「ここから入るんだよ。」
「おう。」
二人は軽やかに跳躍すると、夜空を映す水面を飛び越える。
水田地帯を囲む用水路。
その奥に『あの場所』へと続く、か細い道が伸びている。
時々、沙弥と一緒に星を眺める場所。
舞子はそこに敦を誘ったのだ。
――ザッザッザッ……
「うわ、密林だな」
「道は結構しっかりしてるから。」
「でも、真っ暗だぜ?」
「………………あ」
舞子が固まる。
山道に入って少しして、舞子は致命的な見落としに気づくこととなった。
月明かりすら届かない鬱蒼としたこの山道は、結構な長さがある。
灯りなしで行くのは、さすがに自殺行為だった。
「……あははは。
今日は懐中電灯ないんだった……」
「今度、また誘えよな。」
「ごめんね、戻ろっか……」
――ガッ!
「……きゃっ!?」
舞子は突然足を取られる。
方向転換の際、木の根につま先を引っ掛けてしまったのだ。
――ザッ。
しかし、何とか倒れずに踏み止まる。
「だっ、大丈夫か?」
「うん、木の根っこに足を引っ掛けちゃったみたい。」
「おいおい、暗闇で倒れるのは危ねぇぞ?」
「あはは……
でも、前に来た時なんか、転ぶどころか転げ落ちたよ。
あれはさすがに死ぬかと思っ……あ。」
舞子はふと気づく。
この道は山頂のあの場所ともう一箇所、別の場所に繋がっていることを。
そして『そちら』ならば、ここからも近く、
わずかな灯りだけでもたどり着くことができる。
「あ……あのさ。」
「ん?」
「えっと、前に転げ落ちた時に見つけたんだけど……
このすぐ近くに洞窟があるんだ。」
「へぇ?」
「ねえ、行ってみない?」
◆
「うわ、声すごい響くね。」
「ああ。」
「奥の方、真っ暗だ。」
「だなぁ。」
以前、舞子が見つけた洞窟。
その中に入ると、舞子は妙にはしゃぎだす。
そして、敦はやや口数が減る。
そこに漂う妙にそわそわした空気の正体は、二人ともとうにわかっていた。
こんな夜更け、こんな狭くて暗い場所に、少女は少年を誘ったのだ。
そこに行けばどうなるかがわかっていながら。
それは立派なセックスアピールに他ならなかった。
「……」
「……」
だが。
痛々しい事情を知っているだけに、敦も最後の一歩が踏み出せずにいる。
舞子がはしゃぐネタを使い切ると、場に深い静寂が下りてきた。
「静かだね。」
「ああ。」
「……ねぇ、高田?」
「ん?」
「今、高田が何を考えてるか、当ててあげよっか?」
後ろで手を組みつつ、舞子は洞窟の奥へと二歩、三歩足を進める。
そして、くるりと半回転。
少しだけ悪戯な笑みを見せる。
「うふふっ。
『岡本とヤリたいっ…ヤリたいっ…ヤリたいっ!』
……顔に書いてあるよ。」
「ああ、さっき岡本と会った時に書いた。
ついでに顎の下には『膣出ししたい』とも書いてあるんだぜ?」
「あはははは。」
「くっくっく。」
冗談を言い合い、笑いあう。
とはいえ、それは限りなく本気に近い冗談だ。
「高田、ありがとね。
私のこと心配で手が出せなかったんでしょ?」
「……まぁな。
もし心配要らない状況だったなら、
もうとっくに射精(だ)してるぜ、きっと。」
「あはは、何回くらい?」
「えっ?
そうだな、十回くらいなんじゃね?」
「……って、中に?」
「モチ!」
「そっ、それじゃ赤ちゃんできちゃうじゃんっ!」
そこでまた笑う。
今、舞子と敦が意識しているのは、同じたった一つの『事』だけだ。
だが、ここには確かに愛という物が存在している。
まだ若いこの男女には、それがわからずにいるだけだ。
「私、さっき、コンビニの帰りさ。
本当はずっと高田を探してたんだよ……」
「……」
「寂しくって、一人で泣きながら歩いてたの。
あわよくば、高田と会えないかなって……」
「……」
「そうしたら、本当に高田がいるじゃない。
もう、運命だと思ったよ、赤い糸ってやつ?
私って、結構本気でそういうの信じ……」
「岡本、俺と結婚しようぜ。」
「……へ?」
「俺が稼げるようになってからでいいからさ、結婚しようぜ。
運命の赤い糸なんだろ?」
突然の敦の巻き返しに、舞子は目をぱちくりさせる。
だが、すぐにまた柔らかい顔になる。
「うふふ、なるほど?
結婚したら、好きなだけ膣出しできるもんね!」
「あ、あったりめぇよっ!」
「あははははっ、単純!」
「け……けっ。」
「ふふ……っ。
……、……、『いいよ』。」
静寂は優しい空気を運ぶ。
過ぎ去ろうとしている夏の置き土産。
祝福に満ちた時間。
全てが若い二人を同じ一点へと導いている。
舞子も敦もそう確信していた。
信じて疑わなかった。
だから。
まさか、このあとに世にも恐ろしい出来事が
二人を待ち構えていようことなど知る由もなかった――