅びるのだ。
そう、魔族の長が思考した刹那。
その巨体ゆえの視界の高さから、スワルヒガはいち早くそれを見つけた。
人影。
あまりにもちっぽけな姿形。
――立ちはだかる女が一人。
長く尖った耳。深海のごとく青い髪。初雪のごとく白い肌。
暗く、沈みきった瞳。
妖精種の女だ。
外套に身を包んだ女はただ、亡霊のように荒野に一人たたずんでいて。
彼女が腕を動かすと、虚空から引き抜かれた剣が一振り、その手に握られていた。
あらゆる獣の血を取り込んだスワルヒガの鋭い聴覚は、女の名乗りを確かに聞き届ける。
「わたしは〈光喰らいの魔女〉――我が一族、そして我が夫クライドの復讐のため参上しました。淫魔の王スワルヒガよ、貴殿の命をもらい受けましょう」
ぞっとするほど美しく。
百万の魔を前にして、女は微笑んでいた。
◆
「…………あぁ」
一晩経って。
レティシアは頭を抱えていた。
下着こそつけていたが、ほぼ生まれたままの姿。
お風呂から上がってすぐ、そのままベッドに倒れ込むようにして眠ってしまったのだろう。
自室のベッドから起き上がった妖精種の美女は、へにゃりと長い耳をうなだれさせ、昨晩、自分が何をしてしまったのかしっかりと思い出す。
風呂場での自慰、シグルゥス・スワルヒガの乱入、そして流されるままのセックス――結局、快楽のままに二度三度と繰り返した行為。
無様にがに股で腰を落として男性器に媚びていた自分を思い出すと死にたくなってくる。
「…………うぅ」
一〇〇〇年間、ろくに性行為はおろか自慰すらしてこなかったツケなのだろうか。
いや、そもそも自分はこんなにも意思が弱かっただろうか、と自問自答。
これまでの人生にも誘惑自体はあったはずである。
妙齢の美女の姿のまま歳を取らず、抜群のスタイルのレティシアはわりとモテる。
一所に居着かず、多少――この場合はエルフの時間感覚である――は長居しても人里離れた森の奥に居を構えるような暮らしだったから、あまり人付き合いを深くせず済んでいたのが隠居後のレティシアである。
彼女の退魔師としての現役時代は、そもそも畏怖の対象だったせいもあってか、問題になることもなかったのだけれど。
「……ほんとうに、なんて愚かなのでしょう、わたしは」
ひとときの性欲であんな小さな子供を欲望のはけ口にするなど恥ずべきことである。
もっとも聡いシグルゥス・スワルヒガは、むしろ彼女がそうなるよう仕向けていた節もあるが――あの子の好意に甘えて溺れるようでは、それこそ年長者として失格ではないか、と思う。
こんなことになってなお、あの少年に対してとことん甘い自分を自覚する。
やはり弟子など取るべきではなかったのではないか。
そう思わなくもない。
――いえ、すべて言い訳ですね。
どんなに誘惑されたのだとしても、
体を許したのは彼女自身の非であって他の誰かのものではない。
気を取り直すが、それでも心は晴れなかった。
あまりに自分が情けないからだ。
――最初の一回だけならばまだしも、昨晩のは完全にわたしがだらしないだけですね。
これに尽きる。
一体どの口で亡夫への貞操を語れようか。
いいや、まったく弁明の余地なく不貞である。
自分で反省しておいて悲しくなってきた。
結局、レティシアは頭を抱えるのに戻るのだった。
◆
最悪の夢見であった。
シグルゥス・スワルヒガはある意味、最高の夢見心地――大好きな先生の肌に触れて、疑似交尾のみならず魔力の
しかしながらその後がいただけない。
彼が見たのは正しく悪夢であり、これまでになく鮮明な種族記憶であった。
淫魔とその侵略的生態、生殖により増えた眷属。
おびただしい数の犠牲者を示す苗床女たちと、その腹から生まれた魔獣ども。
それを率いてさらなる侵略と陵辱を目指したシグの先祖、始祖たる淫魔スワルヒガ。
――彼/彼女を討ち取らんとする妖精種の美女。
彼女はたしかに〈光喰らいの魔女〉と名乗っていた。
しかもその容姿は、シグの「先生」そっくりなのだ。
つまるところ疑問は一つ。
――〈光喰らいの魔女〉とはなんなのか?
それが目下、シグの直面している先生に関する謎であった。
あの日、初めてシグルゥス・スワルヒガとレティシアが顔を合わせ、命を救われたときにも〈光喰らいの魔女〉という名乗りをしていた。
始祖スワルヒガが死んだのは遠い昔、人族と魔族の戦争が地獄絵図となっていたころの話だが――長命種であるレティシアならば本人が生きていても何ら不思議ではない。
「魔族の長老たちを殺し尽くした」という言が、あの場限りのハッタリでなければだが。
そういう嘘を、彼の先生はつくだろうか。
――わからない。
この一年間、共に過ごしてきたけれど。
謎の多いレティシアに対して、シグはあえて踏み込んでこなかった。
母の友人だという彼女の好意と善意に甘えて、よく知ろうとする恐怖――そう、恐れだったのだ――に打ち勝とうとしなかった。
その挙げ句に、肉体関係を持ってしまったのだから何もかもあべこべだった。
けれど、あらためてこう思うのだ。
――せんせのことが、もっとよく知りたい。
目覚めは最悪だったけれど、やるべきことはわかっていた。
影法師のような屋敷付きの使い魔に身繕いされながら、少年はそう決意していた。
◆
「…………」
「…………」
そして今。
ぎこちない空気の中、シグルゥス・スワルヒガはレティシアと顔を合わせていた。
あれだけ情熱的に体をむさぼりあったとはいえ、二人は素面で愛をささやき合うような関係ではない。
こうして正気に戻ってみると、お互いに気まずくなる程度には二人とも理性的な性格である。
「………………」
「……………………」
気まずい沈黙。
朝の食堂は二人きりで、給仕の使い魔が朝食を運んでくるまで空気すら凍てついたようだった。
最初に口を開いたのは、やはりレティシアだった。
「……おはようございます、若様」
「お、おはよう、せんせ」
辛うじてあいさつを返せたが、まともにレティシアの顔を見られない。
お互いに席に着くこともなく、目をそらして立ち尽くしている。
それはそうだ。
なんというか昨日は、シグもだいぶ勢いで動いてしまったし、彼の先生も自慰行為からの流れでそうなってしまった気がある。
やるだけやってスッキリしたせいでお互いに冷静になっている、とも言えよう。
ともあれ、らちが明かない。
シグルゥス・スワルヒガは覚悟を決めた。
「あのっ……せんせ、怒ってる?」
「……何故そうなるのですか?」
心底、不思議そうな問いかけだった。
床を見ていた視線を上げる。
レティシアはその端整な顔立ちに、きょとんとした疑問符を浮かべている。
それだけでシグは救われた気持ちになった。
少なくとも自分は嫌われていない。
そんな彼の様子を見てどう思ったのか、レティシアはしばらく眉根を寄せたあと口を開いた。
「強いて言うなら自分の情けなさに失望を覚えています、若様。怒りは必ずしも他人に向けられるものではありません」
大人としてあまりにも情けない、ということを言いたいらしい。
それはまったくをもって、シグルゥス・スワルヒガの大好きな先生らしい言葉である。
少なくとも彼女は、夢の中に出てきた青髪の魔女などではない、と安心できた。
ぽろり、と本音がこぼれる。
「せんせって結構可愛いとこあるよね」
「なっ……」
「いいよ、おれは気にしない。せんせも気にしなければいい」
どうやら、大人をからかったと判断されたらしい。レティシアはじっとりとすわった目でシグを見た。
頭一つ分、背が低い少年を見下ろしながら釘を刺す美女。
「……強引に迫ってきたのはあなただったと思いますよ、若様」
「うっ……」
「言っておきますが。女性に対してああいった振る舞いをするのは控えるべきです。あなたの将来のためにも――」
先生の言っていることは正しい。
だがどういうわけか、このときだけはお説教に反論したくなった。
「おれがあんなことしちゃうの、せんせだけだよ」
「――――――――そう、ですか」
数秒の間のあと、静かにレティシアは呟いた。
無表情なまま、彼女は静かに席に着いた。それに引きずられるように、真向かいの席にシグも座る。
少年と美女は、料理が運ばれてきても口を開くことはなく、淡々と食事をするだけだった。
あるいはそのまま、朝食の席がお開きになってもおかしくはなかったのだけれど。
そういえば今日は、勉学も魔術の鍛錬もお休みの日だったな、と思い出して――気付くと、シグルゥス・スワルヒガは誘い文句をぶっ放していた。
「ねえ、せんせ。これから一緒に、街へ出かけない?」
少年にとって、誰かをデートに誘うのは生まれて初めてのことで。
「はい?」
目を丸くするレティシアはどこか、乙女のように可愛らしかった。