光喰らいの魔女レティシア~未亡人クーデレ敬語デカ尻エルフ退魔師が淫魔美少年に完堕ちするまで~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
朝食を終え、身支度を調えたあと。
外行きのジャケットを着て、ぴかぴかのブーツを履いたシグは、しばらく所在なさげにそわそわとしていた。
「お待たせしました」
その声に振り返って。
シグルゥス・スワルヒガはぽかんと立ち尽くした。
その日のレティシアの装いは、いつものような男装ではなかった。
白いシャツに黒い上下のスーツという出で立ちではなく、身にまとっているのは青を基調としたワンピース風のドレスだ。
胸元や袖など、ところどころに装飾された刺繍やフリルが、機能性よりも見た目を重視した服装であると否が応にもわからせてくる。
上品にまとまった控えめな胸には衣服と同じ色のフリルタイ。
きゅっと引き締まった腰は細く、スカートの広がりがその豊かな尻の大きさを想像させ、膝下まであるスカートが、彼女の長い脚をほどよく隠してかえってその脚線美を強調するような装い。
唯一、その手にぶら下がった大きな
身長一七八センチの長身をドレスに包んだレティシアは、たとえようもなく美しい
それを玄関口で目撃したシグルゥス・スワルヒガは、思わず言葉をこぼす。
「……き、綺麗だよ、せんせ……」
心からの賞賛だった。
しかしレティシアの反応は素っ気ない。
「ありがとうございます。若様に恥を掻かせるわけにはいきませんから」
どういう意味だろうとその顔を見上げると、レティシアはふーっと息を吐いた。
「デートのお誘い、なのでしょう? 思えば用事のついでの外出はあっても、こういうのは初めてでしたね」
冗談めかしてデートと言ったことはありましたけれど、とレティシア。
どうやらちゃんと向こうも意識してくれているようだぞ、とシグは嬉しくなってくる。
ちょっぴり口の端をつり上げかけた少年に対して、天然ボケの
「しかし、そんなにあらたまることですか? 街へ出かける程度、いつもしていることでしょう?」
そうなのだ。
レティシアがシグの護衛と教師役を買って出ているからこそ、こうして四六時中、一緒に過ごしてはいるが。
二人は決して恋人同士ではないし、今のところレティシアにはその気はあるまい。
彼女の左手で輝く銀の結婚指輪を見れば、その心の中で未だに誰がつがいの位置を占めているかは明白だ。
それでもシグルゥス・スワルヒガにとって重要なのは、彼女が自分のために仕事着以外の服を自発的に選んでくれたという事実だった。
「ううん、ちがうよ。おれにとっては、ちがうんだ」
「……そうですか」
それからはお互いに言葉少なく、屋敷の門の前で待っていた四輪の自動車(魔術式により駆動する馬車の一種。これも使い魔である)に二人並んで乗り込む。
大きな鞄を持ち歩くレティシアは、やはりシグの護衛であり従者であるものとして振る舞うつもりのようだった。
車が走り始める。
ガタゴトと多少の振動がありつつ、屋敷から街への道を走る。
窓から見える景色は、代わり映えのしない晴れた青空。
木々の合間の街道を走る車窓を眺めつつ、ぽつり、とシグは呟いた。
「おれ、せんせのことが好きだよ」
「そういう台詞は、年ごろの近い女の子に言うべきでしょう?」
「それ、昨日も言ってたよね」
聞き飽きたお説教だ、と伝えても、レティシアの態度は変わらなかった。
「あなたがどんな魔族だったとしても、です。わたしはあなたが思っているより、ずっと長い時間を生きています。家柄や体質以前の問題として年齢が釣り合いませんよ」
だろうな、と思っていた。
認めたくはないけれど――世間的には幼い少年と評されるような自分と、おそらくは人族と魔族の戦争の時代から生きているレティシアでは、そもそも年齢が遠くかけ離れている。
だが、シグルゥス・スワルヒガには常人と明確に異なる点があった。
濃い魔族の血だ。
「おれは、先祖返りの魔族だよ? たぶん、せんせと同じぐらい長生きだって、しようと思えばできる」
「軽々しくそういうことを言うものではありませんよ、若様」
車の走行音。
中々に大胆な告白のつもりだったが、一蹴された。
少々、がっくり来てうめいた。
「ひどいよ……せんせ」
「それは何も知らずにいるから、無責任に言えてしまう言葉です。わたしとあなたは、生きる世界が違う住人なのです。現在の状況が特殊なのだと考えてください」
その子供に言い含めるような口調に、少し、反感が湧いた。
顔を上げて隣の席に座るレティシアの顔を見る。
何の感情も浮かんでいない怜悧な美貌――見惚れてしまいそうな美しい顔立ちに、ありったけの情熱を叩きつけると決めた。
「だからだよ。大好きな人のことが、何もわからないなんてあんまりにも寂しいから――せんせのこと、聞かせて欲しい」
真剣なまなざしでそう告げると、意外にもレティシアからのダメ出しはなかった。
彼女はそっと目を閉じて、ふーっと息を吐いて。
困惑したようにまぶたを開く。
「尋ねる機会など、これまでいくらでもあったでしょうに。何故、今なのですか?」
「ずっと聞きたかったよ。でも、おれは臆病だから、訊いてしまったら何かが変わるんじゃないかって怖かったんだ。でも、もう、そんなこと言ってられないから」
「……ええ、一線はもう超えてしまいましたね」
形はどうあれ、二人は二度も体を重ねてしまった。
それは普通の師弟関係や職業上の付き合いで済ませるには、あまりに問題がある関係性だ。
何よりシグルゥス・スワルヒガ自身が、一時の気の迷いで済ませるつもりがない。
「ですが、アレはすべて、わたしの意志の弱さが招いた事態です。最初に言ったとおり、あなたに責任を感じる必要などありません」
「忘れられないよ、あんなに綺麗なの。せんせのことが、好きだから」
「……好きという言葉を、軽々しく使いすぎですよ。シグルゥス、あなたはいつからそんなに軽薄になったのです?」
「言葉にしなきゃ伝わらないから、いっぱい好きって言うんだよ、せんせ。おれは身勝手で、浅ましくて、せんせのハダカに興奮しちゃうようなやつだけど――それでも、大好きなんだ」
ガタガタ、と車が道の段差で少し揺れる。
しばらくの間、沈黙が車内を支配していたが――やがて、レティシアはこう呟いた。
「……驚きました。あなたは存外、押しが強い
殿方。
その言葉に含まれた意味に、ぱぁっとシグの顔が輝く。
自分がこぼしてしまった呟きの意味に気付いて、レティシアは少し慌てていた。
「失言です、忘れてください」
「やだ」
にこにこと機嫌のいいシグルゥス・スワルヒガと、バツの悪そうなレティシアはそのまま車に揺られていた。
◆
目的地は今まで立ち寄ったことがない場所に決めていた。
そこは、青々とした芝生の広がる公園だった。広々とした空間にはよく手入れされた木々や、異国の花々が顔を覗かせる庭園まで備わっている。
多くの人で賑わうその場所は、正しくこの島国――人族との戦争終結後、魔族によって建国された共和国の日常が根付く場所だ。
車から降りた途端、レティシアは感嘆するようにため息をこぼした。
「こんな場所が、あったのですね」
「せんせ、ここに来るの初めてでしょ?」
「若様はあるのですか?」
「うん。父さんと母さんと一緒に」
そうですか、とうなずいて。
レティシアはただ眺めていた。
獣、鳥、蜥蜴、蟲――様々な生き物の特徴を持ちながら、そのいずれでもない人型に近しい生き物。
魔族という存在が営む、おそらくは人間と大差ない日常の景色を。
「なるほど。あなたがどうして、わたしをここに連れてきたかったのか、わかる気がします」
きっと彼女は、少なからず魔族というものを憎んでいる。
それが退魔師という魔族殺しの生業ゆえなのか、個人的な経験に基づくのかは断定できないけれど。
おそらくは後者だ。
彼女の初対面のときの言動は、きっとそういう感情を強く孕んでいたように思う。
だからこそシグルゥス・スワルヒガは見せたかったのだ。
この世界、この時代、この土地に根付くシグの知る景色を。
「……これが、ナタリアとあなたの見ていた世界なのですね」
目を閉じて。
そう呟いたあと、レティシアは視線をシグに向けた。
「わたしの過去が知りたい、そう言っていましたね」
「うん、おれは……レティシアさん。あなたのことが、もっと知りたい」
ためらうような沈黙だった。
無言で歩き始めたレティシアは、ついてくるようにシグに促した。
素直についていくと、いいにおいがした。
煎った豆を挽いたときの香ばしいにおい。
レティシアはうなずき一つ、そこそこ行列のできている屋台に並んで紙コップのコーヒーを二つ。
砂糖とミルクのたっぷり入ったそれを、手渡してくる。
熱い。
無言のまま、二人で空いているベンチに座った。
こぼさないようにコーヒーを飲む。
何から何までシグの好みぴったりだった。
心が落ち着くような香りと味――たぶんレティシアは香りだけで味を判断して買ってきてくれたのだ。
ふー、ふーと息を吹きかけて冷ましながら、熱々のコーヒーを飲む。
父母が生きているとき、シグはコーヒーが苦手だった。
砂糖とミルクを入れて飲めるようになったのは、レティシアが来てからのことである。
今、こうして二人並んでコーヒーを飲んでいるのが奇跡みたいに思えて、少年は心が温かくなるのを感じた。
芝生には、家族連れが座っておしゃべりに興じている様子が見えた。
シグルゥス・スワルヒガとレティシアが失って、同じかたちでは二度と手に入らないもの。
それはまるで、こぼれ落ちるような声音だった。
「…………遠い昔のことです。シグルゥス・スワルヒガ。あなたが生まれるずっと以前、人族と魔族が凄惨な殺し合いをしていた時代、一〇〇〇年の昔に我が夫は殺されました」
まるで他人事のように感じられるほど、彼女の声は平坦で感情がこもっていなかった。
感情を押し殺しているというよりも、込めるべき感情すらも見失ったかのような言葉の羅列。
「……それって」
「珍しいことではありません――魔族が人族の村を襲うことも、先祖返りの妖精種が一人息を潜めて逃げ延びたことも、やがて復讐を誓った女が退魔師になることも。ええ、そう、よくあることだったのです」
だが、おそらくは。
レティシアほど執念深く、強大な魔術を修めて報復に身を投じたものはそうおるまい。
教え子であるシグルゥス・スワルヒガが一番よく知っている。
彼女は卓越した魔術師であり、その才覚は天才的と呼ぶほかない。
論理的に構築された術の運用のみならず、それを精密に高速で実行する手腕は経験だけでは身につけられないものだ。
そしてレティシアが経験した悲劇は、明らかによくあることで済ませていいものではなかった。
その記憶がどれほど痛みに満ちているかは、無感情な語りを聞いているだけでシグにも想像できる。
果たしてそれは、軽々しく触れてよかったのかと思わせる程度には。
思わず、謝罪が口を突いて出た。
「せんせ、ごめん。おれ」
「わたしが話したくなったのです、若様。むしろ、わたしの方こそ、年若いあなたにこんな話は聞かせるべきではありませんでした」
「……どうして、おれに教えてくれたの?」
先ほどとは打って変わって、レティシアの声は優しくなった。
それはまるで、過去を懐かしむかのようで――
「言ったでしょう? 誰かに喋りたくなったのです。一〇〇〇年も生きていると存外、黙って胸に秘めるというのも
長命で知られる
少年が好きになった女性は、たぶん、彼には想像もできない長い歳月をかけて研ぎ澄まされた刃なのだ。
恐ろしく強靱で鋭い剣のようだが、鉄を鍛えるとき不純物が取り除かれるように、彼女は自分自身を削ってきてしまったのだろう。
「…………今でも、魔族が憎いの?」
「いいえ、さほど。わたしはやるべきことを果たしました。余人が言うところの復讐、報復はやり遂げたのです――ええ、満足しています」
本当に穏やかな声だったから、かえってぞっとした。
確信できる。
レティシアにとって仇と呼べる存在は、ことごとく命を落としているのだろう、と。
おそらくその中には、シグルゥス・スワルヒガの先祖――始祖スワルヒガも含まれている。
「この憎しみとともに、わたしの抱く愛もまた薄れていくのです。思い出せる記憶や感情は、痛みとともに風化していきます。わたしという人格は、少しずつ、自分の原点を忘却していくばかりです」
鮮明に思い出せたはずの幸福も、それを奪われた理不尽も、復讐が終わってしまったあとではただの思い出なのだ、と。
怒りも、憎しみも、悲しみも、愛すらも――この世に薄れないものなどない。
寂しげな呟きはそう言いたげだった。
「あなたを助けた理由はつまるところ、その程度のものなのですよ……シグルゥス。長すぎる隠居生活の途中で、少し関わった程度の友人の頼みであろうと……時間を持て余したわたしにとっては、命を賭ける理由になってしまった」
コーヒーに手をつけることもなく、淡々とレティシアはそう告げる。
少年の思慕は所詮、自分に母なるものの愛を錯覚しているに過ぎないのだと。
「あなたが思うほど、わたしは義理堅い人間ではありませんし、情が深い人間でもないのです。あなたが、わたしから無償の愛を感じているとしても――それは錯覚です。長すぎる時の迷い子の気まぐれなのです、そう重く受け取る必要はありません」
話はこれで終わりだ、と言いたげに。
レティシアは紙コップのコーヒーに口をつけた。
当然、納得などできなかった。
「それって全部、せんせのワガママだよ。自分は与えるだけ与えて、好きになるななんて無理に決まってる。おれは単純だから、優しくされたら優しくしたいし、好きになったら好きになって欲しいんだ」
情熱がそのまま、声になって喉からほとばしったみたいだった。
これだって十分に自分のワガママだと理性は告げている。
けれど、良識や理性なんかよりずっと、大事なものがあるように思えた。
「…………ふぅ」
レティシアは悩ましげに目を細めたあと、コーヒーを飲み終えた空っぽの紙コップをベンチの上に置いた。
彼女が何かを口にするよりも早く、シグルゥス・スワルヒガは言葉を紡ぐ。
「でも、話してくれてありがとう。せんせのこと知れて、おれは今、すっごくうれしいんだ」
少しだけ、彼女が微笑んだような気がした。
すっと静かにレティシアが立ち上がる。
空の紙コップを二つ、重ねるように片手で持って。
「さて、お昼ですよ。今日はどこに連れて行ってくれるのです?」
「え――」
「本日のエスコートはあなたに任せているのですよ、小さな紳士さん」
そう言って、青髪の魔女はいつも通りの笑みを浮かべるのだった。
◆
気付くと夕暮れ時だった。
結論から言えば、シグルゥス・スワルヒガは調子に乗って街を堪能しすぎた。
初めてのデートで加減などわかるはずもなかったし、あれもこれもと、とにかく大好きな先生にいろんなものを見せて/食べようとして――
「ごめん、せんせ。屋敷に帰るにはちょっと遅いね……」
「夜道は危険ですからね。念のため宿を取りましょう」
即決だった。
しかしながら、これまた運がないことに宿は一部屋しか借りることができなかった。
安宿ならいざ知らず、シグルゥス・スワルヒガの身の安全を確保できるグレードの宿となると、飛び入りで見つけようとしてもそうあるものではない。
なんとか割高な料金の宿をレティシアが見つけたときには、シグはへとへとになっていた。
こんなことならば使用人を解雇すべきではなかった。
そんな後悔が湧いてくるが、これは普段の人嫌いかつ人間不信のスワルヒガの遺児ならば思いもしない感想だろう。
何故、余人がこういう雑事の手配に慣れた使用人を雇っておくのか、よくわかった気がする。
「せんせ、ごめん……」
「今日は楽しかったですよ、若様。あまり気を落とさないでください」
そんなフォローさえ、失敗した直後の年若い少年には刺さりまくる。
あまり構うとかえって傷になると判断したのか、レティシアはそれ以上は触れず、二人で同じ一部屋に入った。
ディナーの必要はなかった。
食欲旺盛な健啖家であるレティシアの好奇心のまま、結構な数の店――店のランクを問わず――を食べて回ったせいだ。
たとえば羊肉と葉物野菜のサンドイッチ。
たとえば絶妙の火加減で仕上げられたステーキ。
たとえば海鮮をたっぷりと使ったスープで米を炊いた鍋。
たとえば肉と野菜をじっくりと数日間煮込んでとろとろにしたシチュー。
たとえば南国で採れるフルーツをふんだんに盛り付けアイスクリームと一緒に飾り立てたパフェ。
たとえば遠い異境の地で採れる実を砂糖とともに練り込んだチョコレートをたっぷり含んだケーキ。
その他諸々。
途中からシグはあまり食べられなくなるぐらいに、レティシアはよく食べる人であった。
室内を一通り見て回ったあと、彼女はうなずき一つ。
「……十分ですね。若様、わたしはソファーで寝ますので、あなたはベッドで寝てください」
「えっ」
「同じベッドで寝るのは……その、問題があるでしょう? どうやら、わたしたちは親子のように思われているようですが……」
流石にケジメというものがある、というのがレティシアの言い分である。
彼女には有無を言わさぬ迫力があった。
ああうん、と流されるままに首肯――ではシャワーを浴びてきますね、とレティシア。
値の張る宿だけあって、個室にシャワーまで完備しているらしい。
流石に共和国でも有数の都市ともなると、設備も最新式のものがそろっている。
素直に見送るつもりだったのだ。
だが、くるっと背中を向けたレティシアから、汗ばんだにおいを嗅いだ瞬間。
シグはたまらない衝動を――自身を突き動かす淫魔としての欲望を喚起させられた。
可愛らしいドレス姿のレティシアに、欲情してしまっていた。
そして彼は、ととっと彼女に近づいて。
声を出す。
「せーんせ♡」
甘く、誘惑するような声を。